憧れの世界でもう一度

五味

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34章 王都での生活

心暮れ

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トモエに連れられて、オユキが屋敷へと戻ってみれば。そこで待っていたのは着替えだけでは無く、汗を流す事も含めて。トモエのほうはトモエのほうで、狩猟から戻ってそのままであったこともあり、改めて土埃を落とさなければならぬとばかりに、こちらも侍女たちに別の浴室へと連れていかれて。

「オユキ様、御召し物ですが」
「ああ、カレン、戻っていたのですか」
「はい。ユーフォリア様はマリーア公からの頼まれごともあり、今暫く王城にて務めるなければならないと」
「そのあたりは、書状を預かっているでしょうから後で確認しましょうか。鍛錬を続けますので、袴と言えばエステールも分かるはずです」
「エステール様は、今は私に合わせて戻ってまいりましたシェリアたちに」
「おや、そちらもですか。とすると、確認しなければならない書状も多そうですね」

今オユキはこちらの屋敷につけられている侍女、魔国からの借り受けているというよりも、今後は王妃になる現王太子妃に預けられる人員に体に香油であったりを軽く塗られている最中。どうにも、こうして一度に多くの人員が戻ってきたからにはそれぞれが持ち帰ってきた報告を聞かなければならないとは考えるものの。

「オユキ様」
「ええ。引継ぎが終わって、少ししてからとなるでしょうね」
「畏まりました。では、その折には席をご用意しておきますので」
「終わった後には、もう一度トモエさんと共にこうして入浴となりそうですから」

その言葉に、汗をかく鍛錬を止める気は無いのだなとカレンが諦めたようにため息をついて。オユキとしても、トモエを待たせるわけにはいかないからと、何より少しでも時間を空けてしまえば、また要らぬ相手がせっかくの時間を邪魔するからといそいそと。袴の着付けが出来る、これまで行っていた侍女がいないのは確かではあるが、そのあたりは流石にきちんと共有されているらしい。手早くオユキに袴を着せこんだ後には、勿論生前の物と違いどちらもトモエの助言もあり相応に重装備になっている物を着込んで。
髪については、トモエの仕事だといわんばかりに手を付ける事は無く、そのまま送り出される。
そうしてみれば、トモエがオユキの髪を結いあげるかと思えば、こうした状況での体の動きを練習するのも良いでしょうとそう言われて、オユキは紐で結わえただけの下げ髪のままに。成程、確かにこちらに来たばかりの頃にオユキは、動いたと同時に己の髪を踏んで体勢を崩し足をひねったものだ。それからしばらくは、トモエが常々結い上げており、機会が得られる事は無かったのだが回復が十分とみてこれからはこうした鍛錬も含めていくのかと。

「大会の折には、オユキさんもまた舞を披露するのでしょう」
「ああ、そういえば、そういう事もありますか。前回は」
「ええ、前回は状況を鑑みて良しとされたのかもしれませんが、せっかくの美しい髪ですから」
「ええと、トモエさん」
「紐に宝石なども交えて、飾ってみるのも良いでしょうか。前天冠との釣り合いも考えねばなりませんが」
「そのあたりは、マルタ司祭に諮らねばなりませんから」

オユキが少し落ち着いたと見たからか。トモエは、改めてオユキにきちんと流派としての動きを教えて。基本の構え、晴眼に構えて、振り上げて、振り下ろす。素振りで度々行う動きを、トモエと並んで行いながらも、都度オユキはトモエに体を触られながら直される。少年たちよりも、大目録を得ているオユキはやはり差がある。ある程度のところまでは、きちんと自分で整えることが出来る。だが、その目録を得たのは過去の事。今の体に合った物では無く、またオユキがトモエを相手取る事を目指すのだからとこれまでと少し違う振り方で。
成程、基本だからこそ常に己の状況に合わせて。目的に合わせてとなるのかと、改めてオユキは理解を深めながら。言ってしまえば、これまでの間オユキよりも背の高い相手というのは、稀ではあったのだ。いないことでは無いのだが、それでも今ほど周囲にオユキよりも遥かに背が高い物ばかりという環境では無かった。
現状オユキが対人とするときには、己より高い相手を狙わねばならない。そして、冗談からの一太刀を放とうと思えばこれまでよりもさらに高く振りかぶらなければならないのだ。

「あの、正直これは」
「ええ、そうなんですよね。ですが、鍛錬としては良い物ですから」
「それで、過去のトモエさんは下段を選んだわけですか」
「そればかりと言う訳ではありませんが、それも勿論理由の一つです」

当時から、トモエはオユキを相手にする方法を考えていたのだと。オユキの感情を満たす言葉をかけながら。そして、相も変わらずだと、トモエは納得を作る。こうして、理屈を伝えてしまえばオユキはそこから先がとにかく早いのだ。ともすれば、オユキ自身が他と、オユキの知識の中にあるものと照らし合わせて理屈そのものを見つけ出す。そして、それに対して己を綺麗に合わせるのだ。トモエが口出しするよりも早く、直すのよりも深く。構えとしては、極端な冗談。それこそ、アイリスがとる構えとほとんど近くなる位置に太刀を構え、持ち手にしても左手がほとんど柄頭を握る位置に。そんな極端な構えから、まずは確かめるとばかりにそのまままっすぐに落とす。
そうしてみれば、綺麗な風切り音と共に。しかし、止める位置がオユキの予定よりも下に来たのだろう。

