憧れの世界でもう一度

五味

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22章 祭りを終えて

様子を見ながら

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「元気のよい事ですね。」

トモエが少年たちを誘ってみれば、二つ返事ででは早速と、そう応えて見せた。流石に食事は、一度彼らの暮らす場に戻ってとしたが、シグルドとパウだけでなくアナ、セシリア、アドリアーナをはじめ領都からの子供たちも揃って今は庭先でトモエの指導を受けている。
オユキがいつもであれば、彼らの前に立って声を掛けていたものだが今は順に数を数えて素振りの時間。そんな様子を見ながら、オユキはオユキで四阿でのんびりとメイとお茶を嗜んでいる。少年たちが、トモエが大丈夫だと言っていたと、そういった形で誘ってきたらしい。若しくは、問題が無さそうであれば、報告してくれとそうした話をしていたのか。

「本当に。羨ましい、とまでは言いませんが。」
「メイ様は、かなりお疲れのようですね。」

メイもかなり疲労が滲んでいる。流石に目の下に隈があったりという事は無いが、それにしても化粧で隠すことができる様な物でしかないため、今一つ参考になるわけでもない。
ただ、これで本当に彼女も体調が良く、疲労が無いというのであれば、こうしてのんびりとオユキと向かい合って庭に目線を投げたりなどしていないだろう。彼女のにしてもやはりしっかりと根深い疲労を抱えているからこそ、本来であれば早々にオユキに聞きたいこともあるだろうに。

「ええ。隠そうとはしていませんが、いえ、隠せるものでもありませんが。」

そして、随分と深いため息とともに。

「その、過日はご迷惑を。」

まぁ、こうして彼女がしっかりと疲労している一因は間違いなく己にあると。

「確かに、色々とあの後も大変ではありましたが。」
「その、何があったのでしょう。どうにも、断片的には伺っているのですが。」

何となく、ろくでもない事になっただろうとそういった予想がオユキにもあったため、それこそ最後まで残ったに違いないカリンとヴィルヘルミナ辺りにも話を聞いていない。ここまでの日々でも、見舞いに二人が訪れた事はあるのだが、まぁ、それこそ最低限。基本的に社交辞令を重ねただけで終わっている。
オユキがメイに話をねだってみれば、改めて重たいため息をついたかと思えば事の顛末が話される。
シェリアがオユキの代わりとばかりにフスカを切りつけた。オユキの記憶はそこで止まっている。そうして、そこからがまた大変だったらしい。
オユキが気を失ったため、シェリアはオユキを連れて場を辞さねばならなくなった。勿論、その前にフスカに簡単に非礼を詫びてはいたらしく、フスカにしても受け入れはしたらしい。ただ問題はそこから。オユキが気を失って、そのまま辞去したためフスカは結局どうしよう御無い物を抱えてしまったらしい。
本人にしても、まさかとそう言っていたらしいのだが、オユキ程度に掌にそれなりの深さまでをさされ、挙句シェリアには、意識から外していたとはいえ、飛び込んできた彼女に浅くとはいえ胸元を斬られた。その事実が、何処までも彼女の自尊心を傷つけたらしい。

「次の機会は、流石に遠慮したいのですが。」
「そうでしょうとも。私も、流石にあのような事になるというのでしたら、場を提供するのは遠慮したいですもの。」
「ええ、そうなるでしょうね。その、申し訳なかったとは。」
「構いません。あの子たちからも、貴女が何を考えてというのは聞きましたから。事前に私に相談が無かったのは、流石にどうかとも思いますけど。」

フスカを、翼人種の長老と遺恨を残さないようにするにはどうすればいいのか。オユキが色々と考えた結果として、神々が介入できるであろう場を用意して、そこでやり合えば良いのだと、オユキ自身随分と短絡的な思考だと今だからこそ思う様な、そんな閃きを得たのだ。

「その後は、異空と流離の神も降臨されて、どうにかフスカ様を宥めていましたが。」
「それは、繰り返しますが、ただ申し訳ありませんでしたとしか。」

オユキとしては、ただただ平謝りの一手しか。
なにかメイが補填を求めてくれば、多少はやりやすくはあるのだが、そうでは無い辺り。

「華と恋の女神、美と芸術の女神はオユキの振る舞いをいたく褒めていました。異空と流離の女神にしても、以前には見られなかった気骨があると。」
「それは、そういった評価を頂きましたか。」

そうであれば、次におくべきものが得られていないのは何故かとオユキとしても気になりはする。既に得ている一つは月と安息に向けて。残った一つは何処に運ぶのかを任せてはいるのだが、得られなかった以上は次に持ち越すこととなる。

「ええ。オユキも今回の祭りで更なる成果を得られると考えたのでしょうが、残念ながら貴女の怪我がひどく、治療の為に水と癒しの女神が力を振るう事となったため、余剰がそこで無くなったそうです。」
「余剰が、ですか。」

