憧れの世界でもう一度

五味

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25章 次に備えて

トモエへ、お披露目

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「気が付かれてしまったようですね」

オユキの僅かな逡巡、思い当たることがあったため想像以上に早い事に対する驚き。そうした物が、表に出たために何かトモエに隠して準備していた物だと悟られた。そして、カレンが連れて部屋の前で待たせているのが荷物をろくに持たぬ者達。トモエが気が付くには、十分な物であっただろう。

「手配が間に合わなかったことに関しては、申し訳なく」
「いえ、事前に予定があると伝えていたのならば、カレンも恙なく行えたでしょう」

トモエが気が付いた、使える相手に己の不手際の謝罪をさせる事となったとカレンが随分と落ち込んでいるものだ。ただ、時間があり予定を伝えていたのならば、カレンでも事前にトモエを遠ざける事を出来たはずではある。つまりは、今回の件責任があるのはオユキも同じ。特に感じるべき責任はなく、寧ろ事前に伝え損ねたこちらの不手際だと。そんな話を、王城から派遣されたであろう人員に加えて、シェリアと変わって室内に入ってきたナザレアにあれこれと。

「オユキ様、あまり今は喋られませぬよう」
「と、言いますか、立ち上がる事も出来ぬというのによくもまぁ」

相も変わらず、体に力が入らないオユキを抱え上げ、オユキが珍しく興味を見せた衣装を着せて。さらには化粧をせっせと顔に塗っている。確かに、これで話していては、難しいと言いたくなるのも分かる。加えて、前に合わせがある様に作られてはいるのだが、前はに合わせてあるため実際には背中側に締めるための紐もあり釦もある。

「あの、流石に体調も良くはありませんから」

そして、随分ときつく締めようとしてくるのを、オユキがどうにか諫める。そして、言われた側がようやく気が付いたと言わんばかりに、慌てて手を離し、そこにナザレアがするりと入ってくる。

「ここまで用意をして頂ければ、後は私で行えますから。」

そして、やんわりとナザレアが他の侍女から仕事を取り上げ、オユキの世話を始める。

「あの、オユキ様、やはり体調は」
「ええ。以前と同じです。一週程は休みます」

それで取り戻せるかと言われれば、正直な所そんな気はさらさらしていない。特に、今回に関してはマナの枯渇だと言われているというのに間違いなく己の中にあった何某かを使う羽目になったのだ。トモエが宣言し、場を整えた時にも、アイリスがオユキに対して申し訳ないと感じてはいたのだろうがそれでもと願った時にも。止めとなったのは、アベルの妄言に対してオユキが激高し、それに反応した何かが容赦のない吹雪を庭にもたらした事。傷は根深く、以前とは違いオユキはいよいよ自分で立ってあることもままならない状況にまで追い込まれている。
そんな人間に盛装を着せ込もうと考えるものたちは果たしてどういった思考の下に生きているのかと、そんな八つ当たりじみた事を考えたりもする。しかし、以前に気に入ったという話をしたときには仮に作っているだけという話も本当であったらしく、今はオユキに寄り合うようにと細々と手が入れられている。
袷に見える部分、両の身頃には追加で刺繍が細かく加えられている。布自体にしても、以前は少し薄手かとそのように感じていたものだが、今は内側に布が足されておりそのような事も無い。裏地など初めから縫い合わせて置くものかと思えば、そうでは無かったらしい。もう少し柔らかな生地が足され、色々とオユキの体躯では足りない部分も多い為詰め物までが初めからされている。肩口は空いており、二の腕から先に広がる袖、分けられているものかと思えば何やら複雑な組み合わせで繋がっており流石にオユキとしてはよくわからぬ作り。腰もコルセット代わりにそれこそ内側に組み込まれている紐で絞られればそこから先は袴とも違うスカートが足首まで徐々に広がっている。

「Aラインドレスでしたか」

全体の形としては、そのような形状。要所に以前見た時には無かった飾り布なども増えているため、少々華美にすぎるとも思うものではあるし、オユキの瞳とトモエの瞳の色に合わせた物だろう。赤と青の石が腰から流れる紐に結わえられ、綺麗に並ぶようにと整えられる。

「確かに、異邦の方はそう呼ぶとか」
「ドレスの分類、と言いましょうか」
「オユキ様も、トモエ様からお伺いすることはありましたが、本当に服飾の知識もお持ちなのですね」
「それは、どういう意味でしょう」

一応、最低限の身だしなみはトモエが気を付けているはず。だというのに、カレンからの率直な感想に、ナザレアに今は抱えられて運んでいるオユキが噛みついてみる。少しは、こうしたやり取りにも慣れて欲しいと。

「いえ、その、申し訳ございません」
「責める意図ではありません、私にしてもトモエさんに任せきりにしている自覚はありますから」

自覚があるというのに、では何故と。そのような視線がカレンから。

「当初は、カレンさんが慣れるまではゲラルドを頼む予定でした。しかし」
「はい。ゲラルド様は、やはりリース伯子女から現状離すのも難しく」
「ええ。その理解はありますし、私自身がそう向けた事もあります」

