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お祭りの夜 前
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ピコピコの日は快晴だったがぴゅうと吹く風が冷たく、頬に当たるとチクリと痛みも感じるほどの寒さだった。ピコピコが引く荷車には大量の菓子が積み込んである。色とりどりのリボンをかけて、サンタに扮したリュカとナルシュが配るのだ。
「リュカ君」
「あ、ニコラス義兄様!」
顔の横で小さく手を振るニコラス、その隣にはリュカの長兄のジェラールもいた。ニコラスは上等そうな毛皮のコートに身を包み、足元もまた暖かそうなブーツを履いている。
「大丈夫なんですか?こんな人混みにいらして…」
「ん?気分転換したかったし、それにクリスマスってものも見てみたかったから」
ふふと柔和な笑みのニコラスとは違い、ジェラールはニコラスの傍にぴったりとくっついて辺りを警戒している。
「そのお髭はどうしたの?」
「ニコラス、これがクリスマスってやつだ」
「そうなの?リュカ君」
「こら、なんでリュカに聞くんだ!」
ぷっと頬を膨らますナルシュ、だってねぇ?とリュカとニコラスを顔を見合わせてころころと笑った。
「ニコラス君、もういいね?早く帰ろう」
「来たばかりですよ?」
「ここは危ないよ!!」
キョロキョロとジェラールは視線を動かし、駆けている子らをしっしっと追い払っていた。
「ジェラール、私は鍛えてますから。ちょっとやそっとぶつかられたくらいでは…」
「お腹の子は鍛えていない!!」
ふうふうとジェラールが鼻息を荒くするのは、ニコラスのお腹に赤子がいるからだ。過保護だねぇ、と呆れ声のナルシュだったがその表情はにっこにこで新しい命の誕生に嬉しさを隠すことができない。
何もかもすっ飛ばして番になったこの二人、今度は正式な式の前に子を成した。
生き急いでんのか?とナルシュは笑い、お兄様がそんなまさかとリュカはまた慌てふためいた。それでもめでたいことには間違いない、ニコラスの生家ペンブルック家からチクチクとやられても幸せいっぱいのジェラールはちっとも気にしていなかった。その代わりと言ってはなんだが、父は可哀想になるくらい窶れてしまった。なんでも仮病ではなく本当に胃が痛いそうだ。
「アイザック君たちは?」
「なんか大事な用があんだって、エルも一緒にどっか行った。な?リュカ」
「うん。ピコピコより大事なんて…」
なぁ?ねぇ?とナルシュとリュカは顔を見合わせてつまらなさそうな顔をするのであった。
「はーい、はい!お菓子はたくさんありますからねぇ」
「押さないよー、ちゃんと並ぶんだぞー!」
「良い子にしてるとお菓子がもらえるぞー!」
ワクワクドキドキソワソワ鼻の頭を真っ赤にした子らがピコピコの前にずらりと並ぶ。列の整理をするのはマーサにジェリー、そしてクルトだ。クルトの屋台はクルトの親父すなわち肉屋の店主が請け負っていた。じゅうじゅうと焼けるソーセージは香ばしく練り込まれたハーブの匂いも辺りに漂って大繁盛していた。
「はい、どうぞ」
「あーと、おくしゃま」
「奥様じゃないよ、今日はサンタだ」
「さたしゃま?」
ん?と不思議そうな顔をする女の子の頬を温めるように撫でてやると、ふわっと笑ってあーと!とリュカは抱きつかれた。可愛い、子は本当に可愛い。これが我が子なら…とつい想像してリュカもぎゅうと抱き締め返した。
ピコピコの日クリスマス仕様は大盛況だった。遅れてやってきたアイザックも菓子配りに加わり、二人で紙芝居も見た。帝国から送られてきたクリスマスの絵本、それを元にしたお話は子らにも好評だった。
「用事ってなんだったの?」
「ん?それはあとのお楽しみだ」
手を繋いで広場を歩く、あちこちの出店をひやかしていつものベンチに落ち着いた。アイザックは温かいワインを、リュカはココアとチョコレートを混ぜた温かい飲み物を持って。
ふぅふぅと息をふきかけながらちびちびと飲むリュカの髪をアイザックは撫でる。
「なんか嬉しそう」
「ん?そりゃ…」
なに?と聞くリュカにアイザックは笑みを浮かべるだけだ。細められた目、にんまりと上向く口角、大好きなアイザックの顔なのになぜだか小さな不安がぽこりと湧き上がった。
