朔夜蒼紗の大学生活⑤~幼馴染は彼女の幸せを願う~

折原さゆみ

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40交通費

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「行ってきます」

 いつも通り、誰もいない家に向かって挨拶する。外に出ると、雨は止んでいた。先ほどまでの土砂降りが嘘のようだ。雲の間からはうっすらと陽もさしていた。

向井さんから、荒川結女が事前にどこの病院に入院しているかは聞いていた。市民病院に入院しているようだ。私の家からは車で20分程の距離にある。ここで問題が発生する。

「どうやって行きましょうか」

 家を出たはいいが、その後の交通手段を考えていなかった。私が車を持っていたら、車を走らせて病院まで行けばよいのだが、あいにく、自家用車を持っていない。二度目の大学生活に入るときに、車は売ってしまった。免許の更新については、例によって言霊の能力を駆使して更新を行っているため、車があれば運転可能である。

「普通、家を出る前に、どうやって行くのか決めておくものではないか」

「もしかして、無意識に僕たちを頼ることを考えていませんか?」

「頼られることは別に嫌じゃないが……」

 しばらく家の前で佇んでいると、すでに家の外にいた九尾たちに呆れられてしまう。別に彼らに頼って空を飛んで病院に行ければ楽だな、なんて思っていないが、空を飛んでいけば、当然、交通費はかからない。

「九尾たちにそこまでさせるつもりはない、のですが……」

 正直、どうしようか迷っていた。病院まではバスが出ているが、バスの時刻表を見る限り、あまり本数がない。時刻表を確認していないので、最寄りのバス停からちょうどよいバスが来るのかもわからない。タクシーを呼ぶとお金が結構かかる。緊急事態でお金のことでどうこう言っている場合ではないが、それでも気になってしまう。

「ここに来て、お金のことを気にするとは。お主、実は幼馴染のことをそこまで心配していないな。お主の中に、そう言った他人のことを思っている気持ちが見受けられない。当然、悲しみの感情もない」

「もしかして、心配しているふり、ですか?自分は他人のことに気をかけている。そんな自分は人間っぽい、とか思っているんですか?」

「人間によくあるやつだな」

 麗しのケモ耳少年たちに鋭いツッコミをされるが、改めて胸に手を当てて考えてみると、案外その通りかもしれない。一度泣いてしまい、悲しみが私の外に流れてしまったらしい。今現在、私の心の中に悲しみという感情は存在していなかった。幼馴染のことは考えているが、心配で仕方ない、という感じでもない。なんて薄情な人間だろうか。自分のことながら呆れてしまう。

「蒼紗さん、玄関で固まらないでください。病院に行くのでしょう。九尾」

「わかっている。どうせこうなることは目に見えていた」

 彼らの言葉の意味を考えていると、翼君が九尾に何か言っていた。それに対して、九尾も鷹揚に頷いている。

「えっ」

 その間に狼貴君が私の手を握りしめてくる。温かい感触に目を向けると、右手にケモミミ美少年の手があった。手から顔に視線を向けると、無表情の狼のケモミミを生やした少年がぼそりとつぶやく。

「俺たちは蒼紗の味方だから、自分の生きたいように生きればいい。どうせ、俺と翼はお前と同じ、特異体質みたいなものだ。まだまだ生きる時間がたくさんある」

 彼なりの励ましの言葉だろうか。そんなことより、ケモミミ美少年に手を握られてしまって、私の頭の中はパニック状態に陥っていた。

「お、狼貴君。あ、あなた、こんなことをして、どうなると思って」

「にゃ!」

 狼貴君に何か言ってやろうと口を開いたところで、不意に反対側の手にぬくもりを感じた。恐る恐る新たなぬくもりの発生源に目を向けると、満面の笑みを浮かべたうさ耳を生やした美少年がいた。

「こんなところで油を売っている時間はないぞ。さっさと病院に見舞いに行って、お主の幼馴染とやらの間にある問題を解決してこい」

 両手に華とはこのとこか。今までの深刻な空気があっという間になくなり、私の頭の中には今、お花畑が広がっている。

「ちょ、ちょっと待ってください。い。いきなりは、こ、心の準備が」

そうこうしているうちに、ふわりと身体が宙に浮き始める。そして、あっという間に私の足は地面から離れて、身体はどんどん上昇していく。両手にはケモミミ美少年。目の前にも狐ミミのケモミミ美少年。

「もしかして、このまま病院に行くつもりでは」

 最近、このパターンをどこかで経験した気がした。確かにこの方法で目的地まで行けば、交通費がかかることはないので、経済的ではある。しかし、この方法はあまり多用したくはない。理由は簡単だ。だって。

『蒼紗(さん)、いまさらすぎ』

 私の心を読んだかのように、三人のケモミミ美少年の言葉がきれいなハモりを見せた。

「まだ何も言っていませんが」

 自分が特殊な人間だと思い知らされるような方法で、移動はしたくないのだ。とはいえ、今更過ぎだという彼らの言葉にも頷ける。交通費が云々言っていた身としては、何を言っているのだと思うだろう。

 ということで、私たちは公共交通機関を使わずに空を移動して、荒川結女の見舞いに向かうことにした。途中から雨がまた降り始めたが、九尾たちの力のおかげで飛行中、雨に濡れることはなかった。
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