40 / 59
40交通費
しおりを挟む
「行ってきます」
いつも通り、誰もいない家に向かって挨拶する。外に出ると、雨は止んでいた。先ほどまでの土砂降りが嘘のようだ。雲の間からはうっすらと陽もさしていた。
向井さんから、荒川結女が事前にどこの病院に入院しているかは聞いていた。市民病院に入院しているようだ。私の家からは車で20分程の距離にある。ここで問題が発生する。
「どうやって行きましょうか」
家を出たはいいが、その後の交通手段を考えていなかった。私が車を持っていたら、車を走らせて病院まで行けばよいのだが、あいにく、自家用車を持っていない。二度目の大学生活に入るときに、車は売ってしまった。免許の更新については、例によって言霊の能力を駆使して更新を行っているため、車があれば運転可能である。
「普通、家を出る前に、どうやって行くのか決めておくものではないか」
「もしかして、無意識に僕たちを頼ることを考えていませんか?」
「頼られることは別に嫌じゃないが……」
しばらく家の前で佇んでいると、すでに家の外にいた九尾たちに呆れられてしまう。別に彼らに頼って空を飛んで病院に行ければ楽だな、なんて思っていないが、空を飛んでいけば、当然、交通費はかからない。
「九尾たちにそこまでさせるつもりはない、のですが……」
正直、どうしようか迷っていた。病院まではバスが出ているが、バスの時刻表を見る限り、あまり本数がない。時刻表を確認していないので、最寄りのバス停からちょうどよいバスが来るのかもわからない。タクシーを呼ぶとお金が結構かかる。緊急事態でお金のことでどうこう言っている場合ではないが、それでも気になってしまう。
「ここに来て、お金のことを気にするとは。お主、実は幼馴染のことをそこまで心配していないな。お主の中に、そう言った他人のことを思っている気持ちが見受けられない。当然、悲しみの感情もない」
「もしかして、心配しているふり、ですか?自分は他人のことに気をかけている。そんな自分は人間っぽい、とか思っているんですか?」
「人間によくあるやつだな」
麗しのケモ耳少年たちに鋭いツッコミをされるが、改めて胸に手を当てて考えてみると、案外その通りかもしれない。一度泣いてしまい、悲しみが私の外に流れてしまったらしい。今現在、私の心の中に悲しみという感情は存在していなかった。幼馴染のことは考えているが、心配で仕方ない、という感じでもない。なんて薄情な人間だろうか。自分のことながら呆れてしまう。
「蒼紗さん、玄関で固まらないでください。病院に行くのでしょう。九尾」
「わかっている。どうせこうなることは目に見えていた」
彼らの言葉の意味を考えていると、翼君が九尾に何か言っていた。それに対して、九尾も鷹揚に頷いている。
「えっ」
その間に狼貴君が私の手を握りしめてくる。温かい感触に目を向けると、右手にケモミミ美少年の手があった。手から顔に視線を向けると、無表情の狼のケモミミを生やした少年がぼそりとつぶやく。
「俺たちは蒼紗の味方だから、自分の生きたいように生きればいい。どうせ、俺と翼はお前と同じ、特異体質みたいなものだ。まだまだ生きる時間がたくさんある」
彼なりの励ましの言葉だろうか。そんなことより、ケモミミ美少年に手を握られてしまって、私の頭の中はパニック状態に陥っていた。
「お、狼貴君。あ、あなた、こんなことをして、どうなると思って」
「にゃ!」
狼貴君に何か言ってやろうと口を開いたところで、不意に反対側の手にぬくもりを感じた。恐る恐る新たなぬくもりの発生源に目を向けると、満面の笑みを浮かべたうさ耳を生やした美少年がいた。
「こんなところで油を売っている時間はないぞ。さっさと病院に見舞いに行って、お主の幼馴染とやらの間にある問題を解決してこい」
両手に華とはこのとこか。今までの深刻な空気があっという間になくなり、私の頭の中には今、お花畑が広がっている。
「ちょ、ちょっと待ってください。い。いきなりは、こ、心の準備が」
そうこうしているうちに、ふわりと身体が宙に浮き始める。そして、あっという間に私の足は地面から離れて、身体はどんどん上昇していく。両手にはケモミミ美少年。目の前にも狐ミミのケモミミ美少年。
「もしかして、このまま病院に行くつもりでは」
最近、このパターンをどこかで経験した気がした。確かにこの方法で目的地まで行けば、交通費がかかることはないので、経済的ではある。しかし、この方法はあまり多用したくはない。理由は簡単だ。だって。
『蒼紗(さん)、いまさらすぎ』
私の心を読んだかのように、三人のケモミミ美少年の言葉がきれいなハモりを見せた。
「まだ何も言っていませんが」
自分が特殊な人間だと思い知らされるような方法で、移動はしたくないのだ。とはいえ、今更過ぎだという彼らの言葉にも頷ける。交通費が云々言っていた身としては、何を言っているのだと思うだろう。
ということで、私たちは公共交通機関を使わずに空を移動して、荒川結女の見舞いに向かうことにした。途中から雨がまた降り始めたが、九尾たちの力のおかげで飛行中、雨に濡れることはなかった。
いつも通り、誰もいない家に向かって挨拶する。外に出ると、雨は止んでいた。先ほどまでの土砂降りが嘘のようだ。雲の間からはうっすらと陽もさしていた。
向井さんから、荒川結女が事前にどこの病院に入院しているかは聞いていた。市民病院に入院しているようだ。私の家からは車で20分程の距離にある。ここで問題が発生する。
「どうやって行きましょうか」
家を出たはいいが、その後の交通手段を考えていなかった。私が車を持っていたら、車を走らせて病院まで行けばよいのだが、あいにく、自家用車を持っていない。二度目の大学生活に入るときに、車は売ってしまった。免許の更新については、例によって言霊の能力を駆使して更新を行っているため、車があれば運転可能である。
「普通、家を出る前に、どうやって行くのか決めておくものではないか」
「もしかして、無意識に僕たちを頼ることを考えていませんか?」
「頼られることは別に嫌じゃないが……」
しばらく家の前で佇んでいると、すでに家の外にいた九尾たちに呆れられてしまう。別に彼らに頼って空を飛んで病院に行ければ楽だな、なんて思っていないが、空を飛んでいけば、当然、交通費はかからない。
