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第六夜-2
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◇
一方、診療所に集まった才蔵を除く十勇士に、六郎が清の言いだしたことを話していた。小助は目頭を押さえ、鎌之助は口笛を鳴らし、三好兄弟は顔を見合わせる。だが、やはり甚八だけが別の見解を示す。
「俺はおひいさんの考えも一理あると思うぜ。海の危険性と自身の立場を理解し始めた証拠ってことじゃねえか」
「そうかもしれないけど……僕は、姫が幸せな方を選んで欲しいんだよ」
「はっ、なんだ。六坊、本音はちゃんと言えよ。――惚れた女が他の男と寝るのが嫌だ、って」
いつも穏和な六郎が、憤怒を宿した目で甚八を見据える。しかし、甚八は嘲笑とも取れる笑いを湛えたまま窓の縁に座って足を組み、六郎を見下ろしていた。
「なにを怒ってんだ? 本心を言い当てられたからか? それとも、例え一夜の夢でもおひいさんが自分を選んでくれなかったことか?」
一触即発の空気に耐えかねたのは鎌之助だった。
「甚八さあ、なんでわざと寝た子を起こすような真似するのよ……」
「俺はいつも通りだぜ。変に顔色探り合っているお前らの方が気持ち悪いんだよ。仲良しごっこが十勇士の本分になっちまったなら、俺は喜んで抜けさせてもらう」
風の吹くまま赴くままの甚八は、仲間内での馴れ合いを厭う。ゆえに隠し事をしない彼に触発された六郎も口を開いた。
「……そうだよ。悪い? 悔しかったよ。才蔵が羨ましかったよ!! あいつの名前を出したことを後悔したよ……だって、初めて好きになった女性なんだ……。僕が幸せにしてあげたいと思うのは当然だろ……!!」
絞りだすような声で六郎が本心を吐き出した時、カタンと居間と台所を結ぶ三和土に才蔵と清の姿があった。
「あ……ごめん、聞く気はなかったんだけど……」
六郎の背に気遣って、清はなにを語れば良いのかと言葉を探しているところへ、清の肩に手を置いた才蔵が容赦なく告げた一言に六郎は身が強張る。
「――全員、聞け。これまで姫の夜の守り役は交代制だったが、今夜からは俺が担当の日は寝所に入ってくるな。式など挙げねえが、俺と姫は夫婦になる。長としての決定事項でもある。野暮はしてくれるなよ」
それだけを言い終えると、才蔵は清の腕を引いて岸壁の方へと出て行った。
全員が目を丸くしている中、六郎だけは絶望の淵にいた。清は恋をしてもいい、などと語ったが、まさか本当に才蔵が出てくるとは思わなかったからだ。心の内で高を括っていたのだ。例え才蔵や他の男が子作りの話を持ってこられようと、清の立場に配慮して動くはずがない、と。結果はこの様だった。
「……六ちゃん……」
鎌之助に顔を覗き込まれそうになった六郎は、それを振り切るように立ち上がり、二人が出て行った方と反対の物干し場の方角へと無言で出て行った。
「才蔵、本気?」
「誘ったのはあんただろ? 今更、冗談でしたは通じねえぞ」
「それは言わないよ。でも、種馬は御免だって言っていたのになんで? 私は夫婦になってとまでは言ってないのに」
「――種馬だけの中途半端は御免だ。それに六郎に申し訳が立たん。だから、あんたとは正式に夫婦になる。恋じゃなくてもいい。むしろ無い方がありがたい。だがな、夫婦になった以上、これまで以上にあんたを傍で護る。六郎には何も言うなよ。逆効果だ」
そんな話題をここでするのは、海に還った佐助にする為だろうか。才蔵は握った手を離してはくれない。
「でも何か話さなきゃ、十勇士がばらばらになるのは困る」
「それも俺の仕事だ。あんたが出る幕じゃない。あんたは子供の父親に俺を選んだ――その事実だけに集中していてくれりゃあ良いんだ」
「……本当に?」
「ああ。他の連中はともかく、六郎と一対一で話さなきゃいけないのは俺だからな。あんたはここで先代に誓え――必ず元気な子供を産むと。故国やひいては生き残っている同胞のために」
「うん……才蔵との子なら、きっと強い子になってくれるね。ありがとう……私が死んだ時は、子供をお願い」
「心得た」
岬で誓った約束を、佐助を連れて行ったのと同じ夕焼けが見ていた。
非情だと思われてもいい。
才蔵も解っていて利用されてくれている。
――今後はこれまで以上に非情になろう。
誰が付いてきてくれるだろうか。
(ねえ、佐助。未来が描けなくて怖いよ。まるで貴女を失った日のようだ)
清は波間に揺れる夕陽に心の中でだけ、弱音を吐いた。
◇
