憧れの世界でもう一度

五味

文字の大きさ
上 下
968 / 1,235
29章 豊かな実りを願い

相も変わらず

しおりを挟む
「アイリスさん、それは流石に諦めて頂くしか」
「あら、そうでも無いと思うのだけれど」

公爵夫人から、今後の予定の確認と言う名の、一先ず決まっている予定の共有が終わり。夜半には悩むトモエとの話し合いを終えて翌日。ユニエス公爵家から、正式にアベルが訪れることもあって、ファンタズマ子爵家一同迎える体制をとったまではよかった。勿論、顔見知りではあるし、これまでも度々一つ屋根の下で暮らしていたことのある相手。気安さはあれど、正式な手続きの下に向かってきた以上はやはり公爵として遇さねばならぬ。それが礼節という物でもある、そう考えての事ではあった。
トモエが今も侍女たちの指揮を執って、家の中で準備を整えている。最も、詳細はあくまで侍女たちに任せた上でトモエが行っているのは簡単な方針の提示でしかないのだが、オユキが扉の外に迎えに出ている以上はうちにも責任者が必要となる以上は。屋敷の門前、各公爵家は優先して配布されているのだろう新しい馬車、明らかに降ろされる積み荷と外観が一致しないため実に分かりやすい馬車が付けられ。そこから、公爵夫人から聞いた内容よりも、少々過剰な量と思える荷物が降ろされるのを見て、オユキは思わず首を傾げた。そして、何やら疲れた様子のアベルとセラフィーナが連れ立って居りてきた時点で、疑念がはっきりとよぎった。挙句の果てには、何やらすまし顔のアイリスが馬車から降りてきたことで確信に。その時点で、責めるような視線が、シェリアからアベルに向けられてはいたのだが、オユキが確認するべきは彼では無いとアイリスに声をかけてみたのだが、どうやらけむに巻くつもりであるらしい。

「アベル様の同意は、勝ち得ている様子ではありますが」
「ええ、ならば、わかりますねファンタズマ子爵家当主、オユキ」
「公爵夫人からは、昨夜何も伺っていないのですが」

オユキが、アベルに一応は軽傷を付けたからだろう。当主なのだから、役職をつけて呼ぶのが正しくはあるのだがそれが許されるくらいの物は、互いに既に積み上げているだろうと。何よりも、今も着々と降ろされる積み荷、明らかにアイリスがこちらに引っ越す気だと分かる荷物たち。それらを見ていると、どうにもこのアベルと言う人物に釘を刺したいというよりも。

「一応、伝えはしたのだがな」
「冗談と捕らえる、事は無いでしょう。となると、公爵夫人にしても判断に迷ったと言う事ですか」

事前の連絡が全くなかった、それは流石にどうなのだろうか。一応は、間に一つ国を挟んでいるとはいえ、一国の姫と扱わなければならない人物だ。そんな人員を、何故一子爵家にと、そんな疑問はある。そして、あのマリーア公爵が認めるだけのと言うよりもオユキに伝えぬ様にとするだけの判断が働いた理由は。オユキが、そうしたことを考えながらも、アベルに向けて。

「で、あればとは思いますが」
「実利的な部分もある、そう言われてしまえばな」
「一応、当家にはトモエさんもいるのですが」

確かに、性別と言う面では、圧倒的に偏っているファンタズマ子爵家ではある。勿論、護衛としてつけられている騎士のほとんどが男性。総数で見れば、確かに女性陣が少し多いとそうなる程度なのだが、実際の屋敷の中では、ほとんどが女性だ。今は、カリンにヴィルヘルミナとて同じ屋敷で暮らしている。そして、それぞれに身の回りを見る人間が付いている。屋敷の中で明確に仕事を持つ人員で、男性なのはアルノーと彼の抱える丁稚のうち二人ほど。あとは、この屋敷で、主人がおらぬ間にも管理の為に置かれる人員の為に料理を提供する者達くらい。如何に数が少ないとはいえ、確かにそうしたことを勘ぐる者たちに餌を与えることになるのだと。

「わかってはいるのだがな」

そして、そうしたうわさが出たときに、そんなつまらぬことを言い出した者たちにオユキが向けてしまう感情がどのような物か。既に周囲に気が付いている物も多いだろう、今もはっきりと不機嫌を隠せもしないオユキ。アイリスにも、勿論そうした物がしっかりとむけられてはいるのだが。

