LOST-十六夜航路-

紺坂紫乃

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第七夜-1

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7、


 清が倒れた二日間、十勇士は清に申し訳ないと思いつつも六郎の火葬だけを済ませた。
 あの明るい声も、成長しても笑えば幼さが滲み出る笑顔も、今は白い小さな骨壺になってしまった。
 十勇士は入れ替わり立ち代わり、交代しながら診療所を出入りする。清助の存在だけが救いだった。清助が居れば、才蔵も十勇士の長として仕事を割り振ったり、甚八と小助が組み立てた航海の予定にも参加したりと長の顔を見せた。

「ま、どの航海もおひいさんありきのもんなのが痛えな。様子はどうだい? お前は忍びだから、多少寝なくても身体の心配はしちゃあいねえが……眼つきはひでえな」

「まだ熱が高い。起きてからの方が危険な気がしてるが。……やはり寝てないと解るか?」

「ああ、なんなら若は俺と甚八が見ているから、お前もちゃんと寝てこい。夕方には鎌之助と交代するから問題ない」

 小助が才蔵に眠る様に薦めるが、彼は手で目を覆って「眠れねえ」と零した。

「なんでだろうな……御庭番だった頃は人の死にも、仲間の死にも無感動だったのに、最近は先代と六郎が姫を連れて行っちまう夢を見る。そのせいで床に入ってないんだ」

「……才蔵、お前に人情ってもんができたのは喜ばしいがな、お前がそんなだったら、若はどうすんだい? ――言葉は悪いが、おひいさんは『自身が危うい時に備えて』若を望んで産んだんだぜ? そして、自身亡き後にも、若を立派な後継者に育ててくれる男にお前を選んだ。……忘れたわけじゃあるめえ」

 甚八の冷たくも正しい言葉に、才蔵は膝の上で自由に動き回る清助を抱き上げる。

「そうだったな……甚八、あんたはいつでも正しい」

「俺も……甚八の言うことは正論だと思っている。けど、始まりこそ姫の責任感からだったとしても、もうお前はちゃんと姫の連れ合いになった。それも悪くないんじゃないか」

 息子を抱き上げる才蔵の顔の穏やかさに、小助はやや目を伏せてそう言った。才蔵は苦笑する。小助もこんなに人を気遣う男だったろうかと過去を思い出そうとしたが、やはり思い出せなかった。

「世話かけるな、二人とも」
「それは十勇士全員に言ってやんな」

 二人に清助を預けて、才蔵は寝室で眠る清の頬を撫でた後、その隣で仮眠に入った。



「……さいぞう……」

 うつらうつらと波間を漂うように浅い睡眠を繰り返していた才蔵の耳にかそけない声が届いて、才蔵は一気に覚醒し、清の枕元に近づく。額に手を当てると熱が伝わる。

「どこか痛むか? ……まだ少し熱があるな。すぐに薬湯を持ってくる」

 ふるりと緩く首を横に振った清を確認すると、才蔵は薬草を置いてある部屋から解熱剤と薬包を持って台所へ向かう。薬と磨り下ろした野菜と果物を加えた茶碗を持って、居間で清助と遊んでいた鎌之助に声をかけて三人が部屋に入ってきた。

「姫……良かったあ……! あの、頭に血が上っていたとは言え、女性を殴って……ごめんなさい」

「ううん……殴られて当然だと思ってる。それよりもセイの世話をありがとう。ねえ、私はどれくらい眠っていた?」

「二日半だな。……悪い、六郎の葬儀は終わらせちまった。まだ埋葬はしていないから、歩けるようになったら、海に還してやろう……」

 才蔵の補助を借りて、軋む身体を少しだけ起こし薬湯を少しずつ飲み干す。清が薬を飲んでいる間は眠ってしまった清助を彼女の隣に寝かせて、鎌之助は他の十勇士を呼びに行った。
薬湯を飲み終えた清は、天井にほう、と息を吐いた。

