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二年目の終わり
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ロバが庭にやってきてから三ヶ月、いよいよ今日は広場での貸本の日。
あの日、グレイはロバが気に入り庭の片隅に小屋を建てた。
そこでロバの世話をしている。
ロバの名前は『ピコピコ』と言う。
グレイ曰く、耳がぴこぴこ動くから。
寡黙なグレイと大人しいピコピコは馬が合ったのかもしれない。
ロバだけど。
本を積んだ荷車を引く練習もたっぷりした。
マーサはロバの首に青いリボンをつけた。
リボンにはピコピコと刺繍がしてある。
ジェリーは質素な荷車をペンキでカラフルに塗って、リボンで装飾した。
リュカはドキドキワクワクと前日は眠れなかった。
当日、ピコピコはグレイとジェリーに連れられてひと足早く出ていった。
リュカは遅れてアイザックと二人、馬車に乗って行く。
「リュカ、緊張してる?」
「はい。集まってくれるでしょうか」
「肉屋の倅、クルトと言うんだが。それが宣伝も請け負ってくれたから多少は来てくれると思うよ」
「だったらいいんですけど・・・」
結果から言うとリュカの心配は杞憂だった。
高鳴る胸を抑えながらたどり着いた広場はとても賑やかだった。
ピコピコの周りには子供らが集まり、大きなシートに座って本を読んでいる。
絵本や子供向けの本は、なんと貴族からの寄付だ。
まず、王太子殿下が寄付をしベルフィール殿下もそれに倣った。
そうなれば、寄付したくない等とはとてもじゃないが言えない。
アイザックがニヤリと笑って教えてくれた。
なかなかに腹黒かもしれない、さすが次期宰相だ。
リュカの『ナリスの冒険』はいくつか端折ってひとつの絵物語になった。
読み手は三人いて、いずれもあの観劇の劇団の若手だという。
お芝居の勉強にもなるので無償で引き受けてくれた。
アイザックの手腕はやっぱり次期宰相だ、とリュカは感心するばかりだ。
入口と出口には憲兵がいて、広場の中にも制服組と私服組で不埒な輩がいないか見張っている。
「はぁー、アイクはすごいね」
「見直したか?」
「見直すもなにも、やっぱりすごいなって思うだけだよ」
二人は今、いつものベンチに腰掛けてソーセージのやつを食べている。
肉屋の倅改めクルトがご馳走してくれたのだ。
顔に儲かってます!と書いてあって笑ってしまった。
露店もたくさん集まり、食べ物屋だけでなく工芸品や装飾品を扱う店も出ていた。
そのうちの一軒でリュカはアイザックにペンダントを買って貰った。
小さな丸いプレートには月と星が描かれている。
「ルカライン先生に」
「やめてよ、もう」
クスクスと笑いあって、アイザックはリュカの首にそれをさげた。
決して高価ではないそれはリュカの宝物になる予感がした。
「こんにちは」
「こんにちは、ルイスさん。お一人ですか?」
「いや、妻と息子はほらあそこ。紙芝居を見てるよ」
「紙芝居?」
「違うのかい?紙の上で芝居をするから、てっきりそう言うんだと思ったけど」
紙芝居か、確かにそうかもとリュカとアイザックは顔を見合わした。
「ルイスさん、その案いただきます!」
「ん?ま、なんでもいいけど」
ルイスは笑いながら、同じように笑う二人を見る。
「仲良いじゃないか」
「悪くありませんよ?」
キョトンとするリュカにルイスはなにが可笑しいのかニヤニヤと笑った。
「アイザック君、苦労するねぇ」
「大きなお世話です」
「ルイスさん、アイクは次期宰相なのですよ。そりゃ大変なことはたくさんあります」
リュカは声を潜めて言う。
「そうだったな。アイザック君、頑張れよ。いろいろと」
ルイスはその白い歯をこぼしながらアイザックの肩を叩いた。
アイザックはそれを振り払い、しっしっと追い立てる。
「言われなくてもアイクはいつも頑張ってますよねぇ」
「・・・そうだな」
賑わっていた広場も陽が傾きかけると閑散としていく。
露店も店じまいだ。
グレイとジェリーも手分けして本を荷車に積み込んでいく。
大きなシートはマーサとソルジュが二人がかりで片付けていく。
「盛況で良かったですね」
「あぁ」
「子供らの笑顔が見られて嬉しかったです」
「あぁ」
「アイク、どうしました?疲れましたか?」
リュカはアイザックの顔を覗き込む。
夕陽に照らされたアイザックの顔は思いのほか真剣だった。
見つめ返してくるアイザックの瞳にリュカは飲まれそうになる。
「リュカ」
「はい」
「結婚してほしい」
「・・・してますよ?」
なにを言ってるのだと目を丸くするリュカに、アイザックはがっくりと肩を落とした。
「アイク、帰りましょうか」
こくりと小さく頷いたアイザックとリュカは指を絡めて手を繋ぐ。
その大きな手をにぎにぎとしてリュカはアイザックに合図を送る。
「アイク、ありがとう」
