上 下
155 / 190

知りたくない!

しおりを挟む
部屋の扉の前でナルシュは大きくひとつ深呼吸をした。
寝室の鍵がかかった音を確かめて、よしっと部屋の鍵を開ける。
すぐ側に感じる気配はアイザックだろうか。
細く開けてするりと廊下にでて、扉の前に陣取った。
目の前には三人のαがいて、どの顔も一様に曇っていた。

「リュカは?」
「なにしに来た?」
「リュカと話をさせてほしい」
「はぁー・・・・・・なにを?運命の番が見つかりましたってか?」

ぶるぶると震える拳を見てもナルシュは頑として扉の前から動かなかった。
今更なにを、としか思わない。

「違う!」
「違わねぇだろ」
「・・・俺が、愛してるのはリュカだけだ」
「じゃあ、なんで余所見した?」
「・・・お前なんかにはわからない」
「あぁ、わかんないね。だって、俺らΩはたった一人だから。この意味わかるよな?」

サッと血の気が引いてわなわなと震えるこの男は気づいただろうか。
Ωは番ってしまうとその生涯をただ一人に捧げる。
やり直しはきかない、決死の覚悟をもって己の命と愛を懸けて番うのだ。
その重みがわからない、とは言わせない。
その重みを背負えない、とは言ってほしくはない。

ぷいっとそっぽを向いたナルシュの意思が堅いと見て、エルドリッジがその名を呼んで手を伸ばした。

「触るな」
「ナル・・・」
「ナルシュ」
「エルもジェラールも、そしてお前も・・・しばらく俺たちに踏み込んでこないでくれ」

それは絞り出すような声音で、俯いたナルシュと目を合わすことは誰も叶わなかった。
逃げるように室内に戻り、細く長い息を吐く。
鍵をかけてずるずるとナルシュは扉を背に座り込んだ。
涙だけがポロポロとこぼれていく。
自分じゃなくて良かった、そんなことは思わない。
けれど自分だったら良かったのに、そうも思えない。
あの時自分たちがいなかったら、あの二人は引き寄せられるままに結ばれていたのだろうか。
無理やりに引き離したのは、この世のことわりを乱してしまったことになってしまうのか。
もしそうなら誰が罰を受けるのだろう。

「くそっ、なんでリュカなんだ・・・」

掻きむしった前髪がぶちりと音をたてていくらか切れた。
もし、あれがエルドリッジだったなら・・・。
まだ番っていない自分たちは、あの瞬間に壊れてしまっていたのかもしれない。
涙と嗚咽と震える体と、軋む心を抱えてナルシュはその場からしばらく動けなかった。

その頃、ニコラスもまた考えていた。
あれがジェラールならば、自分はどうしただろうか。
初めて恋した人、初めて身も心も捧げた人、初めて好きだと言ってくれた人、初めては全部ジェラールだ。
だとしたら、初めての喪失を与えるのもまたジェラールなのかもしれない。
運命とは藁山の中から一本の針を探すようなもの、そう言われている。
けれど、それと数多の人の中から出会い恋に落ちることのなにが違うのだろう。
運命に導かれた愛と自らが欲した愛、一体なにが違う?
毛布の中で固く縮こまっているリュカを抱きしめる。
もしこれが天の采配というものならば、それはあまりにも趣味が悪い。


膝を抱え丸くなるリュカの耳に微かに届いた声、大好きな声。
心が跳ねる、求めている、でも体が動かない。
Ωとして生きる、そうなった時に一度だけ母に聞いた事がある。

──お母様とお父様は運命なの?
──そうねぇ・・・母様と父様はゆっくりゆっくり運命になったのよ?
──どういうこと?
──いい?リュカ。運命にはね二種類あるの。天が定めた運命と自分で育んだ運命。そのどちらを選ぶかはあなた次第なのよ?
──それは、どっちがいいの?
──その時になればわかるわ。
──どうやってわかるの?
──まあ!リュカは聞きたがりね
──だって知りたいもの!

聞きたがりのリュカ、知りたがりのリュカ、でも今はなにも聞きたくはないし知りたくもない。

あぁ、あなたはどちらを選ぶ?

声も出せずにぽたりぽたりと溢れた涙は、それでも確かにリュカの慟哭だった。


 一方、αの三人は呆然としていた。
静かに閉じられた扉の向こう、カチャと小さく鍵のかかる音。
扉たった一枚、蹴飛ばせば呆気なく開いてしまうだろう。
けれど、漏れ聞こえてくる嗚咽に為す術はない。
隔たれた向こうとこちら側、明らかな拒絶。

一生リュカだけを愛する、そう誓って番ったのに傷つけてしまった。
抗えなかったのは心が弱かったからか、それとも天には誰も抗えないのか。
けれど心に今も在るのはリュカ、君だけだ。
君だけなんだよ、リュカ。
しおりを挟む
感想 184

あなたにおすすめの小説

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

元ベータ後天性オメガ

桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。 ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。 主人公(受) 17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。 ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。 藤宮春樹(ふじみやはるき) 友人兼ライバル(攻) 金髪イケメン身長182cm ベータを偽っているアルファ 名前決まりました(1月26日) 決まるまではナナシくん‥。 大上礼央(おおかみれお) 名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥ ⭐︎コメント受付中 前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。 宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

処理中です...