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番外編【創作あるある】1結局はフィクション

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「なんだか、急に寒くなってきましたね」

 11月の半ばに入り、急に寒くなった。半そでから一気に長そで二枚重ねという、ありえない服装の変化だ。

【雨を境に季節が一気に進みます】

 テレビの各局の気象予報士がそろって口にした言葉通り、雨を境に一気に季節が冬に近付いた。雨の前まで、秋だというのに夏の終わりのような蒸し暑い日が続いていたのが嘘のようだ。扇風機を片付け、朝晩にはストーブが活躍するようになった。

「現実は面倒だなあ」

「何が面倒なんですか?」

 週末、いつものようにゆっくりと朝食を取りながら、最近の季節の移り変わりについて考えていたら、つい心の声が口から出ていたようだ。目の前に座る大鷹さんにばっちりと聞かれてしまった。

「二次元だと、ここまで季節が一気に進むことってないじゃないですか?そもそも、彼らには季節という概念はありますが、実際のところ、季節と服装が合っていないこともありますし」

 私はこれでも創作者の端くれ。小説を執筆してからかれこれ数年。現実と創作の違いを実感し始めている。季節、というのもだいぶ現実と違うとらえ方だと思っている。

「夏に長そで長ズボン、とか、冬に短パンに半そでを着ている人間がいるということですか?でもそれはその人の特性かもしれませんし、一概に季節に合っていないとも言い切れないのでは?実際に暑がりの人は冬でも半そでで過ごす人もいますし、反対に夏に長そでの人も珍しくないでしょう」

 大鷹さんがコーヒーを飲みながら、正論を口にする。確かに大鷹さんの言う通り、人それぞれ、気温に対する服装は異なってくる。しかし、私はそんな当たり前なことを言っているのではない。

「夏という季節はイベントごとが多いですよね?夏祭りなんか、イベントごとの定番です。祭りに浴衣はもはや、一種のテンプレです。ですが、よく考えてみてください。果たして、現代の40度を超える灼熱のなか、浴衣なんて暑苦しい服装ができますか?半そで短パンでも暑いのに?」

 そう、私が言いたいのはこのことだ。最近の異常気象は創作の季節と乖離し始めている。昔は30度を超えれば暑いという感覚だったが、今では30度越えなどまだ涼しいと思えるくらいには、暑さ耐性がついてしまった。

 昔なら浴衣でも問題なかったかもしれない。でも今はもう少し、暑さについて考え直した方がよい。

「考えすぎではないですか?そもそも、創作はフィクション。現実ではないので、そこまで忠実に季節を再現する必要はないのでは?」

「まあ、そうとも言えますが」

 そんなことは当の昔にわかっている。創作なのだから、矛盾があって当然だ。ファンタジーなどありえないことの連続で物語が成り立っている。多少の季節感のことは目をつむるべきだ。そもそも、私はそこまで気にする人間ではない。魔法が定着しているファンタジーも好きだし、妖怪や幽霊などの現代では証明されていない人外の存在を肯定している世界観も好きだ。

「夏だというのに、あまり暑そうではないとか、クーラーが壊れている35度越えの屋内でいきなり行為を始めるのとか、私の中ではなしだな、と思う訳です」

「細かい粗が気になるという奴ですね」

「そうとも言えます。ありえなさすぎる現象に対してはまあ、寛容にもなれますが、それ以外の細かいところが目についてしまうということです」

 夏に関しては、灼熱の屋外でのイベントごとなどがあげられる。夏祭りがその一例だ。今からの季節でいえば。

「基本的に寒そうなんですよね。雪が降っている描写があるのに、そんな薄着でよく寒くないのかなと思ってしまいます」

 脈絡ない私の言葉に対して、大鷹さんは苦笑するが特に文句を言うことは無い。私の言葉の意図に気づいたみたいだ。

「そこは逆転の発想で、彼らは寒さ耐性がついている。そう考えたらいいのでは?夏は反対に暑さ耐性がある。さっきと同じです。あとは」

 創作上の人間は我々現代人をはるかに超えた超生物だ。

 やけに得意げに話す大鷹さんだが、何か理由でもあるのか。じとりとした視線を向けると、一度咳ばらいをして根拠を話し出す。

「同じことの繰り返しになりますけど、紗々さんはあまりにも創作に対して、現実を重ねすぎです。現代が舞台の物語ならば、それはありかもしれませんが、それ以外のファンタジーや恋愛ものに対しては、ある程度の常識は捨てて楽しむべきです」