「……なにやってるんだろうね……私。皆の命を預かったつもりで大口叩いておきながら、佐助の犠牲の上で綺麗な身体を保って、琉球も背負っている気になっていたくせに……実戦になったら指示よりも刀振り回すことに必死になって背後を疎かにした。その挙句に六郎を死なせて……妊娠していることにすら気づかないなんて……二人の人間を私が殺したようなものだ……!!」

「清、それは違う」

「なにが違うの!? ……才蔵も責めて良いんだよ? 貴方の子供を殺したんだから」

 才蔵はヨモギ色の茶碗を離れたところに置いて、片手で清の目を覆った。

「あんたが責められるなら俺も同罪だ。俺は……六郎の気持ちを利用したんだからな。あいつならいつか捨て身で清を護ってくれると、ずっと思っていた。六郎が清に惚れていることを知っていたからだ。所詮、俺も根っこから非情な忍びだと思い知らされた。――鎌之助に殴られるべきは俺だっ……!!」

 あの才蔵が泣いているのだろうか。目を隠されているせいで解らないが、彼が苦悶していることだけは声だけでも伝わる。涙腺が狂ってしまっている。六郎は笑って死んでいったけれど、本当に満足のまま逝けたのか、答えて欲しい。才蔵の手が温かいもので濡れていく。

「……私達、間違いなく地獄行きね……」

「地獄の果てまでも共に行くと誓っただろ。問題ない」

「才蔵、顔を見せてよ」

「……今からこっぱずかしいことを言うから見るな」

「なに?」

「失った者は確かに大きいが、俺は、清が生きていてくれることに喜んでいる……銃声が聞こえた時、心臓が止まったかと思った」

 目を覆われたまま、清はぽかんと呆けて口を開けたまま、固まってしまった。
どんな顔をしているのだろう。どんな反応で応えればいいのだろう。迷った末、清は苦笑する。

「……参ったなあ。ただ任務だからって割り切って清助を育ててくれる人を選んだつもりだったのに……私が死んでも綺麗さっぱり忘れて、さ」

「できると俺も思っていたんだ。俺にだって矜持がある。中途半端な種馬で教育係になるのが許せなかったから正式な夫婦の体裁を整えたんだ。……全部自分の為だったのに、かっこわりい……」

 やっと手を離してくれた才蔵は、清から離れて剥き出しの土壁に背を預けた。清とは視線を合わそうとはせず、むすっと不貞腐れているようだ。

「才蔵、私に清助をくれてありがとう。――愛してくれて、ありがとう」

 才蔵は答えない。清は死んだ姉が恋に浮かれていた気持ちが、今なら理解できる気がした。
 少しだけ空けていた窓から、しっとりと緑の萌える匂いが部屋を包んでいく。



 二週間後、全快とまでは行かずとも日常生活に支障がない程度まで回復した清は十勇士と、才蔵に抱かれた清助と共に六郎の骨壺を海へと還した。庭に咲いた黄色い金蓮花を添えて。波に揺られて遠ざかって行くそれが見えなくなるまで誰もその場を離れようとはしなかった。
 その後、喪に服していたら伝令役の孝蔵という御庭番がオランダ商館長・クルティウスからの書状を持って診療所に訪れた。

「もう……こっちは六ちゃんの為に静かにしておきたいってのに!!」

 文句を垂れる鎌之助に同意しながらも、清は書状の中身を読んだ。

「急用かい?」

「一応。私へのお見舞いを兼ねて、直接話したいことがあるって書いてある。主に日本の災害について学者も交えて、だそうよ。明後日にはここに来るとも書いてあるわ」

「本題はそちらのようですね。こちらとしても知識が足りないので、先進国の知恵をお借りできるのはありがたい」

 オランダ側の言い分はともかく小助の見解には賛同できるので、オランダを迎えることになった。

「向こうの船でなにかあったら困るから、こっちの船で逢うことを条件にしようよ。俺、もう安直に異国は信じたくないんだよね」

 鎌之助の子供の我が儘のような意見にも、清は賛成できた。オランダには世話になっているが、どうしても疑心暗鬼になるのは否めない。

「そうだね。私の体調が万全でないのは確かだから嘘は吐いてない。じゃあ、清海、いつも悪いけど、そういう風に書状を書いてくれる?」

「承知致した」

「……さて、明後日来るならセイを誰に預けようかな? 十勇士は全員参加して欲しいし、連れてはいけないしなあ……」

 島の誰が適任か、と候補者の顔や事情に思考を巡らせていると甚八が割り込んできた。

「漁師兼海上偵察役の菊蔵のところはどうだい? 末娘のお香に確か若と同じくらいの子供が居るから、乳の心配もないし、なにより菊蔵は俺の元相方でな。頭も口も固いから、信用は保証するぜ?」

