憧れの世界でもう一度

五味

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34章 王都での生活

紅葉に合わせ

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形としては、トモエに向かって倒れ込むオユキを抱きとめる様に。立ち合いとして、より真剣な物であれば此処でオユキはもう一度動きを作るだろう。例えば、落としたはずが体を前に倒す中で改めてつかんだ刃をもって。もう片方の手で変わらず握っている刃を使って。それこそ、その場で今度は体を逆に回して足を使っても良い。だが、互いにそこまでせずとも良いだろうと考えているところもあるのだが。

「何を言われたのだとしても、私の隣にオユキさん以外を考えるつもりはありませんので」
「ですが、種族由来の物というのはどうにも抗いがたく」
「と、言われましても。そもそも、獣としての特徴は私は少ないですから」

何処か、拗ねる様に、甘える様に。互いに武器は手に持ったままなのだが。

「私は、そのものというよりは精霊に近い形だと思いますよ。演目にしても、そうであったではありませんか」
「言われてみれば、そうですね」

そもそも、オユキがかつてこの姿に込めた思い、この姿を作るにあたってモデルにした存在。それは獅子そのものと言う訳では無く、獅子の精霊。こちらに合わせた言い方をすれば、獣人という獣の特徴を併せ持つ種族では無く、獣精となる。トモエがオユキの姿に込めた思い、それがそのままの姿でこちらにも存在しているように、トモエも同様。

「以前に、アイリスさんを迎えに来た一団、そちらに対して同族意識を全く覚えなかったのだと、そうお伝えさせていただいたでしょう」
「覚えてはいるのですが」
「人としての形質が強い、そう考えるには私の食の好みも偏っていますから」

まったく、こうしてトモエから見れば随分といじらしい姿を見せてくれるものだが、不安の種を植え付けたであろう相手には、後からきつく言っておかねばならないなと考えながら。武器を下げている手とは逆、そちらで、少々乱れたオユキの髪を一度手に掬いながら。今も変わらず、侍女たちには断固として任せるつもりはない事として。オユキの髪の手入れはトモエが行っている。
今後、已む無く離れて動く必要が出来たときには、トモエの手から他の侍女に映る時もあるのだろうが、その時には基本として直髪とするようにとトモエが押し込んでいることもある。それこそ、トモエとオユキが改めて闘技大会で向かい合うような場面でも無ければ、侍女たちがトモエの独占欲に触れる事を良しとはしないだろう。もしくは、気が付いている様子の、何とはなしに理解している様子のオユキが頼みはしないだろう。

「トモエさんは」
「オユキさん以外を望むことは、無いでしょうね」
「ですが、王太子様との時に」

懐かしい話が、オユキの口から出てくるものだとトモエはどこか楽しく思いながら。

「あの時は、オユキさんに任せていましたし」
「それだけ、でしょうか」

互いに、手には得物をもっている。だというのに、話している内容は立ち合いとは一切関係なく。トモエにしても、少々どうかとそんな事を考えてはしまうのだが、睦事をこうして日の高いうちから。

「オユキさんには、といいますかオユキさんの時に分かり易くしましたが、それ以前から王太子様には向けていたのですが」
「ああ、それで、何処か苦し気な」
「たとえ高位の方とは言え、私たちの間に無理にと言うのはやはり望みませんから」
「トモエさん」
「オユキさんが、そこから不安を得ていたというのは、私の不徳の致すところですが気が付いてくれているのだと」
「トモエさんが私に甘えてくれた、それに気が付かなかったのは、確かに私の問題なのでしょう」

よもやそこまで懐かしい話が出てくるとは考えなかった、それよりも互いの間に生まれた不和の種とでもいえばいいのだろうか。過去にはなかった、オユキのこうした焦りがどうやらその時点に由来する物らしいと改めてトモエは気が付かされて。
困ったこと、とでもいえばいいのだろうか。トモエにとっては、そうしたオユキの感情の動きすらやはり嬉しい物で。かつては無かった、ただまっすぐにトモエに向かうそれがどこか嬉しく、そして誇らしく。此処で、オユキにただ不安を与えてというのはトモエが望まぬ事でもあるのだが、たまには等と邪な考えが己の内で鎌首をもたげるのをきちんと殺しておき。

「さて、先ほどまでの動きを順に追いますか」
「いえ、その」
「そうですね、では、改めてとしましょうか」

先程までの流れを、もう一度確認しながら反省を、そこから先に何が出来たのかを確認するかとトモエが問えば。オユキはだが、それは困るとばかりにトモエの胸に預けた体で頷いて。
要は、己の感情に突き動かされて、過去にはほとんど感じる事の無かった感情に突き動かされた結果が先ほどであり。反省も何もないと、寧ろそうした感情を原動力として動いた己にこそ問題があるとオユキが考えているのだと言う事だろう。

「では、もう一度としましょうか」
「ええと、今度は」
「先ほどまでと同じで構わないでしょう。私が言わねばという事もままありますが、オユキさんが望む形も改めて言わねばならぬこともありますから」
「そうですね。よもや、当身術であそこ迄とは考えていませんでした」
「そちらに関しては、いよいよ体格差というのが出る筆頭ですから。組内をするにしても、私達ほどの差があれば極め技が最初の選択肢に上がりますが、それにしても私は返し技を使うでしょうし」
「正式な方法は、己に組み付いた相手毎、でしたか」

