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第六夜-3
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◇
清助の成長を見守りながら、体調が戻った清はまた海へと出るようになった。
同時期にイスパニアから援助の一つであった大型の調査船が届いたこともその要因の一つだった。乗組員の選抜、船の微調整など、清は早朝から夜遅くまで甚八や小助と話し合う。無論、才蔵も同行するので、清助の世話は専ら鎌之助の役になった。
「毎日ありがとう」
「若は夜泣きしないから助かってるけどさあ、俺よりも姫の体調は大丈夫なの? 顔色、あんまり良くないよ」
「今が大詰めだからね。週明けには私も十勇士も休めるよ。そしたら何をしようか、セイ」
やっと首がすわったばかりの息子は、まだまだ手がかかる。その時期に共に居てやれないのは心苦しいが、明日から三日間の試験運転さえ終われば、清助とも遊んでやれるだろう。
「姫と長がそう決めているなら俺には口が出せないけど、試験運転には六ちゃんも行くんだって?」
「うん。鎌之助以外は全員だね」
「いい加減、俺、腕が鈍りそうよ」
「……ついこの間の航海で、無国籍の密漁船相手に一番暴れた奴がそれを言うの?」
舌を出して笑った鎌之助に「同じ顔なんだからやめてよ」と心底呆れた清が冷めた目で鎌之助を見る。気の抜ける話に花を咲かせていると、才蔵が清を呼びに顔を出した。
「姫、小助が最終確認に呼んでいるぞ」
「了解、すぐ行く」
清は愛息子に頬ずりをして、才蔵も清助の頭を撫でると打ち合わせをしながら家を出た。
「ちゃんと夫婦してるのね」
鎌之助は小さなふくふくとした手で顔を触ってくる清助に語りかけた。
◇
清助と鎌之助に見送られた試験運転は良好だった。
乗組員はオランダ人が十人追加で乗っているが、他は賀谷ノ島で慣れ親しんだ御庭番衆やその家族という清が最も親しい人材で構成されている。
「今のところは好調ね。甚八や小助はなにか気になることはある?」
「強いて挙げるなら大砲ですね。まだ新品同様なので、もう数度試し打ちしたいくらいでしょうか」
「俺は帆船が主だったからなあ。蒸気船では最新のプロペラ式なのはありがてえんだが、操るとなればまだ時間が欲しいってとこだな。水夫がオランダ人でイギリス海軍にも通じている奴なのが救いだぜ」
専門家の小助と甚八にはまだ思うところがあるようだ。ならば、と清は二人の意見を合致させることにした。
「じゃあ、旧・日本跡で試し打ちをしましょうか。それくらいの距離なら充分往復の範囲内だし、オランダに管理を任せているから、オランダ人水夫が乗船している船の試し打ちを許可してくれるんじゃない?」
「任せるぜえ」
「決まり。――清海、急ぎヨハンにクルティウス商館長に電信を打つように伝えて」
「はっ」
家では相変わらず和服だが、オランダやポルトガル船の接待や復興が進む琉球から渡されるせいで、清は乗船する時だけは洋装をするようになった。腰に差しているのは変わらず、日本刀であったが元々男装を好む彼女はズボンの動きやすさを気に入っているらしい。
「すっかり女提督だなあ」
「ああ、立派なもんだ。特に若を産んでからは人が変わったように少女らしさが抜けた」
甚八は才蔵の肩を組みながら、清を見つめる才蔵ににやりと笑いかける。
「……いい嫁さん貰ったなあ。お前も落ち着いてきたもんなあ。ちょっとからかえば、すぐに怒鳴り散らしていたガキがよお」
「うるせえなあ……。あんたこそ、いつまで島民をひやかして過ごす気だ? まあ、てめえが所帯を持つなんか考えられねえが……」