「え、元・相方!? 性格、正反対じゃない」

「まあな」

「でも甚八が一目置いているなら信用できるね。じゃあ、お香ちゃんにお願いしよう」

 十勇士しかほとんど交流が無い清助に「友達ができるといいね」と囁き、甚八が菊蔵に話しを通してくれるということで清助の預け先は決まった。
 


 クルティウスとの約束の時刻は正午だったので、その半刻前に菊蔵の家を訪れた。

「やい、こら。博打打ち、てめえ、おひいさんの頼みじゃなかったら、てめえの願いなんざ願い下げだったんだぜ?」

「おうおう、元・相方につれないねえ。そのかてえ頭、いっぺんかち割って脳みそを按摩あんまにでもかけたらどうでえ」

 顔を合わせるなり、一触即発の二人に十勇士は慣れているのか、皆、放置を決め込む。

「……やっぱり仲悪いんじゃないの?」

「すみませんねえ、おとっつあんと甚八さん、いつもああなんで気にしないで下さいな。あれでもよく二人で酒盛りしているんですよ」

「そうなんだ……人は見かけによらないって本当だね。じゃあ、お香ちゃん、うちの清助をお願いしますね」

「うちは女の子なんでねえ。若様をお預かりするのを楽しみにしていたんですよ。絶対お守りしますから、ご安心なさってくださいな」

 お香は清よりも少し年上だろうか。丸い顔が菊蔵に似ているが、とても穏和な印象を受けた。清も航海のことばかり考えていた為母親友達がいない。これを機に島民との時間を増やしていこうと思いつつ、ぐずる清助をお香に預けて船へと向かった。

 その様子を若い青年が隠れるように高台から見ていた事は十勇士だけが知っていた。



「まだ全快じゃないのに、羽織袴で帯刀して……お身体は良いのですか?」

 家を出る時に鎌之助から言われた小言を、まさか小助の口からも聞くことになるとは予想外だった。

「だって女物の着物だと帯が苦しいし、まさか来賓に逢うのに療養後だからって単衣じゃあ失礼でしょ。なんだかんだでこれが一番落ち着くんだよね」

 とりとめのない話をしていると、オランダ商館長ヤン・ドンケル・クルティウスが四人の男を連れて入ってきた。クルティウスとは接待で何度も顔を合わせているので、挨拶も簡略化される。

「キヨはまだ完全に回復していないと聞きました。どうぞ、私に気を遣わず、そこの長椅子を使って下さい」

 年齢で言えば五、六十代のクルティウスは口髭が印象的な紳士だった。

「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて……。それで、本日は日本の沈没についてと書状にはありましたが、どういうお話しでしょう?」

「以前、キヨは災害の前に助け出されたので、詳細は知らないと言っていましたね?」

「ええ、ですからご質問なら、こちらの穴山か根津がお答えします」

 清の紹介で軽く会釈をした小助と甚八にクルティウスは背筋を伸ばして質問をする。

「では、アナヤマ=ドノ。日本では地震の発生をどう考えておいでですか?」

「日本には火山が多かったので……火山の噴火の予兆と捉えられていましたね。迷信だと山の神の怒りであるとか、なまずが引き起こすなどというものもありました」

 クルティウスは小助の言を後方の四人に訳して話した。すると、スーツ姿の男達は口々になにかをクルティウスに伝えた。

「学者の方々はなにがお気になるのですか?」

 先手を打って小助がクルティウスに問う。彼はなぜかひどく悩まし気な顔で応対した。

「彼らは地質学や地震構造を研究しています。ヨーロッパにも火山はあります。古代ローマでは火山灰に埋もれて消えた街があるくらいで研究は盛んです。ギリシャも例外ではない。――ですが、彼らが言うには日本を海に沈めた災害は、火山の噴火が先に起こり、それに誘発されるように起こった地震と津波で滅んだ……これはありえないことだと申しています」

