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爆発する兄
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ナルシュには、現在進行形で頭を悩ませている事柄があった。
なぜだ、どういうことなんだ、おかしいではないかと頭が爆発しそうで、そして遂に爆発した。
なぜ爆発したのか、事の発端はこうだ。
「ねぇ、ミーシャ」
「手ぇ動かせ」
「動かしてるから動かしながら聞いて」
「惚気お断り」
文の仕分けをしながらナルシュを一瞥もせずに突き放すミーシャ。
そう、あの揚げ豆を食べた日を皮切りにエルドリッジは毎日のようにナルシュを商会まで迎えに来ていた。
休日はナルシュが散々朝寝を楽しんで食堂へ行くと既にそこで茶を飲んでいたりする。
そして、馬で遠乗りをしたりドッグレースを見に行ったり一種のデートなようなことをしていた。
そんなことがもう十日ばかり続いているのだ。
「名家の人間で怪しいモンじゃない。皆、ナルシュを祝ってやろう」
とは商会長のルイスの弁で、そのおかげかそのせいなのかエルドリッジの不審者扱いは免れている。
ついでにナルシュが窓から帰ることも無くなった。
「あのさ、好きな人がいるのに他の人とつきあうのってどう思う?」
あぁ?と嫌な顔をするミーシャを見て見ぬふりしてナルシュは続けた。
「本当に好きな人はもう手に入らないから、こう・・・なんていうか妥協するっていうか」
「なに、あんた妥協要員なわけ?」
うん、と頷いてナルシュは指先を頬に滑らせた。
あの揚げ豆の日に、覚えていてほしいと頬にキスをされてから接触がない。
もちろん手を繋がされたり、腕を組まされたりはするがそんなのは子どもでもできるとナルシュは思う。
「本人に聞いたの?」
「聞いた」
「それで?」
うん、と手にした何通もの文を見つめながらナルシュは思い出す。
その日は馬で遠乗りをした。
王都を出て草原を馬で駆る。
途中、大きな木の下で侍女が持たせてくれたティム特製の弁当を食べた。
その大きな木にも登ってみた。
そこから見る燃えるような夕陽は美しかった。
朱に染まるエルドリッジの横顔にうっかり見蕩れてしまったのは内緒だ。
あの横顔を胸に収めたのは自分だけでいい。
その後、パブへ一杯飲みに行こうとあの『銀の蜜ヶ丘』へ行って飲んだ。
カウンターに並んで座って、あれ?と思った。
「なんか、これ前にもあったような」
「ナルちゃん、覚えてないの?だいぶ前にその兄さんとそうやって飲んでたじゃない?」
マスターがおかしそうに笑いながらナルシュに麦芽酒を渡した。
そうだっけ?そうだったっけ?そういえばどこで出会ったかは聞いてなかったな、と考える。
「エル、そうだった?」
「うん?あぁ、まぁそうだな」
「そうだよ、兄さん。失恋したっつってナルちゃんに愚痴ってたじゃない。なんだっけ?好きな人が結婚したとか・・・なんとか・・・いや、違う!そう違う」
ギロリと射抜くようにエルドリッジに睨まれたマスターは、ゴミでも捨ててこようかなとその場を逃げ出した。
「・・・それを忘れたくて俺を抱いたのか」
「ちがっ、違うぞ!ナル、話を聞いてくれ」
「へ?あぁ、うん別にいいよ。覚えてないし、そんなこともあるだろうよ」
バシバシとエルドリッジの背中を叩いて、にひひと笑うナルシュ。
だが、その内心は思わずポロっと出た自分自身の言葉に傷ついていた。
べつに純潔を捧げたわけじゃない、旅をしている途中でひとつやふたつの恋愛経験だってある。
流されて行きずりの男と一夜を共にしたこともある。
けれど、なにかが胸に重く伸し掛る。
エルドリッジはどんな風に自分を抱いたのだろう、自分を透かして誰か見ていたのだろうか。
それは、想像すると悲しい。
「ふぅん」
「ミーシャ冷たい」
「あんたってそんなにうじうじ言う奴だった?」
ズンとミーシャの言葉が重い。
そう、こんなことを思うのは自分らしくない。
らしくない自分が嫌になる。
それもこれも手を出してこないエルドリッジが悪い。
一回抱いたんだから、二回も三回も同じじゃないのか?