微笑むリュカに、どういたしましてとしかアイザックは答えられなかった。
最後の一年が始まろうとしていた。
あの日、グレイはロバが気に入り庭の片隅に小屋を建てた。
そこでロバの世話をしている。
ロバの名前は『ピコピコ』と言う。
グレイ曰く、耳がぴこぴこ動くから。
寡黙なグレイと大人しいピコピコは馬が合ったのかもしれない。
ロバだけど。
本を積んだ荷車を引く練習もたっぷりした。
マーサはロバの首に青いリボンをつけた。
リボンにはピコピコと刺繍がしてある。
ジェリーは質素な荷車をペンキでカラフルに塗って、リボンで装飾した。
リュカはドキドキワクワクと前日は眠れなかった。
当日、ピコピコはグレイとジェリーに連れられてひと足早く出ていった。
リュカは遅れてアイザックと二人、馬車に乗って行く。
「リュカ、緊張してる?」
「はい。集まってくれるでしょうか」
「肉屋の倅、クルトと言うんだが。それが宣伝も請け負ってくれたから多少は来てくれると思うよ」
「だったらいいんですけど・・・」
結果から言うとリュカの心配は杞憂だった。
高鳴る胸を抑えながらたどり着いた広場はとても賑やかだった。
ピコピコの周りには子供らが集まり、大きなシートに座って本を読んでいる。
絵本や子供向けの本は、なんと貴族からの寄付だ。
まず、王太子殿下が寄付をしベルフィール殿下もそれに倣った。
そうなれば、寄付したくない等とはとてもじゃないが言えない。
アイザックがニヤリと笑って教えてくれた。
なかなかに腹黒かもしれない、さすが次期宰相だ。
リュカの『ナリスの冒険』はいくつか端折ってひとつの絵物語になった。
読み手は三人いて、いずれもあの観劇の劇団の若手だという。
お芝居の勉強にもなるので無償で引き受けてくれた。
アイザックの手腕はやっぱり次期宰相だ、とリュカは感心するばかりだ。
入口と出口には憲兵がいて、広場の中にも制服組と私服組で不埒な輩がいないか見張っている。
「はぁー、アイクはすごいね」
「見直したか?」
「見直すもなにも、やっぱりすごいなって思うだけだよ」
二人は今、いつものベンチに腰掛けてソーセージのやつを食べている。
肉屋の倅改めクルトがご馳走してくれたのだ。
顔に儲かってます!と書いてあって笑ってしまった。
露店もたくさん集まり、食べ物屋だけでなく工芸品や装飾品を扱う店も出ていた。
そのうちの一軒でリュカはアイザックにペンダントを買って貰った。
小さな丸いプレートには月と星が描かれている。
「ルカライン先生に」
「やめてよ、もう」
クスクスと笑いあって、アイザックはリュカの首にそれをさげた。
決して高価ではないそれはリュカの宝物になる予感がした。
「こんにちは」
「こんにちは、ルイスさん。お一人ですか?」
「いや、妻と息子はほらあそこ。紙芝居を見てるよ」
「紙芝居?」
「違うのかい?紙の上で芝居をするから、てっきりそう言うんだと思ったけど」
紙芝居か、確かにそうかもとリュカとアイザックは顔を見合わした。
「ルイスさん、その案いただきます!」
「ん?ま、なんでもいいけど」
ルイスは笑いながら、同じように笑う二人を見る。
「仲良いじゃないか」
「悪くありませんよ?」
キョトンとするリュカにルイスはなにが可笑しいのかニヤニヤと笑った。
「アイザック君、苦労するねぇ」
「大きなお世話です」
「ルイスさん、アイクは次期宰相なのですよ。そりゃ大変なことはたくさんあります」
リュカは声を潜めて言う。
「そうだったな。アイザック君、頑張れよ。いろいろと」
ルイスはその白い歯をこぼしながらアイザックの肩を叩いた。
アイザックはそれを振り払い、しっしっと追い立てる。
「言われなくてもアイクはいつも頑張ってますよねぇ」
「・・・そうだな」
賑わっていた広場も陽が傾きかけると閑散としていく。
露店も店じまいだ。
グレイとジェリーも手分けして本を荷車に積み込んでいく。
大きなシートはマーサとソルジュが二人がかりで片付けていく。
「盛況で良かったですね」
「あぁ」
「子供らの笑顔が見られて嬉しかったです」
「あぁ」
「アイク、どうしました?疲れましたか?」
リュカはアイザックの顔を覗き込む。
夕陽に照らされたアイザックの顔は思いのほか真剣だった。
見つめ返してくるアイザックの瞳にリュカは飲まれそうになる。
「リュカ」
「はい」
「結婚してほしい」
「・・・してますよ?」
なにを言ってるのだと目を丸くするリュカに、アイザックはがっくりと肩を落とした。
「アイク、帰りましょうか」
こくりと小さく頷いたアイザックとリュカは指を絡めて手を繋ぐ。
その大きな手をにぎにぎとしてリュカはアイザックに合図を送る。
「アイク、ありがとう」
微笑むリュカに、どういたしましてとしかアイザックは答えられなかった。
最後の一年が始まろうとしていた。
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