憧れの世界でもう一度

五味

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24章 王都はいつも

アダム

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「理由が無い、か。」

アダムが、ただそうつぶやく。
そこに込められている想いは、さて如何程のものか。オユキに向けている視線にしても、先ほどまでの物よりも遥かに冷え切っている。明らかに警戒度が増し、オユキを敵として、交渉相手として見ている。先ほどまでは、随分と下に見ていたと言えばいいのかアベルがそれこそ御しやすいとまではいわないが、異邦人としてこちらでの経験も少なく、身分に対しても理解があるとでも伝えていたのだろう。
当然それが間違っているという訳でもない。
分からぬ事は多く、それでもどうにかこうして頭を回して対応しているだけなのだ。かすかな仕草から、相手が何を考えているのか、どうした利を求めるのか、とかくこちらで生きている相手の中で、政治を生業にしている者達の相手というのはオユキにとっても負担が大きい。ありていに言えば、疲労がたまる。思考が、鈍る程度には。

「その理由というのを、そうだな、我が作って見せた時には、其の方はどうするというのか。」
「それが用意された時に改めて考えさせて頂きたく。」
「ほう。」

今、アダムに対してオユキから約束出来る事等、何一つない。
こうして交渉の場を無理に用意したことに対しても、オユキとしてはやはり腹に据えかねるものもある。ただ、相手がこの機会を最大限活用したいらしいと、それを隠すこともできない程度には焦っているということくらいは分かる。理由に関しても、正直分からないでも無いのだ。

「随分と、焦っておられるようですね。」

公爵の予想では、この人物は今日の昼頃に王城に向かう筈であったのだ。だというのに、こうして朝も随分と早い時間帯から一子爵家に襲撃を。それもアベルまで巻き込んでいる以上は、昨夜のうちに身支度を整える為の町を少ない人数で連れ立って出てきた可能性すらある。

「それほど、急いて何をお求めですか。私から、ええ、私から得られるものなどないと、御身であれば分かる事でしょうに。」

しかし、オユキの自己認識の範囲では、やはり己にそんな価値などないのだ。オユキで出来る事は、そもそも巫女という役職にしてもこの国にはいない神の巫女だからこそ。武国であれば、オユキの代わりが出来るものが、勿論他の神々もお構いなしにというのが特殊だというのは分かるが、それをわざわざ求めて来るというのであればまたお門違いと言わざるを得ない。基本的に、オユキにとって、勿論この世界の者達にとっても、神々を気軽にというのは気が引ける。

「また、随分と白々しい。」
「御身のお求めになる事、その想像もついておりません。」

アベルとの関係を此処で消費して、オユキに求めたところで。そうした返しをしてみれば、アベルの方も何やら同意するような、同情するような視線がオユキに向けられる。成程、彼の方もこのアダムという人物となかなか愉快な関係を築いているらしい。それも、考えてみれば確かに納得はいく。如何に、一部の使用人を預けられて送り出されたとはいえ、他国の公爵令息がこうして神国で王族の血を引いてはいるのだが継承権も持たない等というのは十二分に異常事態だ。恐らくは、事前に取り決めがあり、それに従わざるを得なかった等、まぁ色々とそれこそ政治に傾いた背景もあるのだろう。

「それと、私からははっきりと、ええ、この際です、はっきりと申し上げるのですが。」

何より、オユキがこの人物を嫌う明確な理由がある。

「己の子を、随分と好きに扱っているようですね。そうした、親として信頼できぬ方に対して、私が何をすることもありません。」

それは、己の親と、自分の関係の延長として。

「アベルさんを、公人としての立場の為に随分と無理に言い聞かせたようですね。そのような方に、さて、私が一体何を持って報いるとお考えで。」

アベルから、言いすぎだとそんな視線も向けられるのだがトモエからはよく言ったと、分かりやすく喜色の乗った視線でオユキの発言は受け入れられる。

「これ以上、御身が何をおっしゃられたところで、ええ、私の心証が変わる事はありません。どうぞ、無意味に時間を浪費することを望まぬのであれば、お引き取りを。」

時間を使わせて、確かに公爵に救援を求めている以上はせっかくなので足止めをとも考えていたのだが、いくらか言葉を交わして、この人物とは差し当たってシンラ関係が築けないと既に判断は下った。ならば、オユキとしても時間の浪費を好む物ではない。ともすれば、この後今度はアイリスがこの家を尋ねてくるかもしれないのだ。アベルが知っている以上は、彼女が知らぬという事も無かろう。

「ほう。我が国の神殿、そこに対して神授の武器を納める殊勝さを持ち合わせていると考えていたのだが。」
「頂いた功績ですので、私が望めばいつでもこの手元に。一度預けた以上は、勿論納められるのを一度は待ちますが。」

