憧れの世界でもう一度

五味

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24章 王都はいつも

つまるところは

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「本当に、不本意です」
「全く。それならそうと、早々に言えばよかったじゃない」

つまるところ、こうして互いに満身創痍となっているオユキとアイリスが戦と武技の教会が併設されている闘技場で、雛壇のお飾りを務める事になった経緯と言うのはオユキの一言に集約される物だ。結局昨夜はトモエの返事を聞き届けた後。穏やかではないオユキをトモエが宥めたと思えば、アダムがさらに何かを喋るよりも先にアベルがトモエとオユキの前に進み出た。そして、公爵から、己の父から追加で勝ち取ったという書状を手にただトモエに頭を下げた。その姿は、過日客間でオユキに向けての物ともまた違う。今度は、椅子に座っているのトモエとオユキだけ。立ち姿のまま、深々とアベルが頭を下げる。オユキからは見えないのだろうが、トモエとアベルの体が陰になる上に既に視界も定かではないオユキでは、アダムさえもただトモエに頭を下げている。結局はトモエが良しとし、オユキが渋々とそれを呑みこんだ。戦と武技の神にしても、何も語らなかったのだから。
その後、オユキは速やかに意識を手放した。起きてみれば、マナの枯渇と言われた前日の状態よりも酷く、頭痛もそれなりに。以前トモエに貫かれた喉すら、僅かに違和感を覚えるような有様。今はシェリアがトモエの側に侍るためにと、闘技場側に降りてそちらについており、オユキの側にはすっかりとご無沙汰している戦と武技の教会に仕える神職の者達に加えてナザレアが。アイリスの側には、こちらも何やら若干毛並みが荒れているセラフィーナと他にも数人程今回の使者の旅についてきたらしい草食の獣らしき特徴を持つ者達。

「オユキ様は、此度の事が随分と腹に据えかねるようですね」

何処か、聞き分けの無い子供を窘める様なマルタ司祭の言葉に、オユキとしても我が身を振り返ってそうされるだけのものがあるのだと、そう納得はするのだが。

「ええ。正直八つ当たりの類だと、その理解はありますが」
「気持ちは私も分かるわよ」

アイリスにしても、自慢の毛並みが今となっては見る影もない。夏に向けての換毛期が重なっている、そうした理由もあるのだろうがそれにしても、みすぼらしい有様になっている。今となっては、アイリスの側に控えるセラフィーナの方が豊かな、艶やかな毛を誇っている。

「疲れましたね」
「ほんとうよ」

相も変わらず眼下では、戦と武技の神の名のもとに、あらゆる奇跡が排される舞台で散々にトモエが武国の者達を下して見せた。テトラポダからの者達は、昨夜既に散々に己の祖霊から言われたこともあり、もはや逆らう事も出来ぬとそのような状態。

「それにしても、あちらの方々は」
「まぁ、祖霊様の決定だもの。断る選択肢なんて無いわよ」

あの者達は、アイリスにしてもそうなのだが基本的に獣の性と言えばいいのだろうか、そちらに図美うんと忠実ではあるらしい。群れの長が絶対であり、それに沿わぬという選択が存在しない。それほど己の祖を、己に与えられた力の根源を尊んでいるのだろう。誇りを持つのは良い事だが、それが悪い方向に向かったのが今回の事。アイリスとしても、それを元より理解していたからこそ今回ここまでの無理を成し遂げたのだろう。

「貴女は、何処まで予定通りなのかしら」
「今回の事であれば、ほぼすべてが予定外です」
「なら、今回の事で貴女の予定はどんなものだったのかと、そう聞いても」

アイリスとオユキは、戦と武技の教会に関わるものが入ることを許されている場所から。そこよりも高い場所に誂えられている席では、王族とマリーア公爵がただ眺めている。はやし立てたり、手をたたいたりとそうした様子が無いのは流石に育ちの良さとそう言うしかない。他の舞台でも、常日頃この場を利用している者達が鎬を削っておりそちらも天覧試合となっているためになかなか愉快な様相は呈している。
それこそ常日頃であれば出来る事も、今回は許されていない。闘技場一帯が、容赦なく戦と武技の奇跡の影響範囲。そして、その中で明らかに平素と変わらぬと言わんばかりに相手を次々に変えながらも舞い踊るカリンの技が異彩を放っている。
相手は所詮は不足のある相手、慣れぬ環境に己を合わせる事すらできないその程度の相手、ならば踊り子として誘い、導き、最低限の舞台をとそう仕立てて見せる独特の技術は、トモエであれば出来るのだろうが、オユキでは到底及ばない境地の一つだ。

「確かに、こうして眺めていてもというところではありますから、いくつかお話ししましょうか」
「ええ、眠ってしまいそうだもの、このままでは」
「あまり面白い話では無いのですが」

踊り子が、体に巻き付けた布を翻し、トモエとオユキに与えられた布から己の舞台衣装にと選んで、拘りぬいて作っただろう衣装を着て、舞を続ける。双剣に結わえられた鈴を適度に慣らし、近ければ足音を拍に、呼吸を律に。打ち鳴らす鉄の音を、音楽に。それこそ、今回ヴィルヘルミナもこの場に居合わせたならば、相応しい歌を添えてとしているのだろう。

