憧れの世界でもう一度

五味

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30章 豊穣祭

神殿へ

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雑貨売り場にたどり着いた時には、既に昼を少し回ろうかという時間。護衛に頼むのは気が引けると言うものだが、侍女たちばかりでは立ち並ぶ店舗から、それぞれのおすすめをいくらか買って回るという作業もなかなか進まず。気が付けば、手すきのという程でもないのだろうが、穴が開かない程度の者たちが順次持ち回りで屋敷とトモエとオユキがいる場の往復を始めることになった。
更には、オユキから屋敷に持ち帰ったものは、今も残っている者たちへと、腸詰以外に関してはそう話したこともあり。トモエにしても、では追加の要望があれば、訪ねてくるように等と言ったからだろう。三回目に離れた護衛が戻ってくるときには、しっかりと大きめの箱などを持たされて戻ってきた。そんな相手に、お疲れ様ですと、そんな視線を送れば次に戻ると決まっている物なのだろう、そちらにそのまま渡して。そんな様子を眺めて、ああ、成程、一応順序に決まりはあるのだなとそんな事を考えたりもしたものだ。

「意外、といえば意外ではありますか」
「確かに、オユキさんもなんだかんだと人前に出ていますからね」

雑貨の販売を行っている者たち、その一部でしかないのは一部でしかないのだが。今もオユキが神に通している簪を模した物がそれなりに売られている。そして、その取扱いを行っている者たちが、何やら期待に満ちた視線をオユキに向けたりもしている。だがそのあたりはすっかりとトモエに任せているオユキとしては、そのままトモエに視線を流すだけなのだが。

「流石に手に取ってみなければ良し悪しは分かりませんが、見慣れぬ飾りなども多いですし」
「せっかくですから、いくつか選んでみますか」

オユキがそう尋ねれば、もとよりトモエにしてもその心算ではあったのだろう。従士として動く相手の手を借りて、センヨウから降りる。生憎とオユキのほうはカミトキの背に据えた籠から降りようと思えば色々と手間がかかるため、降りる気はない。というよりも、降りようと思えば文字通りに飛び降りるか侍女が抱える様にしてとしなければならない。乗り込む時には、トモエがオユキを持ち上げた上で、籠に手をかけてそのまま一人でとできる。だが、公衆の面前でとなれば、流石にオユキとしてもそれをトモエ以外に許すつもりもない。いや、それこそシェリアやナザレアあたりであればよしとするかもしれないが。

「オユキ様」
「いえ、止めておきましょう。私までとなると、収拾がつきそうもありませんし」

ただ、側に控えているシェリアから、そうしたことを考えているオユキに対して。トモエの隣に並んで歩くのも良いかと考えるオユキに対して声がかけられる。だが、護衛が二手に分かれたこともあり、密度が下がった。そして、オユキではなく、トモエがこうして進み出たことでオユキに何かを選ぶのかもしれないと、そんな期待が向かう事になる。つまりは、ざわめくとでもいえばいいのだろうか。そこで、特別進み出るものなどはいないのだが、それでもまさにそのために作ったのだと、用意していたのだと言わんばかりにこれまで並べていなかった品を改めて出す者もいる。

「目敏いとほめるべきか、商魂たくましいというべきか」
「オユキ様向けの小物など、トモエ様は多く購入されていますから」
「てっきり、商会や商業ギルドを通してと考えていましたが」
「狩猟の帰りなどに、度々こうして市場も冷やかされていますよ」

成程、気心の知った相手というよりも、これまでの販売実績がある者たちからの視線と、それ以外の違いなのだろう。期待だけを向けている物と、諦観半ばの物との差というのは。こうして離れていても、それが分かるほどなのだから。というよりも、オユキとしては気になる事とでもいえばいいのだろうか。僅かに、心がささくれ立つとでもいえばいいのだろうか。

「その、オユキ様、祭りの場ですから」
「ええ、理解はしています」

食品を売る場とは違い、火を扱う事も無く熱も無い場だ。物を作るという点では、細かい作業などの多くは確かにこちらでも男性が主体としているには違いない。だが、どうだろうか。簪と言うのは、出来上がったものを飾るというのはそこまで力のいる作業でもない。つまりは、用意をしている者たちの中には年頃と分かる女性も多い。そして、そんな者たちがトモエに向ける視線とでもいえばいいのだろうか。幾人かから、贈る相手はと探していきついた先にいるオユキに何やらこう、悪意に近い物が含まれているのが気になると言うものだ。

「ですが、私に対してこう、侮るような、悪意じみた視線と言うのは」
「その、オユキ様。どうしても噂と言うものには」

最初の言葉はシェリアから。しかし、後から続いたのはラズリアから。ラズリアがトモエについていくのかと思えば、オユキに贈るものだからとナザレアが今はトモエについていっている。そのあたり、言葉に出すことも無く細かく入れ替われるほどの練度には頭が下がるのは確か。だが、こうして話をしている途中で入れ替わるのは珍しいなと、そんな事を考えながらも。

