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見たくない!
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誰もが確信して見つめていただろう、運命の出会いに立ち会ったと。
見目麗しい踊り子のΩと眉目秀麗なαの運命的な出会い。
交わる視線は熱く、たちのぼるフェロモンは濃く甘い。
二人だけが色づき、その他大勢は色褪せた白黒の脇役。
あぁ、嫌だ、嫌だよアイク。
そんな目をしないで、僕以外にそんな目を向けないで。
もう見たくないとばかりにリュカは顔を覆った。
「エル!!」
ナルシュのあげた声にエルドリッジはいち早く反応し、アイザックに駆け寄り鳩尾に一発いれた。
倒れそうに呻いたところをジェラールが後ろから首を絞めて落とす。
そのままズルズルと引きずるように客席から退出していく。
ざわざわと喧騒の中リュカを引き戻したのは悲痛な叫びだった。
「っどうして!?どうして連れて行くの!?彼は、彼は私の運命の相手なのに!なんの理由があってあんた達に妨害されなきゃいけないんだ!」
ゆっくり振り向くと踊り子が跪き手を伸ばし涙を溢れさせていた。
なんて綺麗なんだろう。
きっと誰も彼もが彼に目を奪われ、心も奪われる。
流す涙の一滴すら美しい。
「私から運命という幸せを奪わないで・・・お願い・・・お願い・・・」
胸の前で手を組んで祈るような彼に舞踏団の仲間が駆け寄り慰めている。
リュカはなにも言えない、ただそれを見つめるだけだ。
誰かの幸せを自分が奪ってしまう?
その誰かはこの世で一番愛しい人、その人の幸せを自分が阻んでいる?
くらくらする頭の中でリュカは考える。
「リュカ、行こう」
「リュカ君、歩けるかな?」
ナルシュが声をかけ、ニコラスが肩に手をかける。
ナルシュも肩を組み強引にリュカを歩かせた。
背後からは啜り泣く声とざわめきがリュカを追いかける。
チッという舌打ちと共にギリギリと奥歯を噛み締める音が聞こえる。
それはナルシュだったのか、ニコラスだったのか。
わからない、ただひとつわかったのは失ってしまったということだけ。
──もし俺に運命の人が現れたらどうする?
──その時は喉元を食いちぎって差し上げます
そして永遠に自分のものにする。
あぁ、けれど、けれどアイク・・・そんなことはできやしない。
だって愛してるから、愛する人には幸せの道を歩んでほしいから。
なんだ、初恋はやっぱり実らないじゃないか。
実ったフリをしたそれはぽとりと落ちて、後はどろどろと腐っていくだけ。
なんと醜悪なんだろう。
けれどそれも後にはなにも残らない、そうなにも。
促されるままに歩いて落ち着いた先は知らない部屋だった。
コポコポと湯が沸く音がする。
「僕は邪魔者なんでしょうか」
「リュカ君・・・」
「僕はアイクの幸せを阻んでいるのでしょうか」
「私はリュカ君の味方だよ」
ニコラスはリュカの肩を抱き、頭を自分の胸に預けさせた。
ふわりと紅茶の匂いが漂ってカチャカチャと茶器のぶつかる音がする。
「リュカ君、飲める?落ち着くよ」
「・・・はい」
飾り気も何もない白の茶器にはなみなみと紅茶が注がれていた。
「ふっ、小兄様入れすぎ」
零さないように口に運ぶとすっきりとした味わいにスンと抜けるふくよかな匂い。
三人で無言で茶を飲む、静かな夜。
「小兄様、茶を淹れるのが上手くなったね」
「ん、まあな」
「でも、量が多すぎ。茶器の音もたてすぎ」
「うん」
「だけど、とっても美味しいよ」
「うん」
ホッとする、沈んだ気持ちが緩んで涙が込み上げてくる。
「リュカ、今日は久しぶりに一緒に寝よう」
「そうしよう?」
「久しぶりってニコラス義兄様は初めてだけど?」
「細かいこと気にすんな」
な?と笑む顔は格別に優しい。