なんだろう、足の裏がゾワゾワして落ち着かない。アイザックの指先が、リュカの頬をゆっくりと撫で唇に触れる。妖しい雰囲気に呑まれそうになり思わず喉が鳴った。
その日の夜、リュカはそれはそれは大きなため息を吐いていた。リュカはアイザックが喜ぶことならなんでもしてあげたいと思う、しかしそこに葛藤がないわけではない。
「…こりゃまたすごい」
リュカの手にあるのは真っ赤な下着だった。レースとフリルをふんだんに使ったそれがここにあるということはこれを穿かなければならない。そしてそれと対のように置いてあるのは向こうが透けて見える白の寝衣だった。もそもそとリュカは着替え、姿見に映る自分を見て今度は小さく息を吐いた。
襟や裾にもたっぷりとフリルがあしらわれている、丈は臍がかろうじて隠れるくらい。
「アイクは僕になにをさせたいの…」
はぁと三つ目のため息がこぼれ落ちる瞬間、湯殿の扉がドンドンと叩かれた。
「リュカ!大丈夫か!?のぼせてしまったのか?」
「はいはい、ただいま」
リュカの支度が遅いので心配になったらしい。リュカは静かに扉を開けてその顔を覗かせた。
「どうした?早くおいで」
目が爛々としている、期待に満ちたその紫の瞳。何事にも動じない不動の、とか呼ばれて婚姻を結んでからも熱い視線で見つめる淑女の方々にこの顔を見せてやりたいような、そうでないような。
「…似合ってますか?」
「似合ってる!可愛い、可愛いよリュカ。急ぎ誂えさせたかいがあったというものだ」
そうですか、と呆れながらリュカはくるくると回るアイザックを眺めた。そんな目で見られているとは思いもしないアイザックはひょいとリュカを抱き上げた。
「今夜のこれはなんですか」
「クリスマスの趣向だ」
「これが?」
クリスマスというのは子が喜ぶお祭りだと聞いている。こんないやらしい下着をつける日ではないはずだ。
「クリスマスはな?昼間は子の為、夜は大人が一年間をお互いに労う日らしいんだ」
「そんなこと小兄様は言ってませんでしたよ?」
「ん?あいつのことだから忘れてたんだろ。ちゃんと皇女からの手紙に書いてあったとエルドリッジは言っていたぞ?」
その日に愛の告白をして結ばれる者たちもいる、アイザックはそう言いながらリュカをベッドに運んだ。
「クリスマスは愛の日なんだよ」
そう言ってアイザックはリュカに口付ける。ゆっくり優しく唇を合わせ、愛を深めようなと囁いた。
「リュカ君」
「あ、ニコラス義兄様!」
顔の横で小さく手を振るニコラス、その隣にはリュカの長兄のジェラールもいた。ニコラスは上等そうな毛皮のコートに身を包み、足元もまた暖かそうなブーツを履いている。
「大丈夫なんですか?こんな人混みにいらして…」
「ん?気分転換したかったし、それにクリスマスってものも見てみたかったから」
ふふと柔和な笑みのニコラスとは違い、ジェラールはニコラスの傍にぴったりとくっついて辺りを警戒している。
「そのお髭はどうしたの?」
「ニコラス、これがクリスマスってやつだ」
「そうなの?リュカ君」
「こら、なんでリュカに聞くんだ!」
ぷっと頬を膨らますナルシュ、だってねぇ?とリュカとニコラスを顔を見合わせてころころと笑った。
「ニコラス君、もういいね?早く帰ろう」
「来たばかりですよ?」
「ここは危ないよ!!」
キョロキョロとジェラールは視線を動かし、駆けている子らをしっしっと追い払っていた。
「ジェラール、私は鍛えてますから。ちょっとやそっとぶつかられたくらいでは…」
「お腹の子は鍛えていない!!」
ふうふうとジェラールが鼻息を荒くするのは、ニコラスのお腹に赤子がいるからだ。過保護だねぇ、と呆れ声のナルシュだったがその表情はにっこにこで新しい命の誕生に嬉しさを隠すことができない。
何もかもすっ飛ばして番になったこの二人、今度は正式な式の前に子を成した。
生き急いでんのか?とナルシュは笑い、お兄様がそんなまさかとリュカはまた慌てふためいた。それでもめでたいことには間違いない、ニコラスの生家ペンブルック家からチクチクとやられても幸せいっぱいのジェラールはちっとも気にしていなかった。その代わりと言ってはなんだが、父は可哀想になるくらい窶れてしまった。なんでも仮病ではなく本当に胃が痛いそうだ。
「アイザック君たちは?」
「なんか大事な用があんだって、エルも一緒にどっか行った。な?リュカ」
「うん。ピコピコより大事なんて…」