「よく解ってるじゃねえか」
甚八には昔夫婦を演じて会津に潜入したことがある。長期の任務だった為、妻を演じた女と好い仲になったのだが、生憎彼女は会津で病に罹って死んでしまった。甚八は本気だったのだろう。その後、会津から帰ってきても絶対に商売女以外には手を出さない。
なんだかんだと十勇士で一番の年長であるゆえに一番の曲者だと才蔵は思っているが、面倒見がよく、一途で情に篤いところには感服する。
そうこうしていると、望遠鏡で海を眺めていた六郎が、見張り台からするすると降りてきた。
「どうした?」
「右舷四十度後方から妙な船が近づいてきているんだ。――あれ」
清も呼ばれ、六郎が指した方角を望遠鏡で確認する。国旗も掲げていない帆船だった。
「……おかしいわね。もうオランダが管理している日本領でしょ? あの速度だとすぐに不法侵入になるわよ」
「六郎、解る範囲まで見極めて停止信号を送って! ――総員、戦闘配備!!」
「了解」
清の号令で船上に緊張が走る。しばしの後、六郎が「白人が乗っている!! おそらくアメリカで間違いない!!」と叫ぶ。
「アメリカですって!? なぜオランダ兼日本領を侵すのよ!!」
「駄目だ、停止信号は受け入れられない!! ――姫、並ばれる!!」
清は舌打ちをすると「船首を回して!! 威嚇射撃用意――撃て!!」
二発の轟音が木霊する。弾は上手く逸れて敵船の両端の海上に着弾した。しかし、船が止まる様子はない。
どうやら白兵戦を仕掛けてくるようだ。横に並ばれた船から、わらわらとサーベルを持った男達が入り込んできた。仕方なく、十勇士も抜刀して最初の十人を薙ぎ払った。
「殺さないで生け捕りにして!! 後々、交渉に使うから!!」
そう清が叫んだ矢先、六郎は悪寒を感じて敵船に視線を向ける。
――伏兵が居た。数は十数人。狙いはもちろん――
「清姫!!」
六郎の叫びと同時に、複数の銃撃が鳴り響いた。
「清!! 六郎!!」
才蔵が駆けだそうとするのを、甚八が抑えつける。
風向きが悪かった。
濛々と立ち込める火薬の匂いと煙が全てこちらに流れてきて、二人の様子が見えない。第二射が来る前に、なんとか敵船に飛び移った小助と三好兄弟が敵を気絶させるに留めた。
「……清……六郎……」
煙がゆっくりと晴れていくのがもどかしい。なんとか見えた立ち姿と倒れた馬の尾の髪が見え、才蔵が安堵したのも束の間、半身だけを起き上がらせて清は泣いていた。
六郎は笑って清を見下ろしている。なにが起きたのか解らなかったが、勢いよく立ち上がった清は、笑ったまま動かない六郎に抱きついた。
「……ろく、やめてよ……何か言ってよ……ねえ!!」
清の腕の中で、背中からおびただしい量の血を流しながら海野六郎は笑顔のまま絶命していた。
「……うそだろ……?」
「弁慶じゃあるまいしよお……六坊……なにやってんだよ!!」
誰も失わないと誓ったのに、と清はいつかのように大声で泣いた。二人の元へ幽鬼のような足取りで才蔵は向かった。
――いつもの優しい眼差しで蒼穹を見つめながら動かない六郎の目をそっと閉じた。
(……満足かよ。好きな女、護って死ねて……)
「……さない……」
才蔵がはっと顔を上げると、そっと六郎の遺体を寝かせ、血まみれの手で刀を持つ清の姿があった。
さながら鬼神だ。彼女の周囲に陽炎すら見える。甚八でさえ、脚がすくんで動かなかった。
十勇士が止める間もなく、清は敵船で捕縛され、彼女を見て蒼褪めて震えている狙撃手に清は刀を振り上げた。
「いけません、姫!!」
小助の制止も届かず、清は狙撃手全員の背に死ぬ一歩手前の深さで十字を描いて斬りつけた。痛みでのたうち回る男達を足蹴にして、鬼は囁く。
