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リュカ Ⅲ

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『ナリスの冒険』を読み終わって、これはなかなか胸が踊るなとアイザックは思った。
まさかリュカが小説家だとは想像もしていなかった。
パタンと閉じた本の表紙、箔押しのルカラインの文字をそっとなぞる。

リュカは楽しみを見つけるのがうまい。
待つという一見退屈なことも、目線を変えれば楽しいことになると教えてくれた。
ヒソヒソと耳元で。
擽ったくて、気恥しくてドキドキと心臓が跳ねた。
リュカの声は少し低い。
それが、一段上がる時は嬉しかったり楽しかったり感情が溢れる時だ。
ショコラパイはとろりと溶けたショコラが甘くて美味しかった。
憐れみの目で特上にしようか?と言われた時は胸が重くなった。
リュカは自分のことをなんとも思っていない。
だから、あっさりと離縁を口にすることができるのだ。
次に目を向けるべき、と。
もう向いているのだが、それは軽い男だと思われてしまうだろうか。
ベル以外愛せそうにない、そう言った。
その口で今はリュカに目を奪われているとはとても言い出しづらい。
けれど、言葉にしないと伝わらないとも思い知った。
時期尚早の様な気もするし、早くしなければするりと逃げてしまうような気もする。

リュカは一見すると地味だ。
瞳はつぶらで愛らしいが、鼻は丸く低い。
唇は薄く、顎は小さい。
よくよく見ると頬に少しだけそばかすが散っている。
ローズブロンドの髪は柔く細いのですぐに絡まってしまう、とマーサがこぼしていた。
櫛を入れるとぴょんと跳ねてしまう、とも。
リュカの髪からは微かにラベンダーの香りがする。
それが髪油だと知ったのもマーサからだ。
街歩きのリュカの装いは地味な色合いで、全体的にダボッとしている。

「体にぴったり誂えた服なんて庶民はそうそう持っていませんよ。古着屋で買ったものか既製品をそのまま着たり直して着たりするのです」

庶民の暮らしぶりは数字の上ではよく知っている。
税金の徴収率であるとか、就業率や出生率に識字率。
ただその根底にある本当の暮らしぶりはよくわかっていなかった、とリュカと接する度に思う。

ソーセージのやつ、あれもリュカと街歩きをしなければ知らなかったことだ。
安価で美味しく、食べ方に工夫がいる。
ぷんぷんと怒りながらシャツを拭いてくれたリュカ。
怒られてるのになぜか嬉しくて。
今、自分はと接している。
何も飾らないリュカと。
てらいもなく口を大きく開けて笑うリュカは眩しい。
交わる視線に心を掴まれる。
目だけでなく心までがっつりと奪われてしまった、持っていかれてしまった。
なにがきっかけで心が動くかなんてわからないものだな、と思う。
聡いリュカ、可愛らしいリュカ、頬を膨らませるリュカ、浮かぶのは君のことばかりだ。
夕陽に照らされた君の笑顔が眼裏から離れない。


本棚に新たに並んだリュカの本の背表紙を撫でながら考える。
いままで当たり前のように身近にあった本が、庶民にはまだまだ高価だということ。
リュカの描く冒険譚は面白い。
子どもにもわかりやすい言葉で書いてあるし、親が読んでやるのにも適していると思う。
リュカはたくさんの子供達に本を読んでほしい、と言った。
なにか自分にできることはないだろうか。
買わずとも気軽に本を読んで、空想の世界に飛び込めるようなそんな場所。


私室から見え隠れする、萌黄色のカーテンを窺う。
もう眠ってしまっただろうか。

リュカ、君ともっとたくさんの時間を共有したい。
願わくばそれが笑みで溢れていますように。
そっと胸の内で君を抱きしめる。

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