憧れの世界でもう一度

五味

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19章 久しぶりの日々

メイと一席

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「正直、記憶が定かでありません。」

さて、過去にそのように答弁をする相手を、議事録も取れぬ愚物と評したのは、ミズキリと誰であったか。

「まぁ、そうでしょうね。」

オユキが目を覚ませば、出発したはずの町に戻っており、楽な格好でベッドに寝かされていたのだ。朧気に、夢心地でアベルやアイリスの声を聴いたような覚えもあるが、残っているのは印象だけで、そこでどのような会話があったのかという記憶ではない。

「森を占拠する無法者どもを排斥する、そうした策だとは聞いていますが。」
「ええ。そこは違いありません。」

果たして、この町を後にしてどの程度の日が立ったのか。オユキとしては、カミトキの背に乗って、何処までも続く草原を欠ける馬、その背に乗る時分。吹き付ける風は、風から己を守る役割を果たす補助具などあるわけもなく、何処までも苛烈。機械的に制御された安定した駆動ではなく、生き物が生み出すあまりにも乱雑な躍動。そういった生命の律動を存分に感じ、年甲斐もなく己の乗馬を褒めそやし、何処までも駆けよと、何とはなしにそのような事を思ったのが最後の記憶。賢い事が仇となり、操者の意のままに動いたせいで、脆弱なその人が耐えられなくなったらしい。転げ落ちなかったのは、予防策として安全帯を身に着けていたからか、かける馬に当然の如く並走して見せたシェリアの手によるものか。

「以前は、森をくまなく探すのは難しいと、そう言っていたではありませんか。」
「私たちだけでは、です。今回は、交渉の余地がある方々がいますから。」

そして、意識を取り戻せば、どうにも未だにふわふわとした感覚のままメイの前に引き立てられて、今こうしてお茶会の体を取った仕事を行っているという訳だ。

「領の安全を確かなものとするのは、確かに私たちの務めではありますが。」
「近々、貴き方々を迎え入れる訳です。建前としては十分でしょう。他が無くとも。」
「今は、建前を聞く場ではありません。」

一応は、詩的な友人を招いてと、そう言った咳なのだとメイから。

「失礼しました。何分、互いに前提がありますから。」
「貴女も知っているでしょう。それを忘れるために、時を重ねるのです。」

勿論、そこに数多の思惑は乗りますけど。そうため息とともに零す少女は、成程、正しく教育を受けてきたのだろう。

「そうですね、どう言えばいいのでしょうか。」

結局のところ、それなりの期間行動を共にしたため、情が移ったのだ。

「サキさんの他にも、どうやらいそうなのですよね。元々、それは分かっていました。現実的ではないと、手を伸ばさぬことを決めました。」
「正直、貴女なら少々無理があっても押し通すと考えていました。」
「得られるものが無いと、そう判断していましたから。そして、あまりにも危険が大きいと。」

サキの証言で、十分場所を絞ることが出来れば、考えもした。だが、幸い食料が豊富であり、水分を含む物もある森の中。そして、汚染がある程度側にあった相手は魔物に襲われない。そうした多くの出来事が重なった結果として、そこそこの期間、サキは一人で森の中をさまよう事が出来てしまった。幸いではあった。不要に失われることが無かったのだ。しかし、それだけの期間一人で森の中をさまよえば、余程天性のものがあるか、徹底的に訓練でも受けていなければ方向感覚など早々に消えうせる。
他に証言を得られるであろう相手を捕獲し、訓練を行わせてと、そうした手も打っているがそちらから細かい情報を聞き出す時間は無かった。戻ってくる間に進めばと考えていたものだが、そちらも思惑通り、聞き取りが進んでいた。後はいよいよ決め手になる情報さえあれば、そこまで絞り込める程度には話も進んでいるのだ。

「報告に、子供や、それを望まぬ者達が居ないというのであれば、ええ、私も気にはしないのですが。」

そもそも、こちらに来たばかりの頃に人さらいがいると、そうした警告すら受けていたのだ。安全な場所、安全を提供されることが多く、オユキはすっかりとそれを忘れていた。そもそも、そうした相手から身を守れぬのならば、町から出られぬだろうと、脅しの一環と捉えていた。
しかし、実態として、オユキやトモエが時間を使た場所というのは、拠点としてかなりの機能を持った場所だ。しっかりと壁に囲われ、内側には安息の守りがある。烙印を押された者達に対して、容赦のない負荷を与える空間で生活してきた。
しかし、そうでは無い場所にも人の暮らしは存在しており、そしてそうした場所では少し町の外に、それは止める者がいない。日々の糧を得る為、寧ろ推奨される。行商が、物資の輸送は行っているが、それだけでなかなか足りる訳もないのだから。

「助けられるというのなら、可能だと言えるだけのものがあるのなら。そう考えざるを得ません。」

己の側に、助けが必要な相手が居り、そこにいる者達も待っている。手を伸ばせぬというのであれば、それが既に周りにいる者達の負担にしかならぬというのなら諦めもする。ただ、そうでは無くなったのなら、どうにか手を伸ばす。