一応、ゲラルドの決断に関してはオユキが少し後押しをしたこともある。オユキがせっせと要した手紙の中のいくつか、その中に当然彼の進退、と言うよりもメイの抱える業務があまりに過剰であるとそうした訴えも混ぜておいた。生憎と今メイが頼んでいるオユキと旧知の二人に関しては流石に貴族的な部分でのやり取りと言うのは経験の無い事だ。当然他にも麾下として頼める相手はいるに違いなく、実際に初めてメイと行動を共にしたときに見た顔にしても、相も変わらず護衛騎士として、メイ付きの侍女として、近衛もかくやと言う働きぶりをしなければいけない状況になっていたのだ。

「あの、もう少し先にして頂けなかった物でしょうか」

まだまだ、学びたいところがあったのだと。少々周囲に人がいたとしても今は一応はナザレアが側にいるだけ。カレンが軽口を多少は許されるのだと、そう判断したうえでそんな事をぽつりとつぶやく。確かに、このカレンという少女にしても商業ギルドでアマリーアについて色々と学んでいた途中。年齢にしても、まだまだ年若い少女でしか無く、そんな状態で一つの家、かつての世界で刺すような規模では無くいってしまえば一つの小規模な企業で内外の一切を取り締まるという雇われの社長に近い役職を与えられているのだ。重責もあろう、悩みも多かろう。それを聞くべき、相談すべきトモエとオユキにしてもあれこれと忙しくしており、あまり時間が取れていない。そうした雑事と呼ぶには問題がある事を任せる相手を探しており、そうしなければならないほどには忙しいのだ。

「已むを得ません」
「分かりはしているのですが」

それでも、飲み込むにはやはりカレンの業務が多すぎると。

「一応は、鍛錬なども」
「そうなのですが、私達が励んでいる間はやはり任せねばなりませんし」

ファンタズマ子爵家と言うのは、成立した由来からして求められている事がある。現在家督を持っているものが、戦と武技の巫女であり。伴侶も、戦と武技から伝道者として扱われている。つまりは武芸者の家とでも呼ぶべき、武門と呼ぶべき家。学びに来る者達もそれなりに多く、現状は公爵家からの紹介状をまずはとそうした話にしている。

「カレンとも、また時間を取れればとは考えているのですが」
「はい。多くとは望みませんが、是非に」
「私たちも、一週間は休むとして、それで終わりでしょう。その先では、壮行式を」
「式次第を考えるとのことでしたので、今暫くかかりそうなものですが」

カレンが今一つ納得がいかぬと、どういった流れがあるのか分からぬとそう首をかしげるのだが、要はその期間を使って、一週間はそこで稼ぐからどうにか体調を戻してくれとそうされている期間に過ぎない。ならば、オユキが以前そうと決めた期間が終われば、間違いなく事が進む。両国からの使者としても、当然早々に持ち帰りたい品だろう。距離の一切を無視して、移動を兼ねる事が出来る奇跡というのは。
恐らくは、此処まで暫くの間に散々使い倒しただろう結果の共有などを、魔石をどれだけこの風翼の門が使うのか、防衛機構として組み込まれている物、そうした情報の共有を今頃は。ただ、そうした事を話すよりも先に、オユキは庭園に連れ出され、そこで待ち受けるトモエが嬉しそうに笑うのにそれらの一切を置いておく。
それこそ、己の体が自由に動けば年甲斐もなく駆け出していたりもしたのだろうが、生憎と今はナザレアに抱き上げられてようやく移動が叶うような有様。それにしても、平素オユキが己の足で歩くよりも早いのが、単に身長差だけではなさそうなのが気になりもするのだが。

「よくお似合いですよ、オユキさん」
「有難う御座います」

基本は黒の和装と洋装の折衷のような、それでいてどこかこちららしいような。そうした面白い衣装に身を包んで、自侍女に抱えられてそのまま四阿の中央に置かれた机、そこに明らかにオユキ用とでも言うかのように敷物とクッションがしっかりと積まれた席がありそこにそっと置かれる。対面にはシェリアを従えたトモエが座っており、横合いにはこちらは昨日は随分とお楽しみだったカリンが。

「黒のドレス、ですか刺繍も朱を巧みに使って実に華やかな印象ですね」
「ええ、いくつかご用意いただいておりますが、その中でも特にと思った物を急ぎで仕立てて下さったようです」

流石に体が重く、立って見せて腕を広げるなどそうした真似は出来ないのだが。

「ええ、本当に。オユキさんが気に入ったのは、色味と見覚えのある形、その辺りでしょうか」
「一応髪の色や肌の色、そうした物との調和くらいは考えましたが」
「確かに、白磁の如き肌に黒は良く映えますね。ただ、髪色を考えてとの事であれば、もう少し違う色の方が良いでしょう」

カリンから、実に率直な意見が出てくるのだが。

「いえ、刺繍が髪で隠れているのは確かですが、だからこそ動く機会があれば」
「ああ、そうした魅せ方も良いですね。舞台衣装とするには少し」
「動こうと思うのならば、こう、裾を切って」

元よりこの服で戦うつもりであれば、初めからそうしたことを考えているのだとオユキが応えれば、しかし周囲から容赦のない圧が向かう。

「その、恐らくですが、トモエさんと私の瞳の色に合わせた石が、腰回りに」

そして、そうした圧を避けるためにオユキが気になった部分を紹介していく。
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