「確かに、人の口にとはたてられませんか。とはいうものの、一体どのような噂かは気になるところですが」
「最初に持ち込んだものが、この王都で初めての事とされているのが月と安息の女神さまの現身を王城に届けた、そこから始まっているからでしょうか」
「あの、流石にそれは想定外と言いますか。一応は、その、戦と武技の神より頂いた位が」

比べる対象が宜しくない、オユキからはやはりそうとしか言えないのだ。どうにも侍女たちの反応に思わず違和を覚えはするのだが、オユキのほうではそれに細かく尋ねてみたりはしない。何か、オユキの意識をそらすべきことがあり、それを成し遂げたと言う事らしいと、ただ納得して。つまりは、オユキの中では、その尾ひれのついた噂とやらと比べて、随分と貧相なと思われているというのが事実らしいとそう認識して。実態は、かなり違うのだとしても。

「オユキ様、夕方ごろにはとお伺いしていますが」
「そう、ですね。そのころには」
「では、お召し変えの時間も考えるとなると」
「流石に、早すぎはしませんか」

既にユーフォリアを使者として先触れに出しているし、なんとなれば祭りがあると知ってから、日程が変更されてからその時点で先方から依頼が来たことでもある。オユキとしては慣れた戦と武技の教会に詰める心算であったのだが、オユキの求める物もあり神殿のほうが都合がいいのだと言われれば、納得するしか無い物ではあった。だからこそ、そこまで乗り気ではない中で、少しでも遅らせてと考えて。

「オユキ様、その、移動はあまり王都の中では急ぐわけにも」
「ああ、それもそうですね」

ただ、オユキが忘れていることとして、これまでのように急いで手早く等と言う訳にはいかないのだ。

「それに、予定通りであれば、本日はカナリア様とクレリー公爵合同での雨乞いの後、イリア様をはじめとした猫の特徴を持つ方々をはじめ夜に馴染む獣人の方々で夜半に狩猟を行うようですので」
「前夜祭と言うには、随分と詰め込んだものだと、私はそう考えてしまいますが」
「後夜祭にしても、アイリス様とセラフィーナ様をはじめ、豊穣を祈るために儀式を。そして、私達のほうでも」

豊穣祭の本祭はあくまで例年通りにと聞いている、しかしその前後に新しい物が加えられた。オユキんほうで期待されているのは、どちらかと言えば本祭ではなく、そのあとに用意されている物。アイリスとセラフィーナについては、以前に王都の一角、勿論マリーア公爵に与えられた王都内の一角に社を立てているため、今回もそちらで行うのかと考えていた。しかし、アイリスが言うには、今度は神殿の前を使えとそのように言われたのだと言う事。つまりは、これからオユキが二泊三日を過ごす神殿、そして、過ごすことで新しく門を作るための種を得ようと考えていること、それに対する試練として。そして、アイリスとセラフィーナの事が終われば、今度は近衛と騎士たちの中から選抜を終えたの者たちが神殿の前で、盾と軍略に対して望むのだ。姿を、祀るべき姿をどうか新たにしてくれと。
言ってしまえば、オユキに願われた仕事というのはそのあたり。繋ぎやすい異邦の者として。戦と武技の巫女として、その眷属たる盾と軍略、娘である三狐神を降ろすために。慈雨と虹橋、異空と流離についてはカナリアがいれば、フスカがいる以上は何一つ問題がない。不安として数得られるものと言えば、どうやら月と安息に連なる形でああるらしい、トモエが言うには主夜神について。だが、生憎とオユキは年齢に対する自覚もできた以上は、夜中に、深夜まで起きていることが非常に難しいのだ。眠気が、自覚と共により強く襲ってくるようになったのだ。さらには、まだ成長の可能性が残されていると分かったからか。体というのは正直な物で、どうにもこれまでに比べて食事の量が増えたこともある。それもあって、食事の後にはどうしても眠気が勝るのだ。起きていようという意思よりも。

「ええと、期待については、お応えしようとは考えていますが」
「今回、豊穣祭の本祭では、オユキ様はあまりと伺っていますが」
「しいて言えば、アイリス様の物次第、でしょうか」

一応、アイリスとセラフィーナから今度に関しては任せてくれと、ここまでの間に他と併せて行った物の延長でしか無い物だから、どうにかなるとそうした話は聞いている。だというのに、そちらの参加者の中に当然とばかりにアベルが含まれているのが、アイリスとしても不安だとそれが隠れていないと言えばいいのだろうか。なんにせよ、三日間祭りが催されるのは確か。だが、一つの祭りと言う訳では無く、場を整える者たちはとにかく忙しい祭りでもある。

「ええと、つまりはそういう事ですか」
「はい。近衛一同から、それはもうきつく言われていますので」
「その、主人の意向を無視するような真似については」
「今回の事は、オユキ様の意志だとも伺っておりますれば」

つまりは、とにかく万端に。最も最後になっている、騎士と近衛が主役となる祭り、それに間に合うようにと、オユキが持つように必ずとそういう事であるらしい。ならば、既にいくつかの簪を買い求め、合わせて簪にくくるためのいくつかの飾りをトモエが買い求めたのなら、ここで一度大人しく流れに身をゆだねるのが賢いと言うものなのだろう。
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