憧れの世界でもう一度

五味

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25章 次に備えて

下賜される品

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一先ず、一先ずと呼べる王都での騒動に片は付いた。
武国からの使者と、テトラポダからの使者、そのどちらもが神国の王都に残っており、今日も朝からトモエを尋ねてきたことを除けば、一先ずこれからしばらくは落ち着いて事に当たれるとそう判断できる状況にはなっている。なっているはずだ。

「オユキさん、誤魔化していませんか」
「自分をと言う事であれば、正直、はいと言うしか」

朝食を揃って、それすら出来ぬ有様のオユキはすっかりと寝台の住人となっている。一時の感情に身を任せてしまった代償はあまりに重く、昨日闘技場で座っている時よりは極僅かにましになったとはいえ疲労も重なり今日は一人で体を起こすこともできない。今も、話をするためにと、オユキに少しでも食事をとらせなければとトモエの介添えを受けながら上半身だけを起こしている。

「それにしても、こうしていると生前に風邪をひいた時を思い出してしまいますね」
「確かに、そうしたこともありますね」

かつて、風邪をひいてはこうしてトモエに看病をされてと言う事もあった。それよりも、鍛錬の結果として体を痛めていたときに、よくこうされていた。料理自体は、アルノーが用意した物を使って、オユキが食べやすいようにと重湯に加えてしっかりと過熱された野菜のいくつかを薄く味をつけて。ついでとばかりに、いくらかの果物を切ったものが今はオユキの前に並べられている。
こちらの世界でも、こちらの世界だからこそか病人向けにベッドテーブル、寝台をまたぐ形で利用が出来る家具までも用意されその上に並んだものを、オユキはどうにかこうにか与えらえるままに口に運ぶ。傍から見れば、すっかりと介護といった様相であるには違いないのだが、同じく部屋で控えているシェリアにしてもその様子に何を言うでもなく。ただ、こちらも今はゆったりとした動きでお茶の用意をしたりしている。

「暫くは、ゆっくりと出来そうですか」
「そればかりは、今後の予定をどう考えるかというところです」

アイリスから言われた言葉に、確かにと思うところがオユキにもあった。

「どのみち、今客間に置いてあるものですね、それを渡すには出立の式典も同時に行う必要があるでしょう」
「それは、言われてみればそういうものですか」
「私も見落としていましたが、アイリスさんからそうした話をされまして」

シェリアの様子を改めて伺ってみれば、何やら少し考えるそぶり。彼女としても、確かに今後そうした動きが出るとそう考えているのだろう。カレンについては、今も色々と忙しくしている。今は昨日の事、かなり無理をしなければならなかったオユキに対して方々から来る連絡に対応するために。暫くはそうした訪問も続く事だろう。オユキが一部を対応できればいいのだが、生憎と現状はこうして立ち上がることもままならぬ状態であり、そうした説明と断りの一切を任せざるを得ない。

「アイリスさんも、色々ときがつくものですね」
「少々、過小評価をしていたようです」

トモエとオユキ揃ってそうしたことを面倒に感じる性分だと、そう考えていたものだ。よくよく考えれば、面倒と感じる以上は、その先に有る事にも当然想定が出来ているはずなのだ。色々と、彼女なりに今回考えて動いているそぶりも見せていたし、隣国に向かうのだとその流れにしても。

「珍しいですね」
「私の見る目など、トモエさんに比べてしまえば」

正直、アイリスがアベルの事を憎からず想ってなどと言う事にしても、昨日彼女の口から聞かされて初めて気が付いたような有様なのだ。

「アイリスさんと、アベルさんのことですとか」
「そうですね。その辺り、オユキさんは苦手ですから」
「トモエさんは、何時頃から」
「魔国に向かう最中には、はっきりとアイリスさんの中で固まっていたようですよ」

トモエはいつ気が付いたのかと、そんな話をオユキからしてみれば実にあっさりと。それはまた随分と前からではないか、側にいたはずの相手の変化に己はそこまで気が付かなかったのかと、オユキとしては頭を抱えるしかない。

「切欠らしいものは、それこそ始まりの町で加護を願った頃でしょうか」
「そう言えば、アベルさんがどうにかアイリスさんの前に立っていましたね」

その背を見て、己に刃を届けぬようにと奮戦したアベルの姿に何か見た物があったのだろうか。

「てっきり、私自身はハヤトさんの事を今もと考えていたのですが」
「憧れと、己の伴侶に求める物は違いますよ」

言われて、それらを一つに纏めているオユキとしては色々と。

「そうですね、オユキさんは私の姿に憧れて下さったわけですから」
「その、はい」
「ただ、そうなるのはやはり極一部と言いましょうか」
「だとすると、トモエさんは」

オユキの始まりと、トモエの始まりが異なるのだとして。そう言えば、生前に聞いた時にも何処かはっきりとしない答えばかりが返ってきたものだ。

「何度もお伝えしているのですが、やはり放っておけないとそう思ったのですよ」

そう、何度も聞かされた言葉が返ってくる。
その言葉は、どうにもオユキとしては納得がいかないのだ。確かにこうして構われることは頻繁にあった、初めてトモエがオユキの家に足を踏み入れた時に何やら愕然とした様子であったのは今も記憶に残っている。そこから先、何かと言われ、呼ばれるたびに道場に並んで立っていた家で、食事を世話されることも本当に度々あったものだ。

