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正直な兄
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ハルフォード商会で今や主力のひとつになっている情報誌『コラソンダイアリー』には、日々色んな文が届く。
その中でも圧倒的に多いのがジェラールが引っかかった掲示板だ。
出会いを求める人が多すぎて、今では『出会い掲示板』として独立している。
「そんなみんな恋愛したいのかね」
「そりゃ、そうでしょ」
答えたのは同じ仕分け係のミーシャだ。
ミーシャは細かいウェーブの長髪にぶるんぶるんと大きな胸を揺らし、唇はぽってりと分厚く口元には小さなホクロのあるなんとも婀娜っぽい女だ。
しかし、その外見から軽い遊び目的の男ばかり寄ってきて大の男嫌いでもある。
ナルシュはそんなミーシャを色眼鏡で見ないので、二人はなんとか仲良く作業している。
「ミーシャはさ、一夜限りのって経験ある?」
うげぇ、とミーシャはあからさまに嫌な顔をしてべぇと舌を出した。
「あ、ないよね。だよねぇ」
「なによ、あんたその一夜限りの相手に惚れたの?」
「違う違う、惚れられたの」
「はぁ!?あんたが?」
ひゃははと笑うミーシャに軽く怒りが湧くがそこはぐっと堪えた。
自分でもわかっている、こんなちゃらんぽらんな奴は誰だって嫌だ。
「ミーシャ、俺さ一応貴族なんだけど」
「それが事実であってもこんなとこで働いてるやつを私は貴族と認めないね」
ふふん、と鼻で笑うミーシャ。
「で?その一晩の相手はどんなやつよ」
「・・・貴族で俺より爵位が上でなんかすごいかっこいい」
「ほーん、いい相手じゃないの。何が嫌なのよ」
「だって・・・」
「だって?」
「俺なんかのどこを好きになったのかわかんない!!」
はぁはぁと肩で息をしながら大声を上げたナルシュにミーシャは目を剥いた。
そして、あっはっはっと豪快に笑った。
笑いすぎて目尻に涙が溜まって、それを拭いながら言う。
「あんた、なかなか乙女チックなのねぇ」
「・・・うるせー」
ぷいとへそを曲げたナルシュは手の甲をそっと盗み見た。
少しだけ触れた唇の感触がまだ残っているような気がする。
吐息と共に落ちてきた唇は熱くて火傷するんじゃないかと思った。
ふん!気障なやつ、とその後のナルシュは黙々と作業を行った。
「じゃ、ミーシャお先」
なぜか窓から出ていこうとするナルシュをミーシャは呼び止めた。
「ナルシュ、あんたはさ適当でちゃらんぽらんで酒に弱くて金が好きでどうしようもないやつだけど」
「なんだよ、悪口か?」
「でもさ、私はあんたのそういう正直な所は美徳だと思う。そんな正直なあんたがさ、はっきり否定できないってのはなんかあるんじゃないの?それ、大事にしなよ」
「・・・ミーシャ好き」
感極まったナルシュがそのぶるんぶるんの大きな胸に抱きつこうとしたが、その前にげんこつを食らった。
はよ帰れ、とシッシッと手を振るミーシャに手を振って今度こそナルシュは二階からぴょんと飛び降りた。
くるっと一回転してすたっと着地する。
「そういう技はどこで身につけるんだ?」
「これはさ、マーナハンの山で・・・ひぃっ!」
視線の先にはエルドリッジが腕を組んで壁にもたれて目だけで笑ってナルシュを見つめていた。
無駄にかっこいいな、おいとナルシュは思った。
「なに?暇なの?」
「いや?お前に合わせて仕事を終わらせてるんだ。早朝出仕してる」
「そりゃどうも」
「ナル、食事に行こう」
「やだ」
ナルシュは即答してエルドリッジの前を早足で通り抜ける。
ひょいひょいと着いてくるのに、なんで怒らないんだろうと思う。
「なんで嫌?なにが嫌?」
「どうせ高級なとこ連れていくんだろ。そういう堅苦しいの嫌い」
ふんっとそっぽを向いてナルシュはどんどん歩く。
どこに向かって歩いているのか本人もわかっていない。
「『大鷲の黒白亭』のミートパイ」
「え?」
「『美姫の春雷亭』のホロホロ鳥のシチュー。『星の小熊亭』の牛カツレツ。どれも麦芽酒に合うだろうなぁ。そういや、黒白亭は今が旬の揚げ豆を出し始めたなぁ。さぞ美味しいだろうなぁ」
じゅるるとナルシュの口からよだれが垂れそうになった。
熱々のミートパイと冷えた麦芽酒、あぁでもホロホロ鳥もいい、サクッと揚がった牛カツレツも捨て難い。
でも、やっぱり・・・
「「 揚げ豆! 」」
ニヤリと笑ったエルドリッジにやられた!と思ったがもう遅い。
気づけば手は繋がれていて、足は黒白亭に向かっていた。
「今日だけだから!」
「はいはい」
「奢りだから!」
「もちろん」
「いっぱい飲むから!」
「それは駄目」
なんで!と隣を見上げると真剣な瞳とかち合った。
──覚えていてほしいから
