憧れの世界でもう一度

五味

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24章 王都はいつも

次なる客は

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「オユキは、どうかしたのかね。」
「何やら、色々と考えたいようですから。」

公爵夫妻が訪っても、やはりオユキは己の思考の内に沈んでいる。已む無くという事も無いが、やはり対応はトモエが。

「それと、カナリアさんは。」
「その、私の方でも少々族長から。」
「フスカ様ですか。その話も、ええ、お伺いしましょうか。」

さて、この期に及んでと言えばいいのか、今だからこそと言えばいいのか。フスカまでもが出てきたとなると、オユキの思考時間はさらに伸びる事だろう。何とも厄介な事であり、それをどうにかしなければならない事ではある。

「ほう。そちらからもか。」
「はい。先日の事に関して、一度時間を取って話したいとか。」
「先日というと、始まりの町での事ですか。」

トモエが思い当たる所は他にもあるが、一先ずはそれだけを口に出す。

「はい。族長が言うには、少々不都合もありそうなので、少し弱めておくとそういった話で。」
「そのためには、何処かで時間を使わねばならないという事ですか。」
「その、他にもそれにあたって、流石に対価も無しにという訳にはいかないと。」

一方的という訳でもなく、確かにオユキが引きずり込んだ舞台ではある。得た負荷を無くすために、何某かの対価を払えというのであれば、それはまさに正当な物だ。トモエとしても異存はないし、未だに思考の内に沈んでいるオユキをちらりと見てもやはり反応が無い。ここに問題があるというのであれば、やはり何某かは反応があったには違いない。

「負荷というと、其の方らが門をくぐる際に得た物か。」
「そう、なのですか。確かにオユキさんは、随分と消耗されていますけど。」
「カナリアさんに大部分を吸い出してもらったはずなのですが、風翼の門をくぐる際にやはり残ったものが顕在化するのですよね。」
「ええと、そうなんですか。あまり、族長の力の痕跡というのを感じないのですが。」

処置を行い、同族である自分が見落とす事も無いだろうとそうした自身のなせる技なのだろう。何処か不思議そうなと言えばいいのか、不機嫌とまではいわないまでも訝しげな眼でカナリアがオユキを見る。その辺りは、実際に見ない事には分からないという訳でもなく、マルコの眼とカナリアの持つ種族としての特徴でもあるマナを見る目を如何にして逃れたのかとそうしたものだろう。

「一応は、私もはっきりと見ましたから。」
「いえ、疑う訳ではありませんし、何より族長がはっきりと言っているという事もありますから。」
「ああ。」

疑念を晴らそうとトモエが言葉を作ってみれば、しかしそこには差し挟む余地のないものがあるとカナリアからただ返ってくる。では、その視線に乗った色は何かといえば、見えぬ己に対する物か。自責の念を表に出す時に別の形にしたのかと、そこまで考えてトモエは己の思考を邪推と切り捨てる。どうにも、こちらに来てからというもの、トモエ本人もままならぬ思考が増えている。どうにも、過剰な独占欲と言えばいいのか。過去に自身の子供たちに向けていたような、苛烈な庇護欲と言えばいいのだろうか。そうした物を、今となっては確かにオユキに感じるのだ。過去のオユキは、手のかかる相手であったことには違いないが、主たる生活基盤は全て用意していたのだ。かつては、己に打ち勝つことも両手の指では足りぬ程度にあった。初めて会った時から六年程経った頃、僅かその程度の期間で油断があったとはいえトモエに一度は勝って見せた。以降は、己の慢心を師である父にも諭され、大いに反省したため次に負けるまでの間に流石に一度目の半分程度の歳月は空く事となったが。

「さて、そちらはまた別で聞くとして。王兄殿下がここを既にと、そう聞いたが。」
「はい。目下オユキさんが悩んでいるのがそこです。相手の目的は、恐らく私達、いえ、オユキさんですね。オユキさんの不興を買う事にあったように見えたのですが。」
「ほう。」

オユキが此処まで長く悩んでいるのならば、恐らくその理由を探しての事。ならば、トモエの想定は、直感によるもので違いは無いのだろうからと。

「どうにも、シェリア様とナザレア様の動きに抵抗らしい抵抗も見せませんでしたので。」
「らしい、と言えばらしいのか。」
「公爵様は、彼の御仁について何かご存知でしょうか。」

これまで、ただ己の内であれこれと考えていたオユキが、公爵がらしい振る舞いだとそう評するのに反応してようやく。

「うむ。我が妻は流石に知己を得てはおらんだろうが。」
「そう、ですね。私が公爵家に嫁いで二度ほどご尊顔を拝させて頂きましたが。言葉を交わす機会と言えば、その程度でしたもの。」
「そうであろうな。我よりも、いくつか年嵩であってな。学び舎にいた頃に、我も知己を得たのだ。」

そこからしばらくは、ただ公爵の説明を聞く。
曰く、アダムという人物は先々を見る事に長けていたのだと。
マリーア公爵に語ったのは、彼の思い描く先。このままでは現状世界に存在する国に先はなく、それをどうにかする方法というのをとにかく学び舎でも模索していたのだと。日々討論に明け暮れ、己の鍛錬も欠かさず、まさに文武両道を絵にかいたような人物であり、マリーア公爵にしてもこの人物が国王になれば間違いなく神国の先は明るいとそう思えるほどの器を持った人物であったらしい。

