憧れの世界でもう一度

五味

文字の大きさ
上 下
859 / 1,235
25章 次に備えて

早速それぞれに

しおりを挟む
これを手本としなさい、そう言外に告げられたオユキは、木枠も使わずに見事なまでにそれぞれに見事なまでにまっすぐ縫い上げたものを手土産に渡されて。オユキとしては、さてこれを一体どう使うべきかと全く思いつかないものだが、トモエのほうでは思い当たるところがあるようでオユキの手習いとして、観察が終われば預けてくれとそのような話になった。
一体、どこを観察するのかもオユキとしては定かではないのだが、確かにオユキの手習いとして渡すことになっているだけあり縫い目も色々。ただ、正直なところ、それぞれにどういった意図があってのことかはさっぱりわからない。そんなオユキの様子に、トモエは楽し気に。ナザレアのほうはより一層の悲壮感を湛え。そんな同僚の肩を、そっとシェリアが叩いている。シェリアにしても、淑女としてのことは片手間にできたのだと、そうした話をすでに聞いている。オユキが分からぬこれやそれに関して、彼女のほうは一応の理解があるのだろう。
そんな、何とも言えぬ王城からの帰り道を過ごせば、さすがにオユキが付かれたこともありその日は早々に床に就くことになった。

「では、オユキさん」
「はい、どうぞお気をつけて」

明けて翌日。
その日は随分と朝早くからトモエもオユキも目を覚まして。オユキのほうは、体調はやはりまだ優れはしないのだが、あの短い時間でも隣国の王妃から何某かの手助けがあったのだろう。少なくとも座って作業をする分には問題がないという状況。食事にしても、この季節であることを考えればそれなりに進んだこともある。そんなオユキの様子を見守っていたトモエとしては、やはりそれらはうれしいものであり。今回のことが、人の手によって齎されている一つの結果でこれほどだというのならばと、意気揚々とさっそく鉱山に向かうのだと言い出した。

「シェリア様もついてきてくださいますし、他にも幾人か」
「ええ、オユキ様、どうぞお任せくださいませ」

ナザレアに関しては、これからオユキが行う針仕事そちらの監督といえばいいのだろうか。昨夜のうちに、既にカレンに声をかけて、この屋敷にもさんざんにため込まれている布や糸を漁っているとそうした話は聞いている。さて、オユキの描いた図案、雪の結晶を果たしてナザレアがどのようにするのかそれに関しての興味はトモエにもあるのだが、やはり今は優先すべきことがほかにもある。
今回のこと、供え物を求めたのは冬と眠りであることには違いないのだが、トモエとしては雷と輝き、こちらにも何かを送れないかと考えている。雷神の伝承など、正直あまりに多岐にわたっているし、先ごろ見た姿だけで断定するのはさすがに躊躇われるのだが、いろいろと、そう、こうして今に至るまでにいくつか話に出ていたものもある。翡翠を、いくつか。せっかくの機会ということもある、オユキの髪飾りにもいくつか欲しいと思っていたそれを、せっかくの機会だからと。

「荷物については」
「そのあたりは、カレン様に頼んでいたのですが」
「あの、トモエさん」

積み荷を運ぶ人足、それが屋敷の出入り口、馬車のそばにも見られないことにオユキが疑問を覚えればしかしトモエからは丸投げしましたと、そのような回答が。

「一応、改めてカレンに確認をしてから出発としたほうが」
「いえ、何やらナザレア様と忙しくしていたようですから」

そして、ことこれに関してはお互い様。互いに慣れぬことを、慣れぬままに行おうとしているからこそ、周囲に対して随分と過剰な負担をかけることになる。おそらく、これを改善しようと思えば、方法は当然ある。しかし、それを今できないという前提を無視すれば。オユキは、鉱山に向かうにはいまだに体調に不安がある。トモエが刺繍を行うのは構わないのだが、それをしてしまえば鉱山で貴石を探すことができない。王都の鉱山、公爵領の都で見た、足を運んだ場と似たようなものもいくつかあるとそうした話を聞いたものでもある。いくつかではなく、二か所だとそのような話だったかもしれないが。