「返しなさいよ……私の部下なのよ? ……ねえ……返してよ!!」
気を失う者も無視して清は刀を振り上げた。それを止めたのは、彼女を羽交い絞めにした才蔵だった。
「……よせ。もう報復は受けている。これ以上は過剰防衛で俺達が不利になるだけだ……」
耳元で怒りを殺した才蔵の声音に、清はだらりと腕を落とした。
「……だって……遺言も無いのよ……? 佐助のように遺す間もなかった……」
「お前を護れた。だから笑ってたろ? それだけで、あいつには充分だったはずだ……!」
才蔵の静かな声が今は耳に痛かった。帰りを待つ鎌之助やお鶴に、いったい何を話せばいいのか、清は頭が真っ白になった。
◇
その後、オランダ船にアメリカ人達を引き渡し、クルティウスの部下が調書を取ったところ、オランダ本国と敵対していたアメリカの国情やあの近海を荒らしていた海賊であることが判明した。しかし、悄然とした清は話を聞いているものの、どこか虚無の目でクルティウスに「事後処理は任せます。悔しいけど、我々日本の生き残りができるのは仲間の弔いだけなので」と言い残し、クルティウスに一礼した。クルティウスも何も言わず、彼らの背中を見送った。
そのまま清達の船は、夜半であるにも拘わらず、賀谷ノ島へと船を進めた。そのおかげもあってか、一日半で賀谷ノ島には到着したが、鎌之助の顔が見られなかった。
「……おかえり。あれ、六ちゃんは?」
皆の様子がおかしいことと、六郎の姿が見当たらないことを訝しんだ鎌之助は清の胸倉を掴みあげた。
「ねえ、お姫様。六ちゃん、どこ?」
清は空を指さして「すまない」と呟いた。その瞬間、右頬に激烈な痛みを感じた。
「おい、鎌之助!!」
止めに入った才蔵の胸倉も掴み、彼は怒り狂っていた。背後では小助に渡された清助が火がついたように泣いている。
「命預けたんだよ、俺達は。この女に。――なのに、この様? ねえ、結婚して、子供も産まれて、あんたら腑抜けたのかよ!!」
才蔵に向かって拳を振り上げた鎌之助の手を、甚八が止めた。
「六坊は、姫を庇って死んだ。笑顔で立ち往生だ。――姫と長を責めるなら、俺達も殴れよ。あの時、反応できたのは六郎しかいなかったんだからな」
甚八の重たい声に、鎌之助は拳を下ろして砂浜にしゃがみ込んだ。
「……俺の好きな人……みんな、死んでいく……」
そう呟いてから「六ちゃん……六ちゃん……」と泣きだし始めた。殴られた清は、鎌之助に近寄ろうと立ち上がろうとしたが、そのまま砂浜に倒れた。
「清!!」
才蔵が助け起こすと、彼女は割れそうなほど歯を食いしばり、腹を押さえていた。
「……おい、まさか……」
急いで診療所に連れ帰り、彼女の衣服を破り捨てると、清の腿に鮮血が流れる。
「……流産……」
才蔵が急いで鎮静剤を口移しで飲ませると、徐々に呼吸が落ち着きを取り戻す。だが、六郎と子供を失った精神的なショックも相俟って、清の命も危うい。
「……才蔵……もしもの、時は、清助を頼む。……あとお腹の子も、ごめんなさい……」
熱にうなされながらも、彼女はそう言い残して荒い息のまま眠りについた。
「……ごめん、俺……殴って……」
「鎌之助」
謝罪を口にする鎌之助の声も、才蔵の耳には届いていなかった。その様子を見かねた小助が鎌之助の腕を小助が引いて、その場から退散する。
才蔵は寝所で一心不乱に清の手を握って祈っていた。
――失えない。清だけは……!! 頼むから連れて行かないでくれ!!
懸命に祈る才蔵を残して十勇士は清助と共に診療所に泊まり込み、夜を明かした。
菜園の近くには、赤と白の彼岸花が咲いていた。
★続...
