憧れの世界でもう一度

五味

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24章 王都はいつも

世は複雑なれど

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アベルの近況とでもいうべきものを簡単に相談され、オユキからは覚悟を決めよとそう返すしかない話もひとまず終わりとしようと、アベルが本題らしきものを切り出した。そこから少し話はそれたのだが、一先ずは話を戻して。

「アイリスさんから聞いているかもしれませんが、フスカ様からの申し出もあり、いっそ全てを纏めようかと。」
「そうか。」

そして、アベルがオユキの腕を見る。どうやら、その辺りの話は正しく伝わっているらしい。それを話している時にアイリスがいたかと聞かれれば、いなかった。しかし、相手は正しく獣の特徴を持つ相手であり、防音を十分以上にしているはずの始まりの町の屋敷ですら、あれこれと外の音が拾えるとそんな話ではあったのだ。聞こえていたとて不思議でもないし、その辺りを確かめるためにアベルにこうして話を振ってみた事もある。

「加えて、フスカ様が私たちの下で暮らす異邦人たちを幾人かこちらに案内してくださったので、そちらも。」
「となると、そうか、アルノー殿もか。」
「ええ。流石に私達では、あまり大量に料理をすることも出来ませんから。」
「彼ほどに慣れたものは、正直かなり少ないと思うのだが。」

かつての世界では、途中から予約制でなどとは言っていたのだが、それ以前は随分と長い下積みがあったことだろう。今もその能力を存分に活かして、後進の育成などと彼もしゃれ込んでいる。

「下働きとして雇用している子達も一緒に来ていますから、十分では無いでしょうが、最低限はと言った所でしょう。」
「ほう。」
「私たちが乱獲を行えば、成果は相応以上、そうなるでしょう。」

暗にアベルに、お前も参加するつもりなのだろうと。

「隠せはしないか。」
「隠す気があれば、と言うところでしょうか。」

アベルにしても、隠そうとしているのならばオユキでは気が付かないだろう。

「まぁ、それもそうか。トモエには筒抜けと、その様子だからな。」
「ええ。トモエさんが気が付けば、やはり私もトモエさんの事ですから。」

こうしてトモエが共にいない席であれば、やはり色々と難しい事も出て来る。察しが良いのはトモエで、オユキは考える事が色々と多すぎてどうにも外にまであまり意識が向かない。特に近頃は考えるべきことが増え、思い悩むというよりも己の思考を整理しなければならない時間が増えた。なにかに書きつけて、そこで思考を整理すればとも思うのだが、周囲にいる人間を考えればやはりそれも難しい。信頼できる相手、そればかりでは無いというのが特に厄介なのだ。

「相も変わらず仲が良くて何よりだ。さて、今回の狩猟に関してだが、私も参加させて頂こうと考えている。加えて、テトラポダからの客人から二人、それと父上もだ。」
「テトラポダからの、となると。」
「カレロ殿から、はっきりとお前が不安を示したと聞かされている。一応は、彼の御仁を此処まで案内するために付けられた者達もいる。」

言われたところで、流石に事が事だ。オユキとしても直ぐに頷けるようなものではない。

「それに関しては、正直不安は分かる。先方としては、見極めてくれとそう言う事らしい。」
「神国からは。」
「ああ。それについても心配するな。王太子から、騎士団の派遣を用意しておくと。ああ、これだ。」
「カレン。」

ナザレアに頼もうかとも考えていたのだが、何やら少し考えがあると、そういった様子で何処かぼんやりとしている。そちらは、いよいよ置いておくしかない。この人物に関しても、色々と考えなければならない相手だ。王妃付きの侍女。タルヤともまた違う流れを持つ相手であり、来歴に関しても、聞こう聞こうと考えつつ。

「こちらを。」
「中身は、後で改めましょうか。」

随分と分厚い手紙がカレンを経由して、オユキの手元に。流石に今ここで開いて中を読んでいけば、過剰に時間を使う事になるには違いない。

「一応、返事をもらって欲しいとそう頼まれている部分もある。」
「では、そちらをまずは伺いましょうか。」
「全く。俺が聞かされていると、疑いもしない。」
「そういう物でしょう。」

こうして、アベルが単独でとされた理由は間違いなくそういった部分だろうと。

「一つは、そうだな。アイリスからも少し聞いたが。」
「フスカ様は、既に核の用意はあると。神殿に置かれることは間違いなく決まっていた事でしょう。」
「ほう。ならば。」
「ええ。負担は、かなり大きなものになるかとは思いますが、その辺りまでを考えてマルコさん迄を連れてきたと考えていますが。」

フスカにしても、考えている事、見えている事。それらが流石にオユキの範疇に存在しない。

「カナリアさんは、まだ分かりやすいのですが。」

同族であるカナリアは、随分と分かりやすいというのに。世界が一度滅ぶ、そんな事態に長として、直面した者達を率いなければならなかった。そんな経験を持つ者が、今どのような思考でいるのか。想像も及びはしない。カナリアに対しても、こちらで生まれた己の裔に対して随分と達観した様子を見せている。我欲を嫌うというよりも、それを持つことが許されぬ存在だからこそというのもあるのだが、しかし、どうにも目に浮かぬ色には覚えがある物だ。

