憧れの世界でもう一度

五味

文字の大きさ
上 下
1,069 / 1,214
32章 闘技大会を控えて

乱戦

しおりを挟む
トモエは、オユキがカリンと遊んでいるのを楽しく眺める。
どうにも、オユキは自制が効きすぎる。
かつて聞いていた話では、オユキ自身かなり魔物との戦いを楽しんでいたのだ。トモエが今、己の技が十全に振るえるのを楽しいと感じるよりは、僅かとはいえ。それが、こちらに来てからすぐに出会った相手、改めてこちらでは怪我が致命的になるのだと、初めて町の外に出たときに気が付いてすっかりと委縮してしまっていた。
怪我をしないように、勿論それを心掛ける事は重要ではある。だが、どれだけ気を付けていたところで、そんなものは日常でも十分に起こりうる。鍛錬の中でも、一度ならずオユキは掌を痛めている。だが、必要な事でもある。
オユキが加護を求めるのならば以上。
オユキに加護を求める者たちがいる以上は。
其処は、流石にトモエでもどうにもできぬ、オユキの我の強い部分。

「皆さんも、始まりの町ではそろそろ、似たようなことをしてもいいかもしれませんね」
「でも、あんちゃん」
「ええ、皆さん同士ではなく、傭兵の方を頼んでですね」

それこそ、追加の鍛錬とでもいえばいいのか、訓練とでもいえばいいのだろうか。
丸兎が大量にいる周囲の状況、そんな状況下で傭兵たちまでもが狩猟者見習いたちに襲い掛かる。いや、基本として見習いたちが警戒しなければいけないのは、傭兵たち。そして、隙を見てではなく、寄ってくる丸兎を合間合間で切り捨てて。
そもそも、カリンがいつだかに語った言葉が、何処までも正しいのだ。
魔物に恐れるのは悪くない。事実として、かつての世界でも野生動物などというのは脅威以外の何物でもない。なんとなれば、家畜化されたはずの生物ですら人間程度簡単に殺せるのだ。それを許さぬだけの知識が、道具が人の手に有るというだけ。つまりは、トモエにとっては変わらないのだ。魔物を恐れるというのであれば、尚の事それを相手にせぬ人、それを恐れないという理由が無い。敵として考えないという理由が無い。
こちらの世界においては、神々が確かに存在して、相争う事を許さないからかと考えてもいたのだが、それもどうやら明確な物ではない。明確に悪とされることは間違いなく存在しているのだが、何もそれをもって人同士の争いを止める理由とはなっていない。仮にそれで人同士の諍いが本当に無くなっているというのであれば、政治闘争などこの世界には存在していないはずなのだから。

「ですが、今は少し難易度を上げましょうか」
「つっても、俺らのところまで回してもらえるのって」

そう。大物というよりも、騎士たちが、周囲に散っている護衛としての人物が追い込んでくる魔物というのはやはり限られている。魔国で数を頼みにしているような魔物というのは、やはり神国の者たちに、特に騎士にとってみれば手加減したところでその存在を消してしまうような光球の類。次点で、粘性の生き物であったり人形であったりも存在しているのだがそれらにしても少し王都から離れていることもあり、アイリスの加護と前回の雨乞いでオルテンシアがその名の通り大量の紫陽花を咲かせた一角に陣取っていることもあり、そうした魔物があまり寄ってこない。
代わりにとばかりに、少年たちにとってもほとんど変りばえの無い色違いの丸兎が飛び回っている程度。

「ええ、ですから。シェリア様、ローレンツ様」

そして、側について一応は護衛として振る舞っている相手の名前を呼ぶ。

「あの、トモエさん」
「えっと、まさかとは思いますけど」

呼ばれた二人は、カリンとオユキが躍る様に互いに位置を入れ替えながら。確かに、互いに向けて刃を振るいながらも、寄ってくる魔物を次々に切り捨てる姿を楽しげに見ていた。そして、話の流れ、それを聞いていた二人にしても呼ばれたのだからとこちらもまた楽し気に。
シェリアにしても、ローレンツに剣を騎士としての剣を習っていたという話であり、今それを習っている、盾の取り扱いだけとはいえ、ローレンツから習っているパウを実に楽しげに見ていたのだ。自分の過去を重ねるというよりも、微笑まし気に。

「加減は、トモエ卿程は期待してくれるなよ」
「叔父様、それでも派手な怪我はさせない程度には」
「大楯ではじくのだ、転んだ先、跳んだ先は責任が取れんな」

少年たちも、当然狩猟者として外に出ている。つまり、今使っている、手に持っている得物も全て本番に使うための物。

「あの」
「その、覚悟の時間とかは」

ローレンツは騎士としての完全装備。全身鎧に大楯と幅の広い片手剣。一方シェリアは侍女としての振る舞いを近頃続けているため、壁の外に出てくるというのに特別装備を身に着ける事は無い。侍女としての少し大人しいドレス姿。装飾なども、簡単に身に着けてとても戦闘に向いた装いでは無いのだがそれについては語るに及ばず。トモエの流派がそれを当然としているように、近衛としての心得の中に十分以上に含まれている。少し空いた袖口から、それが当然とばかりに短剣を取り出して見せているのだから、こちらも随分と乗り気。

