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本編
3 スイちゃんのマップ
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完全にノックダウンした謎の男、とはいえ何があったというのかズタボロ状態の男をしばし茫然と見ていた女、スイはとりあえずその場に座って、どうするか考えた。
まるでモンスターとでも戦ったみたいな消耗っぷり。スイはモンスターなどに出会ったこともないけれど。
スイこと真中翡翠(まなか・ひすい)二十五歳。
彼女がこのパブロ王国辺境、シャガ地方に降り立ったのは、一年前のこと。
一人暮らしの2LDKの部屋ごと異世界転移というまさかの状況でこの地に降り立った時に、このシャガ地方の土地神シュクラという人物との出会いがあり、成り行きでの酒盛りの末、現代日本の銘酒である(とスイは思っている)ビール(発泡酒ではない)をたいそう気に入ったその土地神から受けた祝福により、このシャガ地方にいる限りだが、ありとあらゆるチート加護をもらってしまった。
その内訳にシャガ地方にいるかぎり、モンスターとの遭遇は一切なしという項目もあったので、この地方の洞窟内でモンスターの類には出会ったことがない。
これが加護というものかと、ズタボロになった男を見て加護がなければ自分もこうなっていたかもしれないとぞっとする。シュクラ様にはまたビールをご馳走しなければ。
部屋の冷蔵庫から飲んでも飲んでもビールの六本パックが消えないのも、ビールを気に入ったシュクラからの恩恵だ。現代社会から切り離されたというのに、自室の中の物はどこからとっているのかきちんと電気が通って電化製品も問題なく使えることにも感謝が必要だと思う。
スイが洞窟にいる理由は、仕事のためである。
彼女はこの地に降り立ったときに、魔法社会の成立した世界のため、ここの人々が魔力というものを誰もが生まれながらにして持つ世界に対応するためか、彼女もまた魔力というものを自動的に身に着けた。
スイの場合はそれが規格外に強大だったため、土地神シュクラの目に留まったというきっかけがあり、まさかの神と知り合うことになったのである。それで気に入られて(主にビールがだが)、礼と称して魔法を教えてもらったりチート加護を得ることとなったわけだ。
あれから一年。すっかりこの地に住むことにも慣れたスイは、シャガ地方に自動生成されるダンジョンの階層ごとの俯瞰図を作る仕事をしていた。いわゆるマッピングの仕事だ。
ダンジョンに入り、その壁に手を当てるだけで、空中に浮かび上がる俯瞰図。空間把握スキルと、オートマッピングスキルを使い、自動書記スキルによって、タブレット端末に写し取っていく。
そうして集めた物を部屋に戻って、PCのCADソフトを使って清書し、プリントアウトして冒険者ギルドに提出するのが、今のスイの仕事だ。
これが冒険者ギルドの人々に大変便利で見やすい、助かると評判になって、新しいダンジョンが生成されるたびに駆り出されることになっていた。
自動生成されるダンジョンは、中のモンスターがいなくなり、ある一定の年月が過ぎると風化、消滅するため、この俯瞰図、地図もその期間だけの物だが、あるとないでは全然違うと、すっかりスイのお得意先となった冒険者ギルドのギルドマスターにも「スイちゃんマップ」などとややこっ恥ずかしいあだ名で呼ばれて信頼を置かれている。
ここ最近モンスターからの被害も多いというこのダンジョンは、上級の冒険者でも匙を投げるほど強力なモンスターの巣窟で大変問題になっているせいで、冒険者が自分で入ってマッピングするのは非常に危険だった。そのため、スイが出向くことになったのだ。
なんでも王都から討伐隊が派遣されてきたらしいけれど、こちらの俯瞰図の作成依頼がスイのもとに来るのが遅くて、彼らの到着に間に合わなかった。
マップがないのは大変危険だと冒険者ギルドのギルドマスターが王都からの討伐隊に苦言したものの、そんなものはいらない、こちらで何とかすると吐き捨てられたそうだ。
しかし、仕事は仕事。とりあえず討伐隊の邪魔にならないように、彼らが入って行ったあとに、隅っこでちまちまと仕事をしていたとき。
件の、この男に出会ったわけだ。ズタボロの姿、よろよろとおぼつかない足取り、満身創痍で泥まみれのその表情。
――ああ、そうか、今頃思い出した。討伐隊の人かこの人。ほかの人はどうしたんだろう。あんなにたくさん居たのに。
この洞窟の中の二重ダンジョンの奥のほうに、彼らの死体が大量にあるのを、まだスイはそこまでたどり着いていないので知らなかった。
それはそれとして、はたと目の前の男に再び目を落とす。
――どうする、この人。ここで見捨てるのも心苦しいしうちに連れていくか。けど……。
気を失った大柄な大人の男を女の手で運べるとは思えない。意識のない人間は、つかまってくれたりなどの自主的なことをしてくれないので、動かすのは困難を極めるのだ。
自分と一緒に居ればシュクラの祝福によってダンジョン内でもモンスターは出没しなくなるので、仕方がないがしばらくは起きるまで休ませるしかない。
――しばらく経ったら起こして、そんで家に連れていくか。歩いてもらわないとどうにもなんないし。
とりあえず足を伸ばして座った状態で、膝枕に彼の頭を乗せると、かぶっていた赤いフード付きのケープを外して彼の胸元に掛けてやる。
斜め掛けのバッグから水筒を取り出し、中に入った水でティッシュを濡らすと、男の泥だらけの顔を、彼を起こさないようにそっとぬぐってやった。冷たさに起きるかと思ったが、彼は起きなかったので、数秒後には泥だらけの顔はきっちり綺麗に拭われた。