「ともかく、既に用意があることは確かです。本来の予定であれば、それこそ時を置いてとしたのでしょう。ですが、先の事でいくらかの証明も得られています。」
「いいのか。」
「休む口実には良いものでしょう。」
「いや、お前等は、一応頼んだ相手が既にいるだろう。」

言われて、思い出すような事でもない。

「あの子たちは、ローレンツもいます。ええ、間違いなく無事に成し遂げてくれることでしょう。」
「不安が無いわけではなさそうだが。」
「ええ。不安に思う気持ちは常にありますとも。」

まるで我が子のように、そのような気持ちでこれまで接してきていたのだ。トモエも、オユキも。初めてのという訳でもなく、信頼できる人間が側にいる状況ではある。色々と便利な道具も渡している。それでも、旅の危険はこの世界であまりに多い。そこを不安に思うなと言われても、やはり無理だ。今も、やはり焦りがある。ここまで早く移動ができるならと、都合よく使ってしまいたい存在がいる。間違いなく目を届けているだろう相手に、聞きたいこともある。

「ただ、あの子たちが信じてくれと、待っていてくれと言葉にせずともそれを確かに示してくれましたから。」

だから、要らぬ心配をしながらも、実行には移さない。

「まぁ、気持ちはわかる。俺にしても色々とそうした相手は見てきたからな。」
「一団の長であったのならば、ええ、任せねばならぬ事も実に多かった事でしょう。」
「まぁ、な。それにしても、流石にイマノルとクララは未だに心配ばかりだが。その辺りもだな。お前からの推薦と言えばいいのか、公爵にしても一応は任せる心算と聞いているが。」
「既に先代アルゼオ公と、先代マリーア公爵も配置されたと聞いています。今後は、お二方によく習えば良いものかと。王家から誰かをと言う事であれば、いえ、それも人がいませんか。」

潤沢な人材など、まぁ、基本的に現状求められはしない。オユキが言い出したことを、直ぐに己の考えで否定すればアベルの方も苦笑い。

「それには違いないのだがな。一応は、王太子殿下の学友であった人物の名前が挙がっていてな。既にマリーア公からは色よい返事は貰えているのだが、そこでお前の名前が出たらしくてな。」
「では、私から改めて公爵様にもお伝えしておきましょう。」
「助かる。その、ミズキリは、あの男はどう動くと考えている。」
「分かりません。最早、過去の事はあまり当てにならないのだと、事此処に至るまでに散々に思い知りました。」

ただ、それでもいえる事はある。

「直近の、そうですね私が起源と定めている日、その近くで間違いなくかつての世界と門を繋ぐつもりでしょう。公爵様にもお話ししましたが。」
「ああ。私も、その話は聞いた。しかし、本当にそのような事が。」
「可能なのでしょう。でなければ、私達がこちらに渡ってこれる事等ありえませんから。」
「それが、神々が忙しくしている、遠い場所に行かなければならない理由か。」

それには答えず、オユキはただ頷きをもって答えとする。こちらには、既に過去の世界、トモエとオユキが暮らしていた世界からと分かる存在があまりに多い。そして、そうした神々が、実際には眷属なのだろうが、今その力を隠すことを止めている。寧ろ、それが当然とばかりに振るい始めている。この世界にある物として、祈りを力に変える存在が神々であるのならば、勿論それ以外もあるのだろうが、確かにその存在をあらわにし始めている。オユキがこちらで目指してみようかと、そんな事を考えていたことではあるのだが、もはやその存在を隠しもしない者達を相手に、それをしても良いものかとそうした悩みもあるのだ。

「そちらは、いよいよ私ではなく神殿にて勤めを果たしている方々に聞くのが良いでしょう。」
「だが、お前は。」
「確かに、声を聴くこともできます。何となれば、この身を糧に降ろすことも。しかし、私にやはり多くを語ってくださりはしませんよ。」

流石に、その辺りは勘違いが過ぎるとオユキからはただそう応えるしかない。

「既に、こちらで長きにわたってそれを為してこられた方々です。」
「ここ暫くは、声が聞こえぬと、そうした話があったのだが。」
「それで、慌てていましたか。」
「いや。ああそうか、そうであるなら。」

実際に、神の分霊がいるのだと流石にそこまでは話はしない。声が遠いと言っているのは、文字通り聞かれたことに、実際の柱との距離が遠くなったからとそれ以上の事などではない。

「これまでの様子を見ても、ええ、実に用意の良い方々ですから。」
「確実に、知っていたのだろうな。知っているのだろうな。」

此処までの事も聞いており、ここから先の事を聞いているに違いない。それを伝える伝えない、その辺りの理由はいよいよもって分からないが、此処までの流れを、この世界が得たであろう流れを考えれば、分からないでもない。

「軽視し過ぎた結果、そうとしか言いようがありませんね。」
「言ってくれるな。」

ただ、重たいため息が揃う。
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