憧れの世界でもう一度

五味

文字の大きさ
上 下
1,119 / 1,214
34章 王都での生活

巡る季節を

しおりを挟む
王都へ入ってからオユキたちの暮らす場へ。勿論、と言う訳でもないのだが、公爵の本邸に用意されている、以前も泊まった別館へと案内をされる。事前に、トモエが確認していたことではあるのだが、一室をセツナとカナリアの手によってオユキ用に。さらには、客人でもあるセツナのためにも、同様かどうかは分からないのだが、まずは部屋を整えることとなった。

「炎熱の鳥の裔よ。も少し強度を上げてはくれんかの」
「あの、これ以上となると、一般の使用人はもとより、クレドさんも」
「俺なら問題ない。セツナとの間に繋がりがある」
「でしたら、もう少しと言わずに、かなり強度を上げますけど、その分短杖の消耗や、魔石の摩耗も早くなるので」
「妾であれば問題ない。魔石とやらにしても、調整の手伝い位は出来るしの。そこな幼子では、まだ無理じゃろうが」
「では、摩耗の確認ですね、その方法も併せて」

そして、まずは客人からと言う事で、セツナとクレドが使う客間を整えている。
オユキとトモエが過ごす部屋に比べて、魔国の迎賓館に比べて、いよいよ本アック的にとでもいえばいいのだろうか。屋内だというのに、ちらちらと粉雪が降り、石床はすっかりと氷に覆われている。これでは家具が使えないのではないかと、そんな不安も覚えるのだが、そちらは綺麗に避けているあたりがマナの扱い、魔術行使の技だと言う事なのだろう。
そこに、今度はクレド用と言う訳でも無く、セツナも好んでいる丸兎の毛皮をいくつも継いで用意した敷物を敷きその上に今度は机と椅子を使用人たちが運び込んでいく。セツナが言うには、彼女たちの暮らす場所ではそもそも石材では無く木で家を建て、氷と雪で支えることもあり全体的に低い造り、要はトモエやオユキにとって実に想像しやすいかつての世界の平屋と同じような場所で暮らしている者であるらしい。

「本来であれば、座卓といいますか、床に直接座って使える物のほうが良いのでしたか」
「ああ」
「そうじゃな」
「セツナはまだ良いが、俺はな」
「アイリスさんも、そういえば座る時には少し困っていましたね」

獣の特徴をしっかりと持つ者たちにとって、只人が座るためにと考えて作られたものは、さぞ使用感が悪かろう。人にはない部位が、そもそもつっかえるとでもいえばいいのか。長椅子のように背もたれとしての部分が、どうしたところでというものなのだろう。

「セツナ様と、クレド様も、やはり背丈に差がありますから」
「そうじゃな。妾もこちらに来てからは、良人と食事を共にすることも増えた。ならば視線を合わせてと、それくらいはしたいものじゃしな」
「そうか」
「良人殿には、不便をかけるが」
「お前がそれが良いというのならば、俺も構わん」
「公爵様に頼んで、背もたれをはずしたものを用意していただく様に頼んでおきますね」

なにも、不便を強いることなど無かろうと、トモエがそう付け加えて。

「その、少々不便といいますか」

そして、カナリアが何やら短杖に実に気軽に魔術文字を刻んで、そこかしこに突き立てていく様子を、その度に様変わりしていく室内を眺めてトモエからは。ちらりちらりと降る雪は、既に粉雪と呼んでも良いほどに。足元からは、氷の感触が圧力を返して、天井が少しづつ近づいて。流石に少々滑るために改めて立ち方を変えて。

「妾にとっては、過ごしやすいのじゃがな」
「家具の開けたても、凍ってしまえば難しいかと思いますが」
「ふむ。そうか、その方の隣に居るのは幼子であったな。妾たちにとって、凍結などというのは何ら障害になるものでは無いのじゃよ」

そして、そう言いながらも使用人が敷物の上に置いた机、並べた椅子。その足が敷物の上に降りた霜で動かしづらいだろうに、実に平然と動かして見せる。よもやと考えて、視線だけで許可を得てトモエがとしてみるのだが、やはりはっきりと抵抗を感じる。無理に動かせば、簡単に引きはがせるには違いないのだが、セツナが動かしたように音も無くというのは間違いなく無理だろうと。そも、軽く持ち上げようとしている段階で、敷物がしっかりと下からせりあがってくる氷によって捕らえられているというのに。

「氷は妾達種族にとっては友とするものじゃからの」

そうして、セツナがオユキに視線を投げかけて。ただ、オユキとしては、どうにも自分がここまでのことが出来るようになるのかと言われればやはり首をかしげるしかない。

「セツナさん、これくらいで大丈夫ですか」
「ふむ。悪くないの。良人殿には里と変わらず我慢を強いる事にはなるが」
「気にするな。我慢が効く、その程度の物でしかない。お前は、そうでは無いだろう」
「そうじゃな。ならば、妾は他で返すとしようとも」
「ああ」
「ええと、あの、先に取り扱いについて、説明をしますから」