頭を撫でてくれるニコラスの手も気持ちがいい。
「で、ここは?」
「俺らが今までいたのはこの上。ここは一般客室、新しく押さえた」
ナルシュの指先はピンと上を向いて、視線をあげると薄茶の天井に質素な照明。
見渡すと全体的にこじんまりとした部屋。
清潔な、なんの匂いもしない部屋。
続き扉は開け放たれていて、暗がりにベッドが見えた。
「あのベッドで三人?」
「ギュッてしたらいけるさ」
「ほんと、適当なんだから」
くすくすと笑い合いながら茶を半分ほど飲んで、ほぅと息を吐く。
「リュカ、あのさ」
「うん?」
あ、とナルシュが口を開けた時、それは起こった。
三人が三人ともぶるりと身を震わせて一斉に部屋の入口を見た。
途端、ドンドンと揺れる扉と名を呼ぶ声。
身を守るようにリュカは自分を抱きしめ、ナルシュは唇を噛み、ニコラスはリュカを抱きしめた。
「俺が出る。ニコラスはリュカ連れて寝室へ」
「小兄様・・・」
「ニコラス、頼んだ」
ニコラスはリュカを抱き上げて寝室へ入るとすぐさま鍵を閉めた。
ベッドに座らせ毛布を被せ、視界を遮った。
「大丈夫だよ、リュカ君。私がついてるからね」
「・・・ニコラス義兄様」
「なにも言わなくていいよ・・・怖いよね?」
きっと部屋の前に来ている。
一瞬、香った大好きな匂い。
だけれど顔を合わせたくない、目を見たくない。
その目の中に少しでも翳りを見つけてしまったら、殺してしまうかもしれない。
誰かのものになるくらいなら、このまま自分の手で終わらせてしまいたい。
自分の中の狂気に恐れ戦いて、リュカは毛布の中で小さくなった。
「ニコラス義兄様、僕が僕でなくなるような気がする。怖い、怖いよ・・・」
「リュカ君はリュカ君だよ。私の大切な義弟だ」
毛布に包まり繋ぎ止めるように自分を抱くリュカ、それを毛布ごとニコラスは強く強く抱きしめた。
悔しそうに歪んだニコラスの顔、その目から涙が一筋流れて毛布に落ちた。
見目麗しい踊り子のΩと眉目秀麗なαの運命的な出会い。
交わる視線は熱く、たちのぼるフェロモンは濃く甘い。
二人だけが色づき、その他大勢は色褪せた白黒の脇役。
あぁ、嫌だ、嫌だよアイク。
そんな目をしないで、僕以外にそんな目を向けないで。
もう見たくないとばかりにリュカは顔を覆った。
「エル!!」
ナルシュのあげた声にエルドリッジはいち早く反応し、アイザックに駆け寄り鳩尾に一発いれた。
倒れそうに呻いたところをジェラールが後ろから首を絞めて落とす。
そのままズルズルと引きずるように客席から退出していく。
ざわざわと喧騒の中リュカを引き戻したのは悲痛な叫びだった。
「っどうして!?どうして連れて行くの!?彼は、彼は私の運命の相手なのに!なんの理由があってあんた達に妨害されなきゃいけないんだ!」
ゆっくり振り向くと踊り子が跪き手を伸ばし涙を溢れさせていた。
なんて綺麗なんだろう。
きっと誰も彼もが彼に目を奪われ、心も奪われる。
流す涙の一滴すら美しい。
「私から運命という幸せを奪わないで・・・お願い・・・お願い・・・」
胸の前で手を組んで祈るような彼に舞踏団の仲間が駆け寄り慰めている。
リュカはなにも言えない、ただそれを見つめるだけだ。
誰かの幸せを自分が奪ってしまう?
その誰かはこの世で一番愛しい人、その人の幸せを自分が阻んでいる?
くらくらする頭の中でリュカは考える。
「リュカ、行こう」
「リュカ君、歩けるかな?」
ナルシュが声をかけ、ニコラスが肩に手をかける。
ナルシュも肩を組み強引にリュカを歩かせた。
背後からは啜り泣く声とざわめきがリュカを追いかける。
チッという舌打ちと共にギリギリと奥歯を噛み締める音が聞こえる。
それはナルシュだったのか、ニコラスだったのか。
わからない、ただひとつわかったのは失ってしまったということだけ。
──もし俺に運命の人が現れたらどうする?
