憧れの世界でもう一度

五味

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29章 豊かな実りを願い

なしくずし

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結局のところ、公爵家からの返答が全てではある。事実、アベルが話を通したと語った事が真実であり、確認に走った者からの返答が正しく届けられた。確かに、マリーア公爵家として追認したことなのだと。そして、報告を受けてからは実に速やかに話が纏まる。アイリスだけかと思いきや、セラフィーナだけをアベルの側に残すつもりがないようで。二人揃って、更にはユニエス公爵家から預けると言われた使用人達まで。総勢として数え上げれば、十に届こうかと言う人員が更にファンタズマ子爵家で生活をすることに。
オユキにしても、言いたいことがないでもないのだが、既に決まったのだからと。ただ、それでもと言えば良いのだろうか。

「食事は、二度に分けましょうか」

オユキからは、そういった折衷案と言うことすら難しい案を口にするしかない。口にするしかなかった。アイリスにとって、食肉を大量に摂取する必要があるのだと、オユキも理解している。ただ、オユキがどうしたところで受け付けないだけ。そして、アイリスもそうだが、オユキこそ早く体調を整えなければならない。近く予定されている祭り、そちらの主役では無いにせよ。

「わるいわね」
「やむを得ません。それが通る、この場で、互いに納得があるのだと」

そう、それを示しておくしかない。

「相も変わらず、オユキ、その方は」
「はい。どうにも」
「此方であれば、私としても多少の無理は通せるのだが」
「ユーフォリアの話では、私は基本が妖魔とのことですから」

そう。人ではない。発言形質として、人という形はとっているのだが、どうにもその辺りから厄介を抱えている。発言形質というのは、マテリアルの、物質としての器に過ぎない。より重要なのは、意味があるのは一体何に連なっているのか。見た目上混血、混種が存在できない世界。それをよしとするだけの仕組みは確かに存在している。
例えば、セシリアがそうであるように。
見た目は人と変わるところが、何もない。しかし種族由来の魔術、種族としての特徴は存分に振るうことができる。あの少女が、確かに実例として存在している。そんな不思議もこの世界にあるのだと、流していた怠慢とでも言うべきもの。今にして思えば、気がつく為の欠片などあちらこちらにあったと言うのに。

「幻想種、か。いや氷精らしい力を、そうではなかったか」
「それは、そうなのですが。正直、そちらにしても由来となったかつての逸話を思えば怪しく」

民話に登場する存在が、オユキの由来。トモエが、今のオユキの姿を作る時に間違いなく脳裏に浮かべたはずの物語。それを思えば、どちらがどちらとそうした話しにもなってくる。こちらに、そうした種族が存在しているのか、それすらオユキにとっては定かでない。仮に存在しているのだとしても、あまりに離れた地であるやも知れぬ。

「とすると、セラフィーナの心当たりが正解だったのかしら」
「おや、心当たりですか」

アイリスがそんな言葉をこぼせば、揃って視線が呼ばれた相手に向かう。ここまでの間、なるべく目立たぬように、意識を面倒だから引かないように、それらも含めてなのだろう。側仕えとして、粛々と振る舞っていた相手に動揺が走る。様子を見るに、彼女のほうでもオユキにたいしてなにかある様子でもある。つまりは、この場は、アイリスが行う必要のある祭り、それに集中するのだとして。手伝いをするのかと思えば、また違う考えでいる様子。

「あの、流石にあまりにもと思えば」
「と、言うよりもこの子の事は、今断わっても構わないわよ」
「確かに、義理があるのか、道理があるのかと言われれば不明ですが」

そう、アイリスについては、お互い様。互いに互いを巻き込んで。気がつくと、今のような関係に落ち着いている。しかし、セラフィーナは、アイリスからもそのように言われる始末。
念のためにと、オユキがアベルに視線を投げてみれば、こちらは心当たりがないとその様子。ならば、いまここで聞くような話でもない。オユキはそう考えたうえで、一先ずの処遇を決める。ここに至っては、最早色々どうにもならぬとばかりに。アイリス用に一室を。というよりも、マリーア公爵からこの屋敷を与えられて暫くの間、アイリスにしても暮らしていたのだ。まさに勝手知ったるといった様子。

「セラフィーナさん用の部屋は、どうしましょうか」

問題としては、これまではアイリスの付属として扱えばよかった相手。今は、言ってしまえば公爵その人の側室、とでも言うべきだろうか。色々と、扱いを考えなければいけない相手でもある。よくわからぬと、トモエとオユキが揃ってアベルを見れば、彼に由有ること。ただ、ため息一つと共に更に一室とそういった運びになる。
今回、荷物がやけに多い理由。それは、このセラフィーナが、ファンタズマ子爵家に新しくという部分も含めてらしい。

「一応お伝えしておきますが、当家は宿ではないのです」
「わかっているのだがな。正直、都合が良いのだ、この家は」
「言い分は理解もできますが、だからといって」
「それも理解はしているとも。だからこそ、事前にマリーア公に話も通している」

