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輝かしい
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あ、また踏んだとリュカはハラハラしながら楽しそうに踊るナルシュを見ていた。
いやリュカのみならずその場にいた者たちは全てダンスを踊る一組を見ていた。
どの顔もハラハラドキドキと見つめているが、件の踊る二人は実に楽しそうであった。
「アイク、あんなに踏まれても平気なのでしょうか・・・あ、また踏んだ」
事の起こりは三日前、エルドリッジが久しぶりの出仕から帰宅するとナルシュは出迎えもせずエルドリッジの部屋で酒を飲んでいた。
「あれ?早いじゃん」
「おま・・・それ」
美味しいよ、と言いながらグラスを掲げるナルシュはすっかりいつも通りの飄々とした態度だった。
発情期前、発情期中のあの甘えたで可愛くて寂しがり屋で可愛くて可愛かったあのナルシュはどこへいったんだ。
「ナル、寂しくなかったか?」
「ん?うん。リュカんとこ行って噛んだ痕を見せびらかしてきたんだ」
ひひひと肩を竦めて笑う顔は本当に嬉しそうで、あぁこれもナルシュだなぁと思う。
座れば?とポンポンと叩くところに腰かけて、知った匂いとなんだかわからない安心感につい溜息が出た。
「なんかあったの?」
「うん、まぁ・・・」
「リュカが言ってたけど帝国と友だちになるん?」
「・・・友だち?」
うん、と酒のツマミのチーズを食べてそれをナルシュはエルドリッジの口にも入れた。
もぐもぐとしながら、ややこしく難しいことを言ってもナルシュはきっとわからないだろうと思う。
けれど、ナルシュのその発想はとても好ましい。
「なんで笑うんだ?」
「いや、いいな、それ」
「なんかってそのこと?」
「記念式典があるのは聞いたか?」
「うん」
「その後に夜会が開かれる。そこで、お前と踊りたいそうだ」
「誰が?」
「皇帝陛下が、お前と、ファーストダンスを」
「えー、俺まだめっちゃ足踏むけどいいんかな」
言いながらまたチーズを放りこんで琥珀色の酒を飲む。
「ナル、お前社交界デビューもしてないだろ?」
「あぁ、そういえば・・・デビューが皇帝と踊るって、俺ってもしかしなくてもすごいな」
「俺とだって踊ったことないのに・・・」
「なんだよ、踊りたかった?エルは変わってんな」
「変わってるのはお前だ」
そうかなぁ、とナルシュは立ち上がって、はいと手を差し出した。
「なんだ?」
「踊ろ?」
ダンスの授業も受けているはずのナルシュだったが、とんでもなく下手くそだった。
運動神経とダンスの上手さは結びつかないようだ。
「俺さ、できないことばっか見るのやめるよ」
「ナルにしかできないことがあるだろ?」
「うん、エルにいっぱい甘やかしてもらったから元気いっぱい!」
言葉通り元気いっぱいにエルドリッジの足を踏みながらナルシュは踊った、ケラケラ笑いながら。
「な?ダンスなんて踊ったっていい事なんてないだろ?足が痛いだけだ」
「・・・特訓しろ」
「任せろ」
その自信はどこからくるんだか笑顔だけは満点のナルシュだった。
そして、その特訓の成果を皇帝相手にナルシュは遺憾無く発揮していた。
夜会の始まる少し前、ナルシュは内密に皇帝の控え室に招待された。
この二日間で何千回と練習した挨拶を恙無く終えたナルシュは、よっしゃと小さく拳を握ってエルドリッジにペちと尻を叩かれた。
それに皇帝も皇女も笑い、ナルシュを友人だと言った。
「ナルちゃんはちょっと変わったな」
「ん?」
「自信のなかったのが今は違うな」
「俺の好きな人が俺のこと好きなの」
「そりゃいいな。番ったのか?」
うん、と頷いてエルドリッジの腕をぎゅっと抱きしめた。
「俺、ダンス下手くそだけどいい?」
「では靴に鉄板を入れておくか」
本当に鉄板入りの靴を履けば良かった、と皇帝は笑いを堪えることができずに踊っていた。
「な?下手くそだろ?」
ふひひと笑いながらまたナルシュは足を踏んだ。
最後にくるりと回って、よろけたところを皇帝に抱きとめられてダンスは終了した。
散々なダンスだったが、ボウ・アンド・スクレープだけはきっかり披露した。
フロアからやけに自信満々に引き上げてくるナルシュ。
終わり良ければ全て良しの精神でエルドリッジに駆け寄った。
褒めたいような、褒めたくないような。
貴族として学院にも通わず、卒業年の社交界デビューもせず表舞台にその影すらも現さなかったナルシュ。
それが突如、アーカード侯爵家次男の婚約者として彗星のように現れた。
初めての夜会で下手くそなダンスを皇帝と踊った。