「始まりの町であれば、まだしも。ここ王都でも、ですか」

そう、始まりの町であれば、あの、長閑な町であれば。勿論、時折訪れる他から来る貴族たちもいるにはいる。だが、そうした相手に対しては言い訳として使える物が存在している。要は、アベルが、ユニエス公爵も同じ屋敷に暮らしているのだからと。だが、こちらではそうもいくまいと。アベルが、露骨な時間稼ぎを、要は荷物を全部降ろしてしまえば運ばざるを得ないだろうと、そんな様子を見せている。それに対しても、オユキとしてはらしくないやりようだとそんな事を。

「アイリスからの、強い要望でな」
「アイリスさん」

ユニエス公爵家は、アイリスが、他国から訪れた客人を持て成すことが出来ない。満足いくだけの、環境が提供できない。それを外に知らせるような真似を、何故するのかとオユキが口に出さずに問うてみれば。

「カナリアの手を、借りたいのよ」
「カナリアさん、ですか」
「他の翼人種では難しい、と言う事もないのでしょうけどユニエス公爵家にも、私にも伝手が今のところないのよ」
「それは、いえ、確かにそうなりますか」

確かに、今度の祭りの主役はカナリアとアイリスには違いない。特に、今回ある大きな祭りと言うのは豊穣祭。豊かな実りを願って、確かな実りを願って神々にと言う祭りなのだ。ならば、王都にも豊穣の加護を与えたアイリスが、助祭として、今後は司祭として雨乞い、降雨の祭りを執り行うカナリアにと言うのは理解もできる。他の翼人種にしても、行えない事は無いのだろうが、水と癒しの奇跡を持つカナリアはやはり少々特別だ。アイリスの言い分は、確かにわかる。それが必要なのだと、そうアイリスが言い出す気持ちも分かる。

「ですが、言われればカナリアさんをとすることも」
「それなのだがな」

カナリアに頼んで、ユニエス公爵家に向かってもらっても構わなかったのだ。

「それが色々と難しくてな」
「難しい、ですか」
「その方が、あの者に預けた物が多すぎる」
「いえ、そのあたりは、それこそ」

そう、マリーア公爵が間違いなく法と裁きの介在を得る形でなh荷が鹿の手は打っているはずなのだ。確かに、短杖、馬車、門の行先を切り替える。それから、恐らく残っているあと二つ。それらの魔術の全てを、カナリアは手に入れている。なんとなればそれぞれの魔術文字を使って、さらなるものを。他にも色々とできるだろうと考えて、日々研究に打ち込んでいる。神国に戻ってからは、銀をいくらでも使っても良いとその環境が改めて提供されているからだろうか。いよいよ、オユキと共に机に並んで魔道具を作る時間以外は食事時にも陸に顔を合わせることがないほどだ。彼女の面倒を見ているイリアにしても、メリルにしても手のつけようが無いと言わんばかり。両者ともに、すっかりとあきれた様子でいつもの事だと言い出す始末。そんな相手に、ユニエス公爵家に出向けといえば抵抗はされるかもしれないのだが、今の研究環境をそっくりそのまま運ぶといえば、抵抗も無いだろうとオユキは同じ穴の狢として考えてはいる。

「流石に、私としても」
「それは、いえ、そういう事もありますか」

確かに、セラフィーナにカナリアにと。家から陸に外に出ない者たちを囲っているのだと、そう見える形になる事はアベルにしても飲めないと言う事なのだろう。

「その、アイリスさんとのことは」
「内々には決まっている、そのはずよ」
「その方が、きちんと国元に連絡を取っていたのならばな」
「あの、アイリスさん」

そもそも、アベルとアイリスの間では、既に決まっていることがある。ならば、それをまずは公表して。トモエとオユキがそうしているように。だが、アベルの言では、それも今は難しいという事らしい。それも、アイリスに原因がある物として。アベルにしても、かなり難しい立場であることには違いない。だが、それでも先に進むためにと色々と手を打っているらしい。随分と前向きになったものだと、喜ばしく思う反面。

「一応、話はしているのよ」

そして、アイリスとしては一応そうしたことも行ってはいるのだと。ただ、重々しい溜息が、どうにも。

「私が婚姻、その、形の上であればまず問題ないのよ」
「ええと、形の上で、ですか」

これはまた、よく分からぬ話をとオユキは首をかしげるしかない。

「そのあたりは、私たちの種族の習慣だから色々と分からぬものもあるのでしょうが、何よりも祖霊様に認められなければならないのよね」
「それは、あの、かなり難しいのでは」

