百合ランジェリーカフェにようこそ！

季節の短編

ネコの日記念 にゃんたすてぃっくでい

　シルキストのスタッフルームで、私は鏡の前に立ち、ため息をついた。

「シルキストにも、こういうのあるんですね……。これ、似合ってます？」
「似合ってるよ！　すっごく可愛い！」
「ちなみにそのネコランジェリーは同業者から取り寄せたもので、シルキストの商品ではないそうですよ」

　私の問いかけに、すかさずアミさんが反応し、手を叩いて喜ぶ。続けて解説してくれたのはセリカさんだ。
　——そう、今日2月22日は「ネコの日」なので、シルキストは猫耳ランジェリーを身に着けた特別なモードでの営業なのだ。キャスト全員が猫耳をつけ、普段よりちょっと小悪魔的な雰囲気で接客するというコンセプト。ランジェリーにも猫っぽいデザインが施されていて、耳やしっぽのついたアイテムもある。

「ランちゃん、もっとノリノリでいこうよ！ ほら、お客さん来るたびに『にゃんにゃん♪』って！」
「……いや、私は犬派だからさ」
「またそれ言う～！」

　私の主張に、アミさんがくすくすと笑った。

「でも今日だけは猫派になってもらわないと困るよ、ランちゃん」
「セリカさん、こういうの苦手そうなのに……」
「それ、遠まわしに似合ってないって言いたいの？」
「ち、違いますよ！　似合ってますよ。ただ、セリカさん、ここのキャスト陣では常識人寄りというか真面目だし、大人だし」

　私は渋々猫耳を調整し、鏡の中の自分を見直す。ふわふわの黒い耳に、レースとリボンのついたランジェリー。しっぽ付きのガーターベルトまでセットになっている。正直、可愛すぎてちょっと気恥ずかしい。まぁ、目の前のセリカさんだって同じ格好をしているのだけれど。

「別に真面目じゃないわよ。でも、何だって楽しんだ方がお得よ。それじゃ、行こうか」

　セリカさんに背中を押されホールに出ると、すでに店内はネコの日仕様の装飾で華やいでいた。ピンクや黒のバルーン、猫のシルエットのオブジェが飾られ、お客様たちも楽しそうにキャストたちを眺めている。

「にゃんにゃん♪　いらっしゃいませ～♡」

　サラさんとユラちゃんが揃ってお客様を迎える。その声の甘さと可愛さに、すでに何人かのお客様が悶絶しているのがわかる。

「うっ……サラさんまでノリノリか」

　まぁ、サラさんはネコ派のネコだし。

「ランも早くやらなきゃね？」

　ユラちゃんがにやりと笑う。私は仕方なくお客様の前に出て、招き猫みたいな手つきと上目遣いをしながら、なるべくそれっぽい声を出した。

「……にゃんにゃん、いらっしゃいませ」
「か、可愛い……！」
「あ、ランちゃんの照れ猫、めっちゃいい！」

　お客様の反応が思った以上に大きくて、私はちょっと焦った。

「ほら、ランもちゃんと猫になりきって！」
「こういうのは勢いが大事だよー！」

　後ろからサラさんとユラちゃんに肩を抱かれ、軽く揺さぶられる。

「わ、わかったよ！」

　私は息を整えて、お客様のテーブルへ向かう。

「ええと、本日のおすすめは……にゃんこミルクティーと、肉球マカロンです」
「えっ、それ注文したら、ランちゃんが『にゃん』って言ってくれる？」
「……はい、言います」
「じゃあ、それください！」
「……にゃん♡」

　店内に、幸せそうな悲鳴が響く。

（……犬派だけど、今日は猫で頑張るか）

　私は心の中でそう呟きながら、お客様の笑顔を見て、思わず苦笑した。