「九尾たちにそこまでさせるつもりはない、のですが……」
正直、どうしようか迷っていた。病院まではバスが出ているが、バスの時刻表を見る限り、あまり本数がない。時刻表を確認していないので、最寄りのバス停からちょうどよいバスが来るのかもわからない。タクシーを呼ぶとお金が結構かかる。緊急事態でお金のことでどうこう言っている場合ではないが、それでも気になってしまう。
「ここに来て、お金のことを気にするとは。お主、実は幼馴染のことをそこまで心配していないな。お主の中に、そう言った他人のことを思っている気持ちが見受けられない。当然、悲しみの感情もない」
「もしかして、心配しているふり、ですか?自分は他人のことに気をかけている。そんな自分は人間っぽい、とか思っているんですか?」
「人間によくあるやつだな」
麗しのケモ耳少年たちに鋭いツッコミをされるが、改めて胸に手を当てて考えてみると、案外その通りかもしれない。一度泣いてしまい、悲しみが私の外に流れてしまったらしい。今現在、私の心の中に悲しみという感情は存在していなかった。幼馴染のことは考えているが、心配で仕方ない、という感じでもない。なんて薄情な人間だろうか。自分のことながら呆れてしまう。
「蒼紗さん、玄関で固まらないでください。病院に行くのでしょう。九尾」
「わかっている。どうせこうなることは目に見えていた」
彼らの言葉の意味を考えていると、翼君が九尾に何か言っていた。それに対して、九尾も鷹揚に頷いている。
「えっ」
その間に狼貴君が私の手を握りしめてくる。温かい感触に目を向けると、右手にケモミミ美少年の手があった。手から顔に視線を向けると、無表情の狼のケモミミを生やした少年がぼそりとつぶやく。
「俺たちは蒼紗の味方だから、自分の生きたいように生きればいい。どうせ、俺と翼はお前と同じ、特異体質みたいなものだ。まだまだ生きる時間がたくさんある」
彼なりの励ましの言葉だろうか。そんなことより、ケモミミ美少年に手を握られてしまって、私の頭の中はパニック状態に陥っていた。
「お、狼貴君。あ、あなた、こんなことをして、どうなると思って」
「にゃ!」
狼貴君に何か言ってやろうと口を開いたところで、不意に反対側の手にぬくもりを感じた。恐る恐る新たなぬくもりの発生源に目を向けると、満面の笑みを浮かべたうさ耳を生やした美少年がいた。
「こんなところで油を売っている時間はないぞ。さっさと病院に見舞いに行って、お主の幼馴染とやらの間にある問題を解決してこい」
両手に華とはこのとこか。今までの深刻な空気があっという間になくなり、私の頭の中には今、お花畑が広がっている。
「ちょ、ちょっと待ってください。い。いきなりは、こ、心の準備が」
そうこうしているうちに、ふわりと身体が宙に浮き始める。そして、あっという間に私の足は地面から離れて、身体はどんどん上昇していく。両手にはケモミミ美少年。目の前にも狐ミミのケモミミ美少年。
「もしかして、このまま病院に行くつもりでは」
最近、このパターンをどこかで経験した気がした。確かにこの方法で目的地まで行けば、交通費がかかることはないので、経済的ではある。しかし、この方法はあまり多用したくはない。理由は簡単だ。だって。
『蒼紗(さん)、いまさらすぎ』
私の心を読んだかのように、三人のケモミミ美少年の言葉がきれいなハモりを見せた。
「まだ何も言っていませんが」
自分が特殊な人間だと思い知らされるような方法で、移動はしたくないのだ。とはいえ、今更過ぎだという彼らの言葉にも頷ける。交通費が云々言っていた身としては、何を言っているのだと思うだろう。
ということで、私たちは公共交通機関を使わずに空を移動して、荒川結女の見舞いに向かうことにした。途中から雨がまた降り始めたが、九尾たちの力のおかげで飛行中、雨に濡れることはなかった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】
山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。
失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。
そんな彼が交通事故にあった。
ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。
「どうしたものかな」
入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。
今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。
たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。
そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。
『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』
である。
50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。
ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。
俺もそちら側の人間だった。
年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。
「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」
これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。
注意事項
50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。
あらかじめご了承の上読み進めてください。
注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。
注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる