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本編

78 ばっちばち

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 本日のスイとシュクラの宿泊先は、メノルカ神殿の頓宮だそうだ。
 ここは他の土地から訪問してきた神の宿泊所で、数日前にシャガを出発してこちらの準備をしていたシュクラ神殿の聖人と聖女ら数名が、シュクラとスイを出迎える。
 
 土地神の身の回りの世話は原則的にはその土地神の聖人聖女らにしかできないので、こうして守護地を出て目的地の頓宮に宿泊するときは、世話役の者が先発隊として出発することとなっているそうだ。
 
 しかしそれもあるが、男ばかりのメノルカ神殿の聖人らに、女であるスイの世話を任せることは根本的にできないから仕方がない。見慣れた聖女のおばちゃんらがいてくれて、スイも一安心である。まあもともとお貴族様でもないスイは特に身の回りの世話などいらないから、女性でないと相談できないことなど以外のことは気楽なものであるけれども。

「お早いお着きでよろしゅうございました、シュクラ様、スイ様。お荷物は既に天馬の馬車からこちらに運んでございます」
「うむ。夕方ごろに土産を持って外出するからの」
「もちろん準備しております」

 頓宮には一般人は入れないため、エミリオはメノルカ神殿のロビーで再び待ってもらっている。荷物を置いて身支度を整えたら合流する予定だ。
 エミリオと一緒に泊まれないのが残念だが、こればかりは仕方がない。シャガを離れた以上、シュクラから離れるわけにはいかないから。

 聖女のおばちゃんらに旅装束からワンピースドレスに着替えさせてもらい、編み込んだ髪も少しほつれたのを整えてもらってから、頓宮のリビングでシュクラと合流したスイ。
 シュクラは一般の貴族男性のようなフロックコート姿に、純白の長い髪は纏めてリボンで結んで動きやすい服装となっていた。
 普段はローブを着崩した感じのややだらしない恰好しか見慣れていないが、まともな格好をすると本当に目の毒なくらい様になっていて、まさに絶世の美男子がそこにいる。一瞬誰かと思ったくらいにして。

「スイよ」
「はい?」
「王都は広い。万が一の時のために、これを授けておこうぞ」
「……?」

 シュクラはスイの右手を取ると、中指にふわりと手を置いてから何やら魔法文言らしきものを唱えた。するとシュクラの手の中から光る糸のような物が現れて、スイの右の小指にくるくると巻き付いて、一瞬大きく光ったと思うと次の瞬間にはそれは白金のシンプルな指輪がそこにはめられていた。

「……これは?」
「吾輩の髪で作った守りの指輪じゃ。万が一吾輩から遠く離れてしまった時の護符兼連絡用じゃ。そのような場合はその指輪に向かって話しかけろ。すぐに駆け付けてやろうぞ」
「あ、ありがとうシュクラ様。でも、たった二、三日だし、そんなこと起こるわけないよ」

 本当ならエミリオと一緒に宿が取れれば一緒に居られたのになあと思ったのも事実、この王都にいる時は宿はシュクラと一緒でないといけないのだから、離れることはほぼない。

 シュクラは改めてスイの顔をぐいと覗き込んで「うーむ」と何やら考え込んだかと思うと、次にニヤリとしたり顔で笑った。

「まあでも、そなたの今の魔力の質を見る限り、大丈夫かと思うがのう」
「へ?」
「まあそれだけの魔力を有しながら魔力を読めぬそなたにはわからんのだろうが、今のそなたにはドラゴネッティ卿のまじないが掛けられておるからの」
「何、まじないって」
「所謂魔法のマーキングじゃな。ほれ、以前そなたらに渡した男避けの護符があったであろ?」
「ああ、あのエロい護符」
「それと同じまじないがそなたから感じられる」
「……え、だって、エミさんそんなこと一言も言ってなかったよ」
「無意識じゃろうなあ。まぐわう時に言葉に魔力を込めてぶっ放したのじゃろ。いやあ魔術師とは恐ろしい」

 ちっとも恐ろしくなさそうにカラカラ笑いながら言うシュクラ。
 要するにスイはエミリオに自分の物だとしっかりマーキングされていて、それが魔法の貞操帯みたいになっているらしい。
 まあ、シャガのスイの家に来てくれるたびに何度も何度も、ぐっちょぐちょのドロンドロンになるまで避妊無しでセックスしていたから、しっかりエミリオの匂いが体の表面どころか内側までこびりついていると言っても過言ではないだろうなと、スイは遠い目をしながら思った。

 ――ま、嬉しいっちゃ嬉しいんだけども。あたしもまあ……エミさんとの共同暴走行為は嫌いじゃないもので。

 そういえば、あの女神版シュクラを交えてのエミリオとの濃厚濃密なセックスを行ってから、ほぼひと月ほど経つけれど、妊娠したかどうかの兆候はまだない。
 といっても、次の月経も遅れていないしまだ来ていないからわからないのだが。
 あの日以降もエミリオと抱き合っているけれど、そもそも魔力消費の大きい転移魔法でシャガのスイの元にやってくるエミリオの魔力が満タンじゃない状態から始まるため、ちゃんと妊娠したかどうかわからないのだ。我を忘れて快楽を貪って賢者タイムに入ってようやくあの魔力充填完了のキラキラした物に気が付くので、エミリオの魔力に還元されたぶん以降の行為がきちんと生殖行為となっているのかどうなのかさっぱりわからない。