清助の成長を見守りながら、体調が戻った清はまた海へと出るようになった。
同時期にイスパニアから援助の一つであった大型の調査船が届いたこともその要因の一つだった。乗組員の選抜、船の微調整など、清は早朝から夜遅くまで甚八や小助と話し合う。無論、才蔵も同行するので、清助の世話は専ら鎌之助の役になった。
「毎日ありがとう」
「若は夜泣きしないから助かってるけどさあ、俺よりも姫の体調は大丈夫なの? 顔色、あんまり良くないよ」
「今が大詰めだからね。週明けには私も十勇士も休めるよ。そしたら何をしようか、セイ」
やっと首がすわったばかりの息子は、まだまだ手がかかる。その時期に共に居てやれないのは心苦しいが、明日から三日間の試験運転さえ終われば、清助とも遊んでやれるだろう。
「姫と長がそう決めているなら俺には口が出せないけど、試験運転には六ちゃんも行くんだって?」
「うん。鎌之助以外は全員だね」
「いい加減、俺、腕が鈍りそうよ」
「……ついこの間の航海で、無国籍の密漁船相手に一番暴れた奴がそれを言うの?」
舌を出して笑った鎌之助に「同じ顔なんだからやめてよ」と心底呆れた清が冷めた目で鎌之助を見る。気の抜ける話に花を咲かせていると、才蔵が清を呼びに顔を出した。
「姫、小助が最終確認に呼んでいるぞ」
「了解、すぐ行く」
清は愛息子に頬ずりをして、才蔵も清助の頭を撫でると打ち合わせをしながら家を出た。
「ちゃんと夫婦してるのね」
鎌之助は小さなふくふくとした手で顔を触ってくる清助に語りかけた。
◇
清助と鎌之助に見送られた試験運転は良好だった。
乗組員はオランダ人が十人追加で乗っているが、他は賀谷ノ島で慣れ親しんだ御庭番衆やその家族という清が最も親しい人材で構成されている。
「今のところは好調ね。甚八や小助はなにか気になることはある?」
「強いて挙げるなら大砲ですね。まだ新品同様なので、もう数度試し打ちしたいくらいでしょうか」
「俺は帆船が主だったからなあ。蒸気船では最新のプロペラ式なのはありがてえんだが、操るとなればまだ時間が欲しいってとこだな。水夫がオランダ人でイギリス海軍にも通じている奴なのが救いだぜ」
専門家の小助と甚八にはまだ思うところがあるようだ。ならば、と清は二人の意見を合致させることにした。
「じゃあ、旧・日本跡で試し打ちをしましょうか。それくらいの距離なら充分往復の範囲内だし、オランダに管理を任せているから、オランダ人水夫が乗船している船の試し打ちを許可してくれるんじゃない?」
「任せるぜえ」
「決まり。――清海、急ぎヨハンにクルティウス商館長に電信を打つように伝えて」
「はっ」
家では相変わらず和服だが、オランダやポルトガル船の接待や復興が進む琉球から渡されるせいで、清は乗船する時だけは洋装をするようになった。腰に差しているのは変わらず、日本刀であったが元々男装を好む彼女はズボンの動きやすさを気に入っているらしい。
「すっかり女提督だなあ」
「ああ、立派なもんだ。特に若を産んでからは人が変わったように少女らしさが抜けた」
甚八は才蔵の肩を組みながら、清を見つめる才蔵ににやりと笑いかける。
「……いい嫁さん貰ったなあ。お前も落ち着いてきたもんなあ。ちょっとからかえば、すぐに怒鳴り散らしていたガキがよお」
「うるせえなあ……。あんたこそ、いつまで島民をひやかして過ごす気だ? まあ、てめえが所帯を持つなんか考えられねえが……」
「よく解ってるじゃねえか」
甚八には昔夫婦を演じて会津に潜入したことがある。長期の任務だった為、妻を演じた女と好い仲になったのだが、生憎彼女は会津で病に罹って死んでしまった。甚八は本気だったのだろう。その後、会津から帰ってきても絶対に商売女以外には手を出さない。
なんだかんだと十勇士で一番の年長であるゆえに一番の曲者だと才蔵は思っているが、面倒見がよく、一途で情に篤いところには感服する。
そうこうしていると、望遠鏡で海を眺めていた六郎が、見張り台からするすると降りてきた。
