憧れの世界でもう一度

五味

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29章 豊かな実りを願い

語らいの後には

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四阿での語らいの後には、トモエのほうでも未だに方針が決めきれぬからと一先ずはここまでのようにと決めて。鍛錬を、それこそ常と比べれば、過去と比べてもオユキが仕事をしている頃よりはましと、そんな時間行って。久しぶりに、存分にとは言えないが、体を動かしたからだろう。オユキは、やはりしっかりと満足げに。ここまでの間随分とため込んでいた不満を解消出来た様子でいる。反面、トモエにとっては考えるべきことが生まれたために、そうでは無く。

「珍しい、様子ですね」
「その、私がうっかりとと言いましょうか」

そして、夕食の席には、事前に連絡があった公爵夫人その人が同席している。そして、珍しくといえば語弊はあるのだが悩むトモエの様子に何事かと。それこそ、オユキの様子の確認、今後の予定も含めて。そのために、トモエに対してわずかな期待も、オユキの様子を周囲に伝える魔術をある程度以上は期待しての事なのだろう。だが、トモエのほうでは他に意識をとられているため、それも行えていない。普段であれば、オユキの事をトモエに確認を取ってはいるのだが、今は逆。

「改めて、印状ですね、それを目指したいと伝えたこともありまして」
「その、以前から聞こうとは考えていましたが、確か弟子をとるのに必要とされている証、でしたか」
「師範の代理を名乗れる、要は代わりに様子を見ることが出来るとそうした物でしかありませんが」

印状を持つ身では、叶うのは目録の伝授迄。己と同格である、印可を与えるかどうかの判断は、やはり許されていない。印状と皆伝の証は、やはりそこに大きな断絶がある。公爵夫人から、それはどうだろうかと、そんな視線を送られはするのだが、オユキでも流石にそれは望みすぎだと考えている。トモエは、もしかしたら喜ぶだろうかと考えはするのだが、トモエを超えるための道は、並んで歩くための道は其処にはないのだとそんな思いもオユキにはある。

「さて、お話があるとか」
「ええ。トモエとの間の事は、よく話しておくと良いでしょう。私からは、それ以上はありません」

一先ず、公爵夫人がそうどこか呆れる様に零して。

「ユニエス公爵家から、当家に対してオユキとの面会を求めると」
「アベルさんと、アイリスさんですか」
「ええ。話の内容にしても、一つは祭りに関する事」
「一つとなると、他は簡単な共有と、神殿に向かうときにでしょうか」

オユキが思い当たる事として、真っ先に出てくるものを。トモエとオユキの所属するマリーア公爵に通してとなるのならばと。口に出してみれば、公爵夫人が頷いたうえで更に付け加える。

「これまでの事に対する、礼品もと」
「それは、いえ、確かに始まりの町でそのように」
「どうにも、互いに忙しく後に回していた、それも併せての」
「ああ」

そういえば、始まりの町でアイリスと暮らすことを受け入れた、その事実に対してアベルが補填するという話があったなと。それを思い出して、オユキが口にすればそれだけでは無いと公爵夫人が告げる。要は、武国への配慮とでもいうべき、魔国へ向かう前にと行った事。アベルの頼みに、彼の頼みに応える形で行った事。それに対する礼品と言うのも、当然用意があるのだという事らしい。ただ、オユキとしては、それについては寧ろ公爵家に引き取って欲しいとも考えているのだ。アベルから、そうした物を受け取ってしまえば、明らかに一子爵家としては過剰となる。王都にも、正直なところそこまで長く滞在するつもりがないからとそこまで広い屋敷ではないのだ。勿論、過去の世界と比べれば冗談じみた広さは持っている。そもそも、使用人たちと、護衛たち。二十を超えるような人員で切り盛りしなければならないような、そんな屋敷だ。だが、それでも方々から持ち込まれる品を保管しておくには広さが足りない。蔵でも建てようか、そんな話が出るほどには庭も広くはあるのだが。

「言いたい事はわかります。実際の流れとしては、そうなるのでしょうが」
「一部は、と、そういう事ですか」

確かに、一先ずはオユキが、ファンタズマ子爵家の巫女が、マリーア公爵家の庇護を受けていることを示すためにも、そうした手続きは必要になる。お礼の一つを渡すにしても、まずはマリーア公爵家に。それをきちんと外に示さなければならない。今後も、とかく面倒な事を引き取ってもらうためには。そして、得られた礼品の内所謂本命を改めてとなる。マリーア公爵にしても、当然ファンタズマ子爵家への礼品だと言われている物、特にこれはと間違いなく言われるだ折るものについては、やはり渡さざるを得ないのだ。

「つまりは、ユニエス公爵家から、マリーア公爵家に礼品として纏めて」
「ええ。そこで、特定の物を指してファンタズマ子爵が、確か好んでいたと聞いている。そういった話をするわけです」
「その、明日にはと言う事は」

