憧れの世界でもう一度

五味

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30章 豊穣祭

主催がおらずとも

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オユキが席を立ったとはいえ、こうして一度会として開かれていた以上は続ける必要もある。トモエとしては、ああもユーフォリアが苦々しげな顔をして持ってきた書簡。それも送り主は王妃からだと言う事らしく、さらには返事を聞くために使者が待っているのだとまで言われれば、内容にはある程度の想像もつく。寧ろ、内容の想像が出来ていないものは、この場では、この屋敷の中ではいよいよオユキ位な物だろう。
本人としては、ここ数日の事もあり心底気乗りがしないからと今はあれこれとオユキの思いつく限りの理屈でもって抵抗し、連れて行ったシェリアとユーフォリアを困らせていることだろう。そんな事を、トモエとしてはそれぞれに話が行われながらも愉快な消費が行われる茶会の席で考える。実のところ、この場にいる者達でやはりオユキが席を離れたことについては申し訳なさを覚えながらも、それを喜んでいる者たちと言うのは非常に多い。
どうしたところで、オユキは肉の焼ける匂いにしても肉そのものの匂いにしても苦手意識を覚えている。そんな人物が主催する茶会では、やはりそちらに対する配慮というのもどうしても参加者として行わなければならない。つまりは、ここに集まる者たちが殊更好むものが苦手な主催者のお茶会とそうした状況であった。しかし、連れ出されたために、今となっては配慮の必要も無いとばかりにトモエが改めて指示を出せば、並べられるものの趣も大いに変わると言うものだ。

「トモエは、気が付いているのだったかしら」
「さて、何にでしょうか」

そして、今となっては机にまずはとばかりに並べられた焼いただけともまた違うとはっきりわかるのだが、それでもオユキが離れて早々に用意されるほどには早く用意ができるもの。トモエとしては、さて自分がここまでの手間をかけるのならば、どれだけの時間がかかるのか、そういった想定をせざるを得ない。トモエが一人でとなれば、間違いなく数時間はかかるというのに、数十分ほどでまずはとばかりに用意された以上は、そこにある差というのがあまりにも歴然と存在しているのだと思い知らされる。
なにも、トモエにしてもその道で一流と呼ばれる相手に適うなどと考えてはいないのだが、日常の些細な料理であればと、己のかつての生活を振り返ってそれくらいには考えるのだ。

「あの子、自分の年齢を勘違いしているのでしょう」
「そう、ですね」

アイリスに言われて、トモエとしても気が付いていることに思わずとばかりに苦笑いがこぼれる。オユキは、こちらに来てからであった、少年たち、そちらとほとんど変わらないどころか二つくらいは上だとそんなことを考えている。門の外に出るには、少なくともそれくらいの年齢である必要があるのだと、そんな風に理解している。特に、狩猟者になるためにとそんな年齢を、自称の年齢をまずはとばかりに書いたこともあるのだろう。実際の年齢が、容赦なく返ってきたというのに。

「オユキさん、過去の事を考えれば勿論なのですが」
「見た目で行けば、領都で増えていたあの子たちと同じくらいかしら」
「いえ、流石にそれは無いのですが、シグルド君の一つ下ですね」

そう、本人としては成人した心算になっていたのだが、実のところ未だにこちらで考えても未成年。誕生日と言うものがはっきりしているのであれば、それこそ今は既にと言う事もできるのだが、こちらは新年祭に合わせてと言う事でもあるらしい。それも考えれば、オユキはいよいよ今年の新年祭で成人だ。お酒の類は、こちらの法律で許されるのかとトモエが相談したこともある。そこで、そうした制度をトモエは知っているのだが、オユキは知らない。

「トモエとしては、そのあたり」
「オユキさんがうかつなのは、私も知っていますがその全てに口を出そうと思うと今以上に」
「まぁ、ここ暫くはあなた達では無くて、それぞれに動いている物ね」
「それが必要だと、互いに感じての事ではありますから。今、こうしているように」

そう、今まさにこうしているように、オユキはオユキで。トモエはトモエで。今後の目的を考えたときに、そうしている方が互いに都合がいいとそう考えての事。期限はどこまでも短くなっていき、トモエの目的を達成することが大前提である以上は、どうにもならない。トモエにしても、オユキがそれを望まぬ以上は諦める心算が無いのもただ事実。

「それにしても、あの子がいない方が楽だと、そうなってしまっているのよね」
「そうですね。本来であれば、と言いますか」

こうした席にしても、オユキと食の好みが同じ相手が多ければよかったのだ本来であれば。トモエがオユキと違う、それについてはオユキ自身もそれが当然と我慢が効く。トモエにしても、オユキに強いることが無いようにと時に湧き上がる食欲については別で処理を行う。今でも、それぞれの屋敷の厨房にトモエが食事をする場所が用意されているような状況だ。以前は多かったのだが、今となっては数が減った本来の流れという物を二人で戯れに話す時間。そこでも、まぁ、実に分かり易い予想というのが立っているものだ。要は、今こうして集まっている者達、その中の顔ぶれ。それが、もう少しオユキにとってといった物に変わっていたのだろう。だからこそ。