そんなの、そんなのは、俺だって今日は忘れないでおこうって思ってるよ。
恥ずかしくて言えないけれど。
その中でも圧倒的に多いのがジェラールが引っかかった掲示板だ。
出会いを求める人が多すぎて、今では『出会い掲示板』として独立している。
「そんなみんな恋愛したいのかね」
「そりゃ、そうでしょ」
答えたのは同じ仕分け係のミーシャだ。
ミーシャは細かいウェーブの長髪にぶるんぶるんと大きな胸を揺らし、唇はぽってりと分厚く口元には小さなホクロのあるなんとも婀娜っぽい女だ。
しかし、その外見から軽い遊び目的の男ばかり寄ってきて大の男嫌いでもある。
ナルシュはそんなミーシャを色眼鏡で見ないので、二人はなんとか仲良く作業している。
「ミーシャはさ、一夜限りのって経験ある?」
うげぇ、とミーシャはあからさまに嫌な顔をしてべぇと舌を出した。
「あ、ないよね。だよねぇ」
「なによ、あんたその一夜限りの相手に惚れたの?」
「違う違う、惚れられたの」
「はぁ!?あんたが?」
ひゃははと笑うミーシャに軽く怒りが湧くがそこはぐっと堪えた。
自分でもわかっている、こんなちゃらんぽらんな奴は誰だって嫌だ。
「ミーシャ、俺さ一応貴族なんだけど」
「それが事実であってもこんなとこで働いてるやつを私は貴族と認めないね」
ふふん、と鼻で笑うミーシャ。
「で?その一晩の相手はどんなやつよ」
「・・・貴族で俺より爵位が上でなんかすごいかっこいい」
「ほーん、いい相手じゃないの。何が嫌なのよ」
「だって・・・」
「だって?」
「俺なんかのどこを好きになったのかわかんない!!」
はぁはぁと肩で息をしながら大声を上げたナルシュにミーシャは目を剥いた。
そして、あっはっはっと豪快に笑った。
笑いすぎて目尻に涙が溜まって、それを拭いながら言う。
「あんた、なかなか乙女チックなのねぇ」
「・・・うるせー」
ぷいとへそを曲げたナルシュは手の甲をそっと盗み見た。
少しだけ触れた唇の感触がまだ残っているような気がする。
吐息と共に落ちてきた唇は熱くて火傷するんじゃないかと思った。
ふん!気障なやつ、とその後のナルシュは黙々と作業を行った。
「じゃ、ミーシャお先」
なぜか窓から出ていこうとするナルシュをミーシャは呼び止めた。
「ナルシュ、あんたはさ適当でちゃらんぽらんで酒に弱くて金が好きでどうしようもないやつだけど」
「なんだよ、悪口か?」
「でもさ、私はあんたのそういう正直な所は美徳だと思う。そんな正直なあんたがさ、はっきり否定できないってのはなんかあるんじゃないの?それ、大事にしなよ」
「・・・ミーシャ好き」
感極まったナルシュがそのぶるんぶるんの大きな胸に抱きつこうとしたが、その前にげんこつを食らった。
はよ帰れ、とシッシッと手を振るミーシャに手を振って今度こそナルシュは二階からぴょんと飛び降りた。
くるっと一回転してすたっと着地する。
「そういう技はどこで身につけるんだ?」
「これはさ、マーナハンの山で・・・ひぃっ!」
視線の先にはエルドリッジが腕を組んで壁にもたれて目だけで笑ってナルシュを見つめていた。
無駄にかっこいいな、おいとナルシュは思った。
「なに?暇なの?」
「いや?お前に合わせて仕事を終わらせてるんだ。早朝出仕してる」
「そりゃどうも」
「ナル、食事に行こう」
「やだ」
ナルシュは即答してエルドリッジの前を早足で通り抜ける。
ひょいひょいと着いてくるのに、なんで怒らないんだろうと思う。
「なんで嫌?なにが嫌?」
「どうせ高級なとこ連れていくんだろ。そういう堅苦しいの嫌い」
ふんっとそっぽを向いてナルシュはどんどん歩く。
どこに向かって歩いているのか本人もわかっていない。
「『大鷲の黒白亭』のミートパイ」
「え?」
「『美姫の春雷亭』のホロホロ鳥のシチュー。『星の小熊亭』の牛カツレツ。どれも麦芽酒に合うだろうなぁ。そういや、黒白亭は今が旬の揚げ豆を出し始めたなぁ。さぞ美味しいだろうなぁ」
じゅるるとナルシュの口からよだれが垂れそうになった。
熱々のミートパイと冷えた麦芽酒、あぁでもホロホロ鳥もいい、サクッと揚がった牛カツレツも捨て難い。
でも、やっぱり・・・
「「 揚げ豆! 」」
ニヤリと笑ったエルドリッジにやられた!と思ったがもう遅い。
気づけば手は繋がれていて、足は黒白亭に向かっていた。
「今日だけだから!」
「はいはい」
「奢りだから!」
「もちろん」
「いっぱい飲むから!」
「それは駄目」
なんで!と隣を見上げると真剣な瞳とかち合った。
──覚えていてほしいから
そんなの、そんなのは、俺だって今日は忘れないでおこうって思ってるよ。
恥ずかしくて言えないけれど。
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