なぁ?ねぇ?とナルシュとリュカは顔を見合わせてつまらなさそうな顔をするのであった。
「はーい、はい!お菓子はたくさんありますからねぇ」
「押さないよー、ちゃんと並ぶんだぞー!」
「良い子にしてるとお菓子がもらえるぞー!」
ワクワクドキドキソワソワ鼻の頭を真っ赤にした子らがピコピコの前にずらりと並ぶ。列の整理をするのはマーサにジェリー、そしてクルトだ。クルトの屋台はクルトの親父すなわち肉屋の店主が請け負っていた。じゅうじゅうと焼けるソーセージは香ばしく練り込まれたハーブの匂いも辺りに漂って大繁盛していた。
「はい、どうぞ」
「あーと、おくしゃま」
「奥様じゃないよ、今日はサンタだ」
「さたしゃま?」
ん?と不思議そうな顔をする女の子の頬を温めるように撫でてやると、ふわっと笑ってあーと!とリュカは抱きつかれた。可愛い、子は本当に可愛い。これが我が子なら…とつい想像してリュカもぎゅうと抱き締め返した。
ピコピコの日クリスマス仕様は大盛況だった。遅れてやってきたアイザックも菓子配りに加わり、二人で紙芝居も見た。帝国から送られてきたクリスマスの絵本、それを元にしたお話は子らにも好評だった。
「用事ってなんだったの?」
「ん?それはあとのお楽しみだ」
手を繋いで広場を歩く、あちこちの出店をひやかしていつものベンチに落ち着いた。アイザックは温かいワインを、リュカはココアとチョコレートを混ぜた温かい飲み物を持って。
ふぅふぅと息をふきかけながらちびちびと飲むリュカの髪をアイザックは撫でる。
「なんか嬉しそう」
「ん?そりゃ…」
なに?と聞くリュカにアイザックは笑みを浮かべるだけだ。細められた目、にんまりと上向く口角、大好きなアイザックの顔なのになぜだか小さな不安がぽこりと湧き上がった。
なんだろう、足の裏がゾワゾワして落ち着かない。アイザックの指先が、リュカの頬をゆっくりと撫で唇に触れる。妖しい雰囲気に呑まれそうになり思わず喉が鳴った。
その日の夜、リュカはそれはそれは大きなため息を吐いていた。リュカはアイザックが喜ぶことならなんでもしてあげたいと思う、しかしそこに葛藤がないわけではない。
「…こりゃまたすごい」
リュカの手にあるのは真っ赤な下着だった。レースとフリルをふんだんに使ったそれがここにあるということはこれを穿かなければならない。そしてそれと対のように置いてあるのは向こうが透けて見える白の寝衣だった。もそもそとリュカは着替え、姿見に映る自分を見て今度は小さく息を吐いた。
襟や裾にもたっぷりとフリルがあしらわれている、丈は臍がかろうじて隠れるくらい。
「アイクは僕になにをさせたいの…」
はぁと三つ目のため息がこぼれ落ちる瞬間、湯殿の扉がドンドンと叩かれた。
「リュカ!大丈夫か!?のぼせてしまったのか?」
「はいはい、ただいま」
リュカの支度が遅いので心配になったらしい。リュカは静かに扉を開けてその顔を覗かせた。
「どうした?早くおいで」
目が爛々としている、期待に満ちたその紫の瞳。何事にも動じない不動の、とか呼ばれて婚姻を結んでからも熱い視線で見つめる淑女の方々にこの顔を見せてやりたいような、そうでないような。
「…似合ってますか?」
「似合ってる!可愛い、可愛いよリュカ。急ぎ誂えさせたかいがあったというものだ」
そうですか、と呆れながらリュカはくるくると回るアイザックを眺めた。そんな目で見られているとは思いもしないアイザックはひょいとリュカを抱き上げた。
「今夜のこれはなんですか」
「クリスマスの趣向だ」
「これが?」
クリスマスというのは子が喜ぶお祭りだと聞いている。こんないやらしい下着をつける日ではないはずだ。
「クリスマスはな?昼間は子の為、夜は大人が一年間をお互いに労う日らしいんだ」
「そんなこと小兄様は言ってませんでしたよ?」
「ん?あいつのことだから忘れてたんだろ。ちゃんと皇女からの手紙に書いてあったとエルドリッジは言っていたぞ?」
その日に愛の告白をして結ばれる者たちもいる、アイザックはそう言いながらリュカをベッドに運んだ。
「クリスマスは愛の日なんだよ」
そう言ってアイザックはリュカに口付ける。ゆっくり優しく唇を合わせ、愛を深めようなと囁いた。
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