憧れの世界でもう一度

五味

文字の大きさ
上 下
900 / 1,214
26章 魔国へ

トモエが先に

しおりを挟む
「確かに、見覚えがありますね」
「ええ。そうでしょうとも」

外での狩りを終えて、トモエたちが屋敷に戻ってくることとなった。それに対して、オユキが急に持ち込まれた話に対して対応を行っているところであった。そうなったときに、一体この者たちは何事かと彼らが取り囲まれるような形になったため、オユキから簡単に事の経緯を説明して。生憎と、トモエとアイリスの護衛についていた騎士たちにしても、そうした事実だけは覚えがあるのだがそこにいた者たちに対して面識があるのかと言われれば難しいとそう言った話。やはり、そこには現実として距離が遠かったのだと問題が出てくる。それに対して今更文句などいえるはずもなく、心当たりがあったらしいミリアムが王城から戻ってくるのを待つこととなった。

「言われてみれば、と言う所ですね」
「ええ、両親は狩猟者であったとそう聞いてもいますから」

そして、戻ってきたトモエが見覚えがあると言った相手にしても。オユキが、この人物の話であれば聞いてみたいとそう考えた相手に関して。言ってみれば、良くパウに似ていたのだ。目鼻顔立ち、それだけでなく纏う雰囲気にしてもどことなく。血縁だと言われれば、納得してしまうほどに。名前を出さなかったのは、そこで相手が急ぐようなことになっても困るから。そして、相手が言い出さないのであれば、やはりオユキとしてもそれをしにくかったというのもある。

「オユキさん」
「やむを得ない事と、そう言っても」
「いえ、判断の理由は分かりますが」

ミリアムであればまだしも、パウの名前を口にして。万が一、よく似た相手からそうだと名乗られてしまえば。

「オユキさんであれば、そこで対応をしないという選択肢がなくなってしまいますものね」
「ええ。我ながら、難儀だとは思いますが」
「そのあたりで、甘えないというのは得難い資質であるとは思いますよ」

そして、トモエにはしっかりと見抜かれているものであるらしい。もしも、パウの名前を出して、そこで反応されるようなことがあれば。やはりオユキとしてはもうそこで無理なのだ。見捨てると言う事は、手を貸さないと言う事は。ただでさえ、ここまでの道中、それが演技でないということくらいはわかる。悪意ある物の気配を感じることも無い。雇われた、ひも付きである可能性は否定しきれないのだが、仮にそうだとしても神国に戻りたいなどと口にする相手。一度運んでしまえば、そこから先はいくらでもやりようがある。だが、それは結果としてより一層の面倒を持ち込むことにもなる。

「さて、後はミリアムさんに任せることになります」
「そうですか。なら、後は待つだけですね」

では、今こうしてオユキは客間で何をしているのだろうか。トモエはそんなことを少し考える。

「流石に、誰かが常にいるべきではありますから」
「それこそ、侍女もいますし、門前には案内を頼める方もいるはずですが」
「生憎と、私が私室に入ってしまえば、それも難しくなりますから」

今のオユキが私室に居れば、間違いなく休めとばかりに簪を外される。それだけで、もはや自分の足で歩き回ることが出来なくなるのだから、そこにシェリアやタルヤが人を通す訳も無い。そうしたことは、トモエもわかっていると言えばいいのか、寧ろトモエも許さない側であるため一つ頷いて。

「では、私もこちらで少し待つこととしましょうか」
「そうですね。ミリアムさんがいつ戻ってくるかは分かりませんが、カナリアさんはそろそろかと思うのですが」
「そういえば、フスカ様に連れまわされて、今度ばかりはかなりの様子でしたね」

そのフスカにしても、こちらに来たと思えばまたどこかにふらりと飛んで行った。必要な時には間違いなくいるあたり、どうした仕組なのかと疑念も持つ。要は、オユキの知らぬ何かを存分に使っている。風を通じて、離れた場所とも会話が可能だという以上、この世界に常に風が吹いているようには特に感じはしないのだが、そうしたこともできるのだろうと。ただ、この世界に風が吹いているのかと言われれば、感じるのは時折吹くそよ風程度。肌を軽くなでる程度の物は、確かに稀に感じるのだが、基本は無風。己が動くことで、それらしいものは起こせる。以前に、フスカが力を使ったときには炎熱の影響としてそれが巻き起こったこともある。フスカの祖に話をしたときに、雨乞いと言えばいいのだろうか。野焼きをした時に、相応の確率で降らせることもできるらしいというのは、言われたこともある。

「試して、みましょうか」
「何をでしょうか」

オユキが、思う所をあれこれと考えている間、トモエはただタルヤがゆったりとした動きでお茶の用意するのを、ただのんびりと待っていた。かつてであれば、オユキが思考に沈んだ時には、トモエがそうしていたものだが生憎とこちらの茶葉と言うのが過去の物とかなり違う。以前に一度、それこそ過去に慣れた方法で入れてみたときにはなかなかひどい仕上がりになったのだ。そもそも、トモエとしては、青い茶葉にお湯を注いでみれば、その液体が赤く染まっていくというのが理解できない。これまで親しんだものは、基本的に茶葉の色と出てくる色は同じであったのだ。煮だすなどと言う方法もあるにはあるのだが、それを行っている素振りも無い。いつかは、等と考えながらも、なかなかその機会が無いというのも難しい。