貴族連中は経歴不明な下位伯爵家の次男を認めざるを得なかった、そんな夜会のはじまり。
※エルナル編、次話でおしまいです。
いやリュカのみならずその場にいた者たちは全てダンスを踊る一組を見ていた。
どの顔もハラハラドキドキと見つめているが、件の踊る二人は実に楽しそうであった。
「アイク、あんなに踏まれても平気なのでしょうか・・・あ、また踏んだ」
事の起こりは三日前、エルドリッジが久しぶりの出仕から帰宅するとナルシュは出迎えもせずエルドリッジの部屋で酒を飲んでいた。
「あれ?早いじゃん」
「おま・・・それ」
美味しいよ、と言いながらグラスを掲げるナルシュはすっかりいつも通りの飄々とした態度だった。
発情期前、発情期中のあの甘えたで可愛くて寂しがり屋で可愛くて可愛かったあのナルシュはどこへいったんだ。
「ナル、寂しくなかったか?」
「ん?うん。リュカんとこ行って噛んだ痕を見せびらかしてきたんだ」
ひひひと肩を竦めて笑う顔は本当に嬉しそうで、あぁこれもナルシュだなぁと思う。
座れば?とポンポンと叩くところに腰かけて、知った匂いとなんだかわからない安心感につい溜息が出た。
「なんかあったの?」
「うん、まぁ・・・」
「リュカが言ってたけど帝国と友だちになるん?」
「・・・友だち?」
うん、と酒のツマミのチーズを食べてそれをナルシュはエルドリッジの口にも入れた。
もぐもぐとしながら、ややこしく難しいことを言ってもナルシュはきっとわからないだろうと思う。
けれど、ナルシュのその発想はとても好ましい。
「なんで笑うんだ?」
「いや、いいな、それ」
「なんかってそのこと?」
「記念式典があるのは聞いたか?」
「うん」
「その後に夜会が開かれる。そこで、お前と踊りたいそうだ」
「誰が?」
「皇帝陛下が、お前と、ファーストダンスを」
「えー、俺まだめっちゃ足踏むけどいいんかな」
言いながらまたチーズを放りこんで琥珀色の酒を飲む。
「ナル、お前社交界デビューもしてないだろ?」
「あぁ、そういえば・・・デビューが皇帝と踊るって、俺ってもしかしなくてもすごいな」
「俺とだって踊ったことないのに・・・」
「なんだよ、踊りたかった?エルは変わってんな」
「変わってるのはお前だ」
そうかなぁ、とナルシュは立ち上がって、はいと手を差し出した。
「なんだ?」
「踊ろ?」
ダンスの授業も受けているはずのナルシュだったが、とんでもなく下手くそだった。
運動神経とダンスの上手さは結びつかないようだ。
「俺さ、できないことばっか見るのやめるよ」
「ナルにしかできないことがあるだろ?」
「うん、エルにいっぱい甘やかしてもらったから元気いっぱい!」
言葉通り元気いっぱいにエルドリッジの足を踏みながらナルシュは踊った、ケラケラ笑いながら。
「な?ダンスなんて踊ったっていい事なんてないだろ?足が痛いだけだ」
「・・・特訓しろ」
「任せろ」
その自信はどこからくるんだか笑顔だけは満点のナルシュだった。
そして、その特訓の成果を皇帝相手にナルシュは遺憾無く発揮していた。
夜会の始まる少し前、ナルシュは内密に皇帝の控え室に招待された。
この二日間で何千回と練習した挨拶を恙無く終えたナルシュは、よっしゃと小さく拳を握ってエルドリッジにペちと尻を叩かれた。
それに皇帝も皇女も笑い、ナルシュを友人だと言った。
「ナルちゃんはちょっと変わったな」
「ん?」
「自信のなかったのが今は違うな」
「俺の好きな人が俺のこと好きなの」
「そりゃいいな。番ったのか?」
うん、と頷いてエルドリッジの腕をぎゅっと抱きしめた。
「俺、ダンス下手くそだけどいい?」
「では靴に鉄板を入れておくか」
本当に鉄板入りの靴を履けば良かった、と皇帝は笑いを堪えることができずに踊っていた。
「な?下手くそだろ?」
ふひひと笑いながらまたナルシュは足を踏んだ。
最後にくるりと回って、よろけたところを皇帝に抱きとめられてダンスは終了した。
散々なダンスだったが、ボウ・アンド・スクレープだけはきっかり披露した。
フロアからやけに自信満々に引き上げてくるナルシュ。
終わり良ければ全て良しの精神でエルドリッジに駆け寄った。
褒めたいような、褒めたくないような。
貴族として学院にも通わず、卒業年の社交界デビューもせず表舞台にその影すらも現さなかったナルシュ。
それが突如、アーカード侯爵家次男の婚約者として彗星のように現れた。
初めての夜会で下手くそなダンスを皇帝と踊った。
貴族連中は経歴不明な下位伯爵家の次男を認めざるを得なかった、そんな夜会のはじまり。
※エルナル編、次話でおしまいです。
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