「そうなの? 小助」

 清はソファの脇に立つ小助に尋ねる。オランダの四人もの専門家が血相を変えてクルティウスに語る様子は尋常ではなかった。その姿から、やはり日本の沈没は異質なのかと知識のない清でさえ眉を顰める。

「ええ、これは俺と甚八、それと先代も地質学を多少かじってらしたので、奇妙に思っていたことですから……それを他国から言われても今更というのが否めませんね」

 クルティウスに怒涛のようにオランダ語で話しかけている専門家達に、クルティウスは腰掛けていたテーブルを拳で叩き、怒ったように彼らに叫んでいた。

「喧嘩してるの?」

「お歴々方は、今すぐ研究の為に日本人をオランダに連れて帰るべきだ、と申しておりますな。商館長殿は彼らにそんなことはできない。我が国と日本の長い良好な関係性の歴史を壊しかねない。彼らは捕虜ではない、と」

「ふん、植民地化を進めてる欧米列強の国がよく言うぜ」

 甚八の呟きは幸いクルティウスらには届かなかったが、確かにクルティウスだけが日本をしているがゆえに清達に協力してくれているが、列強から見た日本人を始めとする他国は捕虜のような認識なのかと清は警戒心を強める。
 なんとか彼らを黙らせたクルティウスは「お見苦しいところをお見せしました。祖国の恥です」と謝罪を口にする。

「商館長殿、話を戻します。――こうは考えられませんか? 私は長崎を訪問した時に海底にも火山があるという資料を拝見しました。そして日本に近い海底火山から地震が生じた。第一波の地震がそれであるならば、陸の活火山が誘発され、地震が起き、津波が我が国を襲った……。地球儀では、日本とアメリカの間にも火山がある島国が存在するはず。ハワイ王国です。そこは今はどうなっていますか?」

 小助の質問をクルティウスは学者らに訳して伝えた。彼らはしばし論議した後、またクルティウスに話した。今度は喧嘩腰ではない。

「非常に興味深い見解だと申しておりますが、やはり根拠が曖昧であるとも」

「それはそうでしょう。私の立てた仮説ですから。真実は海に潜って探せるだけの技術が無いと不可能です」

「はい。私もそう思います。それとご質問のハワイ王国の件ですが……あそこは王国が崩壊し、今はアメリカの暫定政府が立っています。今日はこれも忠告に参りました」

「忠告とは……どういう意味ですか?」

 クルティウスの忠言に、清は思わず前のめりになる。彼は清を真っ直ぐに見つめて、声の音量を落とした。

「ハワイはアメリカの手に落ちました。欧米列強の中でも、あの国には気をつけた方が良い。いつ何時工作員が入り込むか解りません。……数少ない日本人とあの大災害は世界を震撼させました。特にアメリカは数少ない日本人を取り込もうと必死です。――先日死んだ貴方達の仲間だった青年は本当に哀しいことだ。どうかお気をつけて」

 この忠告に、清は膝の上の拳を強く握った。ならば、援助を受けている琉球はどうなっているのか、即刻探る必要がある。あとは島に工作員が入らない様に警戒を強めることなど、清の頭は破裂しそうなほどの行動を処理していく。

「そういうことは、もっと早く忠告するべきなんじゃないの?」

 突如、船室の扉が開いて見覚えのない青年が入ってきた。その腕の中には清助が抱かれていることに、清は息をのんだ。

「清助!!」

「よくやってくれたな。鎌之助」

 才蔵は浅黒い肌をした青年を「鎌之助」と呼んだ。他の十勇士も彼の登場に驚く様子はない。

「間一髪だったよ。相手が二人だけだったから、俺一人で対処できたけどさ」

「ねえ、どういうこと? ならそこに……」

 鎌之助がぱちんと手を鳴らすと、同行していた鎌之助は偵察役の御庭番衆の青年に変わった。顔に見覚えがあると思ったら、お香の兄弟で、偵察役の御庭番衆のはずだ。
 清助は才蔵に渡されたが一向に泣きだす様子はない。人見知りの激しい息子が泣き声も上げずに彼に抱かれてきたのなら、この青年は「由利鎌之助」で間違いないのだろう。