なのに、なんで・・・。
悶々と悩みながらも、目は宛先を確認し手はそれぞれの箱へと文を投げ入れる。
ここにある文はそれぞれが出会いを求めて、恋をしたいと思っている。
それを見て苦虫を噛み潰したような気分でナルシュは思う。
恋なんてろくなもんじゃねえぞ。
「ナル、どうした?」
いつも通りにエルドリッジがナルシュを迎えに来たが気が乗らない。
ぶすくれたまま馬車道まで行って辻馬車を拾って公爵家に向かう。
同じ辻馬車に当然のように乗り込んでくるのも気に食わない。
「ほんとにどうした?気分でも悪い?」
「悪い」
「それは・・・その、大丈夫なのか?」
「大丈夫」
そこからはもう何も話さなかった。
ナルシュの頭はイライラとし、エルドリッジはなんだか落ち着かない様子だった。
じゃあな、と辻馬車から降りるとまたエルドリッジも降りてくる。
「なに?」
「送る」
「いや、もう目の前だけど」
「離れ家までは少しあるだろう?」
「あのさ、そういうのいらないんだけど」
「そういうのって?」
「だから、最初に言ったけど責任とか感じなくていいから」
まだそんなこと言ってんのか、とエルドリッジが呆れたように髪をかきあげた。
はぁ、と大きなため息もつかれて、ため息つきたいのはこっちの方だ。
あぁ、こんなのはらしくない。
うじうじする自分なんて大嫌いだ。
「責任とかじゃないから」
「じゃ、なんで抱かないわけ?」
「は?抱いてほしいのか?」
「あぁ?そんなわけないし!」
「なんなんだよ、一体」
「普通さ、好きだったら抱きたいとか思うんじゃないの?」
「・・・思ってるよ」
「じゃあ!なんで手ぇ出してこないんだよ!子どものおままごとか!」
「体から始まった関係だから、今度はちゃんと俺のこと好きになってからって思ってたんだよ!俺が毎日毎日どれだけ我慢してると思ってるんだ!」
「体から始まったからこそ、それが無けりゃなんで?って思うだろうが!」
「じゃあ、我慢しなくてもいいんだな?」
ギラと目の色が変わったエルドリッジの視線をナルシュは全身で受け止めた。
「俺のことが好きなら俺を抱けぇー!!」
ナルシュの雄叫びは夕暮れに空に一直線に伸び上がり、こだましながらあちこちに飛び散っていった。
公爵家の門番は目の前で繰り広げられる、抱く抱かない論争を呆気に取られて見ていた。
雄叫びを聞いた者たちがあちこちから飛び出してくるのはあと数秒後である。
※馴れ初めがリュカ達と似たようなものになってしまった
自分のキャパの狭さに絶望しかありません。
こんなでも読んで下さりありがとうございます(т-т)
なぜだ、どういうことなんだ、おかしいではないかと頭が爆発しそうで、そして遂に爆発した。
なぜ爆発したのか、事の発端はこうだ。
「ねぇ、ミーシャ」
「手ぇ動かせ」
「動かしてるから動かしながら聞いて」
「惚気お断り」
文の仕分けをしながらナルシュを一瞥もせずに突き放すミーシャ。
そう、あの揚げ豆を食べた日を皮切りにエルドリッジは毎日のようにナルシュを商会まで迎えに来ていた。
休日はナルシュが散々朝寝を楽しんで食堂へ行くと既にそこで茶を飲んでいたりする。
そして、馬で遠乗りをしたりドッグレースを見に行ったり一種のデートなようなことをしていた。
そんなことがもう十日ばかり続いているのだ。
「名家の人間で怪しいモンじゃない。皆、ナルシュを祝ってやろう」
とは商会長のルイスの弁で、そのおかげかそのせいなのかエルドリッジの不審者扱いは免れている。
ついでにナルシュが窓から帰ることも無くなった。
「あのさ、好きな人がいるのに他の人とつきあうのってどう思う?」
あぁ?と嫌な顔をするミーシャを見て見ぬふりしてナルシュは続けた。
「本当に好きな人はもう手に入らないから、こう・・・なんていうか妥協するっていうか」
「なに、あんた妥協要員なわけ?」
うん、と頷いてナルシュは指先を頬に滑らせた。
あの揚げ豆の日に、覚えていてほしいと頬にキスをされてから接触がない。
もちろん手を繋がされたり、腕を組まされたりはするがそんなのは子どもでもできるとナルシュは思う。
「本人に聞いたの?」
「聞いた」
「それで?」
うん、と手にした何通もの文を見つめながらナルシュは思い出す。
その日は馬で遠乗りをした。
王都を出て草原を馬で駆る。
途中、大きな木の下で侍女が持たせてくれたティム特製の弁当を食べた。
その大きな木にも登ってみた。
そこから見る燃えるような夕陽は美しかった。
朱に染まるエルドリッジの横顔にうっかり見蕩れてしまったのは内緒だ。
