憧れの世界でもう一度

五味

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30章 豊穣祭

仰々しく

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「また、随分と」

祭りの場を楽しめたかと言えば、確かに雰囲気に浴することはできた。細かく見て回る時間はやはりなかったし、護衛に囲まれたうえにオユキは馬上から終ぞ降りる事は無かった。久しぶりにオユキを背にのせて歩いたからだろう、ここ暫くはオユキが寝たきりとなっていたため二日に一度は構っていはしたのだが、今日はカミトキも随分と機嫌よくしていたものだ。そして、今もオユキが乗り込む馬車を引くためにと待機してくれているのだが、何よりもその周囲に集まっている者たちが、かつて王都で後進をしている時を見たようないでたちなのだ。トモエも今度ばかりはオユキと共に馬車に乗り込むのかと思えば、公爵からの先触れが持ち込んだ鎧に今着替えている最中。
これで魔国からローレンツでも呼び戻していれば、アベルがアイリスとセラフィーナと行動していなければより一層となっていたことだろう。それぞれに、騎士としてかなりの研鑽を積んだ者たちでもあるし、高位の者たちでもある。トモエとの釣り合いという意味ではどうなのかと、そういった状況になればトモエにしても馬車に乗っていただろう。今は、オユキの馬車を引くカミトキと他にも数頭の馬。トモエの乗馬であるセンヨウに関してはトモエが乗って、移動すると決まっている。それぞれの乗馬にしても、すっかりと祭りしようとでもいえばいいのだろうか。鬣にしてもきちんと整えられ、さらにはカパリスンにバーディング迄。
もとより、オユキがあればよいなどと話していたものだが、ついに完成を見たようで本日お披露目となっている。ただ、完全装備と言う訳では無く美しい鬣がきちんと見えなくなるのが残念だと、そうオユキが零したこともありクリニエール、頭部につけるものは外されている。カミトキ自身が、そんなオユキの感想を聞いたせいか、激しく嫌がったからというのもあるのだが。

「此度の事は、ええ、強く言われていますので」
「どちらからと、そうお伺いしても」
「オユキ様。そろそろ」

シェリアにしても、これまでに見た物よりも一段と華美なと言えば良いのだろうか。金に縁どられた全身鎧、銀で要所に箔押し迄されている。さらには、柄頭にも構やかな細工の施された剣に、同じく美しく細工の施されている鞘。実用としてどうかと、そんな事をトモエもオユキも思わず考えてしまった物だが、寧ろ当然と扱えるだけの鍛錬を積んだのだと分かり易い立ち姿。これこそが、シェリアの晴れ姿なのだと、本人が実に誇らしげにしているあたりよく分かると言うものだ。生憎と、功績に関してはどうしても側に居るものよりも常々距離をとっている者たちをオユキは優先してしまうため、オユキからと言うものは無いのだが、それでも二つほど首から下げている。一つは、見覚えのある月と安息。もう一つは、見覚えは無いのだが近衛と言う騎士の中でも上澄みとされる者であることを考えればそれこそ、今回お目当ての相手なのだろう。
今回、こうしてトモエとオユキが神殿に向かう、それについてくる者たちは間違いなく選抜された者たち。借り受けているのはそれこそ王家とマリーア公爵家となるのだが、調整の為にと他の家からも幾人かが混ざっていることだろう。いや、王家からの者たちの中に混ざっていることは簡単に理解はできるのだが。

「では、どうにか期待に応えねばなりませんね」

そして、なんだかんだと言いながらも。はっきりと言ってしまえば、オユキはこうして気心の知れた相手から頼まれることを悪い事とは考えない。寧ろ、ならばそれに応えようと、それくらいの気概は持っている。今後行われる、新年祭の後に開かれるだろうデビュタントの時にと考える程度には。

「ただ、今回門を得る心算もありますので」

問題としては、オユキ自身の目標とでもいえばいいのだろうか。何よりも重要と、他と比べたときにオユキの中で絶対に優先すると考えているトモエの目的。そちらと競合する以上は、今回の事はまだはっきりと言い切れるものではないのだ。

「それなのですが、オユキ様以外には難しいのでしょうか」
「どう、なのでしょうか」

シェリアからの疑問に応えながら、軽く手を引かれるままに馬車に乗り込む。オユキにしても、一度戻ってから着替えて今は戦と武技から与えられた正装に、トモエがあつらえた千早も羽織って。髪はすっかりと降ろしてしまって、簪ではなく前天冠から左右非対称に冬と眠りから与えられた雪の結晶を模した功績、そして反対側にはそれ以外。首からかけないのかとそんな話をしてみたものだが、どうにもこちらの美意識とでもいえばいいのだろうか、それにそぐわない物であるらしい。
トモエとしても、前天冠に木の枝や花を飾るのだとそうした知識はある物の、麾下であることを示すためには安息香の木を選ばなければならず、すぐには用意もできない。それこそ、タルヤがいれば頼めたのかもしれないが、気軽に頼める花精や木精の知り合いがいないため、それも叶わなかった。というよりも、タルヤと言う人物が気軽に行う事が、他の彼女と同族である者たちが出来ないというのも一つではあるのだが。