「昨夜、診療所とは反対側の海岸に英語を話す異人が二人入り込んだ。そこで始末しても良かったが、目的が解らない以上は手が出せなかったから、偵察方の菊蔵や鎌之助に張り付いて貰っていたのさ。――十勇士が全員離れるなんて、絶好の機会を逃す馬鹿はいない。しかも若はまだ赤子。本国に連れて帰って育てるもよし。最適な人質として俺達を一網打尽にするもよし、ってところだろう」

 おひいさんには黙っていてすまねえ、と甚八は頭を下げた。

「ううん……皆、ありがとう。良かった……清助……!!」

 母に抱かれてきゃらきゃらと何も知らない清助は笑いだす。遊んでもらっていると勘違いをしているのかもしれない。

「さて、と……これで、オランダとの会合がアメリカ側に漏れていたことが証明された。商館長殿、急ぎ貴方の部下か……後ろのお歴々から工作員を探されることをおすすめする」

「……そのようですね」

「ねえ、待って。もう一つ、不可思議なことがある。俺が捕えた工作員は若を人質に姫も連れて帰る予定だったみたいなことを言っていた。――それはなぜか商館長は解る?」

 鎌之助の質問に、清は名前を出されて身体が跳ねた。清助だけではない。アメリカは清も狙っている。その事実に身震いがした。

「……先日のアメリカの海賊を打ち負かした日本人の姫サムライであり、戦艦を操る姫提督というところに目をつけたのでしょう……私がさっき忠告したのは、そういうことも含まれています」

「なぜ、私が?」

「お気づきではありませんか? 貴女は聖母の顔と鬼神の顔を持ち合わせている。眩しい光を身の内から放っておられるのですよ。それに惹きつけられる者は多い。――だが、貴女は手強いナイトに護られていますね。列強にはオランダから通達を出しておきましょう。『亡国の姫侍には手出しは無用』と。どれほどの効力を発揮できるかは保証出来かねますがね」

 これには今まで沈黙を守り通していた才蔵が答えた。

「元より清姫と地獄まで供をするのは我ら十勇士。オランダの心遣いはありがたいが、姫と若は如何なる手段をもってしても護りとおす――絶対に」

「……やはり手強い」

 クルティウス商館長はそう言い残すと席を立ち、「また調査が進み次第、情報の交換を致しましょう」と言い残して踵を返した。

 清達はその背を見送った後、泣きだした清助に意識を向ける。

「あ、お腹すいたのかな?」

「乳ならここに来る前にお香ちゃんがあげていたから、たぶんおしめじゃない? ちょっと待って。持ってきてる」

 鎌之助だと名乗った青年は一抱え程の風呂敷を広げて替えの布を取り出し、清に渡す。清助のおしめを替えながら清は顔も声もまったく知らない青年に「貴方、本当に鎌之助なんだ……」とまだ疑わし気に清は青年を窺う。

「これが俺の本来のお仕事だもーん」

「十勇士どころか御庭番衆の誰も鎌之助の素顔は知らない。だから姫の影武者を演じられる」

 開き直る鎌之助に才蔵は平素と変わらない様子で語る。

「まあ、それが命取りにならないように心がけてますが……」

 確かに素顔が解らないのでは寝返られた時の痛手は大きい。だが、清には確信があった。

「裏切らないよ。……鎌之助は、絶対に十勇士を裏切らない」

 確証はない。人の心ほど移ろいやすいものはない。しかし、清は心の底から鎌之助を信頼している。その柔らかな笑顔に鎌之助は面映ゆい気持ちで頬を掻いた。

★続...
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