「慣れるまでは、気を付けなければなりませんね」
「はい。それと握りも変えていますので絞りもまた難しくなっていますよ」
「確かに、鍛錬としては良い物になりそうですね」
「はい。握力にしても、前腕や背筋、そして」
「ええ、これまでに比べて足幅を広くとる理由言うのも分かります。ですが、これでは」
「はい。間合いという意味で、かなり変わってきますので、そこも考えねばなりません。ですが、そのあたりは互いに木刀を使ってとしましょうか」

この先の約束も、トモエがされて嬉しかったように。どうにも、こうしてオユキに時間を使っていると外野からの視線が圧を増すのだが、そちらはいよいよオユキが満足した後にとする心算しかない。ここ暫くの間、オユキがどうしたところで不安に思う振る舞いが多かったのだろうと、トモエも反省しているのだ。オユキがそれを望んでいるから、トモエに、オユキ以外との時間を使う事を生前と変わらず求めているのだと考えていたのだが、どうやらそうでは無いらしいのだから。

「そういえば、あの子たちは」
「そうですね、随分と時間がかかっているかとは思いますが」

そして、都合百度ほど振ったころだろうか。慣れに動きに、そろそろオユキが持たぬからとそこでトモエが止める。これ以上は過剰になる、というよりも既にオユキが振り下ろした太刀を止める時に、最初の頃よりも随分と過剰に力を入れる様子を見せていた。其処で止めなかったのは、オユキにしてもきりがいいところまでやりたいだろうからと。

「少し、赤くなっていますね。後で、きちんと薬を塗ってもらわなければなりませんね」
「そういえば、こちらでは」
「ラズリアさんに頼んで、一通りは揃えて頂いています。他の者達も使いますし、特に消費が激しいのはアルノーさんについている子達でしょうか」
「ああ。料理には、確かにつきものですね」
「怪我をしないように監督を、等とは思いますがアルノーさんが行う確認方法などを行っていれば、いやでも火傷はしますから」

トモエにしても、慣れぬうちは散々に色々とやらかしたものだ。反面、オユキのほうは一切そうしたことが無かったのがトモエとしては不思議で仕方なかったのだが、慣れよりも要はコツであったり危機回避であったり。そうした物なのだろうと納得しながら。

「では、一度また汗を流してからとしましょうか」
「そう、ですか」
「少なくとも、着替えねばなりませんから。あの子たちも、その頃には戻ってくるかもしれませんし、シェリアさんが色々とお待ちのようですから」
「おや」

トモエに言われて、オユキは殊更意識を向けていなかった一角、鍛錬の場が見える四阿でシェリアが客人たちを持て成している。アイリスとカリンは協力したうえでクレドに向かっている。二人が相手だというのに、実に平然と。両者ともに、実戦で使う得物を持っている、だというのに平然と爪でどころかそれに届く前に何かで受け止めている。

「アイリスさんの祖霊様と、同じような物でしょうか」
「私の目には、また違うものに見えますが。どちらかといえば、セツナ様による物かと」
「氷の乙女からの加護、ですか。いえ、他の言葉になるかもしれませんが、それにしてもそうした様子は見えませんが」
「オユキさんが違うというのであれば、そうなのかもしれませんね」
「いえ、私は生憎と遠間である時にはそのあたり分からないのですよね。実際にクレド様と相対すればと思いますが」

戦と武技に与えられた指輪をつけているからかとは考えるのだが、それが無くとも分かりはしないだろう。

「オユキさんは、あちらに合流されますか」
「どうでしょうか。色々とシェリア達をはじめ、カリンにしても持ち帰っている書状があるそうですからその確認がいるのですよね」
「では、オユキさんがそれを行っている間、私は」
「トモエさんは」
「そうですね、ここ暫く間が開いていますし、隣で刺繍でも行いましょうか。道具も一通りそろえて頂いたようですし、使わないというのも気が引けますから」
「こちらでは無かったもののようですし、使ってみて不具合などがあればまた頼まねばなりませんしね」

オユキが、本人に自覚は無いのだろうが僅かに華やいだ声を上げる。
確かに、こちらで行われている刺繍とはまたかなり変わった道具の数々。木枠にしても丸では無く角。針の種類にしてもかなり多く、中には本当に刺繍用の針かと思うほどに長い物もあれば細く短い物まで様々に。もとより、トモエの納めている技術と同じように、かつての世界でもいよいよ細々と繋がれている物であり、いよいよ高級品となるようなものなのだ。西洋式のキットに比べても、やはり割高であることが、勿論相応の理由はあれど、多かったものだ。

「オユキさんに合いそうな柄は、やはり細かな花かとは思いますが」
「ええと、梅と鶯、でしたか」
「そうした吉祥柄として有名な物も悪くは無いでしょうが、こちらには冬がありませんし、いよいよそうした種の樹木があるのか、鳥がいるのかもわからないのですよね」
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