トモエにというよりも、かつてトモエの父からオユキが習ったときに開いた口がふさがらなかったこと。それは、極め技、所謂関節技の正式な外し方は、相手を壁や床に決められた箇所毎たたきつけるのだと聞いた時。それこそ、それによって過剰な力が加わることで己の身を炒めるのではないかと、そうした考えが僅かにあったのも事実ではあるのだが、それ以上にそこまでの力技が正式とされるのは何故なのかと。
尋ねてみれば、そもそも身長差がある相手に対してこそ有効な手段であると。武器を持っていれば、元来それに頼るのが正統。それが出来ぬ、それで及ばぬ相手に対して仕掛けるにしても及ばぬからこそ選ぶのは下策なのだと。そも、極め技にしても、相手の関節を破壊するためには相応の力がいる。相手は勿論抵抗する。そこで、力を比べる必要が生まれるのだ。全身を使えるのだとしても、相手の関節一か所に対してそれが出来るのだとしても、結局己の不利と相手の有利を比べるには違いない。そんな事をするくらいならば、生き物がどれほど鍛えたところで、それを切り裂くための道具を使う方がいいのだとそのような話をされたものだ。

「試して、見ますか」
「それも良いかとは思いますが、流石にこの格好では」
「確かに、普段着で行う事でもありませんか。どうしますか、袴に着替えてきますか」
「それも良いかもしれませんが、今は、この格好のままできることを」

今のオユキの格好は、袴姿では無く動けば当然の如く裾の乱れる小袖。来歴を辿れば、こちらにしても浴衣と同じような物ではあるのだが、それを踏まえた上で絵羽模様の鮮やかな羽織を着つけられている。トモエにしても、オユキにこうして衣類に対する知識があるのは意外だと考えてしまう。

「では、そうですね。続きとするか、印可に進むためにとするか」
「少し体調も良くなってきていますので、改めて」
「分かりました、では、オユキさんの誤差を修正していきましょうか」
「誤差と呼ぶには、違和感としてはっきりと感じてしまうものですが」
「これまで、私がどれほど心配したのか、よく分かるでしょう」

セツナの手によって、トモエから見てオユキの回復は劇的な物なのだ。日に日によくなっていると、それが目に見えて分かる。食事の量が、それにしても増えないのは気になるのだが。

「それは、確かにそうですけれど」
「まったく。無理が常となり、慣れてしまったからこそといいますのに」
「その、自覚はいよいよなく」
「オユキさん、こちらに来たばかりの頃は、私の前を歩けていたでしょう」

言われて、オユキは数ど瞬きをしているのだとそうした気配をトモエは感じる。このまま腰を下ろして、きちんと話し合ってもいいかもしれないのだが、オユキが望むことはそれではないからこそ。

「何は無くとも、オユキさんまずは着替えてきましょうか」
「トモエさん」
「ええ、その間は待っていますとも。ただ」
「そういえば、あの子たちがいないようですが」
「昨日も話した事ですね、何やら急がねばならぬと考えたこともあり、あの子たちが引き受けてくれるというものですから」
「それは、戻ってきたときには私も話を聞かねばなりませんね」

トモエの言葉に、オユキは思わずとばかりに苦笑いを。トモエが苦手な事を、トモエよりも得意な相手に任せる性質だというのは理解している。それ以上に、今回の事は何かあればと常々考えているあの子たちの厚意だというのもよく分かる。それこそ、オユキに対してはそうした感情を向ける事のない子供たちが、トモエの苦手、それについては生来得意としているアドリアーナに加えてメイの御用聞きを、ファルコの手伝いを行う事で積み上げてきたからこそトモエの苦手な事に対して察することもできれば対応を取ることもできるだろう。

「私が、狩猟者ギルドに向かうことが出来ると良いのですが」
「オユキさんが難しいと言う事は、分からないでもないのですが」

着替えると決めたこともあり、トモエがオユキを抱きとめたまま屋敷へとむけて歩き出す。普段であれば、互いに武器を片手にとしているために一度降ろしてとなるのだろうが、どうやら今回はそうでは無いらしい。トモエは、それでもよとは考えているのだが、オユキがそうでは無いのだから。寧ろ、着替えるという言葉に反応して近づこうとしている侍女たちにが実際にそうした動きを作れば、オユキは平然と武器を渡してそのままトモエに運ばれることを良しとするだろう。

「ええ。どうにも、私が向かってしまえば大事になるとしか」
「一応、私も警戒していますが」
「今回に関しては、あの子たちに任せたのは正解半分と言う所でしょうか」
「オユキさんであれば」
「その時点で公爵様に」
「そうした手段も、ありますか」

そうして、トモエはオユキの考えに従って、そのまま屋敷へと。この場に少し前からアイリスとカリンがいるのだ。そちらに見せつけるというよりも、オユキが自分のいない時間でそちらとトモエが時間を持つことを良しとする気が無いのだと、表面には出ておらずオユキも気が付いていないには違いないのだが、そうした感情もきちんと汲んだうえで。
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