「どうした?」
「右舷四十度後方から妙な船が近づいてきているんだ。――あれ」
清も呼ばれ、六郎が指した方角を望遠鏡で確認する。国旗も掲げていない帆船だった。
「……おかしいわね。もうオランダが管理している日本領でしょ? あの速度だとすぐに不法侵入になるわよ」
「六郎、解る範囲まで見極めて停止信号を送って! ――総員、戦闘配備!!」
「了解」
清の号令で船上に緊張が走る。しばしの後、六郎が「白人が乗っている!! おそらくアメリカで間違いない!!」と叫ぶ。
「アメリカですって!? なぜオランダ兼日本領を侵すのよ!!」
「駄目だ、停止信号は受け入れられない!! ――姫、並ばれる!!」
清は舌打ちをすると「船首を回して!! 威嚇射撃用意――撃て!!」
二発の轟音が木霊する。弾は上手く逸れて敵船の両端の海上に着弾した。しかし、船が止まる様子はない。
どうやら白兵戦を仕掛けてくるようだ。横に並ばれた船から、わらわらとサーベルを持った男達が入り込んできた。仕方なく、十勇士も抜刀して最初の十人を薙ぎ払った。
「殺さないで生け捕りにして!! 後々、交渉に使うから!!」
そう清が叫んだ矢先、六郎は悪寒を感じて敵船に視線を向ける。
――伏兵が居た。数は十数人。狙いはもちろん――
「清姫!!」
六郎の叫びと同時に、複数の銃撃が鳴り響いた。
「清!! 六郎!!」
才蔵が駆けだそうとするのを、甚八が抑えつける。
風向きが悪かった。
濛々と立ち込める火薬の匂いと煙が全てこちらに流れてきて、二人の様子が見えない。第二射が来る前に、なんとか敵船に飛び移った小助と三好兄弟が敵を気絶させるに留めた。
「……清……六郎……」
煙がゆっくりと晴れていくのがもどかしい。なんとか見えた立ち姿と倒れた馬の尾の髪が見え、才蔵が安堵したのも束の間、半身だけを起き上がらせて清は泣いていた。
六郎は笑って清を見下ろしている。なにが起きたのか解らなかったが、勢いよく立ち上がった清は、笑ったまま動かない六郎に抱きついた。
「……ろく、やめてよ……何か言ってよ……ねえ!!」
清の腕の中で、背中からおびただしい量の血を流しながら海野六郎は笑顔のまま絶命していた。
「……うそだろ……?」
「弁慶じゃあるまいしよお……六坊……なにやってんだよ!!」
誰も失わないと誓ったのに、と清はいつかのように大声で泣いた。二人の元へ幽鬼のような足取りで才蔵は向かった。
――いつもの優しい眼差しで蒼穹を見つめながら動かない六郎の目をそっと閉じた。
(……満足かよ。好きな女、護って死ねて……)
「……さない……」
才蔵がはっと顔を上げると、そっと六郎の遺体を寝かせ、血まみれの手で刀を持つ清の姿があった。
さながら鬼神だ。彼女の周囲に陽炎すら見える。甚八でさえ、脚がすくんで動かなかった。
十勇士が止める間もなく、清は敵船で捕縛され、彼女を見て蒼褪めて震えている狙撃手に清は刀を振り上げた。
「いけません、姫!!」
小助の制止も届かず、清は狙撃手全員の背に死ぬ一歩手前の深さで十字を描いて斬りつけた。痛みでのたうち回る男達を足蹴にして、鬼は囁く。
「返しなさいよ……私の部下なのよ? ……ねえ……返してよ!!」
気を失う者も無視して清は刀を振り上げた。それを止めたのは、彼女を羽交い絞めにした才蔵だった。
「……よせ。もう報復は受けている。これ以上は過剰防衛で俺達が不利になるだけだ……」
耳元で怒りを殺した才蔵の声音に、清はだらりと腕を落とした。
「……だって……遺言も無いのよ……? 佐助のように遺す間もなかった……」
「お前を護れた。だから笑ってたろ? それだけで、あいつには充分だったはずだ……!」
才蔵の静かな声が今は耳に痛かった。帰りを待つ鎌之助やお鶴に、いったい何を話せばいいのか、清は頭が真っ白になった。
◇