「わお、イケメンじゃん。げっそりしてるけど」
綺麗に拭われた男の顔を見て感嘆の声を漏らすと、スイは満足げに手に持った光る板……タブレット端末をいじり始めた。
まるでモンスターとでも戦ったみたいな消耗っぷり。スイはモンスターなどに出会ったこともないけれど。
スイこと真中翡翠(まなか・ひすい)二十五歳。
彼女がこのパブロ王国辺境、シャガ地方に降り立ったのは、一年前のこと。
一人暮らしの2LDKの部屋ごと異世界転移というまさかの状況でこの地に降り立った時に、このシャガ地方の土地神シュクラという人物との出会いがあり、成り行きでの酒盛りの末、現代日本の銘酒である(とスイは思っている)ビール(発泡酒ではない)をたいそう気に入ったその土地神から受けた祝福により、このシャガ地方にいる限りだが、ありとあらゆるチート加護をもらってしまった。
その内訳にシャガ地方にいるかぎり、モンスターとの遭遇は一切なしという項目もあったので、この地方の洞窟内でモンスターの類には出会ったことがない。
これが加護というものかと、ズタボロになった男を見て加護がなければ自分もこうなっていたかもしれないとぞっとする。シュクラ様にはまたビールをご馳走しなければ。
部屋の冷蔵庫から飲んでも飲んでもビールの六本パックが消えないのも、ビールを気に入ったシュクラからの恩恵だ。現代社会から切り離されたというのに、自室の中の物はどこからとっているのかきちんと電気が通って電化製品も問題なく使えることにも感謝が必要だと思う。
スイが洞窟にいる理由は、仕事のためである。
彼女はこの地に降り立ったときに、魔法社会の成立した世界のため、ここの人々が魔力というものを誰もが生まれながらにして持つ世界に対応するためか、彼女もまた魔力というものを自動的に身に着けた。
スイの場合はそれが規格外に強大だったため、土地神シュクラの目に留まったというきっかけがあり、まさかの神と知り合うことになったのである。それで気に入られて(主にビールがだが)、礼と称して魔法を教えてもらったりチート加護を得ることとなったわけだ。
あれから一年。すっかりこの地に住むことにも慣れたスイは、シャガ地方に自動生成されるダンジョンの階層ごとの俯瞰図を作る仕事をしていた。いわゆるマッピングの仕事だ。
ダンジョンに入り、その壁に手を当てるだけで、空中に浮かび上がる俯瞰図。空間把握スキルと、オートマッピングスキルを使い、自動書記スキルによって、タブレット端末に写し取っていく。
そうして集めた物を部屋に戻って、PCのCADソフトを使って清書し、プリントアウトして冒険者ギルドに提出するのが、今のスイの仕事だ。
これが冒険者ギルドの人々に大変便利で見やすい、助かると評判になって、新しいダンジョンが生成されるたびに駆り出されることになっていた。
自動生成されるダンジョンは、中のモンスターがいなくなり、ある一定の年月が過ぎると風化、消滅するため、この俯瞰図、地図もその期間だけの物だが、あるとないでは全然違うと、すっかりスイのお得意先となった冒険者ギルドのギルドマスターにも「スイちゃんマップ」などとややこっ恥ずかしいあだ名で呼ばれて信頼を置かれている。
ここ最近モンスターからの被害も多いというこのダンジョンは、上級の冒険者でも匙を投げるほど強力なモンスターの巣窟で大変問題になっているせいで、冒険者が自分で入ってマッピングするのは非常に危険だった。そのため、スイが出向くことになったのだ。
なんでも王都から討伐隊が派遣されてきたらしいけれど、こちらの俯瞰図の作成依頼がスイのもとに来るのが遅くて、彼らの到着に間に合わなかった。
マップがないのは大変危険だと冒険者ギルドのギルドマスターが王都からの討伐隊に苦言したものの、そんなものはいらない、こちらで何とかすると吐き捨てられたそうだ。
しかし、仕事は仕事。とりあえず討伐隊の邪魔にならないように、彼らが入って行ったあとに、隅っこでちまちまと仕事をしていたとき。
件の、この男に出会ったわけだ。ズタボロの姿、よろよろとおぼつかない足取り、満身創痍で泥まみれのその表情。
――ああ、そうか、今頃思い出した。討伐隊の人かこの人。ほかの人はどうしたんだろう。あんなにたくさん居たのに。
この洞窟の中の二重ダンジョンの奥のほうに、彼らの死体が大量にあるのを、まだスイはそこまでたどり着いていないので知らなかった。
それはそれとして、はたと目の前の男に再び目を落とす。
――どうする、この人。ここで見捨てるのも心苦しいしうちに連れていくか。けど……。
気を失った大柄な大人の男を女の手で運べるとは思えない。意識のない人間は、つかまってくれたりなどの自主的なことをしてくれないので、動かすのは困難を極めるのだ。
自分と一緒に居ればシュクラの祝福によってダンジョン内でもモンスターは出没しなくなるので、仕方がないがしばらくは起きるまで休ませるしかない。
――しばらく経ったら起こして、そんで家に連れていくか。歩いてもらわないとどうにもなんないし。
とりあえず足を伸ばして座った状態で、膝枕に彼の頭を乗せると、かぶっていた赤いフード付きのケープを外して彼の胸元に掛けてやる。
斜め掛けのバッグから水筒を取り出し、中に入った水でティッシュを濡らすと、男の泥だらけの顔を、彼を起こさないようにそっとぬぐってやった。冷たさに起きるかと思ったが、彼は起きなかったので、数秒後には泥だらけの顔はきっちり綺麗に拭われた。
「わお、イケメンじゃん。げっそりしてるけど」
綺麗に拭われた男の顔を見て感嘆の声を漏らすと、スイは満足げに手に持った光る板……タブレット端末をいじり始めた。
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