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番外編【ハロウィン】
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アニメショップ帰宅後、大鷹さんはまだ帰宅していなかったので、その間にオメガバースのことを調べ、短編を仕上げて小説投稿サイトに投稿した。夢で見た内容がそのまま使えそうだったので、その後に訪れるR18展開は省略し、その後の運命の番になるまでの過程を描いた物語にした。
ちなみに昼ご飯は家でひとり寂しく食べた。人見知りコミュ障だからという訳ではない。私だってひとりで映画も見られるし、外食だって出来る。ただ、あの日は気分じゃなかっただけだ。大鷹さんがいなかったので、カップ麺をひとりで食べた。
大鷹さんが帰ってきたのは夕方だった。何やら、大きな紙袋を手にしていたが、どこに出掛けていたのだろうか。
「ただいま。もうすぐ、ハロウィンですね。当日は何かしますか?」
「おかえりなさい。大鷹さん、もしかして仮装したいんですか?」
「いえ、僕は別に。紗々さんは……って、紗々さんはコスプレとか仮装とかしなさそうですね」
玄関を上がって、大鷹さんは紙袋を持って自分の部屋に入っていく。大鷹さんの言葉で今月末がハロウィンであることを思い出す。店などにはカボチャのお化けが置かれている。漫画アプリでもハロウィンにちなんだイベントが行われていた。私はというと。
「特に何も準備してないわ」
そもそも、ハロウィンは日本の行事ではない。もともとは外国で行われていたもので、本来なら日本人がやらなくても良い行事だ。クリスマスにバレンタイン然り、イベントごとが好きな日本人が勝手に広めたものだ。やりたい人間だけが勝手にやればいい。
夕方になったので、今日の夕食は何にしようか考えていたが、ハロウィンという言葉に感化されて、今日はカボチャを使ったメニューにすることにした。とはいえ、そこまで凝った料理など面倒なので作りたくない。ただ、カボチャが食べたいだけなので、簡単に出来る料理をスマホで検索する。
「それで、先ほどの話の続きですけど、紗々さんは今年のハロウィンはどうしますか?」
「大鷹さんが自分で言いましたよね。私は仮装しなさそうだって。正解です。そんな浮ついたことはしません」
本当に大鷹さんは仮装をしたいのだろうか。だとしたら、どんな仮装が似合うだろうか。大鷹さんほどのイケメンなら、何を着ても格好よく着こなせそうだ。
「大鷹さんの仮装、ぜひ、見たいです」
「紗々さんがするというのなら、仮装、してみてもいいですよ。当日、家で一緒に仮装しましょう!衣装はこちらで準備しますから」
ずいぶんと仮装に執着している。さては、外出先でハロウィンの仮装について、誰かに入れ知恵をされたのか。だとしても、その誰かを責めるつもりはない。むしろ、ありがとうとお礼を言いたいくらいだ。
ハロウィンの仮装の定番といったら、バンパイアか。いや、狼男にミイラ男、フランケンシュタインに、魔法使い、ゾンビに神父、思い浮かぶだけでもこれだけある。さらに詳しく調べたら、もっと出てくるだろう。大鷹さんが仮装している姿を想像すると、にやけが止まらない。
「妄想中のところ、申し訳ないんですが、今日の夕食はどうしますか?まだ体調が悪いようなら、僕が作りま」
「私が作るので大丈夫です。ああ、カボチャの仮装もいい……。いや、さすがにカボチャをかぶったら大鷹さんのイケメンな顔が隠れるので却下ですね」
「仮装に興味を持ってくれて嬉しいです」
キッチンに立ち、私はカボチャを調理しながら、大鷹さんの仮装について妄想を膨らませた。
「いただきます」
カボチャを使った料理とは言ったが、大した料理は作れなかった。そもそも、今年が異常に暑いので、シチューなどのあったかメニューを食べる気がしなかった。そのため、カボチャを使った料理が限られてくる。
「まあ、夕食なんて、おいしければいいか」
