結婚したくない腐女子が結婚しました

折原さゆみ

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番外編【変人になりたい】7やっぱり変人にはなれません

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「紗々さん、そろそろ……」

 久しぶりの投稿から、またもや一か月が過ぎようとしていた。ご察しの通り、私はいまだに投稿の頻度が下がっていた。どう考えても、こんな筆不精な作者に新作を求めるのは間違っている。

 それにも関わらず、大鷹さんは私に小説の催促をしてくる。あっという間に季節は進み、七夕も終わって夏真っ盛り。あと10日ほどでお盆に突入する。

「いやあ、書こう書こうとは思っているんですが、何せ、この暑さに身体がまいってしまいまして……」

「暑いって言っても、エアコンの中に入っているじゃないですか!」

「ああ、そういえば、私、最近フリマアプリを始めまして。推しをやめたアニメグッズの整理が忙しいんでした」

 言い訳は次々と口から出てくる。実際に暑さのせいでもあるし、フリマアプリ出品のせいでもあると言える。まあ、根本的な理由は違うが、大鷹さんに言う必要はないだろう。

「フリマでの副業も視野に入れてみたりして……。いや、冗談に決まっているでしょう?そんなに怒らないでくださいよ」

 8月の最初の週末の土曜日。世間では花火大会が各地で開かれて大盛況の様子だ。もちろん、陰キャの引きこもりコミュ障の私が現地に赴くことは絶対にない。

 今は午前中で、私たちはリビングでまったりと過ごしていた。私はフリマアプリをスマホで見ていて、大鷹さんも私の正面に座ってスマホをいじっていた。大鷹さんも私のスマホ片手に会話を続けている。

 とはいえ、大鷹さんとの生活にもだいぶ慣れて、声色だけで喜怒哀楽がわかるようになってきた。フリマの副業がいけなかったのだろうか。

「じゃあ、せっかくなので、近くの花火大会にでも行きますか?」

「じゃあ」とはいったい、どこから来ているのだろう。確かに今から準備すれば花火大会に出掛けることは可能だろう。しかし、突然の花火大会の流れは意味がわからない。そもそも、大鷹さんは先ほどまで怒っていたはずだ。恐る恐る顔を上げて大鷹さんの表情を確認すると、なぜかにっこりと微笑まれた。つられて私もぎこちなく微笑み返す。

「また話のネタ探しに困っているのかと思いまして。それなら、手っ取り早くネタの宝庫に足を運ぶのがよいかと」

「ネタの宝庫……」

 私の言い訳を聞いて思いついた「じゃあ」だったのか。大鷹さんの言うことは一理ある。花火大会と言ったら、夏の定番ネタだ。

 よくあるシチュエーションは、花火の合間に告白をして、ちょうどタイミング悪く花火の音に告白の言葉が消されてしまうもの。他にも、慣れない浴衣と下駄で足をくじいて介抱してもらったり、学校とは違う一面を花火大会の最中に見ることができて恋が始まったり……。様々なシチュエーションがあげられる。

「とはいえ、紗々さんの言う通り、最近の暑さは身に堪えますからね。花火大会に行くのも楽しそうではありますが、熱中症になっても仕方ないので、あきらめます」

 自分から提案したのに、なぜか大鷹さんが消極的になっている。私の体調を思ってのことなのか。もし、そこまで花火大会に行きたいのなら。

「誰かを誘って、花火大会に行けばいいのでは?大鷹さんが誘えば、誰でもついてきてくれると」

「はあああああ」

 大鷹さんが今度は大きな溜息を吐く。これは私が失言したということだ。まあ、自分で言っていてやばいなとは思った。

「お、大鷹さんは『私』と一緒に花火大会に行きたかったんですよね。ああ、わかっていますよ。私の代わりになる人はいないと」

 慌てて弁解したら、どうやら大鷹さんはわかってくれたようだ。不機嫌さが少しだけ緩和されている。とはいえ、まだ何か不満があるようだ。まあ、一番の不満の理由はわかっているが、あえてそこには突っ込まない。

「それで、この前の話の続きですけど、ささのは先生の第二のファンからの電話で聞けなかった、先生の思う『変人』の定義って何ですか?」

 せっかく突っ込まずにいたのに、大鷹さんは先月の話を蒸し返してきた。河合さんからの電話の後、私もすっかり自分の発言を忘れていたし、大鷹さんも忘れているかと思っていた。この話題は、私の小説執筆に関わる問題なので、結構デリケートな話題だ。


