朔夜蒼紗の大学生活⑤~幼馴染は彼女の幸せを願う~

折原さゆみ

文字の大きさ
39 / 59

39優先事項

しおりを挟む
「ジリリリリリ」

 目覚ましの音で目が覚める。目を開けると、そこには見慣れた自分の部屋の天井があった。ベッドから起き上がり辺りを見渡しても、自分の部屋の光景が広がるばかりである。カーテンの隙間から光が漏れている。どうやら、朝になったようだ。時刻を確認すると、6時半を過ぎていて、大学の一限目を受けるためには起きなければならない時間だ。

「あれ、なんで私、泣いているんだろ」

 目の下が濡れているなと思って手で拭うが、新たに目から涙が出てくる。そのため、手だけでは拭いきれずに頬が濡れていく。どうしてこんなに悲しい気持ちになっているのだろうか。しばらく考えていたら、ドアをノックする音がした。


「どうぞ」

 家に居るのは、私と居候している九尾たちだけだ。寝起きでパジャマのままだが構わない。私が入室を許可すると、ドアを開けて遠慮がちに翼君が顔を出す。その後ろには狼貴君と九尾の姿があった。

「そろそろ起きないと、大学に遅刻するかと思って起こしに来たんですけど……。な、なんで泣いているんですか?」

「嫌な夢でも見たのか?」

 私が泣いていることに気付いたのか、翼君と狼貴君が慌てて部屋に入ってくる。そして心配そうに私の顔を覗き込んできた。いつもなら、彼らのケモミミ少年姿を見るだけで悲しみなど簡単に消し飛ぶのに、今日はなぜか涙が止まらず、悲しい気持ちがなくなることもなかった。

「ふむ、今日は大学を休んだ方がよさそうだな。蒼紗、その夢が本当なら、病院に急いだ方がいい」

「やっぱり、私が悲しい気持ちになっているのは夢のせい、ということですか?ええと、でも、大学を休むわけには」

「大学とお主の見た夢、どちらが大事かなんて、考えなくてもわかるだろう?」

 翼君と狼貴君は私が泣いていることを心配してくれたが、九尾だけは勝手に私の心を読み、涙の理由に納得して頷いている。その上で、私に問いかけてくる。

 夢の内容を今さながらに思い出す。そうだ、私は荒川結女と病室で話していた。彼女は自分の死が近いことを知り、私に最期の言葉と称して昔話をしていた。その途中で夢から目覚めたのだ。夢から覚める直前、何か重要なことを言っていた気がするが、何を言っていたのだろうか。そこだけが思い出せない。

 今朝見た夢が予知夢だとしたら、確かに大学に行っている場合ではない。九尾の言う通り、大学より大事なのは今朝見た夢である。今日は大学を休んだ方がいいだろう。

「わかりました。ジャスミンたちに連絡を入れておきます」

 とりあえず、外出することは確定なので、九尾たちを部屋から追い出す。彼らは特に異論を唱えることなく、素直に部屋から出ていく。ベッドわきに置かれたスマホに手を伸ばし、急いでジャスミンと綾崎さんに連絡を入れる。すでに大学に行く支度をしているのか、メッセージは既読になることはなかった。


「病院か……」

私が病院に顔を出すことで、彼女が死んでしまったら。夢は彼女との会話の途中で終わってしまった。そのため、それ以降のことはどうなるかわからない。

「私の行動が彼女を死に追い詰めているとしたら……」

 無意識に出た言葉は誰に聞かれるでもなく、静かな部屋に響き渡る。つい、口に出してしまったことを後悔する。自分の言葉が本当になってしまうかもしれないと恐怖を覚える。とはいえ、もしそうだとして、すでに彼女の寿命はそう長くはない。残り5年ないかもしれない。

 未来など誰にもわからない。私の予知夢だって完全なものでもない。私はパジャマから灰色のTシャツと七分丈のジーンズに着替え部屋を出る。

彼女に会う覚悟はできた。どのみち、人間の命は有限で、いずれ死を迎えるのだ。だったら、それが早いか遅いかだけの違いである。私みたいな例外を除けば、死は皆のもとに訪れる。だったら、私のせいでと責める必要はないのだと開き直ることにした。


「おはようございます。今日はいい天気で、お見舞い日和ですね」

 一階のリビングに入ると、すでに翼君と狼貴君が私のために朝食をセットしてくれていた。彼らはすでに朝食を食べてしまったのか、今日は食べないのか、私一人分しかテーブルに用意されていなかった。九尾たちは人間ではないので、食事も睡眠も必要ない。必要ないのに食事をするときもある。

九尾たちはソファに座ってくつろいでいた。私がにこやかに朝の挨拶をすると、なぜかぎょっとされてしまう。しかし、そんなことを気にすることなく、席に着く。そして、テーブルに置かれたトーストされた食パンにリンゴジャムを塗って食べ始める。ちらりと窓の外を見ると、まるで私の心の悲しみを現すかのような土砂降りの雨が降っていた。朝起きたときは降っていなかったはずだ。薄日が漏れていて、雨音もしなかったのに。天気予報はどうだっただろうか。

 まあ、天気が良くても悪くても、荒川結女に会いに行くのは決定事項だから気にしないことした。


『急用が何か気になるけど、蒼紗のことだからよほどのことがあるんでしょうね。後でじっくり、その急用とやらを聞いてあげるから、楽しみにしていなさいね』

『急用が何か気になりますが、今は聞きません。また、大学に来た時に教えてください。大学の授業については心配しなくて大丈夫です!ちゃんと蒼紗さんの分のプリントをもらっておきます!』

 朝食を食べ終え、スマホを確認すると、ジャスミンと綾崎さんから返信が来ていた。良い友達を持ったものだ。急用の理由を聞かれないことにほっとしてスマホを閉じる。

「準備ができたようだな」

 歯をみがいて化粧をして、出かける準備完了だ。玄関に向かうと、すでに九尾たちが待っていた。彼らも私と一緒に出掛けるようだ。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

【完結】『左遷女官は風花の離宮で自分らしく咲く』 〜田舎育ちのおっとり女官は、氷の貴公子の心を溶かす〜

天音蝶子(あまねちょうこ)
キャラ文芸
宮中の桜が散るころ、梓乃は“帝に媚びた”という濡れ衣を着せられ、都を追われた。 行き先は、誰も訪れぬ〈風花の離宮〉。 けれど梓乃は、静かな時間の中で花を愛で、香を焚き、己の心を見つめなおしていく。 そんなある日、離宮の監察(監視)を命じられた、冷徹な青年・宗雅が現れる。 氷のように無表情な彼に、梓乃はいつも通りの微笑みを向けた。 「茶をお持ちいたしましょう」 それは、春の陽だまりのように柔らかい誘いだった——。 冷たい孤独を抱く男と、誰よりも穏やかに生きる女。 遠ざけられた地で、ふたりの心は少しずつ寄り添いはじめる。 そして、帝をめぐる陰謀の影がふたたび都から伸びてきたとき、 梓乃は自分の選んだ“幸せの形”を見つけることになる——。 香と花が彩る、しっとりとした雅な恋愛譚。 濡れ衣で左遷された女官の、静かで強い再生の物語。

処理中です...