 そんな中、エミリオが好きだの愛してるだの行為中にうわごとのように切なげに言う言葉にマーキングの魔法を掛けているとは思わなかった。それも無意識でとは、彼の表立っては言葉にしなくともしっかりと込められた独占欲とスイに対する愛情をひしひしと感じて、スイはかあっと熱くなった頬を両手で押さえた。

 ――ああほんと、可愛いなああの人。

「まあそれは半分冗談じゃが、それはお守りのようなものじゃから、この王都にいる限りずっと付けているように。なにより、お洒落じゃろ?」
「う、うん。お洒落はお洒落だけども」

 色々思う所はあるけれど、見も知らない場所で加護無しで放置されるより確実に安全であるだろうし、ピンキーリングとしては中々にお洒落でもあるからスイは納得しておくことにした。

 観光スタイルに衣服を正してから、シュクラにエスコートされて頓宮からメノルカ神殿のロビーに戻ると、エミリオとその隣に見知らぬ男性が椅子から立ち上がって迎えてくれた。

「シュクラ様、スイ」
「エミさんお待たせ」
「うむ。待たせたの、ドラゴネッティ卿。して、そちらは?」
「ああ、紹介します。こちらは騎士団の同僚のクアス・カイラード卿。先日紹介したいと話していた友人です」
「シャガ土地神シュクラ様にご挨拶申し上げます。王都騎士団第二師団長、クアス・カイラードと申します」

 エミリオの隣に立った男性は、短く切った金髪に碧眼、浅黒い肌の体格の良いいかにも騎士然とした風貌をして、いかつい鎧こそ着ていなくとも王都騎士団のものらしい軍服を身に纏って腰に剣を帯びていた。鞘の部分がキラキラと小さな光を帯びているのは、聞くところによると神殿内でメノルカ神の許可なく抜刀しないように入口で自動的に規制魔法がかけられているのだそうだ。
 シャガのシュクラ神殿ではそういうのは見たことがないと思っていたけど、単にスイが知らなかっただけで一応あるらしかった。
 シュクラ神殿の場合はシュクラの許可なく抜刀しようとすると、どんな鍛えた鋼だろうと一瞬で錆びて鞘から抜けなくなるかボロッボロに刃こぼれして使い物にならなくなるらしい。そこは水を司る神シュクラの神力だと言えるだろう。

 何にせよ、土地神の神殿での抜刀など冒涜にあたるし何より無粋ということで、それを考えると、王国と神殿というのは全く別の社会で、郷に入れば郷に従えというのがまかり通っているらしい。そういうのはどこの世界でも一緒なのだなあとスイは今更ながら思った。

 それはさておき、クアスに対して久しぶりにスイの面食いレーダーが発動する。整った顔立ちに太い眉、まっすぐ通った鼻筋に意思の強そうに真一文字に結ばれた口元。柔らかい物腰のエミリオとは違った感じの男らしい美丈夫だとスイは思った。まあでもエミリオのほうが惚れた弱みでカッコいいと思うし可愛いところもたくさん知っているので、スイの中のイケメンランキングではエミリオのほうが上だけれども。

「うむ。良きに計らえ。苦しゅうない」
「ありがとうございます」
「カイラード卿と言ったか、こちらは吾輩の娘、スイじゃ」
「よ、よろしくお願いいたします、スイです」
「……ああ、貴方が。成程、その節はエミリオがお世話になったようで」
「あ、いえ、そんなことは」
「確かにエミリオ、お前の言った通りの美人だな」
「そうだろ? もうすごく可愛い人で……」
「エミさん、ちょ、やめてよ……」
「……エミリオ、確かに王都一の魔術師エミリオ・ドラゴネッティが、王都騎士団の魔法師団第三師団長という名誉ある地位を投げ出してまでその元に行くと言い張るほどの惚気っぷりだな」

 ……ん? 言葉にやや棘があるような。
 スイはクアスの言葉に一瞬ピシッと固まったけれど、ふとエミリオが以前クアスのことを少々話していたことを思い出した。
 クアスはエミリオと親友だそうで、エミリオが騎士団を退団するにあたって渋い顔をしていたという話をしていたような気がする。

 なんだかもやっとしながら恐る恐るクアスをちらりと見ると、彼がスイを上から下まで視線で眺めやってから、小さくため息をついたのが見えた。呆れているように見える。
 はにかみながら嬉しそうにスイを紹介するエミリオは気付いていないようだが、スイにはクアスの訝しんだような雰囲気がしっかり感じ取れてしまった。

「……我が娘に、何かもの言いたげであるな? カイラード卿?」

 様子を見ていたらしいシュクラが、物凄い満面のアルカイックスマイルかつこめかみに青筋をピクピク言わせながら、それでも穏やかにクアスに問いかけるのを見て、スイとエミリオは、クアスとシュクラの間に目に見えぬはずの火花が飛び散ったのを見た気がした。
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