オユキが常々胸元にぶら下げている功績の一つ。余剰の功績の存在が可視化される物が、今回はいつぞやに門の種を得たときほど削られてはいなかったはずだ。それこそ、前回はすっかりと色を失っていたのだが、今回はかすかにではあるが様々な色を今も湛えている。

「ええ。それまで使い切ってしまえば、少し難しい事になるからと。」
「ああ。」

随分と重篤な病だと言われていたものの、オユキとしては未だに残る倦怠感以外ははっきりと自覚があったのは最初の幾日かだけ。その理由が何かと思えば、今話されたことでよくわかる。日々の生活を支える、そのために大いに加護が使われてオユキを助けてくれているらしい。

「有難い事ですね。」
「オユキにとってはそうなのでしょうね。」
「それにしても、あの場にいる方であれば、流石にフスカ様からはお門違いかとは思いますが。」

オユキが無理だったからと言って、それが他の異邦人二人から無理だったとは、オユキとしても思えない。精々違いがあるとすれば、オユキの両親の事くらいなものだ。

「いえ、お二人からは無理だと。私達からでも、やはり足りないと。」
「だとすると、私の両親に関わる事となるのでしょうが。」

それが事実だったとして。
では、それが事実であったとして、何故オユキに選択肢を与えるような事をしたのだろうかと、今度は疑問が深まる。今こうして運んでいるものは、間違いなくこの世界に必要な物だ。なくても構わない、若しくはもっと別の方法でとなるかもしれないが、それでもかなり先になったに違いは無い。オユキに、オユキとトモエに選択肢を与えたのは確かにかつての世界にいた神ではあるのだが、こちらで聞いた話では随分とこの世界の創造神を甘やかしているなどと言っていたこともある。

「疑問が深まりますね。」
「何が、と聞いても。」
「いえ、私には選択肢がありました。今もあると言えばあるのですが。」
「成程、そう言う事ですか。」

余りにも、便利な道具、誰もがとまではいわないが、この世界で大きな力を持つ者達が間違いなく求めるだろうものが、オユキの胸先三寸というのはあまりにも都合がよすぎる。この世界で暮らす者達にとって、不都合が過ぎる。

「良いのではないですか。」
「そう、でしょうか。」

オユキとしては、はっきりと居心地が悪い。少なくとも、大きな場所、大掛かりなものに関してはこちらからかつての世界に戻る時には終わらせていなければならない。はっきりと期限があるというのに、全てを得られるとも分からないのにそれではあまりにも依存度が高すぎるだろうと。散々にミズキリに言われた事と、所謂組織の運営、仕組みづくりに対してあまりにもそれではそぐわないと。
フェイルセーフ、冗長性、そうした観点からあまりに逸脱している。ミズキリが計画に参画していたのだとすれば、オユキにだけ依存するような、こんな無茶苦茶な計画など組みはしない。
若しくは、彼自身がオユキの代わりにこうしてあれこれと得ては、あちらこちらへ移動するという方法も考えていたのかもしれない。ただ、そちらにしてもやはりどちらとも共倒れする可能性は大いにある。この世界における使徒、それに許されている範囲というのも、どうにも未だに計りかねているオユキとしてはやはり判断に困る。

「ええ。この世界にまぎれもない奇跡を持ち込めるんですもの。勿論、それに対して対価をしっかりとと言いますか、今のようになるほどに支払っているわけです。随分と献身的、そうした風に見えますもの。」
「献身的ともまた違うとは思うのですが。」
「では、良き奉仕者と言い換えましょうか。」

そうしてメイが視線を向ける先には、教会で暮らしていた子供たちがトモエの前に座って、今は座学の時間となっている。一先ずの素振り、準備運動を終えればかつてもあのように一度座って呼吸を整える時間が用意されていた。何を話しているか、それはかすかに届いてくるのだが一人一人に対してオユキが遠めに見ても気が付くずれというのを改めて指摘している。今日はこの後、またそれぞれに武器を振らせてそれをトモエが修正していくのだろう。数度隣国から戻ってこちら行ってはいたのだが、その時には武器を渡した少年たちも、渡したものではなく普段使いと分かる物、練習用の武器を持っていた。今それぞれが手にしている武器とはまた違ったのだ。
別れる前まで、彼らがそれぞれに持っていた武器。それと、トモエとオユキで相談してウーヴェに頼んで作った武器。シグルドとアドリアーナは揃いの拵えがされた太刀。長さがそれぞれの身長に合わせて変わっているし、手の大きさにも差があるため柄もそれぞれに合わせた太さ。セシリアには長刀を。オユキもこれまでにも使っているものと、ほとんど同じ造りではあるのだが、こちらもやはり柄をオユキの物よりも少し太く。頑丈さに重きを置いて。アナには、オユキが使っている剣とよく似た形ではあるのだが、彼女の動きがもう少し曲線に重きを置いているからと細身にしてより曲線を深く。パウには金砕棒。それぞれの使い方、利点そうした物をトモエが語っているのを聞きながら。

「あの子たち程では無いと思うのですが。」
「あの子たちも、全く同じことを言うのでしょうね。貴女程では無いと。」
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