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ご褒美
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ショコラパイの日からエバンズ公爵と出かけることが多くなった。
馬を駆り王都から離れた丘で野遊びをしたり、ぷらぷら街歩きをしたり、観劇に行ったりする。
あの街歩きが余程楽しかったとみえる。
ソーセージのやつは、肉屋の倅がトマトソースだけでなくマッシュしたゆで卵ソースのやつを新たに商品にした。
頼む時はソーセージのやつがトマトソースで、ソーセージとたまごのやつが新商品だ。
とても繁盛していて、品切れの時のエバンズ公爵のしょんぼりとした顔は大変面白い。
リュカ、と呼ぶ声は甘く優しい。
引く手数多なのも頷ける。
エバンズ公爵の腕をとっていた手はいつの間にか手のひらに移動して、今では指を絡ませた握り方になっている。
「この方がはぐれないだろう?」
確かにそうなのだが、とても恥ずかしい。
手のひらから伝わる体温やピクリと動く長い指なんかにドキリとすることがある。
これではまるで街で見かける恋人のようではないか。
観劇も恋愛を扱ったもので、恋愛小説に挑戦している情報が漏れたのか?と焦る。
マーサか、ジェリーか。
ジェリーが怪しいと踏んだが、んなこと言うわけないでしょと軽くあしらわれた。
マーサも同じく。
グレイは言わずもがな。
舞台は素晴らしく参考になったので、最終的にはまあいいかと開き直った。
そんなある日、庭にロバがやって来た。
「アイザック様。これは?」
「ロバだ」
「見ればわかります」
「以前リュカが言っていただろう?子供らにもっと本を読む機会を与えたい、と」
「えぇ、言いましたけれど。それとロバとなんの関係が?」
エバンズ公爵はとても嬉しそうだ。
庭にテーブルを出してそのままお茶をしながら話を聞く。
茶菓子はリュカが焼いたマドレーヌで、ぼそぼそとするそれをエバンズ公爵は一口で食べてしまった。
「最初はね、買えないなら貸し出したらどうか、と思ったんだ」
「しかし、それは・・・」
「そう、貸し出してそれを古書店で売られてはたまらない」
エバンズ公爵は王太子殿下と宰相様にも相談したそうだ。
二人共、貸本にはやはり渋面を作ったという。
民を信じないわけではないが、良からぬ事を考える輩はどこにでもいるものだ。
「それが、なぜロバに繋がるんです?」
「あれにな荷車を引かせて月に一度、広場でその場限りの貸本をしようかと思って」
リュカの口はあんぐりと開いたまま、エバンズ公爵を見つめている。
その場限りの貸本は、文字通り広場だけで読めるもの。
子供らが集まればその親も集まる。
そこで、肉屋の倅に話を持ちかけた。
人が集まれば商売になるから、他の店にも声をかけて露店を増やせないか、と。
露店が増えれば、広場を囲むことができて不足の事態にも対応できるのではないか。
四方八方から入れる広場を、その日だけは入口と出口を設け一方通行にする。
これで憲兵の警護もしやすくなると言うわけだ。
良からぬ輩というのは人の目を嫌うもの、とエバンズ公爵は笑った。
「アイザック様!すごいです!」
目も表情も輝かんばかりにきらきらとするリュカにエバンズ公爵も顔を赤くして興奮しているようだ。
わかる、これは上手くいけば興奮するような話だ。
「それでな?荷車には絵本を中心に乗せるつもりだ。リュカの本や他の本ももちろん乗せるが、一日で読めるものではないだろう?」
「そんなのいいんですよ。物語は楽しいと子供らが思ってもらえれば」
エバンズ公爵はうんうんと頷いて、そう言うと思ったよと微笑んだ。
そして、ピシッと人差し指をたてた。
「ここで一つ提案がある」
エバンズ公爵の提案はリュカにとって天にも昇る夢のような話だった。
長い物語をある程度短くして、絵を付けて読み聞かせる。
大きな紙に絵を描けば、大勢の子供らが一度に楽しむことができる。
