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本編
1 本番ありの割りきった関係は無理と言ったら、恋人になろうと言ってきた
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「……頼む、頼むから……。俺は一分一秒でも早く王都に帰らなければならないんだ……力を貸してくれ、スイ、お願いだ……!」
そう言って、すすり泣きながら女の足元に跪く大柄な美丈夫、王都の魔法師団第三師団長エミリオ・ドラゴネッティ二十八歳。
彼は今現在魔力枯渇による身体症状に悩まされていた。
オレンジブロンドのくせ毛の長髪にターコイズブルーの瞳を持つ、その黄金律に整った顔を涙でぐっしゃぐしゃに歪ませたエミリオ。
そんな彼に足を掴まれて縋り付かれている、東方の黄金郷の住人を彷彿とさせる腰までのまっすぐな黒髪と同じ色の瞳を持つ狐目で小柄な女スイ。
彼らは、今現在スイの自宅にある彼女の最もプライベートな空間、寝室にいた。
二人ともスイの好きなロックバンドのTシャツに短パンという謎のラフな格好をしている。
通販時にサイズがそれしかなくて、XLサイズなのでスイのほうはダボダボだが、エミリオのほうは割とパツパツだ。脱いだら意外に細マッチョで、別次元でスイはエミリオに目が釘付けになるがそれどころではない。今は。
「……エミさんエミさん、あたし言ったよね? 本番ありの割りきった関係はガラじゃないから持たないって。あと一週間も休めば転移魔法使えるくらいまでは魔力も回復するだろうし、そのあとゆっくり王都で回復すれば……だからここは我慢してさあ、ベッドに戻って戻って」
スイの言葉にエミリオは跪いた姿勢から立ち上がった。スイよりも二十センチは高い上背で彼女を見下ろして、そのまま上体を前傾させてきた。
先ほどまで泣いていたから、涙でターコイズブルーの瞳が寝室の間接照明できらきらセピア色に光って大変美しい。面食いなスイには目の毒なくらいだ。
間近で見ると本当に美しい男だ。S・ヨハンソンを男性にしたら、このくらいの美形男になるだろうな的なことをぼんやり考える。魔術師というから漠然と線の細いイメージがあったのだが、仮にも王国の魔法師団といういわば軍人であるエミリオは、しっかりした固い筋肉質の体つきをして、まるでミケランジェロの彫刻のようにどこもかしこも美しい。
そんな男に情熱的なものを含んだ目で見つめられては、穴が開くどころか情熱的過ぎてこちらが火にくべられた紙片のようにあっという間に燃え尽きてしまいそうだ。
思わず見とれてフリーズしたところで、彼の唇がスイの唇まであと数センチといったところまで迫ってやっと我に返って顔を背けた。
「……って、わあああ近い近い! いくらエミさんがイケメンでも、ダメ!」
「いけめん?」
聞きなれない言葉にエミリオもきょとんとする。現代日本の言葉はこの世界では通じない。
「あー……ていうか、あたしはかなり未練がましいほうだから……最後までしといて割り切った身体の関係とか、ホ、ホント無理だもん」
「……割りきった関係じゃなければいいんだな?」
「は?」
「じゃあ恋人になろう、スイ。それなら良いだろう?」
「あの、ちょっと何言ってるかわかんない」
某お笑い芸人のネタみたいになったけれど、スイの本心である。
つい先日に出会ったばかりの男と最後まで致すのはちょっと困る。
「スイだって恋人はいないと言っていたじゃないか」
「今はね!? 確かにそうだけども! だからってこんな……」
「俺ではダメか? スイ……俺の恋人に……いや、俺を、スイの恋人にしてくれないか? ダメか?」
「だ、だめっていうんじゃないけども……」
「はあ……ん、もう、スイが欲しい……っ」
――も、もう発情しておる! はあはあって……アナタ。
魔力枯渇は魔術師などの魔法使用可能な人々が自身の持つ魔力量が十分の一以下まで下がった際に起こす身体症状。
主な症状は、めまい、動悸、息切れ、頭痛、倦怠感、発熱など。症状が進み、それ以上魔力が低下すると体力まで消耗して、最悪死に至る。