あちらこちらに、短杖を突きたてて。さらには屋内の調整用なのだろう、魔道具らしきものが成程、そうして隠しておくのかと改めてトモエとオユキは目にして。それらに関する説明、どの程度になったら、変え時なのかという話をカナリアが行う。短杖については、色々と細かく調整を行っているからだろう。思ったよりも、数が多いため、制御用とでもいえばいいのか、最期にカナリアが突き立てた短杖がその役割を果たしているようで。確認のためには、それがどこまで削れたかで判断すればよいのだと。こちらも、以前にカナリアが話していたのともまた違いとでもいえばいいのだろうか。氷どころか、石材にまでもそれが当然とばかりに突き立てて見せた。以前は、それこそ起動のための魔術文字、それを一つ内側に仕込んでスイッチ代わりに等と言っていたものだが、それをしないのは必要ないからか。部屋を整える、思い返してみれば最初に使い方を見せてくれと頼んだ時にも、最初から完成した物として作っていたはずではある。

「では、次はオユキさんたちの部屋ですね」
「ふむ。そちらは、妾も手を加えよう」
「お手数かけます」

そして、セツナの手も借りた上で、オユキの部屋も床に氷が張っていないだけというには明確に差がある状況が。オユキの部屋のほうは、雪が降ることも、床に氷が張る事も無いのだが、代わりにとでもいえばいいのだろうか。屋内だというのに、しっかりと雪が積もっている。さらには、使用人たちにしても、吐く息がはっきりと白い。振り返ってみれば、あれほどに氷と言うものが室内に存在していたセツナの空間では使用人たちの吐く息に色が付くことは無かったというのに。

「幼子の暮らす場であれば、こうであろうな」
「ええと、私のほうでは、部屋の気温を下げる事と、今のこの状態を固定する方向でとすればよいのでしたか」
「うむ。妾達が振るった力が、変わらずそこにある、それが幼子たちにとっては重要でな。前にも話したとは思うのじゃが」
「そのあたりは、確認をといいますか」
「成程。知らぬ顔もいくらかおる。そちらに対しても、今一度話すのは必要か」

カナリアが視線で示す先には、魔国から王太子妃の紹介を受けて預かっている人員に加えて、公爵家から貸し出されている者たちも。魔国から借り受けている人員については、オユキとしても一度顔を合わせてはいる物の、それっきりとなっているため、改めて挨拶の必要もあるだろうかと考えて。最も、側仕えとしては、シェリアとエステール。それに加えてタルヤとラズリアもいるために、そこまで直接何かを頼む事は無いかと考えているのだが。そのあたりは、いよいよ、この後改めて慣れた相手を呼んだうえで、屋敷内の序列とでもいえばいいのだろうか。役割分担について話す必要も出てくるだろう。公爵家の王都における本邸。下働きの者たちにしても十分いる。そして、アルノーのほうは、以前にも一時とはいえ逗留していた勝手知ったるとまではいかない厨房に既に向かっている。

「ふむ。幼子よ、どうじゃ」
「どう、と言われましても、暫く暮らしてみなければ」
「なに、此処までの屋敷の中、そこと比べて思う所を話してみればよい」
「そう、ですね」

先程の、セツナの部屋でも感じていたのだが、呼吸が楽になっている。季節は既に夏の気配も遠ざかろという頃。魔国では、どうにもならぬほどに息苦しさを外では覚えた物だが、神国に戻ってからは僅かに楽に。そこで、ようやく一息付けていたものだが、今は、こうして暮らす間は非常に楽になっている。
呼吸だけでなく、体が、何やら。

「ええと」
「ふむ」
「オユキさんは、やはり旅の間で少し疲れているようですね」

オユキは、こうして整えられた部屋で。魔国よりも、いよいよ好きにしていい場だと言質を取ったこともあるのだろう。だからこそ、セツナとカナリアの手によって、徹底的に手を入れられたこの部屋は、オユキにすぐに休めといわんばかりに眠気をもたらすのだ。この場は、オユキにそれを許す場だと、さぁ、今すぐにと言わんばかりに。かつては、春に眠りを等と言う話が多かったのだが、今のオユキにとってはまさにこうした環境がそれにあたる。
これまで向かった先では、せいぜい魔国で一応整えただけの部屋でくつろいでと言う事はあったのだが、それ以上にこの部屋は、はっきりと自分の為に整えられた部屋だと分かる。

「オユキさん、先にお風呂に入ってしまいましょうか」
「ですが、今日は昼も抜いていますから」
「ええ、一度寝て、それから起きて。簡単に食べましょうか」
「あの」
「ふむ。幼子については、それで良かろう。妾たちは、妾達で改めて部屋を整えるからの」
「おや、私が行った調整で」
「何、部屋の条件としては問題ない、それ以外にもここに暫くというのであれば、妾たちとしても、過ごしやすいようにとせねばならん」
「ああ、そういった方向での整える、ですか」
「そちらに関しては、使用人に申し付けて頂ければ」
「ふむ。まずは馬車から荷を下ろして、それからじゃの。妾にしても、魔国から持ち帰ったものや良人にと用意した物の確認も行わねばならん」

どうにも、オユキのほうは意識が途切れがちという程でもないのだが、話を聞くのも少々気を張らねばならぬほどに。トモエは、オユキの視線が既に寝台に向かっていることに、気が付いて。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

親友彼氏―親友と付き合う俺らの話。

BL / 完結 24h.ポイント:525pt お気に入り:20

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,357pt お気に入り:1,457

【完】君を呼ぶ声

BL / 完結 24h.ポイント:241pt お気に入り:87

夫の浮気相手と一緒に暮らすなんて無理です!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,741pt お気に入り:2,711

あなたを愛する心は珠の中

恋愛 / 完結 24h.ポイント:284pt お気に入り:1,966

バスケットボールくすぐり受難

大衆娯楽 / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:14

罰ゲームで告白した子を本気で好きになってしまった。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:276pt お気に入り:104

処理中です...