「どうだろうか?」
「素敵です!こんな、こんな夢のようなことがあっていいのでしょうか」
「これはね、リュカの『炎の山と氷の姫様』から知恵を借りたんだよ。お話の中で姫様が吟遊詩人を見て言っただろう?あのお話に絵がつけばもっと楽しめるのにって」
「読んでくださったんですか?」
「もちろん。三冊全部読んだよ」
リュカの耳までポポポっと真っ赤に染まっていく。
嬉しいのと恥ずかしいのと綯い交ぜになってよくわからない。
「リュカ、喜んでくれた?」
「はい、それはもう。こんな嬉しいことがあっていいのかと思います」
「では、なにか褒美が欲しいな」
なにを?とエバンズ公爵を見るとじっと真剣な面持ちをしている。
「褒美がほしくてやったのですか?」
「っ違う!違うぞ!リュカや子供らの喜ぶ顔が見たいと思って、それで、その・・・」
萎んでいく言葉にリュカは笑った。
エバンズ公爵は拗ねたようにしゅんと小さくなっている。
「あはは、意地悪が過ぎました。なんなりとお申し付けください」
「では、アイクと呼んでくれ。いつでもどこでも、誰の前でも」
またしても雨に打たれた犬のような、今にもクゥーンと鳴きそうな顔にリュカは降参した。
「わかりました。アイク」
「リュカ・・・」
なんだろう、今とてもアイザックに抱きついてしまいたい。
貸本のことも、リュカの物語に絵がつくことも、アイクと呼ぶだけで心底嬉しそうな顔をすることも。
全てが無性に、うずうずする。
「アイク、ここに立って」
キョトンとするアイザックはそれでもリュカの要求通りに、テーブルから立った。
それを見てリュカはアイザックに飛びついた。
「アイク、ありがとう!今日は心に残る嬉しい日になったよ!」
突然の事にバランスを崩しながらも、それでもアイザックはリュカを受け止め抱きしめ返した。
「俺も今、すごく嬉しい」
リュカを持ち上げてくるくると回る。
笑い声は本邸にまで響き、使用人達が何事だ?と覗いている。
ソルジュは小さく拳を握りしめ、ジェリーは呆れ顔で独りごちた。
「あれで、契約とか馬鹿みてぇ」
馬を駆り王都から離れた丘で野遊びをしたり、ぷらぷら街歩きをしたり、観劇に行ったりする。
あの街歩きが余程楽しかったとみえる。
ソーセージのやつは、肉屋の倅がトマトソースだけでなくマッシュしたゆで卵ソースのやつを新たに商品にした。
頼む時はソーセージのやつがトマトソースで、ソーセージとたまごのやつが新商品だ。
とても繁盛していて、品切れの時のエバンズ公爵のしょんぼりとした顔は大変面白い。
リュカ、と呼ぶ声は甘く優しい。
引く手数多なのも頷ける。
エバンズ公爵の腕をとっていた手はいつの間にか手のひらに移動して、今では指を絡ませた握り方になっている。
「この方がはぐれないだろう?」
確かにそうなのだが、とても恥ずかしい。
手のひらから伝わる体温やピクリと動く長い指なんかにドキリとすることがある。
これではまるで街で見かける恋人のようではないか。
観劇も恋愛を扱ったもので、恋愛小説に挑戦している情報が漏れたのか?と焦る。
マーサか、ジェリーか。
ジェリーが怪しいと踏んだが、んなこと言うわけないでしょと軽くあしらわれた。
マーサも同じく。
グレイは言わずもがな。
舞台は素晴らしく参考になったので、最終的にはまあいいかと開き直った。
そんなある日、庭にロバがやって来た。
「アイザック様。これは?」
「ロバだ」
「見ればわかります」
「以前リュカが言っていただろう?子供らにもっと本を読む機会を与えたい、と」
「えぇ、言いましたけれど。それとロバとなんの関係が?」
エバンズ公爵はとても嬉しそうだ。
庭にテーブルを出してそのままお茶をしながら話を聞く。
茶菓子はリュカが焼いたマドレーヌで、ぼそぼそとするそれをエバンズ公爵は一口で食べてしまった。
「最初はね、買えないなら貸し出したらどうか、と思ったんだ」
「しかし、それは・・・」
「そう、貸し出してそれを古書店で売られてはたまらない」