「と言いますと?」

 ファンタジーはわかるとして、恋愛まで含めるのはどうしてか。現代恋愛、というジャンルも存在する。それをありのまま否定せずに受け入れろというのは無理な話だ。

「恋愛を含めたことが意外、みたいな顔をしていますね。恋愛は当たり前ですよ。だって、紗々さんは」

 まともな恋愛をしてこなかったようですから。

 ぐさり。あまりにもクリティカルヒットな口撃を大鷹さんは放ってきた。これはあまりにも致命傷になるものだ。私に配慮するということはしないのか。恨みがましい視線を送るが、大鷹さんは無視して独自の持論を展開していく。

「とはいえ、僕だってまともな恋愛をしてきたとは言い難いですけど。恋愛漫画みたいな恋なんて、ほとんどの人が経験していないと思います。こういうのが理想だなあ、みたいな願望が入っていることがほとんどでしょう。要は想像力です。だから、恋愛系の話もフィクション。現実との細かな差異は気にしてはいけません」

 大鷹さんの言葉には妙な説得力があった。確かに巷には恋愛漫画があふれかえっているが、そのどれもがありえないシチュエーションになっている。言われてみれば、現実世界が舞台と言えど、粗を探せばきりがない。簡単なところだと、学校の屋上が解放されている、などだろうか。

「ところで、今週の週末はどうしますか?天気は良さそうなので、どこかに日帰りで旅行にでも行きませんか?ああ、今週は木曜日が祝日でした。その日でもいいですけど。何か候補はありますか?」

 これでこの話は終了とばかりに、大鷹さんが別の話題を切り出した。まあ、大鷹さんの言う通り、創作は所詮フィクションで現実とは異なる道理で動いている。作者の好きなように主人公たちが動かされている。世界観、設定なども作者の自由な発想で構成されている。だからこそ、実際にありえない人外の生き物や魔法などがあっても、人々は楽しめるのだ。

「そういえば、一度行ってみたいと思っていた場所がありました。美術館なんですけど、ちょうど今、日本刀の特別展示がありまして。ゲームとコラボしているみたいです」

 私もいったん、創作の話はおいて、旅行の行き先を答える。スマホを取り出し、行きたいと思っていた美術館のHPを大鷹さんに示す。

「ここですか。車だと4時間くらいかかりそうですね。僕も行ってみたいな思っていました。じゃあ、今週はここにしましょう。あとは、この近くの公園が観光名所になっているみたいです。せっかくなのでそこにもよってあとは……」

 私の行き先を聞いた大鷹さんは、さっそくスマホでマップを広げて所要時間を調べ、さらにはその周辺の観光地も同時に検索していた。相変わらず、仕事の出来る男である。

 それから、私たちは旅行の話で盛り上がった。


「考えすぎもダメだな」

 話を終えた私は自室に戻って、パソコンの電源を入れて思案していた。そう、考え過ぎたらだめな場合もある。気が向くままに他人が作り出したものを楽しみつつ、たまに粗を探してみたり、文句を言ってみたり。そして、自分の身体に正直に生きていこう。筆が進む時に執筆して、作品を作り上げよう。
 私は職業作家ではないので、長く創作活動を続けるためにはそれが一番だ。

「来週末が楽しみです」

 そして、今は大鷹さんとの旅行を楽しめるよう、計画を練ることにした。

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