「今、話しているこの時間が、その時間の心算ですが」
「うむ。それこそ、こうしたことを訓練として行うのであれば、騎士団であれば警告などないぞ」

切欠は、何処にするべきかとトモエが悩んでいれば、どうやら鍛錬の一環として行っている者たちからは実に容赦がない。思い返してみれば、以前にオユキから騎士団の訓練では気を抜いたりしていれば、周囲から先輩によって容赦なく石であったりが投げ込まれるという話をイマノルから聞いたのだと、そんな話をしたものだ。つまり、今この場にいる人物たちは、そんな訓練を当然と抜けてきている相手。
行うと決めた、トモエに基本的な訓練の進度は預けているとはいえ、折に触れて色々と言いたそうな顔をしていたのは事実。実際のところ、トモエに対しても、何度か騎士団の訓練を身に来てはと、見習い狩猟者たちの教育を行っている相手に対して、騎士としての訓練、傭兵としての訓練を一度見に来てはという話がある。そこから思い当たる事、何を狙っているのかなど実に分かり易いために、誰もが揃って苦笑いなどをしているのだが。
ついでとばかりに、皮肉と言う訳でもなく、ただただ純粋な疑問として既存の学び舎における教育についてトモエがオユキに尋ねてみれば。現状としては、この世界の現状と何処までもあっていないとして今後はより純粋に文官に向けた教育やいわゆる役所勤め、騎士として必要な基礎知識であったりを教育する方向に変えていくという話になっている。これまでは、恐らく過去の誰かしらが、異邦から来たものが教育の必要性を説き、全ての者たちに等しく等と言う話をし。また、国としても優秀な教師役の取り合いに辟易とし始めていたという流れもあって、何よりも王都というものに注意を向ける施策の一環として導入されたのだろう。そんな事を、オユキはトモエに話したものだ。

「ほら、魔物も、周囲の護衛の方々が気を利かせて追い込んでくれていますよ」

そして、追い込まれてくる魔物にしても、オユキとカリンに向けて、さらに強力な魔物が送り込まれ、そのおこぼれと言う訳でもないのだが、トモエたちの陣取る場所にまで少年たちにとっては初めてとなる魔物を回してくる。つまりは、食肉に加工される運命となる魔物たちが、トモエのところにまで流れてきたと言う事だ。

「な」

そして、そんな言葉をトモエが少年たちに投げれば、トモエ、ローレンツ、シェリアに向けていたはずの意識が、トモエの見る方向へと流れる。そして、そこに容赦なくトモエが刃を突き込む。勿論、速度は落としているし、当てない位置を選んでいるのだが込める意思は間違いなく。気を抜けば斬る。その首を、落とす心算があるのだと。

「オユキさんも楽しそうですから、皆さんも楽しみましょうか」
「くそ」
「ジーク」

シグルドを狙ってはなった突きは、彼が首をかしげるだけで、というよりも当たらない位置だというのに大げさに避けた結果として体制を崩し。それを補うためにパウが動く。だが、彼にしても忘れているのだ。

「集団戦の心得は、教えるだけで身につかないのが困りものですね」

短剣を使う程でも無いとばかりに、唐突に思える速度で移動したシェリアがパウの足を払いながら、肩を押す。

「嘘だろ」
「嘘ではありませんが」

鎧を着ている相手であれば、確かに転がしてしまえば起き上がるのに間違いなく時間がかかる。寧ろ、鎧などと言うものは地面にたたきつければ自重でもって継ぎ目や留め具などが歪んでくれそうなものだ。そうした方法もあるのかと、トモエはただ確認しながらも、長刀をもってまずはシグルドから距離をとれと言わんばかりに長刀を使ってトモエとシグルドの間を割る様にするセシリアに対しては、ただ下がって躱す。
昨日の鍛錬を、覚えていたのだろう。そして、それが良くない手順だと認識していたらしい。何の工夫も無くと、確かにそう考えながらも他にないからとしたのだろう。だが、セシリアははっきりと勘違いしていることがあるのだ。

「己の仲間の危機に、己が出来る事を。その心意気や良し」
「きゃ」

そう。気を払うべきはトモエだけではない。周囲にそろそろ近づいてきた魔物だけ等と言う事も無い。
この場には、トモエよりも加護を含めればはるかに抜きんでた相手がいるのだ。シェリアとローレンツという。

「しかし、己の身を守る、それも考えねばならぬぞ」

可愛らしい悲鳴を上げて、背後から容赦なくと言う事も無く、はたから見ればかなり柔らかい。だが、やられた方にしてみれば鉄の塊で押されるのだ。それも、全く意識していない、こちらは安全だなどと考えていた方向から。

「さて、今後はこうした訓練も定期的に混ぜていきましょうか」
「常にでは、ありませんの」
「どういえばいいのでしょうか。まだ早いというのもありますし、改めて技を教えていることもありますから」

対多数で使うための技、その練度をあげさせなければいけない。それも、次にトモエが目を離すまでの間に。オユキのほうでも少し意識が変わったとはいえ、次に向かう国でもまたしばらく時間を使う事になるだろう。だからこそ、今できる事を今できるうちに行わなければならないのだ。明日できることなど、明日に回してしまえと、オユキがよくいった物だし、トモエも成程なと思うほど事として。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

最推しの義兄を愛でるため、長生きします!

BL / 連載中 24h.ポイント:34,344pt お気に入り:13,176

男は歪んだ計画のままに可愛がられる

BL / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:11

雪の王と雪の男

BL / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:20

文化祭

青春 / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:1

二番煎じな俺を殴りたいんだが、手を貸してくれ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:56pt お気に入り:0

処理中です...