人気を感じて、才蔵はそっと清の隣から布団を抜け出した。清が起きる様子はない。それを確かめてから橙の単衣を簡単に着て、寒気を感じる物干し場に薄く白い息を吐きながら待ち人の元へと歩を進める。時刻は体感からして寅の刻あたりだ。
「意外と遅かったな。もう少し早いと思ったんだが」
「余裕だね。――単刀直入に訊くよ。なんで愛してもいない姫の申し出を受けたの?」
「あいつが本気だったからだ」
「……本気だからこそ、幸せな恋ができるように導いてやるべきじゃないの……?」
六郎の声は震えていた。心を殺したはずの忍びだというのに、怒りと後悔と哀しさから体内で内臓が無茶苦茶に配置されている心地だった。そんな六郎に対して、才蔵はどこまでも無表情で六郎の言に耳を傾ける。
「俺はな、命令だからと指くわえて傍観に徹して、失った……。あの喪失感だけは二度と味わいたくはない」
暗がりで表情は窺えなかった。だが、才蔵が誰を引き合いに出しているなんてことは考えるまでもない。
――彼は最愛を失った人だった。
「お前の気持ちは知っていた。謝る気は無いがな。……なあ、六郎。姫はまだ十六だ。俺と六つも違う。そんな小娘の肩には三国の異国と三国を抱えた琉球が乗ってるんだ。支えるだけじゃ潰れちまう。今後は姫を見る目はもっと厳しくなる。そんな時に十勇士だけじゃあ足りない。後継ぎの存在が彼女を修羅にしてくれるのなら、恋じゃなくても立ち上がらせてやりてえ」
甚八と三好兄弟以外の十勇士は、幼馴染と言えるくらいに幼い頃から共に修行に明け暮れてきた。付き合いが長い分、語らずとも大まかな思考は解るつもりだ。
ゆえに今の才蔵は清を愛してはいなくても、恋ではないにしても、彼女をどれだけ大切に想っているのかが手に取るように解った。同時にただ優しく接するだけの己では重責を背負った彼女の背は護れないとも。
「……泣かせたら許さない。それだけは、覚悟しておいてよ」
「こええな。背後を取らせたら、お前以上に無慈悲に殺せる奴はいねえもんな」
才蔵がくっと喉を鳴らしたせいで、張りつめていた空気が撓むのを感じた。そのせいで六郎もつられて少しだけ笑えた。
「僕が背後を取るのは臆病だからだよ。……君たちみたいに図太い神経していないから。繊細なんだ」
「は、よく言うぜ」
やっと互いに目を合わせた両者は、白み始めた空を眺めながら別々の方向へと歩き出した。
――まるで未来の僕らだ。
六郎はそんなことを思いながら、自宅への帰路を一歩一歩踏みしめるように帰っていった。
約一年半後、清は第一子となる元気な男の子を出産した。
名は奇しくも「清助」――清が初めて名乗った偽名であった。
★続...
一方、診療所に集まった才蔵を除く十勇士に、六郎が清の言いだしたことを話していた。小助は目頭を押さえ、鎌之助は口笛を鳴らし、三好兄弟は顔を見合わせる。だが、やはり甚八だけが別の見解を示す。
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「そうかもしれないけど……僕は、姫が幸せな方を選んで欲しいんだよ」
「はっ、なんだ。六坊、本音はちゃんと言えよ。――惚れた女が他の男と寝るのが嫌だ、って」
いつも穏和な六郎が、憤怒を宿した目で甚八を見据える。しかし、甚八は嘲笑とも取れる笑いを湛えたまま窓の縁に座って足を組み、六郎を見下ろしていた。
「なにを怒ってんだ? 本心を言い当てられたからか? それとも、例え一夜の夢でもおひいさんが自分を選んでくれなかったことか?」
一触即発の空気に耐えかねたのは鎌之助だった。
「甚八さあ、なんでわざと寝た子を起こすような真似するのよ……」
「俺はいつも通りだぜ。変に顔色探り合っているお前らの方が気持ち悪いんだよ。仲良しごっこが十勇士の本分になっちまったなら、俺は喜んで抜けさせてもらう」
風の吹くまま赴くままの甚八は、仲間内での馴れ合いを厭う。ゆえに隠し事をしない彼に触発された六郎も口を開いた。
「……そうだよ。悪い? 悔しかったよ。才蔵が羨ましかったよ!! あいつの名前を出したことを後悔したよ……だって、初めて好きになった女性なんだ……。僕が幸せにしてあげたいと思うのは当然だろ……!!」
絞りだすような声で六郎が本心を吐き出した時、カタンと居間と台所を結ぶ三和土に才蔵と清の姿があった。
「あ……ごめん、聞く気はなかったんだけど……」
六郎の背に気遣って、清はなにを語れば良いのかと言葉を探しているところへ、清の肩に手を置いた才蔵が容赦なく告げた一言に六郎は身が強張る。
「――全員、聞け。これまで姫の夜の守り役は交代制だったが、今夜からは俺が担当の日は寝所に入ってくるな。式など挙げねえが、俺と姫は夫婦になる。長としての決定事項でもある。野暮はしてくれるなよ」
それだけを言い終えると、才蔵は清の腕を引いて岸壁の方へと出て行った。
