憧れの世界でもう一度

五味

文字の大きさ
上 下
811 / 1,214
24章 王都はいつも

少し間をおいて

しおりを挟む
アダムという、こちらもまた難しい立場の人間について、オユキがさて今後はどうするのが正解かとそんな事を考え始めた頃。アダムをつまみ出したシェリアが、一度追い出して戻ってきたかと思えばまた次なる来訪者がこの屋敷に来たのだとそんな話が。

「今度は、テトラポダからの使者ですか。」

それこそ、ここに来たというのなら是非ともオユキなど無視して早々に王城で話を詰めて欲しいとそう考えはするのだが、そこはやはりアイリスとの関係というものがある。

「いえ、それが、セラフィーナ様が。」
「はて、お一人で、ですか。」

ことセラフィーナに関しては、以前アイリスにも確認したのだがテトラポダの生まれという訳ではなく、こちら、神国で生まれた物であるらしい。ならばいよいよ彼の国とは無関係かとも考えられるのだが、そればかりは話を聞いてみなければ分からない部分もある。

「はい。アイリス様からの言伝が都の事なのですが。」
「であれば、聞かざるを得ないでしょう。」

しかし、今はアイリスから色々と習っている相手でもある。その辺りの扱いというのは、確かに色々厄介をはらんでいる事ではあるのだが。

「本当に、宜しいのですか。」
「ええ。避けたところで、より問題が起こるでしょう。いえ、流石によく知らぬ相手からの訪問は断りますが、彼女であれば多少は知った相手です。」
「しかし、オユキ様。公爵様も間もなく。」
「同席して頂くのが良いでしょう。無論セラフィーナさんには伝えた上で、それでも構わないのかと確認を頂く事にはなりますが。」

今となっては、すっかりと食事とする気分でもなく、トモエが手早く片付けて揃って庭先で飲み物を楽しんでいる所だ。どうにも、トモエにしてもアダムの振る舞いには納得のいかぬ、彼自身が作った言葉ではなくやはり演劇じみたあのばの振る舞いの全てが納得がいかなかったのだろうが、それでも無遠慮に踏み荒らされたオユキの心を慮ってこうして今は並んでゆっくりと。

「オユキさん。」
「どうか、されましたか。」
「いえ、少々苛立ちが表に出ていますので。」
「ああ。」

確かにトモエに抗して窘められる程度には、急に起きた出来事に対するいら立ちが抑えられていないという自覚はオユキにもある。本来であればという訳でもないが、それこそこの王都には改めて方々を見て回ろうとそんな事を考えて足を運んだはずではあるのだ。必要な仕事など、それこそ公爵との話し合いに隣国との出来事に関する報告。それ以上はないはずだったと言えばいいのか、付随する面倒としてオユキが想定した物が今となっては随分とそれ以上と感じる物で埋められて行っている。

「正直な所、辟易とします。」
「そうでしょうね。ですが、どうにかそれを呑みこんで、その範囲を超えるのでしたら。」

トモエとしては、別にやめても構わないとそうオユキに言葉をかけるしかない。

「いえ、八つ当たりの先は、幸い今回アベルさんが引き受けて下さるようですから。」
「そう、なのですか。確かに、ナザレアさんを相手に何もせずに引くこととしたようですが。」

実際のところは、トモエの方でも後押しをしたこともある。ローレンツとアベルの差、トモエの利用できる奇跡で打ち消せる物、それを考えた上で確かにそれを利用した。アベルという人間は、やはりトモエの扱う奇跡でほぼ無力化できてしまうのだ。アダムに対して、どれほど効果があったのかも分からない。何やら、ナザレア、シェリアあたりに効果が無かった事とオユキにも効果が無かったことにトモエは内心首をかしげるものだが。

「はい。ここまでをアベルさんも計算づくという事ではあるでしょう。少なくとも、私達に対してある程度以上に配慮を頂けているアベルさんが、己の親に対して私たちが嫌う事を伝えないはずもありません。」

そう、アベルにしても最低限の時間は得られたに違いない。

「ただ、結果としてこのような形に話を運んだわけです。シェリアさんがアダムさんを連れ出した折に、何やら確信を得た様なそういった表情を浮かべていましたし。」
「オユキさんは、その辺りが納得がいかないと。」
「そうですね。意図が読めません。」

相手も立場のある人間だ。そこには、間違いなく何某かの考えがあっての事なのだ。

「そうですね、私からはこうした結果を得る事だけを考えていたように思えていました。」

トモエとしても、確かに不快感を覚える言葉ではあった。加えてそれが分かっていながら、平然と、無遠慮に行う事に確かにいら立ちが募った。しかし、相手はそうしたこちらの反応さえも組み込んでいたようにしか思えない。兵法として、全くもって正しい振る舞いを相手がしたのだとそれはトモエも理解している。それに乗った、乗せられてしまった己に対してまだまだ精神修養が足りぬとそういった考えも確かにあるのだが、トモエの最も大事な者に対して容赦のない振る舞いをした相手が上手であったというだけ。アベルに対して、トモエが何を許しはしないのか、それを伝えた弊害と呼ぶべきものがこうしてこの場で。