結局、豚肉とカボチャの野菜炒めに落ち着いた。でもまあ、カボチャの甘さが肉とマッチしているので良しとしよう。夕食を食べながら、アニメショップで出会ったやばい夫婦の会話を思い出す。
「今日、アニメショップに行ったんですけど、そのときにやばい夫婦を見かけました」
「アニメショップに行くと言っていましたもんね。紗々さんが言うやばいって、気になりますね」
「ハイ。私はあんな夫婦になりたくないなって思いました。だって……」
私は大鷹さんに彼らの会話を話すことにした。BL本コーナーでオメガバースについて話していたこと。どうやら、娘がいるようだが何かしらのトラウマを植え付けてしまったこと。さらには。
「会話からして、二人は教師ですよ。子どもを教え導く教師が、生徒たちを性的な目で見ようとしている。やばくないですか?」
「はあ。確かに会話だけ聞いたらやばそうですね。でも、夫婦仲は良さそうだったんですよね。やばいって、他人を性的な目で見ることですか?」
「それもそうですけど」
大鷹さんをあまり腐らせたくない。
今更過ぎるが、それが私の本音だ。あの夫婦はもうかなり思考が腐っていた。夫の方もすでに重度の腐男子とみて間違いないだろう。お互い、それを隠そうとせず、堂々としていた。
「羨ましい」
「何か言いましたか?」
私は今、何を口にしたのか。慌てて口を押さえるが、ぼそりとつぶやかれた言葉は大鷹さんには聞かれてしまった。何を言ったのかはわからないようだったので、ほっとした。
いやいや、あんな卑猥なことを店内で話している夫婦など嫌に決まっている。あの夫婦の間に生まれた子供も可哀想だ。とはいえ、子供がいるとは驚きだ。
「とりあえず、大鷹さんをこれ以上、腐らせないよう、沼に落とさないように気をつけようと思います」
「よくわかりませんが、紗々さんと楽しく過ごすことができれば、僕は腐っても、沼に落ちても大丈夫ですよ」
大鷹さんはあっさりと言うが、私は断固として反対だ。まあ、一緒に語り合える仲間がいるのは嬉しいので、その兼ね合いを見つけるのは難しい。私はこの件について、当面の課題にしようと心に決めた。
そんなこんなで、あれからあっという間に時が過ぎ、今日は10月31日のハロウィン。大鷹さんの言っていた仮装を本当にするのか、半信半疑で当日を迎えた。
「今日は早めに帰ってきてくださいね」
朝、仕事の為に家を出る際、私より家を出るのが遅い大鷹さんに念押しされた。ということは、やはり仮装はするということか。よくわからないが、友達皆無の私は、残業や買い物以外で帰宅が遅くなることはない。今日は月末なので残業がある可能性もあるが、頑張れば何とか定時で終わることができるだろう。
「わかりました。善処します」
そういって、私は家を出た。外は快晴で、10月終わりとは思えないほどの暖かさだった。
「おはようございます。今日はハロウィンですね。先輩は仮装とかするんですか?」
「おはようございます。仮装には興味はないですが、河合さんは好きそうですね」
「わかりますか。最近、仮装に興味がわいちゃって。先週の土曜日に仮装イベントがあって、初めて友達と一緒に参加しちゃいました」
仕事場に着くと、河合さんに挨拶されて、ハロウィンについての話題を振られる。河合さんはちょっと変わっているが、私と違って陽キャに属している。友達とイベントに参加するなど、私には到底出来ない芸当だ。
「見てください。結構、うまく撮れているでしょう?」
始業時刻までにはまだ時間がある。更衣室で制服に着替えた私たちは部屋の隅によって、河合さんのスマホを覗き込む。そこには河合さんらしき女性と見知らぬ女性二人が映っていた。河合さんは魔女のような仮装で黒のとんがり帽子に黒いローブを羽織っていたが、なぜかその下はミニスカートで太ももがあらわになっていた。他の2人も同じように魔女っぽい恰好をしていた。大人のコスプレとか仮装はなぜ、こうも露出したがるのか。
「先輩も今度、一緒に仮装、いやコスプレしましょう。先輩が人見知りなら、私と二人で参加がいい」
「遠慮します」