──その時は喉元を食いちぎって差し上げます
そして永遠に自分のものにする。
あぁ、けれど、けれどアイク・・・そんなことはできやしない。
だって愛してるから、愛する人には幸せの道を歩んでほしいから。
なんだ、初恋はやっぱり実らないじゃないか。
実ったフリをしたそれはぽとりと落ちて、後はどろどろと腐っていくだけ。
なんと醜悪なんだろう。
けれどそれも後にはなにも残らない、そうなにも。
促されるままに歩いて落ち着いた先は知らない部屋だった。
コポコポと湯が沸く音がする。
「僕は邪魔者なんでしょうか」
「リュカ君・・・」
「僕はアイクの幸せを阻んでいるのでしょうか」
「私はリュカ君の味方だよ」
ニコラスはリュカの肩を抱き、頭を自分の胸に預けさせた。
ふわりと紅茶の匂いが漂ってカチャカチャと茶器のぶつかる音がする。
「リュカ君、飲める?落ち着くよ」
「・・・はい」
飾り気も何もない白の茶器にはなみなみと紅茶が注がれていた。
「ふっ、小兄様入れすぎ」
零さないように口に運ぶとすっきりとした味わいにスンと抜けるふくよかな匂い。
三人で無言で茶を飲む、静かな夜。
「小兄様、茶を淹れるのが上手くなったね」
「ん、まあな」
「でも、量が多すぎ。茶器の音もたてすぎ」
「うん」
「だけど、とっても美味しいよ」
「うん」
ホッとする、沈んだ気持ちが緩んで涙が込み上げてくる。
「リュカ、今日は久しぶりに一緒に寝よう」
「そうしよう?」
「久しぶりってニコラス義兄様は初めてだけど?」
「細かいこと気にすんな」
な?と笑む顔は格別に優しい。
頭を撫でてくれるニコラスの手も気持ちがいい。
「で、ここは?」
「俺らが今までいたのはこの上。ここは一般客室、新しく押さえた」
ナルシュの指先はピンと上を向いて、視線をあげると薄茶の天井に質素な照明。
見渡すと全体的にこじんまりとした部屋。
清潔な、なんの匂いもしない部屋。
続き扉は開け放たれていて、暗がりにベッドが見えた。
「あのベッドで三人?」
「ギュッてしたらいけるさ」
「ほんと、適当なんだから」
くすくすと笑い合いながら茶を半分ほど飲んで、ほぅと息を吐く。
「リュカ、あのさ」
「うん?」
あ、とナルシュが口を開けた時、それは起こった。
三人が三人ともぶるりと身を震わせて一斉に部屋の入口を見た。
途端、ドンドンと揺れる扉と名を呼ぶ声。
身を守るようにリュカは自分を抱きしめ、ナルシュは唇を噛み、ニコラスはリュカを抱きしめた。
「俺が出る。ニコラスはリュカ連れて寝室へ」
「小兄様・・・」
「ニコラス、頼んだ」
ニコラスはリュカを抱き上げて寝室へ入るとすぐさま鍵を閉めた。
ベッドに座らせ毛布を被せ、視界を遮った。
「大丈夫だよ、リュカ君。私がついてるからね」
「・・・ニコラス義兄様」
「なにも言わなくていいよ・・・怖いよね?」
きっと部屋の前に来ている。
一瞬、香った大好きな匂い。
だけれど顔を合わせたくない、目を見たくない。
その目の中に少しでも翳りを見つけてしまったら、殺してしまうかもしれない。
誰かのものになるくらいなら、このまま自分の手で終わらせてしまいたい。
自分の中の狂気に恐れ戦いて、リュカは毛布の中で小さくなった。
「ニコラス義兄様、僕が僕でなくなるような気がする。怖い、怖いよ・・・」
「リュカ君はリュカ君だよ。私の大切な義弟だ」
毛布に包まり繋ぎ止めるように自分を抱くリュカ、それを毛布ごとニコラスは強く強く抱きしめた。
悔しそうに歪んだニコラスの顔、その目から涙が一筋流れて毛布に落ちた。
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