まるで、既にあったことのように語るものだ。オユキが、少し不思議に思って口にすれば、公爵夫人は頷きをもって答えとする。要は、アベルとの話し合いは既に終わっているのだと。さもなければ、こうして公爵夫人が自ら予定を告げに来るはずもない。考えれば、分かる事であるには違いない。では、何故オユキがそうしていちいち確認をしているのかと言えば改めてユーフォリアに情報の共有をしているに過ぎない。
夕食の席、アルノーの用意したコース料理にそれぞれが手を付けながら。そして、オユキの後ろにはシェリアとユーフォリアが控えている。トモエのほうには、ナザレアとラズリアが。公爵夫人にしても、紹介された事は無いのだがこれまでにも何度となく顔を合わせている相手。

「豊穣祭まで、あと十二日。つまり、雨乞いでしたか、それを行うまでは十一日」
「その理解は、一応あるにはありましたが」

では、何故と。やはりオユキとしても、そう考えるところがある。正直、木材の切り出しの段から、ファンタズマ子爵家に要請があると考えていた。王都で行う以上は、木材にしてもただ切って終わりと言うのも難しかろうと。クレリー家にも送らなければならないのだ。どの程度の距離があるかは分からない。だが、現状水路がない以上は、やはりそちらにもまずは供出しなければならないはずではある。

「何を考えているのか、流石にトモエほどの理解はできませんが」
「ああ、これは失礼を」
「あの、トモエさん」

公爵夫人が、何やらあれこれと考え始めたオユキの様子に気が付き、トモエに軽く催促を行う。オユキがそうするように、トモエとしても己でやはり考えたいことがあると言う事なのだろう。勿論、公爵夫人がこの場から己の屋敷に戻った折にはオユキに対して話と言えばいいのだろうか。トモエの考えていたことと言うのを、話して整理する二人の時間が求められるのだろうが。今は、要はトモエの中で少し固めたいことがあるのだと。こちらに来てから、改めてトモエも向き合うべき時に来ている。以前にも、こちらで、かつての世界でとしたものではない、何か名前を変えた流派をとそんな事を互いに話したこともある。そして、殊の外、トモエの中でそちらに考えが傾いたこともある。
今、オユキに伝えていること、オユキに教えていること。それにしても、どちらかと言えば、こちらの世界に合わせた物になっているのだ。オユキの体躯は、確かにこちらの世界で狩猟に出ている者達。今現在の狩猟者に比べてみれば、平均値を大きく下回っている。だが、底上げと言う部分を考えたときに必要になるのは、寧ろオユキ程度の体躯でも可能な事。それも、習得までの時間が短ければ、尚の事よい。そこから先は、加護がある。散々に否定をしている事はあるのだが、それでも助けになるには違いないといった理解はある。
故に、重きを置かなければならないのは、トモエが過去にあまり重要視していなかった精神修養の部分。
そちらについては、トモエよりもオユキの得意分野と言う自覚ははっきりとあるのだ。

「さて、オユキ」
「その、何を不思議に思っているのかと言われれば、ですね」

そして、トモエが魔術を起動したらしいと言う事が、オユキ以外の者たちの様子から分かる。ユーフォリアについては、いよいよそんなものがなくとも、トモエとほとんど変わらない精度で理解ができる。やむなくと言う事でも無いのだが、ユーフォリアに対して聞かせるのは、流石にどうかと思いながらもオユキの感じる疑問を公爵夫人に向けて尋ねる。

「そのことですか。貴女に言えば、また、いらぬ心労になるかと考えていましたが」
「と言う事は、また、ですか」

心労と言われて、思い当たることなど一つしかないとオユキが少々辟易とした部分を隠さぬそぶりを見せてみれば、しかし公爵夫人は首を振る。

「貴女の依頼、そのうちの一つを使う形で」
「依頼、ああ、確かにそのような事もありましたか」

確かに、思い返してみればトモエが不安に思っているからこそ、纏めてそうしたことも頼んだ記憶はある。施しを、そのために必要な財貨は、正直大量にあるのだから。

「貴女の事だから、理解しての振る舞いなのでしょうが」
「都合の良い家だと、そうした理解は一応あるのですが」
「本来であれば、そのあたりも含めてゲラルドをとリース伯と話したのですが」
「そちらは、流石にメイ様から取り上げるのはあまりにも」

オユキが、あまりにも哀れなといえばいいのだろうか。ケレスが差さえなければまずいと、そう考えるほどの仕事を与えられているあの少女に。呼び出されては、顔を出すたびにしっかりと疲労が隠せていない様子の代官屋敷の者たちに。ファンタズマ子爵家として、正直さほど急ぐ事は無いのだから待たせればよいと、そう考えてゲラルドをあの少女に返すこととした。それでも、あの始まりの町程度の規模でも、かなり手に余る事だろう。規模が小さかろうと、あの町はあまりに特殊なのだから。

「ありがたい事では、あるのですが」
「今は、こうして古なじみを返していただけていますから。少なくとも、日程の調整は」
「であれば、一先ず良しとしておきましょうか」

つまりは、公爵夫人としても今度は神殿を使っての挙式に向けて色々とやらなければならないことが出てくると言う事でもあるらしい。つまるところ、この場はこうして主人たちが会話をする背後で、使用人たちの面通しもというのが趣旨であるらしい。

「貴女、そのあたりは」
「ええ」

そう、こうした部分は言われねば理解が及ばぬのがオユキだ。
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