「元々はと言いますか、本来はトモエさんと王都を見て回ろうと、そうした予定だったのですが」
「そう言えば、領都に向かう時にもそのような事を言っていたわね」
「はい。領都では、ゆっくりとと言う程ではありませんが、改めて町中を見て回り、いくらかの品を改めて買い込んだりとそうしたことも出来たのですが」

王都では、正直そんな暇など綺麗に消えうせた。
オユキは、この体調不良が治るころには間違いなく魔国へと向かわなければならず、王都の観光は恐らくまた先に伸びる。それにしても、オユキとしては非常に不満なのだ。

「それくらいなら、いいんじゃないかしら」
「いえ、隣国へ向かうという話も出ていますから」

しかし、アイリスはそれも構わないのではないかと、そうオユキに語る。
オユキとしては、それが不可能だとそう考えているし、次に向けての用意があるからとすっかりと頭が他に向いている。次の予定を、魔国でトモエが恙なく暮らせるようにするにはどうすれば良いものかと、今はすっかりとそちらに腐心している。だからこそ、トモエがこうして今あまりオユキとしては意味を感じない作業に時間を費やすことを好んでいない。

「無理じゃないかしら。貴女達がいなければ、渡せないのでしょう」
「そう言えば、そのような事もありますか」

そう、アイリスの言う通り。今回得た物を、オユキはまたこの国の騎士達に預けなければならない。当然、隣国の神殿へと運ぶのだ。そして、他国の使者たちも間違いなくこの場にいる。ならば、それなりに盛大に式典を開いて送り出さなければと考えるものたちも多いだろう。そして、オユキとしても、寧ろマリーア公爵その人が断るのも難しいだろう。使者たちの予定もあるだろうが、式典に関してはオユキの体調というものが、間違いなく考慮される。それだけの状態ではあるのだし、此処まで散々に無理を言ってきた者達に対しても、それらの無理難題に応えるためにとオユキが動いた結果、寧ろ出立の日が伸びたのだと因果を含める事も出来る。

「確かに、そう考えれば」
「案外、今あそこでトモエと遊んでいる男も、その辺り考えていそうなのよね」
「確かに、随分とそうした策謀は得意のようですから」

今は、そうしたことを考えず、ただ己の磨き上げた物がどれほどかと、オユキから見れば実に無駄の多い動きでトモエに向かっては転ばされて、直ぐに起き上がっては同じ結果を得ている。繰り返しているのは、早々に心折れた彼に付き従ってきた者達、彼の監視の為についてきた者達に対して祖の慢心を打ち砕き、ただ、それでもと果敢に向かう姿で彼としても改めて伝えたいことがあるのだろう。それが正しく伝わるかどうか、それに関してはトモエよりはと向かった先の踊り子を相手に、相手にならぬとあしらわれている己の姿を是非とも省みて欲しいものだ。

「まぁ、私から言えるのは、その時間を確保する我儘くらいなら、私も手伝うわよとそれくらいかしら」
「アイリスさんは、やはり」
「ええ。暫くはやはり離れる気は無いもの。アベルも、行くのでしょう」
「はい」

既に、そうした話には内々で決まっている。てっきり、アイリスには既に話したのかと思えば、どうやらそうでは無い様子。

「あれも、色々と足りていないのよね」
「まぁ、御父上がこうして遠方から来られているわけですし」

武国からの使者、武国の公爵家のそちらの継承権は恐らく捨てているのだろうがそれでも血縁。色々と面倒があっただろう。言われた事、それこそアベルにとあてた手紙が山とあり、その返事も急いでくれと言われたには違いない。

「で、その父親に私の紹介も、セラフィーナの紹介もしなかったのだもの」
「アベルさんは、その辺りも色々と不足がありそうですね」

思い返してみれば、イマノルとクララの話にしても逃げの一手を打ち続けていたものだ。これまでの間に、浮いた話の一つや二つ程度はあったに違いないのだが、それも己の立場をただ言い訳に使い続けていたのだろう。まったく、人にとやかく言う前に自分の事をどうにかと、オユキとしてはそう言いたいものだ。

「本当に。不満があるのは、こちらも、なのよね」
「アイリスさんは、正直そこまでとは考えていなかったのですが」
「あら、そうでも無いわよ」

アイリスからの感情と言うのは、正直消極的なものだと考えていた。トモエは何やら納得したと言わんばかりの様子ではあったのだが、オユキは生憎とその辺りはさっぱりと分からない

「貴女も、案外とそうした部分は鈍いのよね」
「お恥ずかしながら。一応、イマノルさんとクララさんの時には、老婆心ながらお手伝いしたのですが」
「あんなの、誰が見ても分かる物じゃない」

アイリスの呆れたようなため息に、オユキとしては何を返せることも無い。ただ分からなかったというのが事実であり、アイリスの口ぶりでは、気が付いているものも相応にいたとそのような様子なのだから。

「となると、セラフィーナさんにしても都合がいいからと口にしたのではなく」
「あら、アベルから聞いたのかしら。その子はただ私に便乗しただけだもの」

オユキが思わずとつぶやいた言葉に、びくりと肩を震わせるセラフィーナ。何やら毛並みの乱れは、その辺りの事も関係している様子。
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