「私たちに追い出されたのだと、その事実がですか。」
「ええ。勿論、不利益も間違いなく多いのでしょうが。」

言われて、オユキは少し考える。しかし、そこから先に続く交渉の手札としてはやはり弱い。

「いえ、ですがアダムさんがこの国から何かを得るのだとして、それはあまりに不名誉な事に。」
「どう、言えばいいのでしょうか。」

しかし、オユキの肩る言葉とは、やはりトモエの観点は違うのだ。

「果たして、あの方は武国の事ばかりを本当に考えているのでしょうか。」
「トモエさんは、違うと。」
「ええ。」

どうにも、あの人物が本当に出て行った先の事ばかりを考えているのか。それが正しくないと、トモエは直感している。納得がいかない。それでは、やはりおかしいと。そんな事を考えてはいるのだが、どうにも上手く言語化できないのだ。どうにかして、この違和感がオユキに伝われば良いとトモエがそんな事を考えていれば、オユキには正しくそれが伝わったようで、更に考えるべきことが増えたとオユキが考える時に良くそうするように、何処か茫洋とした瞳に。

「セラフィーナ様をお連れ致しました。」

しかし、それもつかの間。
扉の外からシェリアの声が聞こえてくる。ナザレアは、さて何処だろうかと考えながらも、聞こえた声にオユキがそのまま自動的にと言えばいいのだろうか。考え事に没頭するあまり、外の事にとんと意識が割けぬといった様子で招き入れる。

「オユキ様。」
「その、オユキさんは少々考え事に没頭していまして。」
「然様ですか。セラフィーナ様、どうぞお気になさらずそのまま。」
「ええと、本当に構わないのですか。」
「はい。なんだかんだとオユキさんは、これで私たちの会話も聞いていますから。」

強いて言えば、これで優先順位が違うとそういった程度であり、確かに耳を傾けてはいる。なにか、オユキの琴線に触れるような事があればまた反応がある。ただ、まぁ、これが流石にオユキよりも上の立場と言えばいいのか、こうしたオユキに理解が無い相手にはあまりやらない事ではあるが、こうしてオユキの地が出始めているという事は、まぁそれだけトモエもそうであるし、シェリアに信頼を置き始めているという事だろう。

「その、アイリス様からの言伝も色々とありまして。」
「テトラポダの使者から、何か言われてという事でしょうが。」
「はい。」

トモエが、昨夜のうちにオユキから聞いたいくつかの予想、その中でセラフィーナが来たのならと言われていたことを代わりに口にする。

「オユキさんを相手に、面会を望んでの事でしょうが、具体的な日付の要望などは。」
「獅子の部族の方が来られています。そちらから、早ければ早い方が良いと。叶うならば、それこそこの国の上層部と会う前に少し話をしたいと。」
「その場合であれば、そうですね。先方の予定が許すのであれば、今日明日にでも。いえ、間もなく公爵様も来られるでしょうから、その場で先に話を聞いてしまいたいのですが。」

そして、それが必要だと判断したからか、未だに己の思考に没頭するオユキから。

「あの、本当に宜しいので。アイリス様からも、オユキ様は断るだろうと、そう考えての事だと。」
「いえ、今となってはそれも難しいので。」

オユキからの回答は、実に端的に。
それでは、何が何やら分からないと、セラフィーナがそのような様子ではあるのだが、トモエから言える事はやはりこちらも単純明快。

「では、セラフィーナさん、お手数ですが代表者の方とアイリスさんを改めてご案内頂けますか。」

オユキがそれが良いと決めたのならば、トモエがよくわからぬ事が原因であるのならば、そこはオユキの決定を無理でも通して見せるだけなのだ。

「ええ、お急ぎ頂けると、有難いですね。」
「あの。」
「では、よろしくお願いしますね。」
「えっと、あの、他にもですね、言伝が。」
「いえ、セラフィーナさんから聞くよりも、それぞれ揃ってからの方が早いでしょう。」

オユキの考える事、それは多少なりともトモエにはわかるのだ。そこにどういった理屈があるのかは、やはり分からない。だが、求めている事くらいはそれでも分かるのだ。
有無を言わせぬと、ただ微笑みにそれくらいの圧を乗せてセラフィーナを見遣れば、憐れ間に挟まれた白い毛を持つ少女は悄然とした様子。こうして会いに来た時には、それでも耳と尻尾が相応にピンとしていたのだが今は最早力なく。そして、彼女の肩に、然も当然とばかりにシェリアが手を置けば、それでこの後の流れは決まったも同然。抵抗を見せる事もなく、もしかしたらそうした動きをしたのかもしれないが、シェリアの為すがままに、セラフィーナが来たばかりだというのにそのまま場を後にする。追い出した形にはなるのだが、今度はその事実をもって、アイリスと使者、獅子の部族から来た物らしいが、そちらを連れて帰ってきてくれることだろう。
これで一先ずは、急がなければならない客人には対応しきったはずだと、そうしてトモエが改めてお茶でも飲もうとカップに手を伸ばそうとしたときに、ナザレアが公爵夫妻を連れて、それと屋敷の中にいたはずのカナリアまでもがこの場に出て来る。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

最推しの義兄を愛でるため、長生きします!

BL / 連載中 24h.ポイント:26,740pt お気に入り:13,182

男は歪んだ計画のままに可愛がられる

BL / 完結 24h.ポイント:418pt お気に入り:11

雪の王と雪の男

BL / 完結 24h.ポイント:269pt お気に入り:20

文化祭

青春 / 完結 24h.ポイント:539pt お気に入り:1

二番煎じな俺を殴りたいんだが、手を貸してくれ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:631pt お気に入り:0

処理中です...