憧れの世界でもう一度

五味

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32章 闘技大会を控えて

重ねて

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カリンと対峙するのは、確かに彼女の言うようにゲーム以来。
だが、オユキにとっては勝手知ったるとでもいえばいいのだろう。確かに、幾度も頭の中で繰り返したのだ。己の技を、トモエに勝つためにはと考える時に、参考の一つとして。だが、やはり歳月というのは技術を進めさせるものでもある。オユキの知らない動きも、実に多い。

「知らぬ動きですね」
「教えたつもりはありませんが」

他の流派の動きとして、確かに覚えはある。長椅子を潜って、そんな実演を見た事もある。滑るような動きの、一つの極致とでもいえばいいのだろうか。体が上に動くのかと思えば、脚を大きく開いてさらに上体を倒して。さらには容赦なくオユキの足を狙って剣を振るわれるのだから、たまったものではない。これで、慣れていない相手であれば飛び越えてしまえば上への手段などないのだろうが、残したもう片手の刃が明らかに上を狙っている。飛び越えれば、そこから撃ち落とすと言わんばかりに。
だからこそ、オユキはカリンの上へと身を躍らせる。

「誘いには、ええ、乗らねば」
「相も変わらず」

そして、オユキが体を回しながら飛び込んでみれば、想像通りの軌跡で、人である以上はそれ以外には難しいだろうと思える動きでもってオユキに向けて斬撃が。飛び越えるために、相手の体をまたぐ形で。オユキから見て左側から体を下げて、通ろうというのだ。さらには、そちらからまずは先にと剣を振っているのだ。残された腕で剣を振るにしても、オユキがいた側に向けてであれば、完全に体を一つの方向に倒すことになる。だが、それを選ばない場合は、体をオユキに対して大きく開かなければならないように。
此処から、さてどういう対応が行われるのかといえば、やはり想像通り。というよりも、オユキでも想像がつく範囲に収めているのだとカリンの動きが語っている。他に手段はある。そんな分かり易い対策など、返すための方法は多いのだぞと。それこそ、オユキの思いつくものの通りであるのならば、確かに他に分かり易い手段がある。

「軽い剣ですね」
「体重、増やしたいのですが」
「運動量と食事量がはたから見て見合っていませんから」
「そう、なんですよね」

本来であれば、体勢の有利不利もある。上と下どちらが等と言うのは、本来語るまでも無いはず。だというのに、オユキは実に簡単に体を流される。片手で、不利な体勢から。

「一応、カリンさんとヴィルヘルミナさんのおかげもあって」
「ええ、老師から頼まれた事ですから」
「改めて、ありがとうございます」

そうして話しながらも、オユキはオユキで飛ばされた先に、カリンの手打ちの刃だというのに、浮いているからだと言わんばかりに加えられた力で移動した先にいる猪らしき魔物を手早く切り捨てる。飛ばす方法までを選ぶ時間も、余力もとりあえずなかったのか。勿論そんなはずはないと分かっていながら、何やら慌てるそぶりを見せる護衛たちを安心させるようにはじかれた勢いも使ったうえで体を回す。そして、そのままの勢いで猪らしき魔物を無造作に切り捨てる。

「過保護な事ですね」
「有難くはあるのですが」

寄ってきた鹿を、こちらは起き上がりざまにカリンも切り捨てて、互いに少し間合いを空けた上で睨みあう。周囲にはいまだに追い込まれている魔物もおり、視線は最も危険な、警戒すべき相手に向けたまま軽く足を動かして順次対応していく。
周囲から来る魔物が立てる音、それがあまりにもうるさい物だから、カリンの足音が聞こえない。どう足を踏んでいるのか、足を運ぼうとしているのか、それが耳に届いてこない。地面は砂地、芝が多少は生えているのだが、その程度で靴がすれる音が消えるはずも無い。しかし、それを消すための動きが、そもそも足音などというのは無駄が多いから生まれるのだという理屈も存在している。
少し遠い位置、そこからは少年たちの悲鳴にも似た楽しげな声が響いている。さらには、時折派手な音が、地面を転がる、滑る音が響いているというのに、目の前の相手からはそれが聞こえてこない。これがアイリスやイリアであれば、人にはない特徴をしっかりと持っている相手であれば、聞き取れもするのだろう。生憎とそちらはオユキが頼んだこともあり、狩猟際に併せて社の加護を強化するために必要な事があるのならと頼んでいる。今は王都の中で、アイリスにしても少し間が開いたから確認したいという部分もあって、まずはとばかりに。

「さて、時間をそろそろ言われそうですから」
「全く、忙しい事ですね。もっとと、私はそう願っているというのに」
「熱烈なお誘いは、ええ、感じていましたとも。生憎と、次の機会が、闘技大会でそうした機会があるかは怪しいのですが」
「貴女が望んでも、ですか。戦と武技の巫女というのは、そこまで軽い物だと」