「雨を降らせてみようかと」
「以前、そういえば翼人種の祖霊様に言われましたね」
「ええ。次の豊穣祭の時にでもと考えていましたが、生憎と」
「確かに、機会は逃しますか」

そう。魔国で半年も過ごすというのであれば、そちらに神国で参加することは叶わない。ならば、いっそこちらで。オユキは今のところは、それが妥当と考えているようではある。トモエとしても、どういった思考からそこに行きついた窯では分からないが、こうして口に出した以上はと、これまでの事でわかる物もある。

「ただ、どうでしょうか。こちらは随分と乾燥していますし」
「そう、ですね。問題はそれです。近くに大河があり、しかして、王都の周辺は」
「かつての世界でいえば、オーストラリアの北部ですか、そちらに近しいのではないかと」
「熱帯とステップ、その間にあるような気候、サヴァナ気候でしたか」

オユキの記憶では、そちらは季節に応じて雨季と乾季が非常にはっきりとしていたはずなのだ。こちらの現状。乾いた大地、草も生えていない王都周辺。どうにも、砂漠化しているのかと思えば、アイリスの祖霊の加護を受けて、王都の中ではそういった状況でもなくなっている。

「一度、土から煮出してみますか」
「確かに、原因の一部ではありますが今度はそうした様相でもありません。どちらかと言えば、砂漠化した土地の持つ作用としてそういった物があると言いますか」
「となると、水を撒いてもとなりますか」
「近くに大河があり、そちらが淡水、いえ、試したわけではありませんね、そういえば」

トモエが、思いつくいくつかを話せば、オユキはまた己の思考に沈んでいく。その様子を、トモエはただいつもの事と見ながらも、そうできるだけの余裕は生まれてきたのだなとほほえましく思う。オユキは、これまであくまでトモエの為にと動いていた。今こうしていることは、それこそこの世界に対し、トモエが少しでも好ましく思う様にと考えての事であるには違いない。だが、それでも、色々と試してみたいことを行っていこうと、その程度には前向きになれてはいる様子。ならば、こうしているのも悪くないだろう。オユキは、殊更そうした時間を楽しむこともある。書籍にしても、神国ではどちらかと言えばオユキがそこまで興味のない内容が多く。

「試したとして、すぐに思いつくものは以前にも話した水害ですか」
「こちらは、そうですね。始まりの町とは違って、近くに大河もありますが」
「水と癒しがない、月と安息がない。それがどちらに働くか。いえ、紙を多くと、本をと考えるからこそ遠ざけているのでしょうか」

トモエとしては、オユキの思考がすっかりと固まっているのは明白だ。今こうして口にしていることと言うのが、そのまま外に対する言い訳。他を説得するために、万が一が無いようにと思いつくものを並べているだけに過ぎない。トモエにしてみれば、そんなものは一先ず置いて、とりあえず試してみればよいとしか思わない。オユキが今考えているk十は、やはりかつての世界をもとにしてあれこれと予測を積み重ねている。しかし、こちらではそんなものは考えるだけ無駄ではないかと、トモエとしてはすっかりと諦めている。
神々の気まぐれとも言い切れないのだが、物理法則など宇宙によって違うとかつて読んだ本に書いてあった。それが専門的な物ではなく、空想科学であったことは事実であり、かつてのオユキはむしろ専門的な書籍を多く読んでいたからと言うのもあるにはある。だが、この世界はどうなのだろうか。

「トモエさんは」
「試す方が早いと、私はそう考えていますよ」
「不安は」
「オユキさん、こちらの世界では、神々が明確な力を持っています」

だから、こうして求められたときに、トモエはそれにただ己の思う所を応えるのだ。
そうしてみれば、これまでの沈思黙考の結果、己が試そうとすることの結果。被害を許容できぬと考えるオユキだからこそ、試してみたいと考えていたはずが周囲からの反応をその帰結を想定するうちに自分が説得されてしまっている。ならば、こちらの世界で絶大である存在を、容赦なく使えばいいではないかと、トモエからはそう応えるだけ。

「それも、一つ、ですか」
「他には無いと思いますよ。色々と、かつての世界とは違いすぎますから」

始まりの町にしても、ウニルから馬車で、それこそかつての世界でいえば馬車どころではなく、鉄道すらも超えるような速度で移動しているのだから、かなり離れた位置だというのに。高々数か月しかたたぬうちに平然と支流を引き込めてしまうようなものだ。

「ええ、散々にいいようにされています。恐らく今回の思い付きにしても、どうにも」
「では、また尋ねてみるしかない、そうなりますか」

トモエの言葉に、オユキはやはりどこか疲れたようにため息をつく。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

最推しの義兄を愛でるため、長生きします!

BL / 連載中 24h.ポイント:26,852pt お気に入り:13,180

男は歪んだ計画のままに可愛がられる

BL / 完結 24h.ポイント:340pt お気に入り:11

雪の王と雪の男

BL / 完結 24h.ポイント:220pt お気に入り:20

文化祭

青春 / 完結 24h.ポイント:482pt お気に入り:1

二番煎じな俺を殴りたいんだが、手を貸してくれ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:518pt お気に入り:0

処理中です...