その愛は契約に含まれますか?[本編終了]

谷絵 ちぐり

文字の大きさ
上 下
186 / 190

輝かしい

しおりを挟む
あ、また踏んだとリュカはハラハラしながら楽しそうに踊るナルシュを見ていた。
いやリュカのみならずその場にいた者たちは全てダンスを踊る一組を見ていた。
どの顔もハラハラドキドキと見つめているが、件の踊る二人は実に楽しそうであった。

「アイク、あんなに踏まれても平気なのでしょうか・・・あ、また踏んだ」



事の起こりは三日前、エルドリッジが久しぶりの出仕から帰宅するとナルシュは出迎えもせずエルドリッジの部屋で酒を飲んでいた。

「あれ?早いじゃん」
「おま・・・それ」

美味しいよ、と言いながらグラスを掲げるナルシュはすっかりいつも通りの飄々とした態度だった。
発情期前、発情期中のあの甘えたで可愛くて寂しがり屋で可愛くて可愛かったあのナルシュはどこへいったんだ。

「ナル、寂しくなかったか?」
「ん?うん。リュカんとこ行って噛んだ痕を見せびらかしてきたんだ」

ひひひと肩を竦めて笑う顔は本当に嬉しそうで、あぁこれもナルシュだなぁと思う。
座れば?とポンポンと叩くところに腰かけて、知った匂いとなんだかわからない安心感につい溜息が出た。

「なんかあったの?」
「うん、まぁ・・・」
「リュカが言ってたけど帝国と友だちになるん?」
「・・・友だち?」

うん、と酒のツマミのチーズを食べてそれをナルシュはエルドリッジの口にも入れた。
もぐもぐとしながら、ややこしく難しいことを言ってもナルシュはきっとわからないだろうと思う。
けれど、ナルシュのその発想はとても好ましい。

「なんで笑うんだ?」
「いや、いいな、それ」
「なんかってそのこと?」
「記念式典があるのは聞いたか?」
「うん」
「その後に夜会が開かれる。そこで、お前と踊りたいそうだ」
「誰が?」
「皇帝陛下が、お前と、ファーストダンスを」
「えー、俺まだめっちゃ足踏むけどいいんかな」

言いながらまたチーズを放りこんで琥珀色の酒を飲む。

「ナル、お前社交界デビューもしてないだろ?」
「あぁ、そういえば・・・デビューが皇帝と踊るって、俺ってもしかしなくてもすごいな」
「俺とだって踊ったことないのに・・・」
「なんだよ、踊りたかった?エルは変わってんな」
「変わってるのはお前だ」

そうかなぁ、とナルシュは立ち上がって、はいと手を差し出した。

「なんだ?」
「踊ろ?」

ダンスの授業も受けているはずのナルシュだったが、とんでもなく下手くそだった。
運動神経とダンスの上手さは結びつかないようだ。

「俺さ、できないことばっか見るのやめるよ」
「ナルにしかできないことがあるだろ?」
「うん、エルにいっぱい甘やかしてもらったから元気いっぱい!」

言葉通り元気いっぱいにエルドリッジの足を踏みながらナルシュは踊った、ケラケラ笑いながら。

「な?ダンスなんて踊ったっていい事なんてないだろ?足が痛いだけだ」
「・・・特訓しろ」
「任せろ」

その自信はどこからくるんだか笑顔だけは満点のナルシュだった。



そして、その特訓の成果を皇帝相手にナルシュは遺憾無く発揮していた。
夜会の始まる少し前、ナルシュは内密に皇帝の控え室に招待された。
この二日間で何千回と練習した挨拶を恙無く終えたナルシュは、よっしゃと小さく拳を握ってエルドリッジにペちと尻を叩かれた。
それに皇帝も皇女も笑い、ナルシュを友人だと言った。

「ナルちゃんはちょっと変わったな」
「ん?」
「自信のなかったのが今は違うな」
「俺の好きな人が俺のこと好きなの」
「そりゃいいな。番ったのか?」

うん、と頷いてエルドリッジの腕をぎゅっと抱きしめた。

「俺、ダンス下手くそだけどいい?」
「では靴に鉄板を入れておくか」


本当に鉄板入りの靴を履けば良かった、と皇帝は笑いを堪えることができずに踊っていた。

「な?下手くそだろ?」

ふひひと笑いながらまたナルシュは足を踏んだ。
最後にくるりと回って、よろけたところを皇帝に抱きとめられてダンスは終了した。
散々なダンスだったが、ボウ・アンド・スクレープだけはきっかり披露した。

フロアからやけに自信満々に引き上げてくるナルシュ。
終わり良ければ全て良しの精神でエルドリッジに駆け寄った。
褒めたいような、褒めたくないような。

貴族として学院にも通わず、卒業年の社交界デビューもせず表舞台にその影すらも現さなかったナルシュ。
それが突如、アーカード侯爵家次男の婚約者として彗星のように現れた。
初めての夜会で下手くそなダンスを皇帝と踊った。
貴族連中は経歴不明な下位伯爵家の次男を認めざるを得なかった、そんな夜会のはじまり。



※エルナル編、次話でおしまいです。
しおりを挟む
感想 185

あなたにおすすめの小説

捨てられオメガの幸せは

ホロロン
BL
家族に愛されていると思っていたが実はそうではない事実を知ってもなお家族と仲良くしたいがためにずっと好きだった人と喧嘩別れしてしまった。 幸せになれると思ったのに…番になる前に捨てられて行き場をなくした時に会ったのは、あの大好きな彼だった。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

運命の人じゃないけど。

加地トモカズ
BL
 αの性を受けた鷹倫(たかみち)は若くして一流企業の取締役に就任し求婚も絶えない美青年で完璧人間。足りないものは人生の伴侶=運命の番であるΩのみ。  しかし鷹倫が惹かれた人は、運命どころかΩでもないβの電気工事士の苳也(とうや)だった。 ※こちらの作品は「男子高校生マツダくんと主夫のツワブキさん」内で腐女子ズが文化祭に出版した同人誌という設定です。

王子のこと大好きでした。僕が居なくてもこの国の平和、守ってくださいますよね?

人生1919回血迷った人
BL
Ωにしか見えない一途な‪α‬が婚約破棄され失恋する話。聖女となり、国を豊かにする為に一人苦しみと戦ってきた彼は性格の悪さを理由に婚約破棄を言い渡される。しかしそれは歴代最年少で聖女になった弊害で仕方のないことだった。 ・五話完結予定です。 ※オメガバースで‪α‬が受けっぽいです。

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

偽物の僕は本物にはなれない。

15
BL
「僕は君を好きだけど、君は僕じゃない人が好きなんだね」 ネガティブ主人公。最後は分岐ルート有りのハピエン。

偽物の運命〜αの幼馴染はβの俺を愛しすぎている〜

白兪
BL
楠涼夜はカッコよくて、優しくて、明るくて、みんなの人気者だ。 しかし、1つだけ欠点がある。 彼は何故か俺、中町幹斗のことを運命の番だと思い込んでいる。 俺は平々凡々なベータであり、決して運命なんて言葉は似合わない存在であるのに。 彼に何度言い聞かせても全く信じてもらえず、ずっと俺を運命の番のように扱ってくる。 どうしたら誤解は解けるんだ…? シリアス回も終盤はありそうですが、基本的にいちゃついてるだけのハッピーな作品になりそうです。 書き慣れてはいませんが、ヤンデレ要素を頑張って取り入れたいと思っているので、温かい目で見守ってくださると嬉しいです。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

処理中です...