「あまりにも即答過ぎます。もう少し、考えてくれてもいいのに」
口から反射的に断わりの言葉が出た。さて、今日は気合を入れて仕事をしなくてはならない。私は文句を言う河合さんを置いて、更衣室を出た。
「ただいま」
「おかえりなさい」
気合を入れて仕事をしたおかげか、月末にも関わらず、仕事は定時を少し過ぎた辺りで終えることができた。急いで帰宅すると、大鷹さんは既に帰宅済みで玄関で出迎えてくれた。ニコニコといつも通りの笑顔だが、心なしか浮かれているように見える。
夕食は大鷹さんが準備してくれた。秋らしく、サツマイモご飯と塩鮭だった。ハロウィンが洋風のイベントなのに、食事は和風のミスマッチ感がすごい。とはいえ、おいしくいただいた。
「ということで、今日のメインはここからです。これ、紗々さんの衣装です。僕も着替えてきますね」
食事を終えて後片付けも終わると、いつもならゆっくりくつろぐ時間だ。しかし、今日の大鷹さんは一度部屋に戻ると、大きな紙袋を持ってリビングに現れた。紙袋には見覚えがある。確か、アニメショップに行った日に大鷹さんが持っていたものだ。中に、仮装用の衣装が入っていたとは。
「大鷹さん、だけでは駄目ですか?」
「一緒に仮装するのが楽しいんでしょう?ほら、早く早く」
このまま私が拒み続けたら、大鷹さんはおとなしく引き下がるだろう。しかし、そうなると、大鷹さんが購入したと思われる衣装が無駄になってしまう。さらには、大鷹さんの貴重な仮装姿を見ることができなくなる。
「ワカリマシタ」
葛藤の末、私は大鷹さんの仮装姿を見るため、大鷹さんからもらった衣装に着替えることにした。
「さすが、大鷹さんだ」
自室で紙袋の中身を確認したら、そこには着ぐるみセットが入っていた。どうやら、パジャマみたいだ。灰色のもこもこの生地に狼の耳がついたフードがついている。アラサー女が着るにはイタイ気もするが、これくらいなら我慢できそうだ。河合さんに見せてもらったような、露出の高い服が出てきたらどうしようかと思っていた。上下別れたもこもこの生地は、長そで長ズボンで安心して袖を通すことができた。
さっそく、着てみて姿見で全身を映すと、そこには可愛らしいオオカミの着ぐるみを着た女性が立っていた。似合わないこともないので良しとしよう。
部屋を出ると、そこにはすでに大鷹さんが仮装して待っていた。
「それはいったい……」
「紗々さんとおそろいですね」
まさかの大鷹さんも私と同じ着ぐるみを着ていた。しかも、大鷹さんはなぜか、ピンクのもこもこ生地にうさ耳がついたフードをかぶっている。イケメンと可愛らしさのギャップが萌えるが、どうにも解せない。
「トリックオアトリート、おかしくれなきゃ、いたずらするぞ」
ううん、破壊力抜群だ。つい、目の前のかわいいイケメンウサギにいたずらされたくてお菓子を渡さない選択肢が頭に浮かぶ。
なぜ、アラサー男が恥ずかしげもなく、そんな可愛らしい服を着ることができるのか。どうして、私がオオカミで大鷹さんがウサギなのか。疑問が山ほどあるが、せっかくのイベントごとだ。細かいことは気にしないことにした。
「し、仕方ないですね。お菓子なら準備していますよ。ほら、これでどうですか」
お菓子はおやつとして食べるために常にストックがある。私はパントリーからクッキーの箱を取り出して大鷹さんに渡す。
「お菓子を隠しておくべきでしたね」
残念そうにお菓子を受け取る大鷹さんについ、いたずらしたくなった。今度は私の番だ。
「トリックオアトリート!お菓子くれなきゃ」
いたずらするぞ。
最後まで言葉を言う前に、私は大鷹さんの頬に軽くキスをした。
「……」
してやったり。大鷹さんの驚く表情を見ようと距離を取ろうとしたが。
「は、離してください」
「かわいい過ぎる紗々さんがいけないんです。襲ってもいいですか」
「お断りします」
大鷹さんに抱きしめられて身動きできない。まあ、抱きしめられるくらいなら許容範囲だ。黙って私は大鷹さんに身を預けた。
こうして、私たちの楽しいハロウィンは幕を閉じた。当然、私たちの仮装写真はたくさん撮った。スマホの写真フォルダには、大鷹さんの可愛らしい姿がしっかりと収められている。
