憧れの世界でもう一度

五味

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27章 雨乞いを

いつものように

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「で、今度も突然、なんだって」

オユキの思い付きを聞きつけたアベルの対応は、実に早かった。
速やかにその場でオユキとトモエを部屋に押し込む決断を下し、侍女二人に対して決して出すなと申し付けて。挙句の果てに、部屋の外にはローレンツではなく、ルイスを配置するという徹底した配置を行った。
そして、どういった連絡をして見せたのか、王城から戻ったミリアムが魔国の王妃を伴って夕食の席に同席しているという、それは実に見事な政治力と言えばいいのだろうか。この場にいない神国の人間と言うのは、今も間違いなく忙しくしているだろうレモ位。アイリス、ルイス、先代アルゼオ公爵だけではなく、ファルコとリュディヴィエーヌ、サリエラ迄。本当に、一堂に会しての食事の席となっている。
突然の事に、アルノーは随分と忙しかったことだろうと、そんなことを思いはするのだが耳に届く主張しすぎないヴィルヘルミナの歌声に耳を傾けながら、揃ってアペリティフなどを口に運んでいる。

「今度もとは、また随分と人聞きの悪い」
「オユキ、お前な」
「いえ、自覚が無いとは言いませんが、以前にも申し上げたように」

そう、繰り返しているオユキの主張は神々の求めに応えているだけだという物。いよいよ、己から大きく動くのは、今回が初めてなのだとそう訴えてみる。勿論、他の諸々に対しても、神々が人の自由を認めるという前提があればこそオユキのせいであるというのには変わりないのだが。

「そりゃ、そうかもしれんがな」

ただ、アベルとしてもそのあたりは追及しにくいからと、そこで黙るしかなくなる。今回に関しては、彼も過剰であったとそうした自覚もあるのだろう。トモエとオユキは、アベルの手によって軟禁された後はそれこそ楽しく屋内で他ごとを色々と話して、オユキからは過去に作ったものをこちらでも作ろうと考えているのだが、少し難しそうだとそんな話を。トモエからは、狩りに出たときにイリアが気になることを言っていたのだと。そこからは、互いにこうしてみてはどうだろうかと、そんな話を積み上げて。久しぶりに、昼からのんびりと過ごしたものだ。そこにエステールが顔を出すことが無かったのは、オユキが頼んだ難題に今も取り組んでいるから、と言うよりも流石に夫婦の時間に水を差すのはとそうした遠慮もあっての事なのだろう。

「その、我が国に雨を降らせようと、そのようなあまりに突拍子もない計画だとか」

そして、集められた者たちのうち、間違いなくオユキのぽつりと零した言葉、それをアベルから伝え聞いただろう魔国の王妃から。実に頭が痛いと言わんばかりに、目を閉じ額に閉じた扇を当てていたりするものだ。

「ええと、以前カナリアさんと、はて、あの時はどうでしたか。カナリアさんの祖霊様と話をする機会があった時に、トモエさんからそのような話を伺ったと聞きまして」

思い返してみても、その時にカナリアが同席していた、同じ馬車に乗っていたかまでは記憶にないと、そうオユキが口にすれば。揃って、視線が俎上に上った人間に向かう。

「え、あの、どうしてそんな話に」
「確か、トモエさんから聞いたのですが」

そして、簡単に事情を説明すれば揃って難しい顔。

「前にトモエが水害の心配をしていたが」
「私も、そういった懸念はありましたが、そのトモエさんから言われたこともありまして」

どうやら、アベルに対して既にトモエがどこかでそういった話をしていたらしい。だというのに、オユキに対して問題が無いと発言したからには、トモエの中で何か明確な気付きがあったに違いない。ならば、オユキとしてはやはりその直感を信じるだけ。それ以上、信用に足るものが今のところ存在しない。

「懸念の一つは確かにそれです。しかし、この世界はどうにも私たち、異邦の断りが意味をなさない物であるらしく」

魔物、それを構成するものに関して言及されたこともある。
この世界は、間違いなく原子論を基本としていない。かつてカナリアに尋ねてみた、人体の解剖による知見と言うのも今振り返ってみれば会話が成立していたのかも怪しいものだ。オユキの疑問が、カナリアに異なるように聞こえ。そしてそれに対する回答と言うのが、オユキにまた異なって耳に届いた。実にありそうな話ではある。オユキにとっては、いくら異なる世界とは言えこれまでの常識という物が存在しており、何処までも足を引っ張っていた。それが、どうだ。ここ暫く、色々と新しい話を聞き、トモエが改めてオユキに色々と考えなおせと言われたときにまずは疑ってみるのはそこから。
このあたりの勘違いに関しては、ミズキリがかつての世界とつなぐための門を用意するのだと、それを思いつたからより一層顕著になっていたともいえる。しかし、それにしても風翼の門をくぐった時に。ファストトラベルと言うには、少し時間のかかるあの門を通った時に、やはり色々と思い直すところも出てきたという物だ。
他の異邦人たちが、与えられた使命を達成できていない。その根底にあるのが、勘違いを助長させるためのあまりにも多すぎる数々の仕組み。それに気が付いた者たちの元に、褒美として与えられるものがあるというのはインスタントダンジョンの件を考えれば、納得もいく。オユキだけでなく、過去にこちらに来た者たち。それこそ、総数から見ればごく一部なのだろが、その者たちが気が付いた結果として、神々に与えられた奇跡の残滓と言うのは確かにこれまで見てきた。
切り倒せば、それが当然とばかりに加工済みの丸太となる、木材となる木々の乱立する森。枯れたはずの鉱山が、魔物が跋扈する代わりに、いくらでも、限度は相応にあるのだろうが、確保できるようになる鉱山。地を覆う草にしても、毟れば、けり散らせば空に消えていく。