アベルにたいして、オユキが。オユキにとって、家とは即ちトモエと暮らす場。それ以外が混ざるのならば、やはり意識は確実に職場だという考えに傾いていく。オユキ自身、良くない考えだと理解はしている。こちらでは難しいと、配慮は得られるのだが、それ以上は無いのだから。その辺りは、周囲に対して不平を並べるのではなく、オユキ自身で己を修正すべきとは理解がある。だが、自覚があろうとも。

「やむを得ません」

そして、最終的な判断はやはりトモエが。どういった流れが用意されるのか、黙して只聴いていたトモエが終には口を開く。オユキとアベルが、アイリスが会話をしているように見せながら、トモエの説得を行っていたのは理解している。そして、この場で納得ができていない、いや不服が有るのはどうやらトモエだけであるらしい。ならば、折れるのが、ここは良いのだろうと考えて。

「ですが、条件はつけさせて頂いても」
「聞くだけ、に、私はなるだろがな」
「アイリスさん相手であれば、その時々で問題ありませんから」

トモエはオユキと違って、アイリスにいよいよ遠慮は無いのだから。オユキから見れば、同類。だが、トモエから見ればアイリスはオユキとにた相手。オユキはトモエにとっての大事だか、アイリスはそうではない。相応に、雑な扱いをトモエは平然と行う。

「先ほども俎上に上がりましたが、オユキさんは現在療養が必要です」
「ああ、その理解は無論」
「そして、食事の量が減って良いことなど、一つもありません」

只でさえ、平素から不足しているように見えるのだから。常よりも気をつけて、それでも最低限はとらなければならない今は、アイリスと食事の席を共にするのはやはり難しい。やむなくトモエは当初付き合えるからと、オユキを先に戻すことを考えたのだかが。

「同じ場所で、屋敷で暮らしているからとなにもらしい事をする必要はないでしよう」

ただ、相手が無理をまずは言ってきたのだ。ならば、トモエが条件を押し込んでも構いはしない。オユキは流石にと、そんな視線をトモエに向けている。だが、トモエも信頼している相手、間違いなくトモエ同様にオユキを大事に考える相手からの視線が分かりやすく。ユーフォリアがオユキについているのは、正直なところ。こうした場面で、トモエにどう振る舞うのが良いのか、何処まででやめるべきなのか、それを伝えるため。事と次第によっては、トモエとユーフォリアが揃っていれば、オユキの替わりができるのだ。寧ろオユキ一人よりも、優れた判断とてものによっては行える。二人揃って及ばぬところがある、その事実はやはりユーフォリアもトモエも思うところがあるが。

「魔国で、そうあったように。こちらでも」
「しかしだな、トモエ卿。魔国でそのように振る舞えたのは、国外であり」

トモエにしても、隣国での状況が特別だと言うことはわかるだろうと、アベルが。

「国内に於いて、他国の要人が庇護さきを変える。それが、軽いことだと」
「いや、それは」
「ユニエス公爵家の瑕疵としない、そのやり口位は理解もできます」

ここは神国、ファンタズマ子爵家として与えられている屋敷ではある。だが、王都の屋敷だからこそ他にも使用人は存在する。特に、カリンやヴィルヘルミナ、アルノーといった異邦人を多く抱えてもいる家だ。つまらぬ勘繰りなど、それこそいくらでもある。トモエで理解が及ぶ範囲でもそれ程なのだ。ならば、ユーフォリアが、オユキが把握しているものがどれ程か。

「他にも、ええ、気にしなければならないつまらぬこと。それらも確かに多いのでしょう」

既に決めたことだと語るトモエの様子に、オユキはやはり苦く笑って。
本当にギリギリの線をトモエは見抜くのだなと。

「重要なのは、祭りでしょう。それには、必要なものがあるわけです。無視をして、意味もなく負荷ばかりを」
「トモエ卿の言い分は、私は理解がある」
「ならば、十分でしょう。ユニエス、アルゼオ、マリーア。四家のうち三つから賛同がある。それ以上に、何を」
「貴族家というのは、他にも」

トモエは口にしていないのだが、残る一つのクレリー家にしても今回の事がうまく行かなければ、家がなくなる。その程度の理解はあるはずなのだ。だからこそ、祭りの一部どころではなく、恙無く祭りを行うために必要だと話せば彼女も必ず頷くだろう。

「他に対して話しを、それができぬ相手に庇護を求めたつもりはありません」

アベルは如何に現当主とはいえ、長くマリーア公爵領にいたのだ。本人の影響力が、不足している。その負担をファンタズマ子爵家に、マリーア公爵家に肩代わりを願っているに過ぎない。そして、トモエはそんな理由で、己の比翼に過剰を押し付けることをよしとしない。これまでであれば、トモエには解らぬ理屈があり、オユキの説得、あとからの説明に任せもした。だが、今は違う。トモエの不足を間違いなく補ってくれる、ユーフォリアがいるのだから。かつての相手を待っていたのは、なにもオユキばかりではないのだから。
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