「一応、一度確認してから出たほうが」
「そうですか。では、そのように」

さて、随分とトモエが気炎を上げているとそう感じるところがある。オユキから見ても、それはトモエをある程度知る周囲の物から見ても。懸念として、トモエは足の多い虫が基本的にダメなのだ。しかし、洞窟には、やはりその手の魔物が多いこともある。大丈夫なのだろうかと、そうした部分も含めたうえでの不安がオユキの視線に乗ったのだろうか、トモエのほうでも先に領都で見かけたムカデが頭をよぎったのか、少しぞっとしたように腕をさすったりなどもしているのだが。

「そちらは、そうですね」
「シェリア、トモエさんが苦手とする相手もいます。そちらへの対処は、良しなに」
「苦手、ですか。ええ、確かに洞窟の中ではトモエ様の武技というのは些か過剰かもしれませんが」
「武技ではなく、ですね」

さて、それを口にしてもいいものだろうかとオユキが言葉を選ぼうとしていれば。

「その、私は足の多い虫がどうしても苦手でして」
「ああ、なるほど。畏まりました、そちらの対応はどうぞ私にお任せを」
「その、視界に入ったとしても、トモエさんは動きが止まってしまいますから」
「そこまで、ですか。では、改めて護衛の者たちに間引く様に伝えねばなりませんね」
「やはり、こちらにもいるのですか」

トモエが辟易しているとそれを隠しもせずに、ため息をこぼす。相も変わらず、苦手なものは克服できないままでいるらしい。そもそも、どういった由縁で苦手になったのか、それに関してもオユキは聞いていないのだが、とにかく一緒にいることが増えて、そこで苦手なのだと気が付くことがあったものだ。一応は、過去には知らぬ相手には、子供や孫を相手にしているときには隠している素振りは見せていたものだが、まぁ敏い子供たちはしっかりと気が付いていたようでもある。そんな過去を感じさせる事柄で、変わらずこちらにというのはやはりどこか楽しく。

「ええ、洞窟と鉱山と呼ばれる場所には凡そ」
「已むを得ませんか。くれぐれも、お願いしますね」

覚悟を決めたと、己の知らぬ場所で、見えたとしても可能な限りに早くと。そうシェリアにトモエが頼めば、彼女のほうも心得たとばかりに頷いて見せる。

「近衛として、確実に。閉所での戦闘は、他の騎士たちに引けを取らぬと自負しておりますので」
「広域での戦闘を騎士が行えるというのも、いえ、私が行った以上はそういったこともあるのでしょうが」

どうにも、こちらの人々の間では戦闘の種類があまりにも明確に分かれているらしいと、トモエだけでなくオユキも気が付いてきた。町の外で、魔物を相手にするというのならば、求められるのはやはり広域殲滅。魔術に頼ってもよいのだが、武技というものがやはりそれを可能にする。そして、雲霞の如く沸き立つ魔物を処理しようと考えれば、それも一つの正解なのだ。一方で、近衛という存在はやはり貴人の護衛を担当することになる。町から町の移動であれば、それこそ他の騎士たちでも十分に対応できるのであろうし、むしろ大いに暴れればなかなか近寄れるものも確かに少なくなるだろう。だが、屋敷の中、市街地、屋内、そうした限定される場所で守らなければならないものが生命ばかりではなく、物品にも及ぶというのであれば。

「トモエ様にしても、基本は閉所での立ち振る舞いをされているようにお見受けするのですが」
「ええ、確かに先の乱獲の際には、かなり無理をしましたし、流派の物とは根底からして異なります」

