その愛は契約に含まれますか?[本編終了]

谷絵 ちぐり

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羨ましい

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ふぅっと意識が浮上したとき、甘い匂いを感じた。
この匂いはこの世で一等大好きな匂い、美味しそうなポカポカする匂い。
ナルシュはその美味しそうな匂いに鼻を寄せた。
ふんふんと嗅いでぺろぺろと舐める。

「ナル、俺はそうされても擽ったいだけだ」
「ふぇ?」

美味しそうなものから声がすると思ったらエルドリッジが笑っていた。
舐めていたのは鍛えられた胸だった。

「エル、おはよ」
「ん、おはよ」
「俺の?」
「ん、お前の」

ちゅっと口付けながら言ってくれる顔がとても良い。
かっこいい、この特上の男が自分のものだと思うと気分がいい。

「まだ夜?」
「もうすぐ明けるんじゃないか」
「朝になったら仕事行く?」
「今日は行かない」

やったぁー、ナルシュはエルドリッジに乗り上げて思い切り抱きついた。
頭も体もスッキリとして満たされた気持ちが漲ってくる。

「はぁ・・・しあわせ」
「お前は可愛いな」
「もっと言え」

可愛い可愛いとエルドリッジはナルシュの髪をわしゃわしゃとかき混ぜる。
んふふ、と笑う鼻息が薄らと生えている胸毛にかかって揺れるのを間近に見てまた笑ってしまう。

「好き?」
「好きだよ」
「俺はねー、好きで、大好きで、そんでもって愛してる!」
「それは、ずるい」

ぎゅうぎゅう、ぐりぐり、わしゃわしゃ撫でくり回されて、あぁやっぱり幸せとナルシュはその大好きな手を余すことなく享受した。


初めての発情からずっと薬で抑えていた発情は、薬なしでは五日続いた。
その間、ナルシュはめいっぱいエルドリッジに甘え倒しすっかり満足した。
そんな発情期休暇も明けた午後、ナルシュはエバンズ公爵家へと赴いた。
理由はもちろん──

「リュカ!見て!!」
「小兄様、どうしたの?ノックなんかして」

ナルシュはちゃんとマーサに先導されてリュカの私室を訪れた。
本人的には好調の滑り出しだったが、リュカの顔を見ると湧き上がる感情を押さえられなかった。
驚くリュカにナルシュは駆け寄り、項を見せつける。

「わっ、おめでとう!」
「うん、ありがとう!」
「リュカも仕事終わった?」
「まぁ、ひと段落はついたよ」
「おつかれさま!」

抱き合って喜び合う二人をマーサ始め侍女達がニコニコと見つめ、厨房ではナルシュのためにティムがパンケーキを焼く。

「俺さぁ、俺のままでいいんだって」
「何言ってんの、小兄様は小兄様でしょ。僕は小兄様の奔放なとこが羨ましかったよ」
「俺も、リュカの素直なとこが羨ましかった」
「小兄様だって自分のやりたいことに忠実だったじゃない」
「それと、素直で可愛いってことは違う。どっちかっていうと俺はひねくれてた」
「僕たち、ないものねだりだね」

そうだな、と頭をコツンと合わせてふふふと笑う。

「そういえば今、帝国からお客さまがいらっしゃってるみたい」
「ふぅん」
「なんでも、なにか条約を結ぶんだって。えっと、なんだったかな」
「友だちになるってこと?」
「あぁ!うん、そう。友だちになる、いいねそれ。でね、近いうちに記念の式典があるんだって」
「じゃ、旦那は忙しいな」
「小兄様、大丈夫?」
「おぅ、たっぷり甘やかしてもらったからな」

にししと笑うナルシュに、あらまぁとリュカが言う。

焼き上がりましたよ、と置かれたパンケーキは二段重ねでたっぷりの蜂蜜シロップとバターが落としてあった。
ほわりとあがる湯気と焼きたての匂い、口に入れると甘くてしょっぱいのが広がってシュワシュワと溶けていく。

「ティム!美味しいよ!」

細く開けた扉から覗くティムにナルシュはとびきりの笑顔で伝えた。
覗きがバレたティムはヒイッと小さく浮き、リュカがあははと笑った、そんな和やかな午後。




ところ変わって久しぶりに出仕したエルドリッジは警ら部長室で呻いていた。

「無理だ」
「そこをなんとか」
「いいか、アイザック。お前ならわかる、公爵家当主だし、その伴侶のリュカも然りだ」

けれども!と語気を強めてエルドリッジは言う。

「俺も、ナルシュも違う!」
「わかってるよ、んなことは。そもそも、なんでこんなことになってるのかこちらが聞きたいくらいなんだが?」

ぐぅと喉を鳴らして言葉を詰まらせエルドリッジは沈黙した。
なにをどう説明したものか見当もつかないし、できたとしてもいい顔をされるわけがない。

「とにかく、ナルは社交界デビューもしていない。うち主催の小さな茶会から徐々に慣らしていこうって話になってんだ。やっと美味い茶を淹れられるようになったしな」
「そりゃ、良かったな。あのな、俺だって無理だと思う。他の貴族からの注目も浴びるだろう。お前の気持ちもよくわかる」

けれども!と今度はアイザックが語気を強めて言う。

「断れるわけがないだろう!?」

ハァハァと息を荒らげたアイザックと、ガクリと項垂れるエルドリッジ。


記念式典が執り行われるのはこの三日後のことである。
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