「まぁ、そうですわね。」

メイの賛同が得られたようで何よりだと、オユキは一先ず出されている物にようやく口をつける。正直目を覚ましてからこちら、気分が悪かったこともあり、話を優先しているから手を付けなかったわけでもないのだが。

「ええ。良いでしょう。私に確かに与えられた使命でもあります。断る者はいないでしょうし。」
「であれば、何よりです。」
「ただ、森を拓いたとして。」
「正直、森の奥に何があるかを私は把握していないのですが、有意であるというのなら短杖を使っても良いかとは。」

森から得られる資源、それに継続的な需要があるというのであれば、いっそ維持すべき道として用意しても良いのではないかと、オユキの腹案としてそういったものがある。
安息の加護を、壁に頼らず簡易な道具で生み出すことができる道具だ。街路灯に近い形で埋め込んでいけば、街と町を繋ぐ比較的安全な道として機能するのではないかと。

「考えなかったわけでもありません。ですが。」

そして、メイにしてもその考えはある。
町のすぐそばに迎賓館を中心とした新たな区画を作らなければならない事もあり、町とは分けておくほうが何かと仕事も減る。また区画として相応以上の広さを確保せざるを得ないため、現在の町の中には作れないという単純な理由もある。少し離れたところに、いませっせと壁を積み上げている最中ではあるのだが、そこを守るのにも、そこまでの安全を確保するためにも、今も既に利用されている。

「道としてまでとなると、維持が現実的ではありませんわね。」
「効果がそこまで持ちませんか。改善の方法はありそうなものですが。」

安息の加護を簡易的に得るための魔術文字、それ自体はオユキとトモエに与えられた物であり、今のところ広く公開はしていない。

「生憎と見ることは叶いませんでしたが、新しく掛った橋、その脚にも間違いなく強力な物が使われているはずではあるので。」
「流石に、素材の用意もとなれば、間に合いませんわね。」
「となると、そこまで直ぐに動く事にしますか。」
「ええ。助けられる相手がいるのならば、早ければ早いほど良いでしょう。」

お前もそう望んでいるのだろう、メイの視線は実に分かりやすくそう語っている。

「そうですね。では、采配はアベルさんとお願いします。」
「ええ。正直、元王国騎士団の長を便利に使えるというのは、何かと助かります。」
「それはそうでしょうとも。」

本人としては、貧乏くじをまたと言いたくなるだろうが、彼の立場がはっきりと決まるまではあれこれと何処かしこから仕事が舞い込んでくることだろう。それらを全て対処できるだけの能力もあるのだ。頼りにされていると思い、是非とも今後ともと、オユキはそう考えているが。

「では、まぁ、私も直ぐに動きましょうか。アイリスさんからは、方角の指定はされましたが、許可は頂きいましたし。」
「祖に纏わる加護を、他の種族にというのは流石に嫌うと思っていたのだけれど。」
「アイリスさんが気にしないのか、もとよりそういうものなのか。生憎とぞればかりは。」

アイリスを始め、同種と判断できる相手が執着を見せるのは、精々食欲に関連すること位だろうか。
今度も河沿いの町から、何やら大量に海産物を持ち帰っているらしいと、そのような話は聞いている。河沿いの町で獲得できる資源も、周囲の変化に合わせてまた少々変わっているらしい。橋が出来た事で、どうなる事かと考えてはいたのだが、開発が進み、人が増える下地が生まれれば、魔物という単純で分かりやすい試練の強化を行う事で、その地を支えるだけの資源も強化される物であるらしい。
恐らく、その辺りのバランスを取るために、領主という存在が居り、領主だけが触れる事の出来る機能というのが存在しているのだろう。

「領主としての事と、アイリスさんの与えた加護、相反すればことだと考えてはいたのですが。」
「意外、と言ってもいいのかしら。完全に別枠です。さらなる加護を求めれば、本来維持に必要な費用も増えるのですが。」
「そのために、社を用意して、定期的に祀るという事なのでしょうが。」
「それで思い出しましたが、新しい祭りでしたか。お酒も出すお茶会と聞いてはいますが。」
「大まかには、そのような物です。日取りは、何分衣装の用意が基準になりそうです。」

今もそちらの準備に奔走している相手も、多くいる。特に予定を変更して急遽送り込まれた二人は、これこそ本番と言っても良いのだ。実際にはオユキとトモエが相応に手間と時間の係ることを暗に与えられているように、それぞれにまた別もしっかりと用意されているだろうが。

「殿方を配さねばならぬとの話でしたが、どの程度なのでしょうか。」
「確か、屋敷からもとなるのでしたか。何分、私もその辺りは不案内なのですよね。ナザレアさんに詳細を聞くのが良いのでしょうが。」

思えば、その手配を、祭主となるだろうその相手は今どこにと、オユキはそんな事を考えるものだが。

「一度、王都に戻りました。何やら、参加者を連れてこねばならぬと。」
「また、賑やかな事になりそうですね。」
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