取り返せないと、本気でそんな事を考えているのかとただオユキからは。
確かに、生前によく使った物とうり二つのあの太刀は、トモエが手放すのを随分と嫌がる位には良い物であった。それを、まぁここまでも散々好きに扱ってきた自覚はあるしそれが出来るというのも、既に理解している。呼び出す際に、間違いなくマナが消費されるのが気がかりではあるのだがそれでも利点はやはり多い。
今もこうして、相手が手ごろな手札の一つとして切ってくるのだがそれを実に簡単に伏せさせることができる程度には、都合が良いものなのだ。神々をそうしたいとは考えていない、オユキはそれが出来るなどとは考えない。だが、鉱石として与えられた物に関しては、やはり別。

「随分と、思い違いをされているようですね。」

そして、この場は彼の知っているかつての神国ではない。ナザレアにしても、随分な言い様に既に何処か冷めた目でアダムを見ているし、シェリアに至っては最早敵を見る目を隠しもしない。アベルが守り抜くと、そうした考えの物てできているのだろうが、そもそもこの屋敷から追い出せてしまえば目的は達成だ。今後は、一度追い出したことを理由に、二度とこの屋敷の敷居を跨がせなければそれで話が済む。今回は、アベルの顔を立てた。この人物を案内した理由はそれだけだ。

「私が何もせぬと、そう考えておられるのであれば。」
「アベルからも、聞かされている。その方らは、それこそよくわからぬ琴線に触れればとな。」
「おや、それが解って猶、随分と面白い振る舞いを為されますね。」
「そうせざるを得ない、それほどにという理由、その想像くらいは付いておるのだろう。」
「理由に思いあたったとて、さて、どうして私が譲歩するなどとお考えで。」

随分と、自分の、自分たちの窮状を盾に取るような真似をするものだ。それを行っていい立場かという疑問もあれば、それを一子爵家如き、それも出来て間もない家に求める様な物でもない。それこそ、オユキが絶対に取らない手段ではあるのだが家族があり、そこで融通が付くというのならまだしも、今となっては武国に向かうのは最後とそう決め込んでいる事もある。創造神の神殿がある国は、また少し難しい場所にある。10の神殿が確かにこの世界にあると、そうした話は聞いている。過去にオユキも向かった事があるのだが、そちらはいよいよこの大陸の果てに近い場所にある。断崖にあるわけでは無い。そちらはこの大陸では南側。目的地は海だろう場所、そこに存在している。そこまで向かう道というのは、いよいよ他の国によってとするのも難しい道行きだ。オユキとしては、そこに至るまでの道というのを流石に省略するつもりではいるのだが。

「繰り返しになりますが、見ず知らずの方をこうして旧知の間柄のとりなしもあって先触れも無いというのに受け入れた。それ以上の譲歩が存在するとでも。」
「随分な言い様だな。」
「ええ。それだけの事をあなたがしている、その自覚くらいは持ってほしいのですが。」
「高々子爵家の当主が、良く吠えた。」

そして、アダムの発言の結果は実にわかりやすい。アベルが護衛としての職務を全うしようとした、そうした気配は確かにオユキも感じたのだが、しかし動きが鈍い。理由は何かと思えば、そちらへの対処はナザレアが行っているらしい。

「お目汚しを。直ぐに屋敷の外に。」
「ええ。シェリア、頼みます。」
「全く、此処までの無礼を我に行うか。」

最早、アダムの会話に付き合う事もなく、ただシェリアにそのままつまみ出してくれとそう頼む。アベル、この国でも自身で上澄みだとそう断言していたはずの人間ではあるのだが、今はナザレアにすら抑え込まれている。ナザレアの方も、勿論己の祖を改めてこちらに降ろすといった事を成し遂げて力をつけた事もあるのだろうが、それ以上にアベルにやる気が無いという事がよくわかる。
そうした一部始終を見た上で、オユキとしては正直判断に困るとそう考えるしかない。
シェリアによって運ばれるアダムをただ冷めた目で見ながら、オユキはこの後の動きをただ考える。
無礼を咎めたとして、今回の事はまぁシェリアが良しとしている以上恐らく問題が無い。ナザレアすら、アベルに対して何かの能力を使った風でもある。正直な所、この一連が茶番だとそうした理解はオユキにもあるのだが、未だに着地点が見えていない。アベルが、こうしてオユキが殊更嫌う振る舞いを、絶対に許さぬと分かっている振る舞いをする人物を、何故こうして案内してきたのか。今、シェリアに運ばれているアダムが一体何を考えて実に楽し気にオユキを振り返って片眼を閉じたりなどしているのか。ナザレアが、どうやってアベルを止めたのか。そもそも、アベルが本当にナザレアの妨害を突破する気が合ったのか。

「いよいよ、考えなければならない事ばかりです。」

そして、その一切合切を考えた上でらしい答えは確かに直ぐに思いつくものがあるとしてオユキはただため息をつくしかないのだ。苛立ちを覚えたのは、事実。許せぬと感じたのも事実。しかし、そうした一切の振る舞いが実に演劇のようだと感じていたのも事実。

「あの、オユキさん。あの方は、何処まで本気であったと考えていますか。」
「全てが茶番です。」
「ですが、此処で私たちの不興を買う事に、意味があるのでしょうか。」
「意味は、一応あるのです。」
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