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第1章

7話,神水流皇麗はストーキングする

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前世、車に乗って10分もしないうちに酔う程、僕は酔いやすかった。
今の体がどうなっているかは意識した事が無い為記憶に無い、だが車はトラウマレベルで苦手だ。
乙女ゲームで神水流皇麗が暗殺なんてされていなかったら、絶対僕はチャリ通で学校に通う。そのくらい苦手だった。
ところがどっこい、氷鉋家や神水流家はセレブ。そう、セレブなのだ。ぐらぐら揺れる庶民の中古車とは訳が違う。
ドイツから輸入した高級車で新車。故に、揺れない。やべぇぇぇえええ。

「皇麗、どうかした?そんなに座り心地がいいの?君の家の車と同じくらいの品質だと思うけど」

「え……、あぁ……。いや、地面に立っている時と変わらず揺れないなと思って。あまり、意識した事が無かったからね」

「ふぅん……、そんなもん?俺には良く分からないな、タクシーでも乗ったの?」

「まさか」

神水流皇麗がそんな事をする訳無いだろう、としみじみ思いするりと口から言葉が出ていく。
そもそも行きが家の車なのだから、駐車場の無い場所へ行くような事が無い限り帰りも必ず車だ。タクシーなんて、乗る機会すら存在しない。電車もバスも、公共の乗り物は生まれてこのかた使用した事が無かった。
改めて、皇麗は凄いボンボンだったのかと感じる。
過去の食事や自室の内装を思い返しながら、首からチェシーを膝の上に下ろして黒い毛を撫でた。

「好きだね、その猫。いつから飼ってたっけ」

「2年前、高校入学祝いで親族から贈られてきたんだ。何でも、元々飼っている猫がたくさんの猫を出産したらしくて。困っていたからと」

チェシーから視線を外さずそう言うと、チェシーの金色の瞳が僕を見上げる。この目は苦手だ。まるであいつが、俺を忘れるなとばかりに見ているような気がするから。
思わず少し眉を寄せていると、赤い目を大きく見開いた氷鉋が怒りを浮かべた顔をこちらに向けている事に気付いた。

「は……?何それ、余り物をやるって言われてるようなもんじゃん。その親族って誰」

「……義兄君あにぎみだ。義兄君が僕に要らない猫を送ってこられた。今はドバイでバカンスをされていらっしゃる、本当かどうかは知らないけど」

「あぁ……、神水流麗良かみづるあきら様ね……」

そう、驚きの裏設定。何と悪役令息である神水流臣麗は兄だけでなく義兄まで居たのだ。それも、かなり性格の悪い兄が。言うなれば、サイコパス。
マジで他人の事を考えない、そして理解しない。よって僕達は幼い頃に良く殺されかけていた。
猛獣と対峙させられたり、体の一部を要求されたり、気絶するまで殴られたり。
ふざけるなよ、このDVブラザーが。いつか殺してやる。
過去を振り返りそう深く感じていると、ふと死ぬ直前に言われた事を思い返した。義兄に殴られた以上の痛みを、前世の僕は味わっている。背中の強烈な熱さを。
ぞわぞわァァツ!!と。
思い返した恐怖に、ぶるりと身を震わせる。鳥肌が立った。本来なら一生に一度しか味わう事の無いような、死の恐怖。

───痛い?可哀想に。

思えば、話し方や言葉が義兄に似ていた。
可哀想だと思っていない、ただ世間一般的な認識を言葉を選ばず言った言葉。
あの殺人鬼の声に聞き覚えはない。

───でもね、貴方が幸せになる事だけは許さないから。

僕を憎んでいたと?一体何故。昔馴染みだったりしたのだろうか。
今更考えた所で前世の僕はとっくに死んでいるし、ここは日本。
命を狙われているのは笑えないが、セレブと言われるくらいの金持ちの御曹司に生まれたんだ。取り敢えず、死亡フラグと臣麗の破滅エンドを回避したら、将来安泰だろう。
その為にはまず、僕の護衛を増やして臣麗を更正させなければ。

……取り敢えず、GPSと盗聴器と小型カメラを5つずつ買っておけば大丈夫だろう……。
鎖に繋いで監禁するには、突然居なくなった臣麗に多くの者が不審を抱き神水流家の信憑度が下がる。影武者もやれる事は限られているし……。父上にも反対されるだろうな。
今やるべきは、臣麗の監視とタイミングを見計らって彼の行動を注意する事。そして攻略対象とは出来る限り関わらず、ヒロインには好感を持たせる。

自分の考えにストーカー紛いの物があったが、臣麗、僕の実弟の為とでも処理しよう。ようは、バレなければいい。この前読んだ本にそう書いてあった。いや待て、前世の僕の考えで行くとこの考えはダメじゃないか?
そうグルグルとしばらく考えているうちに車が静かに止まり、笑顔を浮かべた氷鉋に肩を叩かれた。

「着いたよ、皇麗。今日はこれでお別れだけど、明日は一緒に登校しよう?」

窓の外を見て、僕は軽く目を見張る。当たり前かもしれないが、ちゃんとそこには神水流家本邸があった。
さっきまで下心ありありだった氷鉋がまさか、素直に僕を送り届けてくれるなんて。一悶着は予想していたのに。

「……意外だね。先程の君の態度から察するに、自分の家にでも僕を連れていくのかと思っていた」

「俺は皇麗様の忠実な僕だからね~」 

「そう。……じゃあ、また明日」

「っ!」

運転手によって開けられた扉から氷鉋の車を降りながら、別れの言葉を告げる。氷鉋が息を飲む音が聞こえた。
そんなに嬉しいものなのか。僕の外見が好きで性格が嫌いだと言ったのに。

「うんっ!迎えに行くね、また明日」

「……あぁ」

にこにこ笑って手を振ってくる氷鉋に手を振り返し、僕は庭の道を通って本邸へ向かう。

「お帰りなさいませ、皇麗様。お鞄、お持ち致します」

出迎えの執事は5人、僕に向かって頭を下げた。そのうちの1人に鞄を持たせる。
バタンッと車の扉が閉まる音がしたが、車が発車する気配は無い。
見られている。気は抜けなかった。そして、見ているのは氷鉋だけでは無い。刺客は使用人の中に紛れ込んでいるし、他家の者も客として屋敷に入る事はある。
大概めんどくさいな、御曹司も……。
内心ため息をつきながら、顔を引き締めて僕は本邸へと足を進め続けた。


◆◆◆◆作者◆◆◆◆

書いていませんでしたが、主人公は受けです。
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