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近づく兄
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なんてことだ、とジェラールは通りの向こう側を凝視していた。
ぎゃあぎゃあと何事か騒いでいるあのレッドブラウンの髪は・・・。
「ナルシュ・・・」
その弟の手を繋いでいるあの輝かんばかりの金髪は確か・・・。
「警ら部長じゃないか・・・」
騒ぐ弟をいなしながら歩く警ら部長を見て、ジェラールは頭を抱えた。
正直、公爵家に縁づいたリュカだけで我が家は精一杯なのだ。
今度はアーカード侯爵家となにがあるっていうんだ。
「まさか・・・」
とうとううちの弟は犯罪者になってしまったのだろうか。
それで連行されているのでは?
あり得る、大いにあり得る。
飲み代を踏み倒しただとか、面白そうだからと他人の喧嘩に首を突っ込んだとか。
多分、そんな大それたことはしてないはずだ。
あれでも、あんなのでも腐っても貴族なのだ。
その辺は弁えているはずだ、多分。
今この場で謝罪すればなんとか許してもらえないだろうか。
なぜか立ち止まり向かい合う二人、声をかけるなら今だ。
「ちょっと!・・・」
そう思いおーいと手を振りながら声を上げたジェラールは固まった。
見目麗しい金髪の美丈夫と名高いあの警ら部長がそっと屈んで弟の頬に口付けた。
「はい?」
真っ赤になったナルシュがまたぞろぎゃあぎゃあと叫んでいる。
それを笑ってまた手を引いて歩いていく。
犯罪者にそんなことはしないだろう。
ということは犯罪者ではないのか、安堵したのも束の間ひとつの疑問が胸に湧いてくる。
なにをどうしたらあの弟があんな大物を釣り上げたんだ?
なんで、どうして、とぐるぐると思考を巡らせる。
「・・・ジェラール殿?」
「へ?あぁ、ニコラス君。・・・あぁー!!ごめんね!」
「いえ、待ち合わせ場所に来ないので何かあったのかと・・・」
「探してくれたのか。本当に申し訳ない」
謝るジェラールにニコラスは首を振る。
目の前の光景があまりに衝撃的すぎて、ジェラールはこの時ニコラスとの食事の約束をすっかり忘れていた。
今日は、一連のドッグレースの件が片付いたニコラスを慰労するという名目でジェラールが誘ったにも関わらず、だ。
「どうされたんですか?」
「いや、弟が・・・」
「どちらの?」
「ナルシュの方なんだけど」
先程見た衝撃的な出来事を言うと、ニコラスは困ったように笑った。
「気になるんですね?」
「えっと、その・・・はい」
わかりました、そう言うとニコラスはジェラールの腕を取り二人が消えた方向へ歩き出した。
キョロキョロと探しながら歩いて行くと、あの金髪が一軒の店に入って行くところだった。
その後をこっそりと入店し、死角になる席に陣取った。
ジェラールは内心やってしまった、と落ち込んでいた。
今日はせっかく無い勇気を振り絞って、ニコラスを誘ったのだ。
ニコラスの顔を見れない日はそわそわと落ち着かないし、かといって顔を合わすと今度は心がゾワゾワとして落ち着かない。
どちらにしても落ち着かないのなら、ずっと顔を見て言葉を交わしたいと思ったのだ。
それで、抱えていた案件が落ち着いたであろうことを口実に誘ったのだ。
なのに、まさかこんな弟のことで煩わせてしまうなんて自分は本当に駄目な男だ。
ニコラスもきっと呆れてしまったに違いない。
なんとか挽回する術はないものか。
一方、ニコラスは全く違うことを考えていた。
ジェラールは弟思いだ、それもとんでもなく。
苦言を呈しながらもその表情は慈愛に満ちているし、本当に相手のことを思っていなければできることでは無い。
本音を言えば、しどろもどろになりながらも食事に誘ってくれたジェラールと二人きりになりたい。
「二人で食事でもどう・・・かな?」
二人でと言ったのはジェラールなのだから。
けれど、ここで当初の予定通り二人きりになったとてジェラールの頭の中は弟のことでいっぱいだろう。
それは良くない。
問題を片付けるのに早いに越したことはない。
なんとしても弟離れをしてもらいたい。
そして、自分でいっぱいにしたい。
「なんだかいい雰囲気ですね」
「そうだね」
なにを話しているかまではわからないが、ナルシュと警ら部長はお互い笑みを浮かべている。
ナルシュが何やら一生懸命話しているのに頷きながら、警ら部長が口に揚げ豆を放り込んでやったりしている。
それを当然という顔でナルシュも咀嚼している。
警ら部長は、時折額を小突いたり頬をつまんでみたりもしている。
どう見ても恋人同士のようにみえた。
「警ら部長は一時は浮名を流していたようですけど、ある時期からそんな噂はぱったりと無くなったんですよ」
「そうなの?」
「はい。仕事もそれなりに真面目に取り組んでらっしゃいましたけど、それ以上に打ち込むようになったと聞いてます」
そうなんだ、とジェラールは切り分けたミートパイを一口サイズにしてふうふうと冷ましてからニコラスの口に入れた。
話しながら、ニコラスも自然とそれを享受する。
そして、揚げ豆を一粒つまんでジェラールの口に入れた。
「なにか心境の変化があったってこと?」
「さあ、隊長が言うには宰相補佐様がご結婚されたことが堪えたらしい、と」
「リュカ達が?」
「えぇ」
今度はニコラスがミートパイをジェラールの口に入れる。
目の前の弟と警ら部長に釘付けでジェラールは気づいていなかった。
ニコラスもまた未来の義弟と尊敬する隊長の弟の動向を探るのに夢中で気づいていなかった。
二人もナルシュ達に負けず劣らず仲睦まじく見られていることを。
ぎゃあぎゃあと何事か騒いでいるあのレッドブラウンの髪は・・・。
「ナルシュ・・・」
その弟の手を繋いでいるあの輝かんばかりの金髪は確か・・・。
「警ら部長じゃないか・・・」
騒ぐ弟をいなしながら歩く警ら部長を見て、ジェラールは頭を抱えた。
正直、公爵家に縁づいたリュカだけで我が家は精一杯なのだ。
今度はアーカード侯爵家となにがあるっていうんだ。
「まさか・・・」
とうとううちの弟は犯罪者になってしまったのだろうか。
それで連行されているのでは?