正直なところ、アイリスの祖霊に認められよというのは、かなり難しい。始まりの町で加護を願ったときにしても、それを超えられる範囲でとされたうえでも、かなりの、限界までの譲歩の上でようやく一筋の傷をつけただけ。これが、お気に入りの相手をよこせとそういう話になった時に、一体どれほどの物がそこにあるのかが分からない。

「アベルさんは、トモエさんが言うには前回はともかく」
「そう、なのよね」

陽炎に惑わされ、守りこそできはしたのだが攻撃が一切届くことが無かった。

「私に責があると、そのような風だな、その方ら」
「はい」

珍しくといえばいいのだろうか。オユキとアイリスの返答が異口同音に揃う。はっきりと、アベルの能力に不安があるのだから。

「以前、獅子の部族の方に対して、非常にわかりやすい一件もありましたから」

そう、祖霊が認めた、それ以上の事はいらないのだ。獣の特徴を持つ者たちにとっては。いや、花精にしても、どうやらそれに近しい物はあると、そう思い知らされたこともある。要は、そうした存在に、こちらには確かに存在する柱の数々。それらが与える試練、それを乗り越えた物に。試練を与える、それも愛情を示す一つの形とでもいえばいいのだろうか。

「ただ、どういえばいいのでしょうか」

オユキとしては、そのようなあり方に少々疑問とでもいえばいいのだろうか、思う所がある。

「なんと言いますか、不便と言いますか」

どうにも、オユキとしてはあまりに経験が不足しているために言語化も難しいのだが、面倒なとそう感じる物なのだ。だが、そんな感情が正しく伝わっているからだろう。周囲から揃って、一体お前がその様な事を言えたものかとそんな視線が寄せられる。だが、いよいよもってオユキにその心当たりはないのだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

称号は神を土下座させた男。

春志乃
ファンタジー
「真尋くん! その人、そんなんだけど一応神様だよ! 偉い人なんだよ!」 「知るか。俺は常識を持ち合わせないクズにかける慈悲を持ち合わせてない。それにどうやら俺は死んだらしいのだから、刑務所も警察も法も無い。今ここでこいつを殺そうが生かそうが俺の自由だ。あいつが居ないなら地獄に落ちても同じだ。なあ、そうだろう? ティーンクトゥス」 「す、す、す、す、す、すみませんでしたあぁあああああああ!」 これは、馬鹿だけど憎み切れない神様ティーンクトゥスの為に剣と魔法、そして魔獣たちの息づくアーテル王国でチートが過ぎる男子高校生・水無月真尋が無自覚チートの親友・鈴木一路と共に神様の為と言いながら好き勝手に生きていく物語。 主人公は一途に幼馴染(女性)を想い続けます。話はゆっくり進んでいきます。 ※教会、神父、などが出てきますが実在するものとは一切関係ありません。 ※対応できない可能性がありますので、誤字脱字報告は不要です。 ※無断転載は厳に禁じます

転生したら神だった。どうすんの?

埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの? 人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

異世界でのんびり暮らしたい!?

日向墨虎
ファンタジー
前世は孫もいるおばちゃんが剣と魔法の異世界に転生した。しかも男の子。侯爵家の三男として成長していく。家族や周りの人たちが大好きでとても大切に思っている。家族も彼を溺愛している。なんにでも興味を持ち、改造したり創造したり、貴族社会の陰謀や事件に巻き込まれたりとやたらと忙しい。学校で仲間ができたり、冒険したりと本人はゆっくり暮らしたいのに・・・無理なのかなぁ?

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

お前じゃないと、追い出されたが最強に成りました。ざまぁ~見ろ(笑)

いくみ
ファンタジー
お前じゃないと、追い出されたので楽しく復讐させて貰いますね。実は転生者で今世紀では貴族出身、前世の記憶が在る、今まで能力を隠して居たがもう我慢しなくて良いな、開き直った男が楽しくパーティーメンバーに復讐していく物語。 --------- 掲載は不定期になります。 追記 「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。 お知らせ カクヨム様でも掲載中です。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

オタクおばさん転生する

ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。 天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。 投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)

処理中です...