あの横顔を胸に収めたのは自分だけでいい。
その後、パブへ一杯飲みに行こうとあの『銀の蜜ヶ丘』へ行って飲んだ。
カウンターに並んで座って、あれ?と思った。
「なんか、これ前にもあったような」
「ナルちゃん、覚えてないの?だいぶ前にその兄さんとそうやって飲んでたじゃない?」
マスターがおかしそうに笑いながらナルシュに麦芽酒を渡した。
そうだっけ?そうだったっけ?そういえばどこで出会ったかは聞いてなかったな、と考える。
「エル、そうだった?」
「うん?あぁ、まぁそうだな」
「そうだよ、兄さん。失恋したっつってナルちゃんに愚痴ってたじゃない。なんだっけ?好きな人が結婚したとか・・・なんとか・・・いや、違う!そう違う」
ギロリと射抜くようにエルドリッジに睨まれたマスターは、ゴミでも捨ててこようかなとその場を逃げ出した。
「・・・それを忘れたくて俺を抱いたのか」
「ちがっ、違うぞ!ナル、話を聞いてくれ」
「へ?あぁ、うん別にいいよ。覚えてないし、そんなこともあるだろうよ」
バシバシとエルドリッジの背中を叩いて、にひひと笑うナルシュ。
だが、その内心は思わずポロっと出た自分自身の言葉に傷ついていた。
べつに純潔を捧げたわけじゃない、旅をしている途中でひとつやふたつの恋愛経験だってある。
流されて行きずりの男と一夜を共にしたこともある。
けれど、なにかが胸に重く伸し掛る。
エルドリッジはどんな風に自分を抱いたのだろう、自分を透かして誰か見ていたのだろうか。
それは、想像すると悲しい。
「ふぅん」
「ミーシャ冷たい」
「あんたってそんなにうじうじ言う奴だった?」
ズンとミーシャの言葉が重い。
そう、こんなことを思うのは自分らしくない。
らしくない自分が嫌になる。
それもこれも手を出してこないエルドリッジが悪い。
一回抱いたんだから、二回も三回も同じじゃないのか?
なのに、なんで・・・。
悶々と悩みながらも、目は宛先を確認し手はそれぞれの箱へと文を投げ入れる。
ここにある文はそれぞれが出会いを求めて、恋をしたいと思っている。
それを見て苦虫を噛み潰したような気分でナルシュは思う。
恋なんてろくなもんじゃねえぞ。
「ナル、どうした?」
いつも通りにエルドリッジがナルシュを迎えに来たが気が乗らない。
ぶすくれたまま馬車道まで行って辻馬車を拾って公爵家に向かう。
同じ辻馬車に当然のように乗り込んでくるのも気に食わない。
「ほんとにどうした?気分でも悪い?」
「悪い」
「それは・・・その、大丈夫なのか?」
「大丈夫」
そこからはもう何も話さなかった。
ナルシュの頭はイライラとし、エルドリッジはなんだか落ち着かない様子だった。
じゃあな、と辻馬車から降りるとまたエルドリッジも降りてくる。
「なに?」
「送る」
「いや、もう目の前だけど」
「離れ家までは少しあるだろう?」
「あのさ、そういうのいらないんだけど」
「そういうのって?」
「だから、最初に言ったけど責任とか感じなくていいから」
まだそんなこと言ってんのか、とエルドリッジが呆れたように髪をかきあげた。
はぁ、と大きなため息もつかれて、ため息つきたいのはこっちの方だ。
あぁ、こんなのはらしくない。
うじうじする自分なんて大嫌いだ。
「責任とかじゃないから」
「じゃ、なんで抱かないわけ?」
「は?抱いてほしいのか?」
「あぁ?そんなわけないし!」
「なんなんだよ、一体」
「普通さ、好きだったら抱きたいとか思うんじゃないの?」
「・・・思ってるよ」
「じゃあ!なんで手ぇ出してこないんだよ!子どものおままごとか!」
「体から始まった関係だから、今度はちゃんと俺のこと好きになってからって思ってたんだよ!俺が毎日毎日どれだけ我慢してると思ってるんだ!」
「体から始まったからこそ、それが無けりゃなんで?って思うだろうが!」
「じゃあ、我慢しなくてもいいんだな?」
ギラと目の色が変わったエルドリッジの視線をナルシュは全身で受け止めた。
「俺のことが好きなら俺を抱けぇー!!」
ナルシュの雄叫びは夕暮れに空に一直線に伸び上がり、こだましながらあちこちに飛び散っていった。
公爵家の門番は目の前で繰り広げられる、抱く抱かない論争を呆気に取られて見ていた。
雄叫びを聞いた者たちがあちこちから飛び出してくるのはあと数秒後である。
※馴れ初めがリュカ達と似たようなものになってしまった
自分のキャパの狭さに絶望しかありません。
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