主な改善方法は、十分な睡眠と栄養摂取して、期間は人によりけりだが長期による休養でじっくり回復するのが望ましい。
エミリオのような枯渇状態にならないためにも、たとえ長期にわたるクエスト中であっても睡眠時間や食事を摂って、魔力の保持に努めなければならない。
ほかに魔法薬などで一気に回復させることもできる。
だが、強い副作用で体質によっては生殖能力が低下するうえに、性欲が衰えて食欲に移行し、人によっては激太りする可能性があるので注意が必要だし、何しろ王都でしか手に入らない高級品。
価格は大人の人差し指ほどの小瓶ひとつで約二万パキューはくだらない。
現代日本の貨幣に置き換えると一パキューが十円くらいに相当するため、大体平民の一か月分の収入よりも高いわけであるから、性的不能でも問題のない高位の聖職者や物好きな金持ちにしかほいほいと買えないし、副作用があるのならリスクは避けたい魔術師たちはあえてこちらを使おうと思わないものだ。
もう一つ方法がないわけではないけれど。
その方法は、自分と同じか、それ以上の魔力保持者の異性との性的接触である。
「魔力交換」と呼ばれるその行為においての現象は、交わることで男女という陰陽のバランスを取って魔力回復を促す作用があるというのである。
主に恋人や夫婦間で行われるのが望ましい。近年において、同意を得ずに相手に無理矢理な行為を強いて訴訟に至ることが多かったために、これは刑法できっちりと定められた。
魔力交換専用の娼館もあるが、国が管理しているため病院扱いで、王都にしかない。
そのため、辺境地域ではどうしようもなくなった魔術師が危険を冒して魔力もちの魔物を用いて行う方法を取ったという例も過去にあったのだが、それはよほどの緊急事態でなければ避けたほうが良い。
魔物は高い魔力を持っているが、性行為の際に相手を食い殺す場合があるためで、その成功例の人物は魔力は回復したものの、片腕片足を失ったと記されているくらいである。その後の再生治療で五体満足になるまで、治療費で莫大な借金を背負ったと聞いている。
魔力枯渇に陥った者は休まなければ体力もじわじわと消耗するため、生存本能に従い性的欲求が強くなるそうである。
今まさにエミリオの発情状態がこれにあたるというのだろうか。
――この世界、設定きっついわあ。
現代日本から一人暮らしの部屋ごとこの世界、いわゆる異世界に転移してきた経緯のスイこと、真中翡翠(まなか・ひすい)は半ばやけくそ状態で、迫りくる発情イケメンに抵抗していた。
そのままぐいぐいとベッドに向かって押されて、膝裏がベッドに当たった次の瞬間、上背のあるエミリオに、スイは軽く押し倒されていた。
「……待って、ねえ、待って! だって、だって、あたしエミさんのことそれほど知らないし……」
「はあ……聞かなかったから言わなかっただけだ。それもこれから知っていけばいい。……恋人になるんだから」
もう何も言うなとばかりに、エミリオの形の良い唇に自分のそれを塞がれた瞬間、スイは全身の力が抜けてしまう。イケメンのうえキスまで甘すぎる。
何度か啄む様な軽いキスののち、すう、と息を吸い込んだエミリオが、「んっ……」と甘ったるくて官能的な声を出して、今度は深くスイの唇に噛みつくみたいなキスをしてきた。
「あん、ぅ、んんっ……、はぁ、エミさ……っ」
「なあスイ……舌、出して……んぅ、ふぅ、……ん」
反射的に口を開けてそっと舌を出してしまった。慌てて引っ込めようにも遅すぎて、あっという間にエミリオのそれにぬらぬらとからめとられ、チュパチュパとやけに耳につくような嫌らしい音を立てられる。
「はあ……思っていた通りだ、スイ。キスしただけで、すごい魔力を感じる。君の魔力が、俺にぐんぐん入って……ああっ、堪らない……これで、体まで繋げたら、一体どうなってしまうんだろうな……っ」
「エミ、さん、あ、んんっ……!」
最後に舌をぢゅっと強く吸われて、スイはこれで完全にエミリオに堕ちた。
――ま、まあ、いいか、なあ? こんなイケメンといちゃいちゃするなんてもう二度とないかもしれないし……恋人に、っていうんだから……まあ、嘘でも、いい、かな……?