そう、トモエが示すために、己がオユキの伴侶であり万が一にもオユキに無体を働くことがあれば、いったいどれだけの武威をもって思い知らせるつもりがあるのかと。荒れ狂う雷を共に、センヨウを駆って戦場を駆け抜けて見せたものだ。勇壮なその姿に、オユキは己の体調不良を鑑みて少々不満を覚えはした。トモエにそこまでの選択をさせてしまったことに、流派の物とは違うとこうして明言するだけのことを行わせてしまった事に忸怩たる思いを抱えもした。だが、やはり嬉しかったのは事実。誇らしかったのも事実。オユキは、胸を張ってトモエの武を語るだろう。己の伴侶は、師と仰ぐ相手はこれほどの物なのだと。
広域殲滅、武技を、加護を笠に着る者たちを相手には、こちらに来て間もないトモエが既にこれほどまでのことができるようになっているのだぞと。

「オユキさん、あまりに気になさらぬよう。覚悟の上ですから」
「ええ、それについては存分に。自慢のトモエさんだと、そう胸を張って言えるものです」
「そのあたりについては、互いに必要なものが集まれば、また少し話しましょうか」
「そう、ですね」

オユキとしては、正直あまり気乗りしない部分ではある。既に、こちらに残る気がないのだと、それをトモエによって口にされてもいる。では、そう考えた理由は何か、それほどまでに疲労を覚えているものは何か。次に夫婦の話し合いを持てば、間違いなくそこに話も及ぶだろう。
そして、そんな事は、オユキの考えというのはトモエはとうに気が付いている。

「では、オユキさん」
「はい。どうぞ、お気をつけて」

そうして、かつてとは逆に。オユキが出ていくトモエを見送って。
さて、先ほど話したことにしても、どうにも互いに放っておいてしまっている気がすると、そんなことを考えたりもするのだが、こうして話している間にシェリアとナザレアが何やら身振りで他の者たちを動かしていたこともある。いよいよ任せてしまえば問題がないことだろう。てっきり、このあたりの仕事は家宰として働いているカレンの領分かと思えば、どうにもそうでもないらしい。

「さて、それでは、ナザレア」
「用意は、既に終えております」

そして、馬車に乗って屋敷の外に向かうトモエたちを見送った後には、オユキはこの場に残るナザレアに。

「正直なところ、どの程度の時間がかかると考えていますか」
「まずは練習を、図案にしてもこちらで一応ご用意させていただいておりますが、オユキ様が望むものかはわからず」
「図案の用意、ですか」

さて、いったい何を用意することがあるのだろうかとオユキが首を傾げれば、ナザレアからはやはりかといわんばかりにため息とともに。

「布地に、下絵を描かねばなりませんから」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

おじさんが異世界転移してしまった。

月見ひろっさん
ファンタジー
ひょんな事からゲーム異世界に転移してしまったおじさん、はたして、無事に帰還できるのだろうか? モンスターが蔓延る異世界で、様々な出会いと別れを経験し、おじさんはまた一つ、歳を重ねる。

間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜

舞桜
ファンタジー
 初めまして!私の名前は 沙樹崎 咲子 35歳 自営業 独身です‼︎よろしくお願いします‼︎  って、何故こんなにハイテンションかと言うとただ今絶賛大パニック中だからです!  何故こうなった…  突然 神様の手違いにより死亡扱いになってしまったオタクアラサー女子、 手違いのお詫びにと色々な加護とチートスキルを貰って異世界に転生することに、 だが転生した先でまたもや神様の手違いが‼︎  転生したオタクアラサー女子は意外と物知りで有能?  そして死亡する原因には不可解な点が…  様々な思惑と神様達のやらかしで異世界ライフを楽しく過ごす主人公、 目指すは“のんびり自由な冒険者ライフ‼︎“  そんな主人公は無自覚に色々やらかすお茶目さん♪ *神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのかのんびりできるといいね!(希望的観測っw) *投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい *この作品は“小説家になろう“にも掲載しています

転生した体のスペックがチート

モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。 目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい このサイトでは10話まで投稿しています。 続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!

神に同情された転生者物語

チャチャ
ファンタジー
ブラック企業に勤めていた安田悠翔(やすだ はると)は、電車を待っていると後から背中を押されて電車に轢かれて死んでしまう。 すると、神様と名乗った青年にこれまでの人生を同情された異世界に転生してのんびりと過ごしてと言われる。 悠翔は、チート能力をもらって異世界を旅する。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

処理中です...