あり得る、大いにあり得る。
飲み代を踏み倒しただとか、面白そうだからと他人の喧嘩に首を突っ込んだとか。
多分、そんな大それたことはしてないはずだ。
あれでも、あんなのでも腐っても貴族なのだ。
その辺は弁えているはずだ、多分。
今この場で謝罪すればなんとか許してもらえないだろうか。
なぜか立ち止まり向かい合う二人、声をかけるなら今だ。
「ちょっと!・・・」
そう思いおーいと手を振りながら声を上げたジェラールは固まった。
見目麗しい金髪の美丈夫と名高いあの警ら部長がそっと屈んで弟の頬に口付けた。
「はい?」
真っ赤になったナルシュがまたぞろぎゃあぎゃあと叫んでいる。
それを笑ってまた手を引いて歩いていく。
犯罪者にそんなことはしないだろう。
ということは犯罪者ではないのか、安堵したのも束の間ひとつの疑問が胸に湧いてくる。
なにをどうしたらあの弟があんな大物を釣り上げたんだ?
なんで、どうして、とぐるぐると思考を巡らせる。
「・・・ジェラール殿?」
「へ?あぁ、ニコラス君。・・・あぁー!!ごめんね!」
「いえ、待ち合わせ場所に来ないので何かあったのかと・・・」
「探してくれたのか。本当に申し訳ない」
謝るジェラールにニコラスは首を振る。
目の前の光景があまりに衝撃的すぎて、ジェラールはこの時ニコラスとの食事の約束をすっかり忘れていた。
今日は、一連のドッグレースの件が片付いたニコラスを慰労するという名目でジェラールが誘ったにも関わらず、だ。
「どうされたんですか?」
「いや、弟が・・・」
「どちらの?」
「ナルシュの方なんだけど」
先程見た衝撃的な出来事を言うと、ニコラスは困ったように笑った。
「気になるんですね?」
「えっと、その・・・はい」
わかりました、そう言うとニコラスはジェラールの腕を取り二人が消えた方向へ歩き出した。
キョロキョロと探しながら歩いて行くと、あの金髪が一軒の店に入って行くところだった。
その後をこっそりと入店し、死角になる席に陣取った。
ジェラールは内心やってしまった、と落ち込んでいた。
今日はせっかく無い勇気を振り絞って、ニコラスを誘ったのだ。
ニコラスの顔を見れない日はそわそわと落ち着かないし、かといって顔を合わすと今度は心がゾワゾワとして落ち着かない。
どちらにしても落ち着かないのなら、ずっと顔を見て言葉を交わしたいと思ったのだ。
それで、抱えていた案件が落ち着いたであろうことを口実に誘ったのだ。
なのに、まさかこんな弟のことで煩わせてしまうなんて自分は本当に駄目な男だ。
ニコラスもきっと呆れてしまったに違いない。
なんとか挽回する術はないものか。
一方、ニコラスは全く違うことを考えていた。
ジェラールは弟思いだ、それもとんでもなく。
苦言を呈しながらもその表情は慈愛に満ちているし、本当に相手のことを思っていなければできることでは無い。
本音を言えば、しどろもどろになりながらも食事に誘ってくれたジェラールと二人きりになりたい。
「二人で食事でもどう・・・かな?」
二人でと言ったのはジェラールなのだから。
けれど、ここで当初の予定通り二人きりになったとてジェラールの頭の中は弟のことでいっぱいだろう。
それは良くない。
問題を片付けるのに早いに越したことはない。
なんとしても弟離れをしてもらいたい。
そして、自分でいっぱいにしたい。
「なんだかいい雰囲気ですね」
「そうだね」
なにを話しているかまではわからないが、ナルシュと警ら部長はお互い笑みを浮かべている。
ナルシュが何やら一生懸命話しているのに頷きながら、警ら部長が口に揚げ豆を放り込んでやったりしている。
それを当然という顔でナルシュも咀嚼している。
警ら部長は、時折額を小突いたり頬をつまんでみたりもしている。
どう見ても恋人同士のようにみえた。
「警ら部長は一時は浮名を流していたようですけど、ある時期からそんな噂はぱったりと無くなったんですよ」
「そうなの?」
「はい。仕事もそれなりに真面目に取り組んでらっしゃいましたけど、それ以上に打ち込むようになったと聞いてます」
そうなんだ、とジェラールは切り分けたミートパイを一口サイズにしてふうふうと冷ましてからニコラスの口に入れた。
話しながら、ニコラスも自然とそれを享受する。
そして、揚げ豆を一粒つまんでジェラールの口に入れた。
「なにか心境の変化があったってこと?」
「さあ、隊長が言うには宰相補佐様がご結婚されたことが堪えたらしい、と」
「リュカ達が?」
「えぇ」
今度はニコラスがミートパイをジェラールの口に入れる。
目の前の弟と警ら部長に釘付けでジェラールは気づいていなかった。
ニコラスもまた未来の義弟と尊敬する隊長の弟の動向を探るのに夢中で気づいていなかった。
二人もナルシュ達に負けず劣らず仲睦まじく見られていることを。
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