憧れの世界でもう一度

五味

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24章 王都はいつも

明くる日も

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トモエはトモエで城内の観光を楽しんだと、そうした話を聞きながら城から戻ればオユキの方もかなり疲労があったのだろう。その日は、随分と早くに目を閉じる事となった。

「オユキさん、大丈夫ですか。」
「ええ。ご心配をおかけしました。」
「勝手にしている事ですから。」
「これまでの事も含めて、ですね。」

昨日、漸く気が付いた事もありそれも含めて、改めてそう告げる。それこそ、昨夜のうちにとしたいものではあったのだが、この体は特に眠気に弱すぎる。そんな状態に、少々思うところが無いでは無いのだが、それでも気が付いたものは、気が付いた時に。例え少し遅れたのだとしても、やはり伝え忘れてというのは良くないだろうと。

「自覚は、やはり難しいものでしょう。」
「そう、なのでしょうが。」
「ですから、やはり側に人がいるのです。私が、そうであるように。」

トモエとしても、オユキがいなかった時期、側にかつてのオユキがいる様になってから。それを考えた時に、やはり思うところはある。かつての自分が、どれほど人との対話というものをとり合わなかったのか。対話というものに、言葉では無い手段を選択している時期がどれほどの物であったのか。
それがすでに無いと、そう理解はしているのだが。他の形というのはやはり想像すら難しいのだが。それでもと、そう思うことくらいはある。己の子やその先と。もしも言葉ではない手段を、己の父が過去そうであったように選んでしまったのならば、その先に有ったのはと。
伝わる相手であれば良い。理解をしてくれるのであれば良い。だが、それ以外の選択肢を示せぬとなれば、それは果たして親としてと。

「辛いと、そう感じる度に。かつてそうした時間を得ていたように。」

ここ暫くは、何かと忙しく。オユキとトモエで過ごす時間、夜のささやかなくつろぎの時間というのもなかなか得られていなかった。それは、オユキが目録を目指しているからではなく、今後必要になるだろうからと暗器術を今になって学び始めた事もある。表に出しても良いもの、そうであるには違いない範囲であることは確かだが、やはりトモエがそうした技術を知っている、口の中、胃の中、そうした場所に多少の武器を仕込む術を知っていると周囲に知られるのはやはり色々と問題があるとオユキが判断して夜毎戦と武技から与えられた功績を使ってとしているのも、実のところよくない。元よりオユキが好まなかった事、それを今こうして改めてとしているだけでも負担があるのだ。トモエにも、そんな事は分かっている。だが、オユキは求める以上はと、己に打ち勝つためにと足を進めようとしている以上は、止められない。

「また、少し余裕が出来たら、これまでのように。かつてのように。」
「そうですね。それも楽しいものでしょう。」
「ですから、少なくとも今暫くは、このままで。きっと心配をかけるのでしょう。ですが、どうにかと、昨日それを思い出す事も出来ましたから。」

昨日の事は、恐らく良いきっかけであったのだろうと。オユキとしては、今ではそのように考えている。オユキが気に入り、確かに良く似合うとされた衣装は、もう少し手直しをした上で改めて下賜をするという話になった。その折には、ついでとばかりに化粧道具を侍女たちに持参させたうえでトモエに見せるために手を入れようとそうした話も約束されて。

「そう言えば、昨夜のうちにアルノーさん達が。」
「達という事は。」

少し強引にトモエが話しを変えたため、恐らくこうして話しながらも改めて自覚が進んで表情に出ているのだろうとオユキは感じながら、そちらに乗る。

「フスカ様が出向いて、まぁ、風翼の門にかかる費用を持つとそうした話をしたのであれば。」
「ヴィルヘルミナさんはともかく、カリンさんは少し遠慮をするかと思ったのですが。」
「どうでしょうか。相応に時間を使って、ええ、私達がこちらに来て王都に向かうまでの時間は既に費やしていますし。」
「そう言う事もありますか。」

トモエから見れば、どうやらカリンの方はまだまだという事らしいのだが。

「乱獲をするとなれば、人手が多いのは嬉しい事ですからね。」
「また、ですか。それも悪くはありませんが、私としてはこの機会に少し違った相手をとしたいですね。」
「一応は、フスカ様の指定もあるでしょうから、そちらが主体にもなるでしょう。このあたりには、一応大型の蛇という他ない魔物などもいましたし。」
「それは、中型という事ですか。」

言われて少しオユキは考える。どうにも、過去と今、その区分すら変わっているというのはつい先ごろ気が付いたものでもある。前に、誰かに言われたような気もするのだが、その辺りは正直気にしていなかったと言えばいいのだろうか。そちらにまであまり気が回っていなかったと言えばいいのか。

「どうでしょうか。過去とは区分も変わったようです。」
「ああ。以前のオユキさんの説明であれば、あの巨大なヘラジカ辺りから中型となりそうですが、あちらは違うとの事ですし。」
「ええ。こちらで、私達かつての異邦人たちが作った区分ではなく、改めて歳月の中で造って来たのでしょう。」