その後、オランダ船にアメリカ人達を引き渡し、クルティウスの部下が調書を取ったところ、オランダ本国と敵対していたアメリカの国情やあの近海を荒らしていた海賊であることが判明した。しかし、悄然とした清は話を聞いているものの、どこか虚無の目でクルティウスに「事後処理は任せます。悔しいけど、我々日本の生き残りができるのは仲間の弔いだけなので」と言い残し、クルティウスに一礼した。クルティウスも何も言わず、彼らの背中を見送った。
そのまま清達の船は、夜半であるにも拘わらず、賀谷ノ島へと船を進めた。そのおかげもあってか、一日半で賀谷ノ島には到着したが、鎌之助の顔が見られなかった。
「……おかえり。あれ、六ちゃんは?」
皆の様子がおかしいことと、六郎の姿が見当たらないことを訝しんだ鎌之助は清の胸倉を掴みあげた。
「ねえ、お姫様。六ちゃん、どこ?」
清は空を指さして「すまない」と呟いた。その瞬間、右頬に激烈な痛みを感じた。
「おい、鎌之助!!」
止めに入った才蔵の胸倉も掴み、彼は怒り狂っていた。背後では小助に渡された清助が火がついたように泣いている。
「命預けたんだよ、俺達は。この女に。――なのに、この様? ねえ、結婚して、子供も産まれて、あんたら腑抜けたのかよ!!」
才蔵に向かって拳を振り上げた鎌之助の手を、甚八が止めた。
「六坊は、姫を庇って死んだ。笑顔で立ち往生だ。――姫と長を責めるなら、俺達も殴れよ。あの時、反応できたのは六郎しかいなかったんだからな」
甚八の重たい声に、鎌之助は拳を下ろして砂浜にしゃがみ込んだ。
「……俺の好きな人……みんな、死んでいく……」
そう呟いてから「六ちゃん……六ちゃん……」と泣きだし始めた。殴られた清は、鎌之助に近寄ろうと立ち上がろうとしたが、そのまま砂浜に倒れた。
「清!!」
才蔵が助け起こすと、彼女は割れそうなほど歯を食いしばり、腹を押さえていた。
「……おい、まさか……」
急いで診療所に連れ帰り、彼女の衣服を破り捨てると、清の腿に鮮血が流れる。
「……流産……」
才蔵が急いで鎮静剤を口移しで飲ませると、徐々に呼吸が落ち着きを取り戻す。だが、六郎と子供を失った精神的なショックも相俟って、清の命も危うい。
「……才蔵……もしもの、時は、清助を頼む。……あとお腹の子も、ごめんなさい……」
熱にうなされながらも、彼女はそう言い残して荒い息のまま眠りについた。
「……ごめん、俺……殴って……」
「鎌之助」
謝罪を口にする鎌之助の声も、才蔵の耳には届いていなかった。その様子を見かねた小助が鎌之助の腕を小助が引いて、その場から退散する。
才蔵は寝所で一心不乱に清の手を握って祈っていた。
――失えない。清だけは……!! 頼むから連れて行かないでくれ!!
懸命に祈る才蔵を残して十勇士は清助と共に診療所に泊まり込み、夜を明かした。
菜園の近くには、赤と白の彼岸花が咲いていた。
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またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。
漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。
「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。
この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。
それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。
読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。
作家 蔵屋日唱
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
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