「分からないと、そうした所も本当に変わりませんね」
「こちらに来てからも、幾度かトモエさん以外からも言われているのですが、私はこれでも」
「一人で、本当に独りで大丈夫だとそう言い切れますか」

オユキの口元に、簡素な食事が終わったからと果物を運んでいたトモエが、その手を一度止めてオユキの顔を改めて覗き込む。真っ直ぐに、眼を合わせて。高さに差は確かにあるのだが、オユキの方がトモエから顔を逸らしたりという事も無い。果物を置いた時点で、トモエが何かオユキに対して言いたいことがあるのだろうと。

「それは」
「そうでしょうとも」

本当に独りで、それが出来るのならばトモエがいなくても己を成り立たせることができるはずなのだ。過去は、それでも良かったのかもしれない。トモエと出会って、こうした関係を築く前であれば、まだどうにかなったのかもしれない。ただ、今のオユキにとっては、もうそれは随分と昔の事で。
言いよどんだオユキに対して、ただトモエが嬉しそうにそういうものだから。
それこそ過去何度もあったように、オユキとしてはそれでも良いのだと納得することになる。
オユキが甘える相手は、過去と変わらずトモエだけ。トモエ自身が、それを喜んでいるし望んでいる。ならば、この形で良いのだろうと。互いに、現状が歪だというのは分かっている。それでも、二人でいるための形はこれしかあるまいと。

「おや」
「どうか、しましたか」
「いえ、カレンさんでしょうか」

色々と対応を任せていたはずの相手が、近くに来ているのだとそうトモエが口にする。

「私の判断が必要と考えましたか」

ただ、それをしなければならない相手と言うのは、あまり数がいないはずなのだ。そして、そうした相手にしても今は色々と忙しくしているだろうとそうした予想もできる。

「オユキさん、先にカナリアさんを頼みますか」
「いえ、それこそ後でも良いでしょう」

トモエから、体調を優先したほうがいいのではないかと、そうした話をされるのだがオユキとしては、面倒ごとを先に片づけてしまいたい。この屋敷は未だ住み慣れておらず、流石に寝室にしても多少の目新しさがあるためそこまで気が滅入ったりはしないのだがそれでも、食事を終えた後には少し庭園の眺めを確かめたいとそうした気持ちもある。どうにも、こうして氷柱の立ち並ぶ部屋の中で過ごすというのは、体調が楽になったところでやはり精神的に楽になるわけでは無い。以前にトモエにも、こうした室内に長くいるのは気が休まらないとそうした話はしてみたのだが、それに対する返答は体調が戻るまでの我慢だとそう返ってきただけ。

「先にカレンの話を聞いて、カナリアさんとは少し庭で話をしましょうか」
「ええ、それでよいのなら」
「何も、直ぐにどうこうなる物ではありません、前回も確かそのように説明を受けていたかと」
「それはそうなのですが、オユキさん、喉元にそれから」

だらりと垂れたままの腕を、トモエが取って持ち上げる。フスカが残り火を取り出したため、今は焼かれるという事も無いのだが一応は引いていたはずの火傷痕が、爛れたわけでは無く赤く、肌が赤くなった腕をトモエが取り上げる。加えて、オユキが喉に感じる違和感もトモエは気が付いているらしい。

「フスカ様の炎であれば、確かに以前にカナリアさんに聞いた話と併せてこうもなりますか」

フスカの残した炎は、扱う炎は間違いなく肉体ばかりでなく存在そのものを焼く類の物だろう。マナが枯渇して、常の状態を保つためにしようも出来なくなったのならば、顕在化するというのも理屈は通る。
ただ、今はとトモエに目で訴えれば、トモエからシェリアに。そして、いつの間にやら、それこそこのような状態でなければオユキも気が付いただろうが、部屋の外まで来ていたカレンが一先ず入室してくる。開いたとの先には、幾人かの者達、この屋敷にいると、屋敷内で働く人員として紹介された者もいれば、そうでないものまで。

「申し訳ありません、オユキ様」
「いえ、詳細は分かりませんが、必要だとそう判断しての事なのでしょう」

さて、そこまでの人員を引き連れて、その上カレンが此処までと押さねばならないと判断するほどの相手と言うのは相応に限られる。そういった者達からは、今暫くの間、配慮を貰えるだろうとそう先ほどオユキは考えたばかりなのだが。

「王妃様からの遣いの方です、以前オユキ様が好んだ品をと」
「おや、随分と早い」

それこそ、一週間もしない時間でしかなかったはずなのだがとオユキが首をかしげる。

「王妃様が、色々と急いだとの事です」
「成程」

そうなると、トモエに先に見せるのか、それとも着付け迄終わってからの楽しみにとしてもらうのが良いか。

「でしたら、私は先に庭で待っていましょうか」
「よいのですか」
「ええ。オユキさんが少し考える以上は、見てしまえばというものでしょうから」
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