18 / 190
リュカ Ⅲ
しおりを挟む
『ナリスの冒険』を読み終わって、これはなかなか胸が踊るなとアイザックは思った。
まさかリュカが小説家だとは想像もしていなかった。
パタンと閉じた本の表紙、箔押しのルカラインの文字をそっとなぞる。
リュカは楽しみを見つけるのがうまい。
待つという一見退屈なことも、目線を変えれば楽しいことになると教えてくれた。
ヒソヒソと耳元で。
擽ったくて、気恥しくてドキドキと心臓が跳ねた。
リュカの声は少し低い。
それが、一段上がる時は嬉しかったり楽しかったり感情が溢れる時だ。
ショコラパイはとろりと溶けたショコラが甘くて美味しかった。
憐れみの目で特上にしようか?と言われた時は胸が重くなった。
リュカは自分のことをなんとも思っていない。
だから、あっさりと離縁を口にすることができるのだ。
次に目を向けるべき、と。
もう向いているのだが、それは軽い男だと思われてしまうだろうか。
ベル以外愛せそうにない、そう言った。
その口で今はリュカに目を奪われているとはとても言い出しづらい。
けれど、言葉にしないと伝わらないとも思い知った。
時期尚早の様な気もするし、早くしなければするりと逃げてしまうような気もする。
リュカは一見すると地味だ。
瞳はつぶらで愛らしいが、鼻は丸く低い。
唇は薄く、顎は小さい。
よくよく見ると頬に少しだけそばかすが散っている。
ローズブロンドの髪は柔く細いのですぐに絡まってしまう、とマーサがこぼしていた。
櫛を入れるとぴょんと跳ねてしまう、とも。
リュカの髪からは微かにラベンダーの香りがする。
それが髪油だと知ったのもマーサからだ。
街歩きのリュカの装いは地味な色合いで、全体的にダボッとしている。
「体にぴったり誂えた服なんて庶民はそうそう持っていませんよ。古着屋で買ったものか既製品をそのまま着たり直して着たりするのです」
庶民の暮らしぶりは数字の上ではよく知っている。
税金の徴収率であるとか、就業率や出生率に識字率。
ただその根底にある本当の暮らしぶりはよくわかっていなかった、とリュカと接する度に思う。
ソーセージのやつ、あれもリュカと街歩きをしなければ知らなかったことだ。
安価で美味しく、食べ方に工夫がいる。
ぷんぷんと怒りながらシャツを拭いてくれたリュカ。
怒られてるのになぜか嬉しくて。
今、自分はリュカと接している。
何も飾らないリュカと。
てらいもなく口を大きく開けて笑うリュカは眩しい。
交わる視線に心を掴まれる。
目だけでなく心までがっつりと奪われてしまった、持っていかれてしまった。
なにがきっかけで心が動くかなんてわからないものだな、と思う。
聡いリュカ、可愛らしいリュカ、頬を膨らませるリュカ、浮かぶのは君のことばかりだ。
夕陽に照らされた君の笑顔が眼裏から離れない。
本棚に新たに並んだリュカの本の背表紙を撫でながら考える。
いままで当たり前のように身近にあった本が、庶民にはまだまだ高価だということ。
リュカの描く冒険譚は面白い。
子どもにもわかりやすい言葉で書いてあるし、親が読んでやるのにも適していると思う。
リュカはたくさんの子供達に本を読んでほしい、と言った。
なにか自分にできることはないだろうか。
買わずとも気軽に本を読んで、空想の世界に飛び込めるようなそんな場所。
私室から見え隠れする、萌黄色のカーテンを窺う。
もう眠ってしまっただろうか。
リュカ、君ともっとたくさんの時間を共有したい。
願わくばそれが笑みで溢れていますように。
そっと胸の内で君を抱きしめる。
まさかリュカが小説家だとは想像もしていなかった。
パタンと閉じた本の表紙、箔押しのルカラインの文字をそっとなぞる。
リュカは楽しみを見つけるのがうまい。
待つという一見退屈なことも、目線を変えれば楽しいことになると教えてくれた。
ヒソヒソと耳元で。
擽ったくて、気恥しくてドキドキと心臓が跳ねた。
リュカの声は少し低い。
それが、一段上がる時は嬉しかったり楽しかったり感情が溢れる時だ。
ショコラパイはとろりと溶けたショコラが甘くて美味しかった。
憐れみの目で特上にしようか?と言われた時は胸が重くなった。
リュカは自分のことをなんとも思っていない。
だから、あっさりと離縁を口にすることができるのだ。
次に目を向けるべき、と。
もう向いているのだが、それは軽い男だと思われてしまうだろうか。
ベル以外愛せそうにない、そう言った。
その口で今はリュカに目を奪われているとはとても言い出しづらい。
けれど、言葉にしないと伝わらないとも思い知った。
時期尚早の様な気もするし、早くしなければするりと逃げてしまうような気もする。
リュカは一見すると地味だ。
瞳はつぶらで愛らしいが、鼻は丸く低い。
唇は薄く、顎は小さい。
よくよく見ると頬に少しだけそばかすが散っている。
ローズブロンドの髪は柔く細いのですぐに絡まってしまう、とマーサがこぼしていた。
櫛を入れるとぴょんと跳ねてしまう、とも。
リュカの髪からは微かにラベンダーの香りがする。
それが髪油だと知ったのもマーサからだ。
街歩きのリュカの装いは地味な色合いで、全体的にダボッとしている。
「体にぴったり誂えた服なんて庶民はそうそう持っていませんよ。古着屋で買ったものか既製品をそのまま着たり直して着たりするのです」
庶民の暮らしぶりは数字の上ではよく知っている。
税金の徴収率であるとか、就業率や出生率に識字率。
ただその根底にある本当の暮らしぶりはよくわかっていなかった、とリュカと接する度に思う。
ソーセージのやつ、あれもリュカと街歩きをしなければ知らなかったことだ。
安価で美味しく、食べ方に工夫がいる。
ぷんぷんと怒りながらシャツを拭いてくれたリュカ。
怒られてるのになぜか嬉しくて。
今、自分はリュカと接している。
何も飾らないリュカと。
てらいもなく口を大きく開けて笑うリュカは眩しい。
交わる視線に心を掴まれる。
目だけでなく心までがっつりと奪われてしまった、持っていかれてしまった。
なにがきっかけで心が動くかなんてわからないものだな、と思う。
聡いリュカ、可愛らしいリュカ、頬を膨らませるリュカ、浮かぶのは君のことばかりだ。
夕陽に照らされた君の笑顔が眼裏から離れない。
本棚に新たに並んだリュカの本の背表紙を撫でながら考える。
いままで当たり前のように身近にあった本が、庶民にはまだまだ高価だということ。
リュカの描く冒険譚は面白い。
子どもにもわかりやすい言葉で書いてあるし、親が読んでやるのにも適していると思う。
リュカはたくさんの子供達に本を読んでほしい、と言った。
なにか自分にできることはないだろうか。
買わずとも気軽に本を読んで、空想の世界に飛び込めるようなそんな場所。
私室から見え隠れする、萌黄色のカーテンを窺う。
もう眠ってしまっただろうか。
リュカ、君ともっとたくさんの時間を共有したい。
願わくばそれが笑みで溢れていますように。
そっと胸の内で君を抱きしめる。
127
お気に入りに追加
1,611
あなたにおすすめの小説