嫌だと口では言っておきながら、魔力交換のために利用されていることをわかっていながら。そして後悔するのはわかっていながら、面食いであることを否定できない自分の欲望に、スイは完全に屈した。
「灯りは……消したほうがいい、よな……?」
「あー……うん……」
あー、うん、じゃねえよと頭では思いながら何も文句が言えない。
とろんとしたスイの火照った表情を見て満足げなエミリオは、すっかり勝手知ったるとばかりに、ベッド脇のサイドテーブルにあるテーブルランプのタッチセンサーに手を触れて、寝室に唯一灯されていた優しい灯りをふっと消した。
そう言って、すすり泣きながら女の足元に跪く大柄な美丈夫、王都の魔法師団第三師団長エミリオ・ドラゴネッティ二十八歳。
彼は今現在魔力枯渇による身体症状に悩まされていた。
オレンジブロンドのくせ毛の長髪にターコイズブルーの瞳を持つ、その黄金律に整った顔を涙でぐっしゃぐしゃに歪ませたエミリオ。
そんな彼に足を掴まれて縋り付かれている、東方の黄金郷の住人を彷彿とさせる腰までのまっすぐな黒髪と同じ色の瞳を持つ狐目で小柄な女スイ。
彼らは、今現在スイの自宅にある彼女の最もプライベートな空間、寝室にいた。
二人ともスイの好きなロックバンドのTシャツに短パンという謎のラフな格好をしている。
通販時にサイズがそれしかなくて、XLサイズなのでスイのほうはダボダボだが、エミリオのほうは割とパツパツだ。脱いだら意外に細マッチョで、別次元でスイはエミリオに目が釘付けになるがそれどころではない。今は。
「……エミさんエミさん、あたし言ったよね? 本番ありの割りきった関係はガラじゃないから持たないって。あと一週間も休めば転移魔法使えるくらいまでは魔力も回復するだろうし、そのあとゆっくり王都で回復すれば……だからここは我慢してさあ、ベッドに戻って戻って」
スイの言葉にエミリオは跪いた姿勢から立ち上がった。スイよりも二十センチは高い上背で彼女を見下ろして、そのまま上体を前傾させてきた。
先ほどまで泣いていたから、涙でターコイズブルーの瞳が寝室の間接照明できらきらセピア色に光って大変美しい。面食いなスイには目の毒なくらいだ。
間近で見ると本当に美しい男だ。S・ヨハンソンを男性にしたら、このくらいの美形男になるだろうな的なことをぼんやり考える。魔術師というから漠然と線の細いイメージがあったのだが、仮にも王国の魔法師団といういわば軍人であるエミリオは、しっかりした固い筋肉質の体つきをして、まるでミケランジェロの彫刻のようにどこもかしこも美しい。
そんな男に情熱的なものを含んだ目で見つめられては、穴が開くどころか情熱的過ぎてこちらが火にくべられた紙片のようにあっという間に燃え尽きてしまいそうだ。
思わず見とれてフリーズしたところで、彼の唇がスイの唇まであと数センチといったところまで迫ってやっと我に返って顔を背けた。
「……って、わあああ近い近い! いくらエミさんがイケメンでも、ダメ!」
「いけめん?」
聞きなれない言葉にエミリオもきょとんとする。現代日本の言葉はこの世界では通じない。
「あー……ていうか、あたしはかなり未練がましいほうだから……最後までしといて割り切った身体の関係とか、ホ、ホント無理だもん」
「……割りきった関係じゃなければいいんだな?」
「は?」
「じゃあ恋人になろう、スイ。それなら良いだろう?」
「あの、ちょっと何言ってるかわかんない」
某お笑い芸人のネタみたいになったけれど、スイの本心である。
つい先日に出会ったばかりの男と最後まで致すのはちょっと困る。
「スイだって恋人はいないと言っていたじゃないか」
「今はね!? 確かにそうだけども! だからってこんな……」
「俺ではダメか? スイ……俺の恋人に……いや、俺を、スイの恋人にしてくれないか? ダメか?」
「だ、だめっていうんじゃないけども……」
「はあ……ん、もう、スイが欲しい……っ」
――も、もう発情しておる! はあはあって……アナタ。
魔力枯渇は魔術師などの魔法使用可能な人々が自身の持つ魔力量が十分の一以下まで下がった際に起こす身体症状。
主な症状は、めまい、動悸、息切れ、頭痛、倦怠感、発熱など。症状が進み、それ以上魔力が低下すると体力まで消耗して、最悪死に至る。
主な改善方法は、十分な睡眠と栄養摂取して、期間は人によりけりだが長期による休養でじっくり回復するのが望ましい。
エミリオのような枯渇状態にならないためにも、たとえ長期にわたるクエスト中であっても睡眠時間や食事を摂って、魔力の保持に努めなければならない。