「マリーア公爵が、既にいくつか得ている。そうした事は暗に言われました」
「それは、はい。以前の王妃様のお茶会の席で私も」
「ただ、そちらは神殿にと言いますか、神殿を繋げるものではないのですよね」

オユキの理解では、あくまでマリーア公爵が得たものというのは領内で利用するものだ。それも、ごく短距離と言えばいいのだろうか。勿論、これまでの異動に比べれば、冗談じみた距離を瞬時に移動できる奇跡ではある。それを差して移動距離が短いというのは、オユキとしてもどうかとは思うのだが他国と繋ぐことが出来る門とはやはり比べるべくもない。

「移動に際して支払うべきものも、恐らくですが割高になると思いますよ」
「オユキ様」
「これは、既に報告していることではあるのですが」

そして、かつて異空と流離が零していた言葉を改めてシェリアにも伝える。トモエとオユキが、というよりもオユキが得ているのは既に予定がなされていたもの。そして、新しく得るものは、そうでは無い物。

「予定されていたものと、そうでない物。繋ぐ先に自由が利くものと、そうでない物」
「成程、確かに大きな差はありますか。特に、異邦からこちらにとその素地が無いのであれば」
「ええ、私が、私たちが殊更近いとされていますから」

更には、オユキのほうでは両親の事もある。そんな事を改めて話していれば、馬車も進み始める。オユキとしては、是非ともトモエの装備を見てみたかったのだが、どうやらこちらの流れの中ではそれが叶わないものであるらしい。それこそ、閲兵などと嘯いてとするには、直前に持ち込まれたこともあり。トモエだけが遅れて、出発がこうして少し遅くなったこともあるのだ。勿論、全身鎧など一人で着こめるはずもなく。今回については鎧下なども併せて公爵から贈られていることもあり、トモエは一度着替えた衣装から、改めて着替える事となった。どのみち来ていたものは、自分で用意した物ではなく公爵に下賜された衣装、そちらにしてもコートにベストといった物ではあるのだが、今は鎧下の上に鎖帷子を着てさらにはクッション性を高めた綿入りの厚手の服をさらにかぶり。その上から全身鎧を着るのだから準備だけでもかなりの手間だ。
以前にトモエがこんなものを装備して、一日走り回れる騎士たちの体力をほめていたのだが改めて一式を示された時にはオユキも苦笑いをするしかなかった。

「その、シェリアも今ヘルムは外していますが」
「そうですね。概ねトモエ様の装備と変わりはありませんが、近衛として仕込み武器も多いので総重量は私たちの者のほうが上でしょうか」

背丈も大して変わりませんし、そうして平然と笑っている目の前の相手が、そんな状態だというのに平然とオユキを抱えて歩くのだから本当に気の遠くなるような存在だ。加護があればこそというのは理解もできるのだが、それにしても。

「その、どれほどの加護があればと、そう考えてしまいますが」
「人それぞれに、加護の得方も違いますので難しいところですね」

そして、シェリアが少し考えこむようにして。

「種族差と呼んでも良いでしょうか、やはり、こうそれぞれに得意がある物ですし。勿論、どの種族にも例外と呼べる方々はいますけど。」
「こちらでは、人というのは」
「そうですね、数は多いのですが、凡そすべての能力で他種族に劣ります」

花精や木精、翼人種。そうした存在ばかりかと思えば、それ以外にも明確に劣っているという認識がこちらでは存在しているらしい。

「だというのに、大きな国というのは」
「ええ、何処も人が主体となって運営しています。違うのは、華と恋、それからアイリスさんの出身でもあるテトラポダ」
「二つだけ、ですか」
「いえ、正直なところ、それ以外を今のところ私たちは知らないのです」

そして、シェリアがため息一つ。
体に感じる慣性などは、そもそも隔離された空間似るため不思議と感じる事は無い。ただ、こうした用意があった以上特定の場所ではゆっくりと進むのだろうとそうした予想くらいはある。夜までにたどり着こうと思えば、この時間からでは、正直かなり急がなければ間に合いはしない。最も、王都の外に出れば、そこから先は少々冗談じみた速度で移動するらしいので、トモエやオユキが単独で移動するのに比べればかなり早い。というよりも、外に出たときには、トモエも馬車にとそういう段取りではある。

「それにしても、トモエさん、大丈夫でしょうか」
「新入りの騎士を基準で考えると、完全装備で乗馬となると並足でもかなりの負担ですから」
「あの、それは」
「オユキ様も乗られるからわかると思いますが、ええ、馬に乗るからと言って、己が何もしないと言う訳では無いのです」

それはオユキも重々承知している。なんだかんだと、乗馬と言うのは疲れるのだと言う事は。なんとなれば、加護の上で座っているだけでも相応に来る揺れ、バランスを自分でも取らねばならなぬからと、かなり体力を削ってくる。そこに、全身鎧となれば。

「そういえば、完全装備で一日走るのでしたか」
「それができるのは、数ヶ月経った頃でしょうか。それも、毎日行ったうえで」
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