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本編

2 出会いはスローモーション

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 パブロ王国魔法師団第三師団長エミリオ・ドラゴネッティは、先日辺境のシャガ地方に出現した上級ダンジョンにて、あふれ出したモンスターの大群による近隣の町村への被害報告が王都に届いたため、事態収束のために派遣した討伐隊の魔術師隊長を任じられていた。

 ヒカリゴケに照らされたダンジョンは思いのほか明るくて、当初の予定より想定外に階層が深く、最奥と思われた場所のさらに奥にもう一つのダンジョンが隠されていたという事実に遭遇。
 予定外だがひるまずに進むにつれて、上級レベルの冒険者でさえ匙を投げたがるほどの大型で強力な魔物たちが現れてくるのに気づき、このままでは危険と判断し、一旦地上に出て作戦を練り直すことになった。

 だが既に消耗戦状態であった討伐隊、不意を突かれてモンスターたちの急襲に遭い、ざっと数えただけで過半数もの戦力を失うこととなった。

 このままでは……全滅という二文字が討伐隊全員の脳裏によぎったとき、闇の中からグオオオという雄たけびとともにのそりのそりと現れたのは、通常の何倍も大柄なミノタウロスであった。

 このようなモンスター、何の用意もなく戦えば、傷つき疲れ切った討伐隊のメンバーはひとたまりもない。しかしこの全員が出口に走ったところで、ミノタウロスに追いかけられて、追いつかれて呆気なく全滅するだろう。

 ここで意を決した魔術師隊長エミリオは、残った討伐隊のメンバー全員を緊急脱出の魔法にかけて王都へ送り返すことにした。この魔法はダンジョン脱出にプラスして瞬間移動の魔法を合わせた超強力なもので、消耗する魔力量もすさまじい。
 術者自身は全員が脱出するまで詠唱し続けなければいけないため、いわば自己犠牲の魔法であった。
 
 当初は五十名近くいたメンバーももはや十数名となってしまったけれども、それでも残ったメンバー全員を無事に帰さなければと、エミリオはそれを行った。
 無茶だエミリオやめろと泣き叫びながら転移していった騎士を最後に、全員を無事脱出させ終わったとき、目の前で消えた獲物にきょろきょろと見まわすミノタウロスの前にふらりと出て、一対一で相対する。

 獲物に逃げられてたった一人残ったエミリオに対して凄まじい怒気を発したミノタウロスを、ここで放置すれば、ダンジョンの外に出ていき、再び近隣の町村で暴れまわるのは目に見えていたため、ここでどうしても仕留めておかねばならなかった。

 エミリオは差し違える覚悟で、残った魔力で襲い来る魔物に特大の攻撃魔法を十数発放つ。
 ついにミノタウロスを打ち取って、どうと倒れる巨体で土埃にまみれながら、エミリオは満身創痍になりつつその場所をよろよろと後にした。

 さすがに二重ダンジョンの強力モンスターと戦い、メンバー全員を脱出させ、たった一人で大型のモンスターを仕留めれば、魔術師隊長といえど残った魔力は十分の一満たないほどまでなっている。
 膝が震え、頭がガンガン痛みを発し、体が重くて力が入らなくなる。目が回る。完全に魔力枯渇症状が出ていた。

 休まねば。そう思っても足が前に進まない。緊急脱出の魔法はもう使えない。せめて体力回復ができればよいのだが、手持ちの薬は怪我をした仲間たちに使ってしまって既に打ち止めだ。絶望感にその場にずるずると蹲る。もう一歩も動けなかった。
 今このときにも、暗闇の中からこちらを食らってやろうと虎視眈々とモンスターたちが狙っているかもしれない。それでももう限界だった。

 魔力回復には休養と栄養補給が必要。それもできなければどうするか。魔力交換でもできればいいのだが、パブロ王国でも一、二を争うほどの魔力保持者である自分の相手ができる女性は滅多にいない。ましてこのような場所では絶望的だ。
 いっそのこと、先人にならい腕一本足一本失う覚悟で、ここに来るまでに遭遇したモンスターを捕まえてモンスター姦……。

 絶対無理だ。そんな体力もないうえに、考えただけで吐き気がする。エミリオの性的思考はあくまでノーマルだ。モンスター姦などするくらいならいっそ死を選ぶ。

 そこまで考えた自分にぞっとしたところで、コツコツとブーツの踵の音を響かせて、何者かがこちらへやってくる音が聞こえた。
 蹄を持って爪先立ちしたような足元のモンスターも嫌と言うほど見てきたので、まさかそれかと思ったが、あれは群れで移動するタイプなのに、響いてくる音はどうも一体だ。

 物陰に身を潜めて、ヒカリゴケの薄ぼんやりと青い光の中、こちらへやってくる者を見据える。

 それはどうやら手持ちのランプらしきものを手にして進んでくる。人のようだった。

 何だ人か。そう安堵したのも束の間、こんな危険な場所一人でふらふらとうろつくなんて、命が惜しくないのだろうか。早く逃げろとその人物に声をかけようとした。

 だが、その時その人物の全身が視界に入ったとき、エミリオはひゅっと息を飲む。その人物から発せられる魔力の大きさ。それだけがそこにありありと存在感を発している。
 魔法に携わる人間は自分だけでなく他人の魔力も感じることができるようになる。エミリオもその能力を身に着けて久しいが、自分以外でこれほどの魔力を有する人間はそれほど多くないのを知っている。

 赤いフード付きのケープを纏って、片手に何やら光る板のような物を手にした、体格から言って人間の女性であった。

 自分以外にあまり会ったことのない、強大な魔力保持者で、しかも女性……。

 そう感じた瞬間、無意識に物陰からふらりと立ち上がって、彼女のほうへ歩み寄ろうとしている自分に気づく。
 こちらに気づいたその女性は一瞬ぎょっとしたものの、エミリオが人間であるのをざっと見て確認したのち、「こ、こんちわ……」とやや的外れな挨拶をしてきた。

 おぼつかない足取りでふらふらと近寄ってくる自分は相当怖く見えるだろうが、今の自分には彼女こそが絶望のどん底において一筋の光のように思えた。

「お、お兄さん、大丈夫? 怪我でもしてるの?」
「……頼む、助け……」

 ガラッガラの掠れ声でそれだけ言うと、自分でも意識していなかったらしく、エミリオはすでに体力も尽きかけて、彼女の目の前でまるでスローモーションのようにばたりと倒れてしまった。

「わあああっ! お、お兄さん? なになに、どうしたの」
「……お、お嬢さん……」

 駆け寄って慌てて抱き起す彼女からやたらと女の甘い匂いが香った。満身創痍のこの身体に、官能揺さぶるようなこの匂いは危険すぎる。

「頼みが……ある」
「頼み? なになに?」
「俺と……」
「うん?」
「俺と……魔力交換、して、くれないか」
「………………ん?」
「…………………………………………」
「え、お兄さん? お兄さーーーーん!」

 とりあえず希望だけ言うと、今度こそエミリオは意識を手放した。
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