エバンズ公爵は王太子殿下と宰相様にも相談したそうだ。
二人共、貸本にはやはり渋面を作ったという。
民を信じないわけではないが、良からぬ事を考える輩はどこにでもいるものだ。
「それが、なぜロバに繋がるんです?」
「あれにな荷車を引かせて月に一度、広場でその場限りの貸本をしようかと思って」
リュカの口はあんぐりと開いたまま、エバンズ公爵を見つめている。
その場限りの貸本は、文字通り広場だけで読めるもの。
子供らが集まればその親も集まる。
そこで、肉屋の倅に話を持ちかけた。
人が集まれば商売になるから、他の店にも声をかけて露店を増やせないか、と。
露店が増えれば、広場を囲むことができて不足の事態にも対応できるのではないか。
四方八方から入れる広場を、その日だけは入口と出口を設け一方通行にする。
これで憲兵の警護もしやすくなると言うわけだ。
良からぬ輩というのは人の目を嫌うもの、とエバンズ公爵は笑った。
「アイザック様!すごいです!」
目も表情も輝かんばかりにきらきらとするリュカにエバンズ公爵も顔を赤くして興奮しているようだ。
わかる、これは上手くいけば興奮するような話だ。
「それでな?荷車には絵本を中心に乗せるつもりだ。リュカの本や他の本ももちろん乗せるが、一日で読めるものではないだろう?」
「そんなのいいんですよ。物語は楽しいと子供らが思ってもらえれば」
エバンズ公爵はうんうんと頷いて、そう言うと思ったよと微笑んだ。
そして、ピシッと人差し指をたてた。
「ここで一つ提案がある」
エバンズ公爵の提案はリュカにとって天にも昇る夢のような話だった。
長い物語をある程度短くして、絵を付けて読み聞かせる。
大きな紙に絵を描けば、大勢の子供らが一度に楽しむことができる。
「どうだろうか?」
「素敵です!こんな、こんな夢のようなことがあっていいのでしょうか」
「これはね、リュカの『炎の山と氷の姫様』から知恵を借りたんだよ。お話の中で姫様が吟遊詩人を見て言っただろう?あのお話に絵がつけばもっと楽しめるのにって」
「読んでくださったんですか?」
「もちろん。三冊全部読んだよ」
リュカの耳までポポポっと真っ赤に染まっていく。
嬉しいのと恥ずかしいのと綯い交ぜになってよくわからない。
「リュカ、喜んでくれた?」
「はい、それはもう。こんな嬉しいことがあっていいのかと思います」
「では、なにか褒美が欲しいな」
なにを?とエバンズ公爵を見るとじっと真剣な面持ちをしている。
「褒美がほしくてやったのですか?」
「っ違う!違うぞ!リュカや子供らの喜ぶ顔が見たいと思って、それで、その・・・」
萎んでいく言葉にリュカは笑った。
エバンズ公爵は拗ねたようにしゅんと小さくなっている。
「あはは、意地悪が過ぎました。なんなりとお申し付けください」
「では、アイクと呼んでくれ。いつでもどこでも、誰の前でも」
またしても雨に打たれた犬のような、今にもクゥーンと鳴きそうな顔にリュカは降参した。
「わかりました。アイク」
「リュカ・・・」
なんだろう、今とてもアイザックに抱きついてしまいたい。
貸本のことも、リュカの物語に絵がつくことも、アイクと呼ぶだけで心底嬉しそうな顔をすることも。
全てが無性に、うずうずする。
「アイク、ここに立って」
キョトンとするアイザックはそれでもリュカの要求通りに、テーブルから立った。
それを見てリュカはアイザックに飛びついた。
「アイク、ありがとう!今日は心に残る嬉しい日になったよ!」
突然の事にバランスを崩しながらも、それでもアイザックはリュカを受け止め抱きしめ返した。
「俺も今、すごく嬉しい」
リュカを持ち上げてくるくると回る。
笑い声は本邸にまで響き、使用人達が何事だ?と覗いている。
ソルジュは小さく拳を握りしめ、ジェリーは呆れ顔で独りごちた。
「あれで、契約とか馬鹿みてぇ」
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