ハロウィンは終わってしまったが、仮装というのはたまには良いものだ。次の小説ネタにしてやろう。どんどんリア充化が進む気がするが、大鷹さんと一緒に楽しめるなら問題ない。これからも、どんどん大鷹さんとの思い出を作っていけたらと思っている。
ちなみに昼ご飯は家でひとり寂しく食べた。人見知りコミュ障だからという訳ではない。私だってひとりで映画も見られるし、外食だって出来る。ただ、あの日は気分じゃなかっただけだ。大鷹さんがいなかったので、カップ麺をひとりで食べた。
大鷹さんが帰ってきたのは夕方だった。何やら、大きな紙袋を手にしていたが、どこに出掛けていたのだろうか。
「ただいま。もうすぐ、ハロウィンですね。当日は何かしますか?」
「おかえりなさい。大鷹さん、もしかして仮装したいんですか?」
「いえ、僕は別に。紗々さんは……って、紗々さんはコスプレとか仮装とかしなさそうですね」
玄関を上がって、大鷹さんは紙袋を持って自分の部屋に入っていく。大鷹さんの言葉で今月末がハロウィンであることを思い出す。店などにはカボチャのお化けが置かれている。漫画アプリでもハロウィンにちなんだイベントが行われていた。私はというと。
「特に何も準備してないわ」
そもそも、ハロウィンは日本の行事ではない。もともとは外国で行われていたもので、本来なら日本人がやらなくても良い行事だ。クリスマスにバレンタイン然り、イベントごとが好きな日本人が勝手に広めたものだ。やりたい人間だけが勝手にやればいい。
夕方になったので、今日の夕食は何にしようか考えていたが、ハロウィンという言葉に感化されて、今日はカボチャを使ったメニューにすることにした。とはいえ、そこまで凝った料理など面倒なので作りたくない。ただ、カボチャが食べたいだけなので、簡単に出来る料理をスマホで検索する。
「それで、先ほどの話の続きですけど、紗々さんは今年のハロウィンはどうしますか?」
「大鷹さんが自分で言いましたよね。私は仮装しなさそうだって。正解です。そんな浮ついたことはしません」
本当に大鷹さんは仮装をしたいのだろうか。だとしたら、どんな仮装が似合うだろうか。大鷹さんほどのイケメンなら、何を着ても格好よく着こなせそうだ。
「大鷹さんの仮装、ぜひ、見たいです」
「紗々さんがするというのなら、仮装、してみてもいいですよ。当日、家で一緒に仮装しましょう!衣装はこちらで準備しますから」
ずいぶんと仮装に執着している。さては、外出先でハロウィンの仮装について、誰かに入れ知恵をされたのか。だとしても、その誰かを責めるつもりはない。むしろ、ありがとうとお礼を言いたいくらいだ。
ハロウィンの仮装の定番といったら、バンパイアか。いや、狼男にミイラ男、フランケンシュタインに、魔法使い、ゾンビに神父、思い浮かぶだけでもこれだけある。さらに詳しく調べたら、もっと出てくるだろう。大鷹さんが仮装している姿を想像すると、にやけが止まらない。
「妄想中のところ、申し訳ないんですが、今日の夕食はどうしますか?まだ体調が悪いようなら、僕が作りま」
「私が作るので大丈夫です。ああ、カボチャの仮装もいい……。いや、さすがにカボチャをかぶったら大鷹さんのイケメンな顔が隠れるので却下ですね」
「仮装に興味を持ってくれて嬉しいです」
キッチンに立ち、私はカボチャを調理しながら、大鷹さんの仮装について妄想を膨らませた。
「いただきます」
カボチャを使った料理とは言ったが、大した料理は作れなかった。そもそも、今年が異常に暑いので、シチューなどのあったかメニューを食べる気がしなかった。そのため、カボチャを使った料理が限られてくる。
「まあ、夕食なんて、おいしければいいか」
結局、豚肉とカボチャの野菜炒めに落ち着いた。でもまあ、カボチャの甘さが肉とマッチしているので良しとしよう。夕食を食べながら、アニメショップで出会ったやばい夫婦の会話を思い出す。
「今日、アニメショップに行ったんですけど、そのときにやばい夫婦を見かけました」