「この辺りで、その」
「私は、もともとこのあたりの出身ではないのよね」

そして、トモエの考えることに、アイリスもこの場の事として。そして、トモエが心底悩んでいること、それを少し吐き出したからだろう。すっかりと食欲を満たすことを優先していた者たちにしても、話に乗ってくる。

「オユキさんは、確か妖魔と氷精、それから人でしたよね」
「カナリアさんに、そのあたり伝えていましたか」
「ああ、ようやく聞こえるようになったんですね。ええと、私たちはその根源迄ある程度見ることが出来ますから、種族についても」

最も、知識にある者だけですけどと、そうしてカナリアが苦笑い。

「珍しいとは思いますけど、確か始まりの町よりも少し南に行ったあたりにいませんでしたか」
「確か、あのあたりにいた妖魔種の集落は他に移っていたはずですよ」

そして、翼人種の二人が少しなどとのたまっているのだが、そもそも距離感についてはこれまで全く見ていない事を考えても、当てになるようなものでもない。トモエとしては、成程、常春の国とは聞いていたのだが、そうした種族も近くにいるのだなとそうして納得する程度。

「それに、妖魔と一口に言っても、獣人種と同じように多種多様ですから。オユキさんのように、氷に親しんでいる種となると」
「大陸の、それこそ北のほうにいませんでしたか」
「ああ、あの。あれらも私達とは相性が悪く、互いに益にならぬからとしていましたが」

さて、いよいよ困ったことに心当たりがあると、そんな返答が返ってくる。それこそ、この場にオユキが居れば興味を示したかもしれない。ただ、結果としてトモエと同じ判断を下すのは違いないのだが、それでも自分からとするには多少の心苦しさを覚えるには違いない。だからこそ、今この場では。

「その方々は、翼人種の方々と折り合いがつかないようですが、それではマリーア公爵の領で暮らすと決めている現状では」

そう。選択の時までは、その後もこちらに残ることになったとしてしばらくは。トモエとオユキに、今暮らしている場から動くつもりがない。

「そうした不和を起こすというのであれば、やはり私もオユキさんも望みはしませんとも」
「その、族長様から」
「私達種族は、生来抑えると言う事を好まないのですよ」

カナリアが、オユキにとって少しでも環境が良くなるようにとそんな話をしてみるのだが、生憎種族の長はいよいよ取り付く島もない。オユキにしても、こちらで獲得したらしい性質と、生前から変わらず持っている物。そのどちらもが、この翼人種という種族と徹底的に相容れないとその自覚はある。そこで、そんなオユキに同調しやすい者たちを集めてしまえば、今度はお前たちはいよいよとそういった話にもなってくる。麾下だと言い張って、色々と恩恵を得ている以上は、わざわざ不和の種を持ち込むというのもまた違う。今頃は、オユキもそうして己を納得させて、お披露目の前段階の準備に向かうとそう決めているだろう。

「オユキが望んで、いえ、それこそ適当に代表者らしきものを」
「あの、お願いですので、くれぐれも。くれぐれも、そのような無体はされませぬ様に」

それこそ、カナリアに対して頻繁に行っているように上空から襲撃をかけて、拉致をしてくる。そんな真似を平然としかねない相手に対して、トモエからはそれなり以上に強い口調で告げてみるのだが、どうにも反応があまり宜しくない。上の空という程ではないのだが、オユキの相手になりそうな人物、それを拉致してくる計画が間違いなくフスカとパロティアの間で着々と組まれているのだろう。こればかりは、オユキに話したうえで、改めてマリーア公爵にも報告をしなければならないと考えはするのだが。

「それに、今の言にもありましたが、大陸の北となるとマリーア公爵の領と言う訳では」
「あのあたりに、人の国がありましたか」
「同族の一部が確かあのあたりにいますので、観察できる物は何かあると思いますが」

思った以上に、随分と遠いらしいと、そこでトモエもようやく気が付く。

「あの、少しの距離をと、そのようにおっしゃっていますが」
「あなた達は、奇跡としての形が必要になるかもしれませんが、私たちにとっては当たり前の事です」
「ええと、カナリアさん」

そんな話はついぞ聞いたことが無いとばかりに、トモエがカナリアに話を振ってみるのだが。

「あの、族長様、私は初めてそんな話を聞くのですが」
「不勉強ですね。これから、きちんと種族としての魔術も学んでいくように」

フスカからものの見事に返されたカナリアが、食卓でするべきではない顔をしているのだが流石に、トモエは視線をそらして先ほどから何やら陰に徹している相手に。

「セラフィーナさんの部族についても、そのあたりなのでしたか」
「ええと、両親からは、それなりの距離のところには異なる種族がいたとは聞いているんですけど」
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