全員が目を丸くしている中、六郎だけは絶望の淵にいた。清は恋をしてもいい、などと語ったが、まさか本当に才蔵が出てくるとは思わなかったからだ。心の内で高を括っていたのだ。例え才蔵や他の男が子作りの話を持ってこられようと、清の立場に配慮して動くはずがない、と。結果はこの様だった。
「……六ちゃん……」
鎌之助に顔を覗き込まれそうになった六郎は、それを振り切るように立ち上がり、二人が出て行った方と反対の物干し場の方角へと無言で出て行った。
「才蔵、本気?」
「誘ったのはあんただろ? 今更、冗談でしたは通じねえぞ」
「それは言わないよ。でも、種馬は御免だって言っていたのになんで? 私は夫婦になってとまでは言ってないのに」
「――種馬だけの中途半端は御免だ。それに六郎に申し訳が立たん。だから、あんたとは正式に夫婦になる。恋じゃなくてもいい。むしろ無い方がありがたい。だがな、夫婦になった以上、これまで以上にあんたを傍で護る。六郎には何も言うなよ。逆効果だ」
そんな話題をここでするのは、海に還った佐助にする為だろうか。才蔵は握った手を離してはくれない。
「でも何か話さなきゃ、十勇士がばらばらになるのは困る」
「それも俺の仕事だ。あんたが出る幕じゃない。あんたは子供の父親に俺を選んだ――その事実だけに集中していてくれりゃあ良いんだ」
「……本当に?」
「ああ。他の連中はともかく、六郎と一対一で話さなきゃいけないのは俺だからな。あんたはここで先代に誓え――必ず元気な子供を産むと。故国やひいては生き残っている同胞のために」
「うん……才蔵との子なら、きっと強い子になってくれるね。ありがとう……私が死んだ時は、子供をお願い」
「心得た」
岬で誓った約束を、佐助を連れて行ったのと同じ夕焼けが見ていた。
非情だと思われてもいい。
才蔵も解っていて利用されてくれている。
――今後はこれまで以上に非情になろう。
誰が付いてきてくれるだろうか。
(ねえ、佐助。未来が描けなくて怖いよ。まるで貴女を失った日のようだ)
清は波間に揺れる夕陽に心の中でだけ、弱音を吐いた。
◇
人気を感じて、才蔵はそっと清の隣から布団を抜け出した。清が起きる様子はない。それを確かめてから橙の単衣を簡単に着て、寒気を感じる物干し場に薄く白い息を吐きながら待ち人の元へと歩を進める。時刻は体感からして寅の刻あたりだ。
「意外と遅かったな。もう少し早いと思ったんだが」
「余裕だね。――単刀直入に訊くよ。なんで愛してもいない姫の申し出を受けたの?」
「あいつが本気だったからだ」
「……本気だからこそ、幸せな恋ができるように導いてやるべきじゃないの……?」
六郎の声は震えていた。心を殺したはずの忍びだというのに、怒りと後悔と哀しさから体内で内臓が無茶苦茶に配置されている心地だった。そんな六郎に対して、才蔵はどこまでも無表情で六郎の言に耳を傾ける。
「俺はな、命令だからと指くわえて傍観に徹して、失った……。あの喪失感だけは二度と味わいたくはない」
暗がりで表情は窺えなかった。だが、才蔵が誰を引き合いに出しているなんてことは考えるまでもない。
――彼は最愛を失った人だった。
「お前の気持ちは知っていた。謝る気は無いがな。……なあ、六郎。姫はまだ十六だ。俺と六つも違う。そんな小娘の肩には三国の異国と三国を抱えた琉球が乗ってるんだ。支えるだけじゃ潰れちまう。今後は姫を見る目はもっと厳しくなる。そんな時に十勇士だけじゃあ足りない。後継ぎの存在が彼女を修羅にしてくれるのなら、恋じゃなくても立ち上がらせてやりてえ」
甚八と三好兄弟以外の十勇士は、幼馴染と言えるくらいに幼い頃から共に修行に明け暮れてきた。付き合いが長い分、語らずとも大まかな思考は解るつもりだ。
ゆえに今の才蔵は清を愛してはいなくても、恋ではないにしても、彼女をどれだけ大切に想っているのかが手に取るように解った。同時にただ優しく接するだけの己では重責を背負った彼女の背は護れないとも。
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「こええな。背後を取らせたら、お前以上に無慈悲に殺せる奴はいねえもんな」
才蔵がくっと喉を鳴らしたせいで、張りつめていた空気が撓むのを感じた。そのせいで六郎もつられて少しだけ笑えた。
「僕が背後を取るのは臆病だからだよ。……君たちみたいに図太い神経していないから。繊細なんだ」
「は、よく言うぜ」
やっと互いに目を合わせた両者は、白み始めた空を眺めながら別々の方向へと歩き出した。
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