「アニメショップに行くと言っていましたもんね。紗々さんが言うやばいって、気になりますね」
「ハイ。私はあんな夫婦になりたくないなって思いました。だって……」
私は大鷹さんに彼らの会話を話すことにした。BL本コーナーでオメガバースについて話していたこと。どうやら、娘がいるようだが何かしらのトラウマを植え付けてしまったこと。さらには。
「会話からして、二人は教師ですよ。子どもを教え導く教師が、生徒たちを性的な目で見ようとしている。やばくないですか?」
「はあ。確かに会話だけ聞いたらやばそうですね。でも、夫婦仲は良さそうだったんですよね。やばいって、他人を性的な目で見ることですか?」
「それもそうですけど」
大鷹さんをあまり腐らせたくない。
今更過ぎるが、それが私の本音だ。あの夫婦はもうかなり思考が腐っていた。夫の方もすでに重度の腐男子とみて間違いないだろう。お互い、それを隠そうとせず、堂々としていた。
「羨ましい」
「何か言いましたか?」
私は今、何を口にしたのか。慌てて口を押さえるが、ぼそりとつぶやかれた言葉は大鷹さんには聞かれてしまった。何を言ったのかはわからないようだったので、ほっとした。
いやいや、あんな卑猥なことを店内で話している夫婦など嫌に決まっている。あの夫婦の間に生まれた子供も可哀想だ。とはいえ、子供がいるとは驚きだ。
「とりあえず、大鷹さんをこれ以上、腐らせないよう、沼に落とさないように気をつけようと思います」
「よくわかりませんが、紗々さんと楽しく過ごすことができれば、僕は腐っても、沼に落ちても大丈夫ですよ」
大鷹さんはあっさりと言うが、私は断固として反対だ。まあ、一緒に語り合える仲間がいるのは嬉しいので、その兼ね合いを見つけるのは難しい。私はこの件について、当面の課題にしようと心に決めた。
そんなこんなで、あれからあっという間に時が過ぎ、今日は10月31日のハロウィン。大鷹さんの言っていた仮装を本当にするのか、半信半疑で当日を迎えた。
「今日は早めに帰ってきてくださいね」
朝、仕事の為に家を出る際、私より家を出るのが遅い大鷹さんに念押しされた。ということは、やはり仮装はするということか。よくわからないが、友達皆無の私は、残業や買い物以外で帰宅が遅くなることはない。今日は月末なので残業がある可能性もあるが、頑張れば何とか定時で終わることができるだろう。
「わかりました。善処します」
そういって、私は家を出た。外は快晴で、10月終わりとは思えないほどの暖かさだった。
「おはようございます。今日はハロウィンですね。先輩は仮装とかするんですか?」
「おはようございます。仮装には興味はないですが、河合さんは好きそうですね」
「わかりますか。最近、仮装に興味がわいちゃって。先週の土曜日に仮装イベントがあって、初めて友達と一緒に参加しちゃいました」
仕事場に着くと、河合さんに挨拶されて、ハロウィンについての話題を振られる。河合さんはちょっと変わっているが、私と違って陽キャに属している。友達とイベントに参加するなど、私には到底出来ない芸当だ。
「見てください。結構、うまく撮れているでしょう?」
始業時刻までにはまだ時間がある。更衣室で制服に着替えた私たちは部屋の隅によって、河合さんのスマホを覗き込む。そこには河合さんらしき女性と見知らぬ女性二人が映っていた。河合さんは魔女のような仮装で黒のとんがり帽子に黒いローブを羽織っていたが、なぜかその下はミニスカートで太ももがあらわになっていた。他の2人も同じように魔女っぽい恰好をしていた。大人のコスプレとか仮装はなぜ、こうも露出したがるのか。
「先輩も今度、一緒に仮装、いやコスプレしましょう。先輩が人見知りなら、私と二人で参加がいい」
「遠慮します」
「あまりにも即答過ぎます。もう少し、考えてくれてもいいのに」
口から反射的に断わりの言葉が出た。さて、今日は気合を入れて仕事をしなくてはならない。私は文句を言う河合さんを置いて、更衣室を出た。
「ただいま」