互いに、間合いを図っているのだとそうした動きを作りながら。位置を、回りながら入れ替えて。
オユキの動きは、オユキ自身でも分かるほどにカリンと比べてしまえば優美さに欠ける。しかし、動きという意味では、体の動かし方という意味では確実に一日の長がある。対して、カリンのほうは、これまでの間に舞としての、動きを言われたからか、披露する機会を多く得られたからか。優美な動きという意味では馴染んでいる。確かに、しっかりとそちらの方向で時間を使ったのだと分かる。しかし、武としての動きで見たときにはあまりにも不足が多い。本人も間違いなくその自覚はあるのだろう、試しにとばかりにオユキが技に頼った動きを入れてみれば途端にぎこちなくなる。そして、それをごまかすためにオユキに対して舞としての動きの指導に逃げる。
つまるところ、こうして遊んでいるのは、互いに動いているのは。

「私からも、指摘をしたいのですが」
「貴女は、老師の許可が無い、そうでしょう」
「全く。容赦のない事ですね」

しかし、己の流派として確立し、散々に後進を育成してきたのだと分かる相手。対して、オユキのほうは未だに代理も名乗れない。

「こちらで、少なくとも時間を迎えるまでにはと、そう考えているのですが」

そろそろ、終わりだと考えているのは、周囲に散っている護衛も変わらない。これまでは、簡単に対応できる魔物ばかりを選んで、基準については、寧ろ彼らにしてみればオユキとカリンが互いに動いて遊びながら、それで対応ができるなどとも考えていなかったのだろうが、徐々に大型の生き物を選び始めている。
カリンとオユキは過去にも幾度となく相手取っている、神国で見るよりもさらに二回りは体躯の大きい獅子の魔物。食肉としては向いているのだろうかと、そんな疑問を思わず覚えてしまう砂獅子という名の魔物をはじめ、ワイルドボアよりも少々凶悪な牙と突進力が印象的なグレートボア。どちらも、体毛が少し伸びており、それらが武器を絡めとり見た目よりも遥かに硬質な、少なくとも魔物として生きている間は、処理をしなければ硬質な体毛でもあるため相応に意識を払って切りつけなければそこで刃が止まる。そんな魔物を、選んで送り込み始めている。
食肉を求めてと、そんなお題目を掲げているからだろう。此処までの間に、相応にトロフィーとして魔物が所々に丸ごと残ったりはしているのだが、不足だと見えているからだろう。寧ろ、不足だと考えているからやめないのだと見えているからだろう。

「老師から、ですか。それとも」
「正統を想えば、戦と武技の中にいるであろう相手からとなるのですが」

ただ、それにしてもいつの時代か、それを考えたときにオユキに教えていないのだとそれが前提に立ってしまう。義父が、かつてのオユキの両親に協力をしたというのなら、それは失踪する前に他ならない。万が一にでも、両親らしき人物と交流を持ったのだとして、それをオユキに伝えない等と言う事はありえない。さらには、開発者たち、オユキの知っている、残されていた資料に記載のあった情報であったりを、当時のオユキは奇跡的な確率で、異なる方法論でもって完成させたのだと、類似の技術は多くの場所で開発されていたのだからと飲み込んだそれに、あの義父が協力することがあったのかと問われれば、なかっただろうと言い切れもする。
道場を構えて、一所から早々に動くような人物でも無かったのだから。

「老師が武門であった、それは私から見ても確かな物なのですが」
「ええと、私は、一応トモエさんは門徒と呼んでくれはしますが」

実態としては、義父とかつてのトモエ。その二人の認識は、一体どうなっていたのだろうか。オユキはそんな事を考える。

「聞いてみては、どうですか」
「恥ずかしながら」
「では、私が勝ったのなら、そうしますか」
「それも、どうなのでしょうか」

そんな事を言われてしまえば、オユキとしてはカリンに負けてしまいたくなるではないか。己の思考の結果が、表情に出ているのだろうか、そんな事を考えながらも土煙を、砂埃を上げて寄ってくる魔物を切りながらもカリンとの決着の形を改めて頭の中で組み立てる。
これは、あくまで舞。つまり、終わるための着地は武としての決着として、どちらかの武器をはじいて、手に持てない状況か致命傷となる物を寸前で止めるようなものではない。もっと、順当なというよりも、穏当な決着が求められている。視線で、こうした位置で等と合図を送ってみるのだが、生憎とトモエほど互いの理解が進みはしない。オユキが示そうとしているように、カリンが何かの形を求めているというのは分かる。だが、それだけだ。

「では、流れに任せるとしましょう」
「全く。貴女は。投げましたね」
「それは、そうでしょうとも」

カリンがため息交じりに、笑って見せる。だが、オユキとしての言い分ははっきりとあるのだ。

「貴女に、トモエさんよりも私が時間を使う必要が、何処にあるのでしょうか」
「全く、清々しいほどに、貴女は」

こうしているのも、トモエが必要だと考えているから。オユキの判断基準は、そればかり。目の前にいる相手にしてみれば、カリンにしてみれば、舞の相手として向かい合っているのは、今この場にいるのは間違いなく己だというのに。

「老師に届かぬ私の未熟は、今は言わないでおきましょう。だからこそ、今の貴女に改めて私を魅せるとしましょうか」
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