「なので、実験ですね。言い方は悪いのですが、実験としてみようかと」
「オユキ、私の前でよくも言い切りましたね」
「ですが、それ以外に言いようもありませんから」

魔国の王妃が、実に苦々し気に口にするものだが、オユキの目的はもうすっかりと変わってしまっている。当初はそれこそ、少しでもアイリスの祖霊に与えられた加護が長く持てば等と考えてもいたのだが、今となってはもはや好奇心のほうがすっかり勝ってしまっている。想定しうる事柄、起こりうる悲惨な出来事。それら全てをもう一度無視してしまおうかと、そんなことを考えてしまうほどに。そして、そんなオユキの頭を食事中だというのにいつの間にやら立ち上がって回り込んだアベルの手がしっかりとつかむ。

「何度も言った気がするんだがな、お前も、それを避けるつもりだと思っていたんだが」
「いえ、一応建前となる物はあるのですが、それがもはやどうでもよくなってきていると言いますか」
「良いから、その建前ってのを言ってみろ」

催促をされたので、オユキの思いつく限りの建前となる物をとりあえず並べ立ててみる。真っ先に使える物は、既にオユキの中で優先順位が下がってしまっているもの。他に挙げることが出来る物としては、こちらの国にも、水と癒しの恵みを持ち込むのだと。両国の友好の証と、そうするには色々と不足はあるのだが少なくとも建前になるには違いない。加えて、この魔国の王都にしても水が潤沢に使える物が限られているのが実に分かりやすい。いくつかの報告書、回されたそれにも軽く目は通したのだが魔国の状況と言うのはやはりなかなかに酷いものだ。窮状、それ以外の何物でもなく、近くにある大河から水路を引き込むことすらできていない。

「とまぁ、建前として挙げられるものはその程度でしょうか、現状は」
「お前は、本当に」

そうして、つらつらと思いつくところを並べていけば、オユキの頭を掴んでいたアベルの手が緩み、そしてそれが当然とばかりにシェリアが割って入ってアベルの手をどける。間に合わなかった、そこにある差にどうやら相応に思う所はあっているらしく、近くに寄られたオユキが思わず警戒する程度には剣呑な気配を纏って。

「頼むから、考えてる途中で少しでもだな」
「いえ、本当に思い付きと言いますか。考えていたこと自体は、確かに以前情報を得た段からではありますが」

だが、その時には何をしようとも考えていなかったのだ。

「正直、こちらではいよいよ羽休めの心算でいたのですが」
「翼を休めるために来た我が国で、何を盛大な実証試験を行おうと考えているのです」

言われた言葉に、オユキも確かにその通りだと少し考えてみる。

「オユキさん、ここ暫くの事に加えて、退屈だったのでしょうね」
「おい」
「いえ、それはあくまでトモエさんの評です」

次は、アベルの接近をシェリアが許す事は無く。オユキの頭部にアベルの手が伸ばされる、それにきちんと対応をして。実際にはシェリア単独と言う訳では無く、タルヤが事前にアベルの動きを少しでも封じるためにとオユキの周りに仕掛けをしていた。そして、それをどうにか潜り抜けようとしたから間に合ったに過ぎない。シェリアにしても途方がない相手だと感じるオユキとしては、そんな人物たちが二人でどうにかとできるアベル、そんな相手に改めて脅威を感じる。

「なら、合ってるじゃない」
「アイリスさん」

そして、真っ先に身内と考えている相手からさも当然とばかりに裏切りが。いや、裏切りでもなんでもなく、アイリスから見たオユキの事実であるし、良くオユキの周りにいる人間に聞けば誰もが口をそろえてそうだと答えるだろう。

「暇をしてたら、陸な事を言い出さないんだもの。私からアベルにも、そう伝えたでしょうに」
「流石に、今度ばかりはちゃんと休むと考えていたんだが」

アイリスの言葉に、一先ずオユキの頭を掴むことをあきらめたアベルが、それが当然とばかりにまたもや前触れもなく自身に割り当てられた席に戻ってそんなことを口にする。オユキに対する視線は、好意的な目線を向けている物のほうが、一先ずこの場では多い。真っ当な事ではあるのだが、オユキに対して否定的な視線を向けるのは魔国の王妃とアベルばかり。この状況であれば、オユキとしては独断専行と言うのも手段に選べるなとそう判断する。

「また、陸な事を考えていないわね」
「あの、アイリスさん。それは私にあまりにも」
「オユキさん。流石に、魔国の王妃様からは承諾を得てからにしましょうか」
「はい」

トモエにたしなめられた以上は、オユキとしては否やはない。
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