「おかえりなさい」
気合を入れて仕事をしたおかげか、月末にも関わらず、仕事は定時を少し過ぎた辺りで終えることができた。急いで帰宅すると、大鷹さんは既に帰宅済みで玄関で出迎えてくれた。ニコニコといつも通りの笑顔だが、心なしか浮かれているように見える。
夕食は大鷹さんが準備してくれた。秋らしく、サツマイモご飯と塩鮭だった。ハロウィンが洋風のイベントなのに、食事は和風のミスマッチ感がすごい。とはいえ、おいしくいただいた。
「ということで、今日のメインはここからです。これ、紗々さんの衣装です。僕も着替えてきますね」
食事を終えて後片付けも終わると、いつもならゆっくりくつろぐ時間だ。しかし、今日の大鷹さんは一度部屋に戻ると、大きな紙袋を持ってリビングに現れた。紙袋には見覚えがある。確か、アニメショップに行った日に大鷹さんが持っていたものだ。中に、仮装用の衣装が入っていたとは。
「大鷹さん、だけでは駄目ですか?」
「一緒に仮装するのが楽しいんでしょう?ほら、早く早く」
このまま私が拒み続けたら、大鷹さんはおとなしく引き下がるだろう。しかし、そうなると、大鷹さんが購入したと思われる衣装が無駄になってしまう。さらには、大鷹さんの貴重な仮装姿を見ることができなくなる。
「ワカリマシタ」
葛藤の末、私は大鷹さんの仮装姿を見るため、大鷹さんからもらった衣装に着替えることにした。
「さすが、大鷹さんだ」
自室で紙袋の中身を確認したら、そこには着ぐるみセットが入っていた。どうやら、パジャマみたいだ。灰色のもこもこの生地に狼の耳がついたフードがついている。アラサー女が着るにはイタイ気もするが、これくらいなら我慢できそうだ。河合さんに見せてもらったような、露出の高い服が出てきたらどうしようかと思っていた。上下別れたもこもこの生地は、長そで長ズボンで安心して袖を通すことができた。
さっそく、着てみて姿見で全身を映すと、そこには可愛らしいオオカミの着ぐるみを着た女性が立っていた。似合わないこともないので良しとしよう。
部屋を出ると、そこにはすでに大鷹さんが仮装して待っていた。
「それはいったい……」
「紗々さんとおそろいですね」
まさかの大鷹さんも私と同じ着ぐるみを着ていた。しかも、大鷹さんはなぜか、ピンクのもこもこ生地にうさ耳がついたフードをかぶっている。イケメンと可愛らしさのギャップが萌えるが、どうにも解せない。
「トリックオアトリート、おかしくれなきゃ、いたずらするぞ」
ううん、破壊力抜群だ。つい、目の前のかわいいイケメンウサギにいたずらされたくてお菓子を渡さない選択肢が頭に浮かぶ。
なぜ、アラサー男が恥ずかしげもなく、そんな可愛らしい服を着ることができるのか。どうして、私がオオカミで大鷹さんがウサギなのか。疑問が山ほどあるが、せっかくのイベントごとだ。細かいことは気にしないことにした。
「し、仕方ないですね。お菓子なら準備していますよ。ほら、これでどうですか」
お菓子はおやつとして食べるために常にストックがある。私はパントリーからクッキーの箱を取り出して大鷹さんに渡す。
「お菓子を隠しておくべきでしたね」
残念そうにお菓子を受け取る大鷹さんについ、いたずらしたくなった。今度は私の番だ。
「トリックオアトリート!お菓子くれなきゃ」
いたずらするぞ。
最後まで言葉を言う前に、私は大鷹さんの頬に軽くキスをした。
「……」
してやったり。大鷹さんの驚く表情を見ようと距離を取ろうとしたが。
「は、離してください」
「かわいい過ぎる紗々さんがいけないんです。襲ってもいいですか」
「お断りします」
大鷹さんに抱きしめられて身動きできない。まあ、抱きしめられるくらいなら許容範囲だ。黙って私は大鷹さんに身を預けた。
こうして、私たちの楽しいハロウィンは幕を閉じた。当然、私たちの仮装写真はたくさん撮った。スマホの写真フォルダには、大鷹さんの可愛らしい姿がしっかりと収められている。
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