捨てられオメガの幸せは
ホロロン
BL
家族に愛されていると思っていたが実はそうではない事実を知ってもなお家族と仲良くしたいがためにずっと好きだった人と喧嘩別れしてしまった。
幸せになれると思ったのに…番になる前に捨てられて行き場をなくした時に会ったのは、あの大好きな彼だった。

孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。

王子のこと大好きでした。僕が居なくてもこの国の平和、守ってくださいますよね?
人生1919回血迷った人
BL
Ωにしか見えない一途なαが婚約破棄され失恋する話。聖女となり、国を豊かにする為に一人苦しみと戦ってきた彼は性格の悪さを理由に婚約破棄を言い渡される。しかしそれは歴代最年少で聖女になった弊害で仕方のないことだった。
・五話完結予定です。
※オメガバースでαが受けっぽいです。
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

偽物の運命〜αの幼馴染はβの俺を愛しすぎている〜
白兪
BL
楠涼夜はカッコよくて、優しくて、明るくて、みんなの人気者だ。
しかし、1つだけ欠点がある。
彼は何故か俺、中町幹斗のことを運命の番だと思い込んでいる。
俺は平々凡々なベータであり、決して運命なんて言葉は似合わない存在であるのに。
彼に何度言い聞かせても全く信じてもらえず、ずっと俺を運命の番のように扱ってくる。
どうしたら誤解は解けるんだ…?
シリアス回も終盤はありそうですが、基本的にいちゃついてるだけのハッピーな作品になりそうです。
書き慣れてはいませんが、ヤンデレ要素を頑張って取り入れたいと思っているので、温かい目で見守ってくださると嬉しいです。

嘘の日の言葉を信じてはいけない
斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
嘘の日--それは一年に一度だけユイさんに会える日。ユイさんは毎年僕を選んでくれるけど、毎回首筋を噛んでもらえずに施設に返される。それでも去り際に彼が「来年も選ぶから」と言ってくれるからその言葉を信じてまた一年待ち続ける。待ったところで選ばれる保証はどこにもない。オメガは相手を選べない。アルファに選んでもらうしかない。今年もモニター越しにユイさんの姿を見つけ、選んで欲しい気持ちでアピールをするけれど……。
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。

【運命】に捨てられ捨てたΩ
雨宮一楼
BL
「拓海さん、ごめんなさい」
秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。
「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」
秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。
【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。
なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。
右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。
前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。
※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。
縦読みを推奨します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる