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第三章 カーナ王国の混迷

聖者ビクトリノの疑問

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 意気投合したトオンとユーグレンは、他の共和制実現会議の面々にも個別に会いに行って意見交換するようになった。
 同じ会議メンバーにも派閥があるので、主要人物に狙いを定めていったわけだ。

 結果的に、主なメンバーたちと親睦が深まって、一緒にカーナ共和国の今後の行方を夜を徹して語り合うようになっていった。

 そんなトオンとユーグレンの行動に、アイシャは加わらなかった。
 ディスカッションの内容が政治的に高度な内容になっていたので、元王妃とはいえ専門の教育を受けていないアイシャでは足を引っ張るだけだから。



 トオンがユーグレンを連れて王城に泊まり込んで他メンバーと議論するようになったので、その間アイシャは古書店の赤レンガの建物に独りきりになる。
 古書店のある南地区は住人の仲が良く、独りになってしまうアイシャを心配して頻繁に様子を見に来てくれていた。

 だが、カーナ王国でいま一番の要人の聖女アイシャが単独でいるのは好ましくない。
 師匠ルシウスはアイシャを一時的に自分の屋敷に引き取ることにした。

「十人近い大所帯ですからね。一人二人増えたって大したことありません」

 秘書ユキレラも、他のリースト一族たちにも暖かく迎えてもらえた。

「そうそう。飯は旨いし文句なしだぜ」

 ここにはアイシャの慕う聖者ビクトリノもいる。
 ルシウス邸に世話になる間に、こちらはビクトリノと神殿誘致の話を詰めていくことにした。



 ビクトリノとは、カズンが親の仇として追っている邪悪な錬金術師が使うという虚無魔力について検討することになった。

「分類上、虚無は魔の一種だ。難しいやつだぜ、アイシャ」

 更にアイシャはビクトリノから、彼が聖者に覚醒するまでの経緯を聞いた。
 以前ルシウスから聞いてはいたが、本人の口から改めて聞くとまた違った印象がある。

「俺は元々教会の槍兵で、そこから司祭に成り上がってな。大勢の相談を受けるから、邪や魔に遭遇する機会も増える。教会としちゃあ、邪悪は容赦なく例外なく滅すべきものって考え」

 だがビクトリノは必ずしもそうではないのではないか、と疑問を抱いていたという。

「本当に根っからの悪人てのは少ないわけ。邪悪に染まっちまった奴のこともよくよく調べてみたら堕ちるまでに苦悩や葛藤がある。そういうとこを見ちまうと、善だ悪だって白黒つけて断罪するだけが能じゃねえよなって」

 もちろん犯罪を犯していれば国の法が裁くべきだ。
 けれど、そう杓子定規に判断して断罪することへは抵抗感があった。

「当時の上役に相談したら、邪や魔に理解を示すなんて『余計なお世話だ!』って怒鳴られたっけ。何でかって、邪悪に堕落するのは本人の責任だし、自分が望んでるからそんな羽目になるんだって、取り付く島もなしよ」

 ただ、下っ端司祭として人々の悩みや苦しみに直に接していたビクトリノには、自己責任だけで片付けるにはあまりにもお粗末な対応だと思うことが多かった。

 実際、被害者を見ても、加害者を見ても、自分の心が痛む。

「破邪や破魔スキルもあるんだが、教会にはその手のノウハウがあんまりねえ。神殿の領域だからな。ただ当時俺がいた南部の国は教会しかなかったから欲しい情報が手に入らなかった」
「それで教会を出奔されたんですね」
「そう。円環大陸をぐるっと左回りに旅して、一周して答えが得られなかったから次は右回りに。そしたら途中で聖女のロータスに遭遇した」

 円環大陸には伝承がある。
 ネジを緩めるのと同じ左回りに巡れば、自分に関わる悪い影響が抜ける。
 同じくネジを締めるのと同じ右回りに巡れば、今度は逆に良い影響を受けることが可能と信じられていた。

 そこで、藁をもすがる気持ちで左回り、右回りと円環大陸を巡った若き頃のビクトリノは、最強聖女とも呼ばれる八百年以上生きている伝説の聖女に出会った。
 彼女はリンク開発者の魔術師フリーダヤのパートナーでもある。

「俺はもちろんロータスに出会って挨拶だけで済ませることはしなかった。彼女に追い縋って自分の疑問をぶつけまくってさ。当時の御付きの者たちには嫌がられたがロータス本人は真剣に聞いてくれたんだ」

 そして言われた。

『あなたほど聖者に相応しい者はいない』

「で、こう額を指先で強めにトンって突かれて、聖者覚醒ってわけ」

 聖者ビクトリノは永遠の国の教会大司祭で、人格者としても知られている。

 こうして改めて彼の経歴を聞いて、アイシャは尊敬の念がますます強まっていくのを感じた。




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