その愛は契約に含まれますか?[本編終了]

谷絵 ちぐり

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知りたくない!

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部屋の扉の前でナルシュは大きくひとつ深呼吸をした。
寝室の鍵がかかった音を確かめて、よしっと部屋の鍵を開ける。
すぐ側に感じる気配はアイザックだろうか。
細く開けてするりと廊下にでて、扉の前に陣取った。
目の前には三人のαがいて、どの顔も一様に曇っていた。

「リュカは?」
「なにしに来た?」
「リュカと話をさせてほしい」
「はぁー・・・・・・なにを?運命の番が見つかりましたってか?」

ぶるぶると震える拳を見てもナルシュは頑として扉の前から動かなかった。
今更なにを、としか思わない。

「違う!」
「違わねぇだろ」
「・・・俺が、愛してるのはリュカだけだ」
「じゃあ、なんで余所見した?」
「・・・お前なんかにはわからない」
「あぁ、わかんないね。だって、俺らΩはたった一人だから。この意味わかるよな?」

サッと血の気が引いてわなわなと震えるこの男は気づいただろうか。
Ωは番ってしまうとその生涯をただ一人に捧げる。
やり直しはきかない、決死の覚悟をもって己の命と愛を懸けて番うのだ。
その重みがわからない、とは言わせない。
その重みを背負えない、とは言ってほしくはない。

ぷいっとそっぽを向いたナルシュの意思が堅いと見て、エルドリッジがその名を呼んで手を伸ばした。

「触るな」
「ナル・・・」
「ナルシュ」
「エルもジェラールも、そしてお前も・・・しばらく俺たちに踏み込んでこないでくれ」

それは絞り出すような声音で、俯いたナルシュと目を合わすことは誰も叶わなかった。
逃げるように室内に戻り、細く長い息を吐く。
鍵をかけてずるずるとナルシュは扉を背に座り込んだ。
涙だけがポロポロとこぼれていく。
自分じゃなくて良かった、そんなことは思わない。
けれど自分だったら良かったのに、そうも思えない。
あの時自分たちがいなかったら、あの二人は引き寄せられるままに結ばれていたのだろうか。
無理やりに引き離したのは、この世のことわりを乱してしまったことになってしまうのか。
もしそうなら誰が罰を受けるのだろう。

「くそっ、なんでリュカなんだ・・・」

掻きむしった前髪がぶちりと音をたてていくらか切れた。
もし、あれがエルドリッジだったなら・・・。
まだ番っていない自分たちは、あの瞬間に壊れてしまっていたのかもしれない。
涙と嗚咽と震える体と、軋む心を抱えてナルシュはその場からしばらく動けなかった。

その頃、ニコラスもまた考えていた。
あれがジェラールならば、自分はどうしただろうか。
初めて恋した人、初めて身も心も捧げた人、初めて好きだと言ってくれた人、初めては全部ジェラールだ。
だとしたら、初めての喪失を与えるのもまたジェラールなのかもしれない。
運命とは藁山の中から一本の針を探すようなもの、そう言われている。
けれど、それと数多の人の中から出会い恋に落ちることのなにが違うのだろう。
運命に導かれた愛と自らが欲した愛、一体なにが違う?
毛布の中で固く縮こまっているリュカを抱きしめる。
もしこれが天の采配というものならば、それはあまりにも趣味が悪い。


膝を抱え丸くなるリュカの耳に微かに届いた声、大好きな声。
心が跳ねる、求めている、でも体が動かない。
Ωとして生きる、そうなった時に一度だけ母に聞いた事がある。

──お母様とお父様は運命なの?
──そうねぇ・・・母様と父様はゆっくりゆっくり運命になったのよ?
──どういうこと?
──いい?リュカ。運命にはね二種類あるの。天が定めた運命と自分で育んだ運命。そのどちらを選ぶかはあなた次第なのよ?
──それは、どっちがいいの?
──その時になればわかるわ。
──どうやってわかるの?
──まあ!リュカは聞きたがりね
──だって知りたいもの!

聞きたがりのリュカ、知りたがりのリュカ、でも今はなにも聞きたくはないし知りたくもない。

あぁ、あなたはどちらを選ぶ?

声も出せずにぽたりぽたりと溢れた涙は、それでも確かにリュカの慟哭だった。


 一方、αの三人は呆然としていた。
静かに閉じられた扉の向こう、カチャと小さく鍵のかかる音。
扉たった一枚、蹴飛ばせば呆気なく開いてしまうだろう。
けれど、漏れ聞こえてくる嗚咽に為す術はない。
隔たれた向こうとこちら側、明らかな拒絶。

一生リュカだけを愛する、そう誓って番ったのに傷つけてしまった。
抗えなかったのは心が弱かったからか、それとも天には誰も抗えないのか。
けれど心に今も在るのはリュカ、君だけだ。
君だけなんだよ、リュカ。
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