色々と、過去と比べればこの世界は確かに随分と変わっている。郷愁を、懐かしさを覚える始まりの町。しかし、そこも既に役目を果たしたのだと言わんばかりに、次々と手が入り始めている。あの町も、今後は他国からの賓客すら訪れる事が増えていく。隣国との間には、既に架橋がなされ距離も随分と近くなった。間にミズキリの領地が入るとしても、流石に神々の手によるものを己の物とはできはしない。叶ったとしても、彼らの認識ではそうなっている。それ以上の事は起きないだろう。

「神になる心算なのでしょうね。」
「ああ、ミズキリさんですか。既に片足どころでは無いでしょう。」
「ルーリエラさんについては。」
「来歴が不明。花精を名乗ってはいますが、正式な名乗りを聞いたわけでもありません。アマリーアさんであれば、サンザシ。タルヤさんであれば、クレロデンドルムとなっていましたし。オルテンシア様は、恐らく族長と呼べばいいのでしょうか、花自体を己の名前とされていますが。」

流石に、オユキはその辺りに関する知識は全くない為、トモエが何を言っているのかよくわからぬとそのような様子。少し説明を足そうと思いながらトモエが、言葉を続けるが。

「そうですね、オユキさんはあまり気にされていないのでしょうが。そうした判別の仕方があるという事です。」
「いえ、成程。ですが、サンザシというのは樹木だったのではと、そのように。」
「ああ。前にも言いましたが、樹木とはいえ花が咲くものも当然多いわけですから。」

樹木の花、勿論種類によっては様々ではあるのだが、それでも美しいものは非常に多い。野に咲く原生種も、人の手によって改良がなされた物も。

「こちらには、藤や南天もあるのでしょうか。」
「どうでしょうか。植生は従っているようですから、その辺りも少々ありそうなものですね。それこそ、桔梗を名前としているアイリスさんなどもいますし。」
「ああ。そうした由来の。ですが、そうなると。」

では、アイリスにも何かそうした流れがあるのかと、オユキとしてはそう考えるものだがただ、トモエはやはり首を振る。

「恐らくは、関係の無い物でしょう。先ほども言いましたが、祖となる植物は最後となっているようですから。」
「それで、トモエさんはルーリエラさんの名乗りを気にする訳ですか。」
「はい。そちらが解れば少しはと、そう考えもしますから。」

さて、そうして話しながらも柔軟を終えて、トモエがオユキの身の回りを簡単に整えれば、戸を叩いてシェリアが呼ぶ声が聞こえてくる。このあたりはすっかり慣れたものと言えばいいのだろうか、今後もなどと考えてはしまうのだがシェリアの望む先というのは、隣国との文字通り架け橋となる河沿いの町。

「お目覚めですか。昨夜の内に、オユキ様のお知り合いの方もフスカ様が連れてこられましたので、ご案内させて頂きましたが。」
「アルノーさんや、ヴィヘルミナさんカリンさんだけではなく、ですか。」
「はい。連れ出すにあたって、其の方がいいだろうからとこちらにカレン様も。後は、マルコさんもですね。」
「マルコさんが、ですか。よくもあの町を離れる事を決めましたね。」

マルコまでも、フスカがこちらに連れてきたらしい。彼は、正直今はかなり忙しいに違いないのだが。

「簡単に話しだけはお伺いしましたが、始まりの町の周囲では取れる素材も限られており、今後を考えればとの事です。」
「あちらの植生も、相応に豊かだとは思うのですが。」

さて、どういった素材が足りないのだろうか。その辺りは効かねば分からない物ではあるし、散々に世話になっている相手でもあるため仕入れの口利き位は、若しくはまとめて購入して持ち帰ってしまうのも良いだろうかと。
今後の事、それもやはり色々と考えなければならない事が多く、少しでもあの町に生きる者達が健やかであるように。それくらいはやはりオユキも考える。来年の今頃には、あの町では新しい命が随分と増えるのだとそれくらいは分かっているのだから。

「後は、そのマルコさんから既に授かりものを得た者達ですね。そちらの家に対して、一応説明はせねばならないのだとそうした話もされていまして。」
「そちらは、正直任せてしまいたいですね。シェリア様は、その。」
「畏まりました。カレン様と相談して、マルコさんをご案内しましょうか。」

確かに、勤め先が勤め先だ。万が一言い含められている者達がいれば、そこでトモエの名前を出さないとも限らない。そうなってしまえば、また実に面倒を抱える事になるのだ。トモエも、オユキも。

「その、マルコさんは、そこまでお分かりに。」
「私も当人ではありませんが、マルコさんの持つ眼というのは、両親も正しく分かるようですよ。」

シェリアが、本人の言葉として話してくれるものだが、流石に神々から直接肉体に対して奇跡を与えられた者達は訳が違うという事らしいと、如何にも腑に落ちないとそのような様子。

「一先ず、今日は用意に当てるとして、本番は、狩りに出るのは明日としましょうか。」
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