「己が低く見られても構わぬと、常々そのようであった。」
「しかし、組織の長たる人物が、一国の長たる人物がそのようであれば。」
「恐らく、そこまでを考えての事であったのだろうな。その時には現陛下も学び舎に入るのは間もなくというころではあったのだ。」
「それでは、マリーア公よりも。」
「うむ。四年程ではあるのだがな。」

その割には、随分と見た目に差がとも思うのだが要はそれが重責という事なのだろう、公人としての。なりふり構っていられぬだけの事があり、押し殺さねばならぬ私が何処までも付きまとい。
続く話は、成程確かにアダム成る人物が先見の明に溢れていたのだろうと感じさせるものだ。曰く、己の身の振り方、王族という立場を使って何を為せばよいのかと、とにかくそれを悩んでいた時期の話。マリーア公爵にしても当時は自機公爵として、如何に考えるのかとそう聞かれた時に長く続く家訓を、紋章のスクロールにも刻まれた言葉をそのまま答えればではそれを如何に叶える心算かと、そう問われたのだと。
そうした話を聞いたオユキが、ただ一つ頷きを作るころには、次なる来客を知らせる為にこの屋敷に配置されている人員から簡単に耳打ちをされたナザレアが改めて場に。

「そうか。テトラポダからの使者がこちらにか。」
「私が、セラフィーナさんに案内を頼んだこともありますから。」
「ふむ。まぁ、此処までの様子を見れば考えがあってというのは分かる。しかし、我らが居っても構わぬのか。」
「はい。その方が正直面倒がありません。今回の一連は、流石に私も余り時を使うつもりが無いのです。」

漸く、ある程度の思考が纏まったらしいオユキが、先ほどまでと違ってかなりはっきりとした様子で公爵を見る。その目は、流石にまだ何事かを考えている様子ではあるのだが、一先ずは完全に外からは情報を得るだけにしたいとそうした過去によくあったようなそぶりでは無い為、トモエも後の事はと一度視線でオユキに。

「成程、確かにその辺りではアダムさんとも合意が形成できそうですね。いえ、アベルさんが話している中で、気が付かぬ部分を察してとされたのでしょうが。」
「我の話した内容が、少しでも役に立ったのであれば良かったとも。年よりの想いで話等聞いてもなかなか退屈な者であろうからな。」
「いえ、今を作るために過去どれほどを費やしたのか。それを伺わせて頂くのはやはり楽しいものです。」

しかし、それは十分な時間があればこそ。
未だに互いに対応せねばならぬ事ばかりが、この場には詰みあがっている。オユキが、公爵が案内しても問題が無いとそうして振舞ったためナザレアが速やかにテトラポダからの使者を連れて戻ってくる。先頭には勝手知ったると言わんばかりのアイリスと、その後ろ少し控えた位置に先ほどあったばかりのセラフィーナが随分と疲れた表情で。そして、その後ろに続くように使者だろう人物。獅子の部族からと聞いていたのだが、何処かくすんだ色味と言えばいいのだろうか。金ではなく焦げ茶に近しい色の毛並みを湛えた人物が。

「こうして顔を合わせるのは、久しぶりかしら。」
「ええ。そう、なりますね。私共が領都に向かう前、それ以来でしょう。」

比較してみれば、実にわかりやすい。アイリスの持つ毛並みというのは、陽光が無くとも今は毛先だけでなく半分ほどが金に輝きを放っている。成程、確かに祖の威を示すのだとそう言われれば納得がいく。虎の威を借る狐などという言葉も過去にはあったが、確かに今その威を狐が持っているのだから。

「本当は、セラフィーナに任せてしまいたかったのだけれど。」
「そうでしょうとも。ですが、今度の事に私は長々時間を割くつもりはありません。」
「あら、そうなのね。なら、私にとっても都合がいいわ。」

オユキが一先ずとばかりに己の最大目標、譲る気のない部分を早々に口に出せばアイリスもそれに乗る。この人物にしても結局まだ国許に還る気などなく、祖である三狐神もそれを認めている。ならば、この場で求められている事、こうしてオユキが場を用意したのならばアイリスとて望むことはあるのだと。

「祭主様、いえアイリス様。」
「何かしら。私の決断はすでに伝えているし、我が祖からの同意もあるんだもの。」
「確かに、その爪にかけてというのであれば嘘ではありますまい。しかしながら、一度はお戻り頂き族長様方にご報告いただかねばならぬ事も実に多いでしょう。」
「内輪の話を、この場で続けるというのであれば、さて、では何故私共との話し合いの場を求めたのか、そこから尋ねなければなりませんが。」
「だ、そうよ。」

使者を相手に、実に好き放題と言えばいいのか。そういった様子でアイリスが振舞っている。こちらの方も、なかなか根深い問題を抱えていそうなものだ。こちらを無理に片づける事は簡単ではあるのだが、それをするにもやはり場を整える必要がある。
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