ほかに魔法薬などで一気に回復させることもできる。
だが、強い副作用で体質によっては生殖能力が低下するうえに、性欲が衰えて食欲に移行し、人によっては激太りする可能性があるので注意が必要だし、何しろ王都でしか手に入らない高級品。
価格は大人の人差し指ほどの小瓶ひとつで約二万パキューはくだらない。
現代日本の貨幣に置き換えると一パキューが十円くらいに相当するため、大体平民の一か月分の収入よりも高いわけであるから、性的不能でも問題のない高位の聖職者や物好きな金持ちにしかほいほいと買えないし、副作用があるのならリスクは避けたい魔術師たちはあえてこちらを使おうと思わないものだ。
もう一つ方法がないわけではないけれど。
その方法は、自分と同じか、それ以上の魔力保持者の異性との性的接触である。
「魔力交換」と呼ばれるその行為においての現象は、交わることで男女という陰陽のバランスを取って魔力回復を促す作用があるというのである。
主に恋人や夫婦間で行われるのが望ましい。近年において、同意を得ずに相手に無理矢理な行為を強いて訴訟に至ることが多かったために、これは刑法できっちりと定められた。
魔力交換専用の娼館もあるが、国が管理しているため病院扱いで、王都にしかない。
そのため、辺境地域ではどうしようもなくなった魔術師が危険を冒して魔力もちの魔物を用いて行う方法を取ったという例も過去にあったのだが、それはよほどの緊急事態でなければ避けたほうが良い。
魔物は高い魔力を持っているが、性行為の際に相手を食い殺す場合があるためで、その成功例の人物は魔力は回復したものの、片腕片足を失ったと記されているくらいである。その後の再生治療で五体満足になるまで、治療費で莫大な借金を背負ったと聞いている。
魔力枯渇に陥った者は休まなければ体力もじわじわと消耗するため、生存本能に従い性的欲求が強くなるそうである。
今まさにエミリオの発情状態がこれにあたるというのだろうか。
――この世界、設定きっついわあ。
現代日本から一人暮らしの部屋ごとこの世界、いわゆる異世界に転移してきた経緯のスイこと、真中翡翠(まなか・ひすい)は半ばやけくそ状態で、迫りくる発情イケメンに抵抗していた。
そのままぐいぐいとベッドに向かって押されて、膝裏がベッドに当たった次の瞬間、上背のあるエミリオに、スイは軽く押し倒されていた。
「……待って、ねえ、待って! だって、だって、あたしエミさんのことそれほど知らないし……」
「はあ……聞かなかったから言わなかっただけだ。それもこれから知っていけばいい。……恋人になるんだから」
もう何も言うなとばかりに、エミリオの形の良い唇に自分のそれを塞がれた瞬間、スイは全身の力が抜けてしまう。イケメンのうえキスまで甘すぎる。
何度か啄む様な軽いキスののち、すう、と息を吸い込んだエミリオが、「んっ……」と甘ったるくて官能的な声を出して、今度は深くスイの唇に噛みつくみたいなキスをしてきた。
「あん、ぅ、んんっ……、はぁ、エミさ……っ」
「なあスイ……舌、出して……んぅ、ふぅ、……ん」
反射的に口を開けてそっと舌を出してしまった。慌てて引っ込めようにも遅すぎて、あっという間にエミリオのそれにぬらぬらとからめとられ、チュパチュパとやけに耳につくような嫌らしい音を立てられる。
「はあ……思っていた通りだ、スイ。キスしただけで、すごい魔力を感じる。君の魔力が、俺にぐんぐん入って……ああっ、堪らない……これで、体まで繋げたら、一体どうなってしまうんだろうな……っ」
「エミ、さん、あ、んんっ……!」
最後に舌をぢゅっと強く吸われて、スイはこれで完全にエミリオに堕ちた。
――ま、まあ、いいか、なあ? こんなイケメンといちゃいちゃするなんてもう二度とないかもしれないし……恋人に、っていうんだから……まあ、嘘でも、いい、かな……?
嫌だと口では言っておきながら、魔力交換のために利用されていることをわかっていながら。そして後悔するのはわかっていながら、面食いであることを否定できない自分の欲望に、スイは完全に屈した。
「灯りは……消したほうがいい、よな……?」
「あー……うん……」
あー、うん、じゃねえよと頭では思いながら何も文句が言えない。
とろんとしたスイの火照った表情を見て満足げなエミリオは、すっかり勝手知ったるとばかりに、ベッド脇のサイドテーブルにあるテーブルランプのタッチセンサーに手を触れて、寝室に唯一灯されていた優しい灯りをふっと消した。
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