「そもそも、どうして変人になりたいんですか?そこが僕は気になったんですが」

 スマホをテーブルの上に置いて首をかしげている大鷹さんは、本当にわかっていないようだ。変人とはいったい何なのか。仕方ないので、私なりの解釈を説明することにしよう。

「そうですね。変人とは『他人の目を気にせず、自分の好きなことを好きなだけ没頭できる集中力があること』。その点でいえば、私は無理ですね。そこまで小説に対して没頭できていない」

 そもそも、小説などの創作物は人と違うものを生み出さなくては読まれないし、下手に他人のマネをするとパクリと称されてしまう。

 つまり、人と違う考え(アイデア)を持っていないといけない。おかしくないと創作界隈では生きていけないということだ。まあ、極論といえば極論だがあながち間違いでもないだろう。

「あとは、他人と違うものを定期的に生み出せる力も必要だと思います」

「他人と違うものを生み出せるから、変人になりたいと。でもそうなると、普段の生活にも影響が出て、生きづらくなりませんか?」

「まあ、そこは微妙なところですよね……」

 社会で生きづらくなるのは嫌だ。とはいえ、私自身はもう少しおかしく生きてもいいのではないかと思っている。

「ちなみにですけど、私がイメチェンを図ろうとした理由として、気分をあげるためとか言いましたけど」

 実は変人に近づきたいと思っての行動でもあった。変人になろうとして、真剣にその方法を悩んでは見たのだが、思いつかず苦肉の策として挙げられたのが「見た目」を変えることだった。

 形から入ってみるのはどうだろうか。

 おかしな人は大抵の場合、見た目も少し変わっていることが多い気がする。芸術家に多く見られるが、彼らは一様に一般人には考えられない変わった見た目をしている。

 髪型や髪色、化粧、爪、服装、どれをとっても簡単に変えることが可能だ。

「なるほど……。でも、もし容姿を変えて形から『変人』になりきるとして、ここ最近の紗々さんの行動は、ちょっとしたイメチェンにしか見えませんでしたが」

「当たり前でしょう?私は『変人』ではありません。仕事上、あまり派手な見た目に出来ないし、仕事を辞めようとは今のところ考えてはいません」

「そこはちゃんと仕事の事を考えていたんですね。やっぱり、紗々さんは常識ある社会人です」

「今言われても、褒め言葉に受け取れません」

 ということで、私の変人の定義を大鷹さんに説明していたら、お昼の時間になってしまった。

 スマホで時刻を確認すると、12時を回っている。いくら涼しい屋内に居て、ただスマホをいじっているだけでも体力は消耗するし、お腹も減っていく。まだお腹の音はなっていないが、音を立てるのも時間の問題だろう。

「変人の紗々さんも見てみたいですけど、そうなると、僕に構ってくれる時間が減ってしまいますね。僕は今のままの紗々さんのままでよいと思います」


 さらりとすごいことを口にする大鷹さんだったが、私だって負けてはいられない。

「わ、わたしだって、い、今の、おお、大鷹さんがすすすす」

 たまには、わたしからも大鷹さんに好意の言葉を口にしよう。そう思ったが、どうにもうまくいかない。大鷹さんの私への愛を受け取り慣れてはいるものの、それを言葉で返すのは恥ずかしい。

「すすすすって、漫画以外でなかなか見ないですよね」

「私は主人公キャラではないです。むしろ、わき役もわき役、その辺のモブという存在です」

 大鷹さんこそ、少女漫画のヒーロー的ポジションで生きていけるだけのスペックを持っている。それなのに、私を選んで主人公格からわき役に成り下がっている。いや、大鷹さんのスペックでは常に主役級なので成り下がることはない。

「とりあえず、イメチェンの理由もわかりましたし、紗々さんの言う『変人』の定義もなんとなく理解しました。創作については、僕では役に立たないかもしれませんが、相談してくれたら全力で答えますから」

 ぱちりとウインクして、大鷹さんは席を立ち、キッチンへ向かう。キザな仕草も様になるのはやはり、イケメンのなせる業だ。私がウインクしたところで、誰も見たくもないし、特をしない。いや、大鷹さんとか、河合さん辺りには需要がありそうだ。

「今日のお昼は豆腐があるので、冷ややっこにして食べましょう」

 ハイスペックで、当たり前のように家事をしてくれる大鷹さんに感謝して、私は午後からはパソコンの前に座り、少しでもいいから小説を執筆しようと心に誓った。

私はこの夏、少しでも小説投稿の頻度があげられるようにしようと思うのだが、無理かもしれない。

「ああ、売れた!」

 何せ、アニメグッズの整理が意外にも楽しくて、フリマアプリをつい、確認してしまうからだ。まあ、それはそれで良しとしよう。

 こうして、私たちの夏は過ぎていくのだった。

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